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105:フルムス攻略作戦第二-4

「ーーーーーーー!!」

 メンシオスに刺されたコヤシフク男爵の反応は劇的な物だった。

 剣が刺さったままで、動けば動くほどに傷口が抉れるのは分かっているはずなのに、茨で拘束されて手足どころか頭も碌に動かせないと言うのに、それでもなお絶叫しつつ身を捩り、暴れ回ろうとし、なんとしてでもメンシオスの剣から逃れようとしていた。

 暴れて暴れて……コヤシフク男爵は死んだ。

 そして死んだコヤシフク男爵は……


「にゃっ……これは……」

「……」

 瞬く間に肉が、内臓が、流れ出た血が腐って、腐敗臭を放ち始める。

 骨が露出し、白くなっていき、風化していく。

 そうして最後には床のシミとなる形で消え去る。

 何処にもリポップすることなく、『フィーデイ』と言う世界そのものから。


「ん?間違えたかな?吾輩の予測ではもう少し苦しませずに殺してやれると思ったのだがなぁ。カッカッカッ」

「エ、エオニャン……今のは……」

 メンシオスが笑いながら剣を構え直す。

 ノワルニャンは腐敗臭に顔をしかめつつも、戦闘の構えは解かずに、何があったのかを私に尋ねてくる。

 私は……


「『簡単に言ってしまえば『不死殺し』だよ。メンシオスが今やったのはね』」

「エオニャン!?」

「ほう、ルナリドか」

 ルナリド様の電波に従って口を動かす。


「『具体的な話は省くけど、攻撃対象の基本構成を記録しているデータの塊である魂を侵食、汚染、破壊。生物として成立しないようにしたんだ。そうすれば、アンデッドであろうと、リポップ能力を持つモンスターであろうと、禁忌に触れる様な蘇生魔法を用いようとも、復活は不可能になるからね』」

「!?」

「カッカッカッ。流石に詳しいな。陰と黄泉の神なだけはある」

 どうやらメンシオスの使っている何かはかなり危険な物であるらしい。

 ルナリド様も私とノワルニャンが警戒度を増せるようにか、焦りの色を含むように電波を送ってきている。


「ちなみにだ。吾輩がこれに辿り着けたのはヤルダバオトの力の恩恵ではなくてな、剣と権力の神ブレドパワ、槍と処刑の神スアキュト、霧と浸食の神クイノマギリ、それに影と黄泉の神ルナリド……いや、ツクヨミノミコトだったか?とにかく貴様らの魔法や禁忌を調べていった結果だ。カッカッカッ、中々に有意義な時間だったぞ」

「えっ、ちょっ、ツクヨミって……」

「『気を付けた方がいいよ。エオナ、ノワルニャン。アレに切られて死んだらどう足掻いても復活は出来ないし、回復魔法の類も正常に働くかは怪しいからね。それと、僕の本名を出してきた辺り、メンシオスは何処かで元の世界の知識を大量に入手もしているようだ。ゲームの中に運営陣の本名なんて記していないからね』」

「ツ、ツッコミどころが……」

 ルナリド様の正体が日本神話の三貴神であるのはどうでもいいとしてだ。

 なるほど、これは確かにマズそうだ。

 メンシオスの知識量は既に皆識りの魔骸王と言う二つ名で済ませていいレベルを超えている。

 そして、その知識の多さがそのまま、何をしてくるのか分からないと言う恐ろしさに繋がるのだから。


「『そして気付いているね。『フィーデイ』において、あの魔法は危険なんて次元では済まない。この世界はモンスターがリポップする前提でデザインされている世界。そんな世界でリポップを阻害する力が濫用されれば……待っているのは世界の破滅だけだ』」

「ま、そうなるであろうなぁ。この世界は生まれからして元々不安定なようであるし」

 同時に今のメンシオスが持つ危険性もよく分かった。

 なるほど、正しく使えば、ある種の救いにはなるだろう。

 しかし、制御を失えば、あっという間に世界を蝕み、滅ぼしかねない毒だ。

 あの剣ではなく、あの剣を生み出すための知識が、であるが。

 なにせ知識と言うのは、伝播させる事が出来るものであると同時に、得たもの全てが正しく使うとは限らないものなのだから。

 それを考えると……メンシオスを野放しにすれば、本当に世界が滅びかねない。

 メンシオスも、メンシオスの研究もこの世から消し去らなければならない。


「で?どうする?エオナよ」

「決まっているわ。貴方の望み通りにしてあげる。ただし、私がやる以上は封印だけどね」

「カッカッカッ、いい返事だ。そうでなければ、実験材料としては不適切だ」

 メンシオスの望みがこの世から消え去る事であり、そのためにこの研究を完成させようとしているとしてもだ。


「では、実験を再開するとしようか……」

 メンシオスが黒い霧を纏った剣を軽く指で弾く。

 ただそれだけで、私が剣から感じる不気味な気配に悍ましさが足される。

 どうやら、コヤシフク男爵の死から何かを学び取り、調整を加えたらしい。


「ノワルニャン。頼めるわね」

「此処はむしろ、私が頼む側だと思うのニャ」

「じゃっ、頼まれたわ」

「頼むのニャ」

 対する私は槍を構え、ノワルニャンも爪を構えて戦闘態勢を取る。

 そして同時に動き出す。

 私はメンシオスに向けて茨の馬を駆けさせ、ノワルニャンは後方に向けて跳び、部屋の外への脱出を図る形で。


「逃がさんよ」

 直後、メンシオスの体の色が黄金色から黒色へと変わり始め、完全な黒になると同時にその姿が消え去った。

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