104:フルムス攻略作戦第二-3
「ひっ、ひあっ、だ、誰か妾を助けろ!この化け物を排除しろ!!」
「化け物とは失礼ねぇ……」
私はファシナティオの後をゆっくりと追っていた。
勿論、ファシナティオの頭がどれほど悪くても、私がファシナティオに攻撃できない事は既に分かっているだろう。
だから、何処かへ向けて逃げ回りつつも、積極的に私を撒こうとしているし、攻撃も仕掛けてきている。
「『ヤルダバオト・ムン・ワン・チャム=ボルト・フュンフ』!」
「そんなのが効くわけないでしょ」
とは言え、ファシナティオの攻撃能力は低い。
今も桃色の矢を放ってきたが、私は槍の一振りで難なく叩き落すし、魅了の状態異常も当然入っていない。
ファシナティオのヤルダバオトに対する信仰値は、他のヤルダバオト神官の信仰を引き剥がして取り込んでいるから相当な物であるはずだが……魅了能力に特化しすぎて、基礎の攻撃力が死んでいるのかもしれない。
「この扉を……ひっ!?」
「『スィルローゼ・ウド・フロト・ソンウォル・アハト』」
なお、攻撃が出来なくとも、ダメージを与えない妨害は出来る。
と言う訳で、私はファシナティオが自棄を起こさない程度に茨の壁を出現させて、ファシナティオの思い通りに逃げられないようにしている。
実を言えば、此処でワザと茨の壁に突っ込んだり、そうでなくとも自害を試みれば、位置交換能力によって私から逃げられると思うのだが……どうやらファシナティオにそう言う考えはないらしい。
扉を開けた先に茨の壁が広がっているのを見ると、直ぐに左右を見渡し、別の道へと走り出している。
どうあっても、自分が傷つくような事態は避けたいようだ。
「さて、何処まで逃げるつもりなのかしらね?」
「ひいいぃぃ!?ま、まだ追ってきて……な、なんで撒けないの!?」
ちなみにこの屋敷の内部だが、一つの部屋に通じる扉が複数ある上に、通路が複雑に入り組んでいる事からも分かるが、完全に迷路のようになっている。
ファシナティオの気配はとても分かり易いので見失うことは無いが……ここからどう動けば建物を壊さずに外へ出られるかは私には分からない。
「エオニャン!」
「あら、ノワルニャン。早かったわね」
と、ここで私の後ろからノワルニャンが現れる。
地下と屋敷外の動きからルナたちが来ている事は分かっていたが、ノワルニャンを伝令に出せるほど、下の状況は良くなっているらしい。
「ギルマスから伝令にゃ。『地下と街の大部分は奪還した。後はファシナティオ、メンシオス、地下の何かだけ。一度合流をして欲しい』との事ニャ。だけど……」
「無理ね。ファシナティオから目は離せないわ。と言うか最重要目標だし」
「うん、私もそう思うし、私が帰って来なければギルマスもそう思うと思うのニャ」
で、ノワルニャンは息を切らしながら走るファシナティオの姿に明らかな嫌悪感を見せつつも、透明な光……『ルナリド・ダク・ウィ・バグ=イレイズ=エンチャ・アウサ=スタンダド』の魔法がかかった爪を構える。
「仕留めるかニャ?」
「仕留められないから、こうやって追っているのよ。どうにも屋敷内に自分以外のヤルダバオト神官が居る限り、位置を交換して、攻撃されたと言う事実そのものを押し付けられるみたいなの」
「にゃるほど」
だが、私の説明で理解してくれたのだろう。
爪を下ろしてくれる。
「で、エオニャン……そっちのボンレスハムは倒してあげないのニャ?」
代わりに私が茨の馬で蹴り転がしている物……茨で縛り上げられたコヤシフク男爵へと視線を向ける。
その目はなんと言うか、憐れみに満ちている。
「ん?ああ、こっちの?そうねぇ、いい加減に倒すと言うか封印してあげたくはあるんだけど……」
「ーーーーー!」
「流石に封印の為の詠唱をやっていると、ファシナティオを逃がすことになりそうなのよ」
「にゃるほど。おまけにコイツのリポップ位置、この屋敷の中だから、ルナの魔法でも駄目じゃにゃーか」
「そうなのよねぇ」
「ーーーーー!?」
だが慈悲は無い。
と言うわけで、私はコヤシフク男爵を蹴り飛ばしつつ、ノワルニャンと共にファシナティオを追う。
コヤシフク男爵は茨の猿轡を噛まされても、僅かに開く口から血交じりの泡を吹いて何かを訴えているが、気にしている余裕はないし、そもそも彼らがシュピーたちにしていたことを考えたら、血塗れボンレスハムくらいは可愛いものだろう。
「敵が増えて……撒けないし……ど、どうすれば……」
「さて、そろそろ詰みかしらね?」
そうこうしている間に私とノワルニャンは屋敷の中でもかなり奥まった方の一室、無駄に豪華な装飾が施され、華美なベッドやタンス、絵画の類が置かれた広い部屋へとファシナティオを追い詰める。
どうせ、この部屋の何処かには地下迷宮に通じる脱出路があるのだろうが……ファシナティオの様子からして、この部屋の脱出路は私たちに見せたくないものであるらしい。
もしかしたら、地下の力がある場所へ直接繋がっている通路なのかもしれない。
そうであるなら、ファシナティオの封印後、直ぐに地下の力の処理に移れるのだが……。
「っつ!?」
「まずにゃ!?」
そこまで思った時だった。
私とノワルニャンは、それぞれの足元に集まってきていた陰属性の力を感じ取って、反射的にその場から飛び退いていた。
「へ?あ……」
「ーーーーー!?」
「ぐぎっ!?」
直後。
私、ノワルニャン、ファシナティオ、そしてコヤシフク男爵が居た場所の床から、無数の黒い刃が出現。
私とノワルニャンはそれを避ける事が出来た。
ファシナティオは位置交換能力によって、他のヤルダバオト神官と位置を交換し、位置が交換されたヤルダバオト神官は唖然とした表情のまま、全身を刺し貫かれた。
コヤシフク男爵も頭と胸は外れているが、全身を貫かれて致命傷を負った。
「カッカッカッ。やはり貴様には当たらんか。荊と洗礼の反逆者エオナ。あるいは皆封じの魔荊王ロザレスよ」
「ロザレスは貴方が適当に付けた架空の存在の名前でしょうが。皆識りの魔骸王メンシオス」
そして、部屋の中に攻撃を放った当人……メンシオスが何処からともなく現れる。
「で、攻撃を仕掛けられない限りは仕掛けないんじゃなかったのかしら?」
「ああそうだぞ。吾輩に貴様らが攻撃を仕掛けてきたから、動くことにしたのだ」
「っつ!?」
現れて、その手に握っていた二人分の死体……恐らくは『満月の巡礼者』のメンバーを私たちの前に放り投げる。
「私の戦闘を見て情報を集め、研究が完成したから、監視役を挑発して、仕掛けさせたの間違いでしょう」
「カッカッカッ。よく分かっているではないか。流石はエオナだ。では……」
「ーーーーーっ!?」
それから自分の手元に黒い霧のようなものを纏った不気味な剣を……見ただけで全身に鳥肌が立ち、この世を蝕み滅ぼしかねない毒を含んでいると私に理解させる剣を出現させる。
「実験開始と行こうか」
そして、その剣を死にかけのコヤシフク男爵の体に突き刺した。
06/29誤字訂正