103:フルムス攻略作戦第二-2
「状況は?」
「地下迷宮の探索は既に8割完了。信仰の正常化も順調です。ギルマス」
地上でエオナがファシナティオたちと戦っていた頃。
ファシナティオの屋敷の地下に広がる迷宮ではもう一つの戦いが進んでいた。
「このっ……ぎゃあっ!?」
「これで……これでようやく……」
「刃向かう者には容赦をするな!暴れない者は時間をかけて浄化しろ!!」
そこで行われていたのは、通常の付与魔法とは別に、透明な光としか称しようのない不思議な輝きを纏った武器を用いた虐殺と、その武器を長時間体に接触させ続けることで体に憑いていた何かを引き剥がす作業だった。
「負傷者が出ました!」
「即座に後方へ連れて行って治療!精神面のケアも怠るな!!」
「ちくしょう!?戦力差が……!?」
そう、虐殺と作業だ。
ファシナティオ側の抵抗は激しかったが、それ以上に攻め込む側の戦闘能力が圧倒的だった。
「そうか、ならば引き続き頼む」
「分かりました」
陣頭指揮を行うのは『満月の巡礼者』のギルマスであるカミア・ルナ。
そして、カミア・ルナに付き従うのは『満月の巡礼者』の切り込み隊長であるビッケン、斥候部隊隊長のノワルニャンと言った『満月の巡礼者』の面々の中でも近接戦闘と探索に長けた面々。
彼らはエオナが戦闘を開始したことを知ると、フルムスに急行。
調査部隊からの情報を受け取ると、裏口から迷宮に侵入して、敵の排除と人質の救助を始めていたのだった。
「はぁ……」
「お疲れですか?ギルマス」
「精神的に少しな。エオナが動くしかなかったのは分かっているんだが、まさか一日以上作戦を前倒しにする事になるとは思わなかった」
勿論、救助と言ってもそう簡単な話ではない。
なにせ、敵のヤルダバオト神官の内、複製体は一度倒してしまえばそれまでであるが、本物は倒したところでこの地下迷宮の中でリポップしてしまうし、モンスターも同様。
おまけに地上でエオナが建てた茨の塔を守ろうとして、傷つき倒れた、ルナたちの側のヤルダバオト神官も順次送られてきている。
本来ならば、どう転んでも救助など出来なかっただろう。
「ですがやるしかありません。始まった以上は最善を尽くすしかありませんから」
「分かっている。さて……『ルナリド・ダク・ウィ・バグ=イレイズ=エンチャ・アウサ=スタンダド』」
だが、今のルナたちには一つの魔法があった。
魔法の名は『ルナリド・ダク・ウィ・バグ=イレイズ=エンチャ・アウサ=スタンダド』。
『フィーデイ』に来てから悪と叛乱の神ヤルダバオトの力によって得た、新たな能力を消し去ると同時に、以降の能力取得も阻害する、対リポップ能力として授けられた魔法である。
そして、ルナが左手に填めた五つの指輪がルナの詠唱に合わせて輝くと同時に、その魔法が発動。
ルナが認識している全ての味方……ファシナティオの屋敷の地下で行動する『満月の巡礼者』のメンバーに加えて、地上でフルムスに向けて行軍、あるいは何かしらの行動を始めている『満月の巡礼者』の面々の武器と魔法に透明な光が宿る。
「よしっ!一気に攻めるぞ!」
「「「おおおおぉぉぉ!!」」」
「畜生!?なんでさっきから増援が……あああぁぁぁ!」
では、『ルナリド・ダク・ウィ・バグ=イレイズ=エンチャ・アウサ=スタンダド』の魔法が付与された状態での攻撃によって倒されると、具体的にはどうなるのか。
元プレイヤーや元NPCはヤルダバオト信仰を失った上で、最後のリポップが本来の場所で行われ、そこで強制的にヤルダバオト信仰を失ったことを認識させられる。
モンスターは本来の生息地で、本来の能力と思考レベルに戻った上でリポップし、あるべき姿に戻るのである。
「まったく、私が『フィーデイ』に来てから認識したギルドメンバー全員を対象にした付与魔法とは……流石はルナリド様の神器と言うほかないな」
「その点については同意します」
だが、この魔法の最も驚異的な点は、その効果範囲。
自分と同じギルドの所属であると認識さえ出来ていれば、どれほど彼我の距離があろうとも、何千人を対象にしようとも、同時に魔法をかける事が出来ると言う特性を有しており、クレセート最大手ギルドとなった『満月の巡礼者』のメンバー全ての名前と顔を一致させているルナにとって、これほど都合が良く、強力な魔法は無かった。
「ギルマスー、そろそろ地上に行って、エオニャンの手助けをしちゃダメかニャー?」
「駄目だ。少なくともこの地下迷宮のヤルダバオト神官とモンスターたちの始末が終わるまではこっちが優先だ」
何十人かの要救助者を安全圏まで運んできたノワルニャンがルナに提案をする。
が、ルナはその提案を蹴ると、地下迷宮の更に下へと目を向ける。
「ほぼ間違いなく、この地下迷宮の何処かに、この下の層の何処かへ通じる道がある。そして、その先では今もヤルダバオト神官から最低限以外の信仰を引き剥がす何かがされているはずだ。これを止めないと、私たちの敗北が決まってしまう」
「それを伝えるためにも……はい、エオニャンが気付いているからこそ、エオニャン動いたんですよね……はい……」
床を作る煉瓦の隙間から染み出すのは様々な属性の力に、多少鋭ければ誰でも認識できてしまうほどのヤルダバオトの力。
それはルナを恐怖させ、完全に御されてしまえば自分たちの壊滅が確定すると言い切れるほどの力だった。
「だが、そうだな。そろそろ頃合いか。ノワルニャン、エオナに伝令を。『地下と街の大部分は奪還した。後はファシナティオ、メンシオス、地下の何かだけ。一度合流をして欲しい』とな」
「分かったのニャー!」
故にルナはノワルニャンをエオナの元に向かわせ、他の部隊にも油断せず事を進めるようにと伝令を出した。
その上でもう一度、地下の力を見る。
地下の力は……確実に高まっているようだった。