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102:フルムス攻略作戦第二-1

「ファシナティオ。貴方の方から出て来てくれるなんて都合がいいわ」

「ひっ!?」

 私の視線がファシナティオへ向く。

 それだけでファシナティオは怯えた声と表情を見せて、周囲の同情を誘うような姿を見せる。

 が、私にしてみれば、その声も、姿も、行動も不快極まりない物である。


「とっとと封印させてもらう」

 男に媚びるのは別にいい、私には関りの無いことだから。

 身勝手に振舞うのもいい、相応の報いを受けることになるだけだから。

 ヤルダバオトに仕えるている事などどうでもいい、他人を害さない限り、誰を信仰しようとも私は咎めるつもりはない。

 だが、スィルローゼ様を馬鹿にするだけに留まらず、他人への信仰強要、クレセートとフルムスで行った悪徳の限り、ついでに部下たちの奮戦を無碍にするような言動、これらを見過ごせと言うのは……私には出来ない。


「『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・ツェーン』」

 だから私は槍を構え、茨の槍の勢いに乗り、ファシナティオに向けて跳ぶ。


「「「『ヤルダバオト・メタル・フロト・ウォル・アインス』」」」

「ちっ」

「ひああぁっ!?」

 だが、私の前に金属で出来た壁が何枚も立ち塞がり、三枚ほど破ったところで勢いが無くなる。

 これでは情けない声を上げているファシナティオを攻撃できない。

 そのため、その後の追撃を避けるべく、私はその場で跳躍して後方に向かいつつ……


「目障りよ。『スィルローゼ・アス・フロトエリア・ベリ・ツェーン』」

「「「!?」」」

 詠唱を行ったヤルダバオト神官たちを茨の領域を構築する茨と、魔法によって出現させた新たな茨で地面に引き摺り込んでいき、その半分以上を生き埋めに、残りも身動きを取れなくさせた上で、全身を絞り上げて始末する。


「ふんっ!」

 そして、着地と同時に鞭化した槍の穂先をファシナティオに向けて突き出して、刺し貫こうとするが……


「ひいっ!?」

「ごぼっ……!?」

「ちっ」

 槍が突き刺さったのは唖然としているヤルダバオト神官の男性であり、ファシナティオは他のヤルダバオト神官に囲まれた位置に移動していた。

 まるで、先程までその場に居たヤルダバオト神官の男性と位置を交換したかのように。


「は、ははっ、あははははっ!ざ、残念だったわねぇ!悪いけど、この屋敷は妾の神殿なの!妾が真っ先にやられるなんてそんなバカな事が起きるわけないじゃない。バアアァァァ……カヒャアッ!?」

 私は思わずファシナティオに向けて槍を振るってしまっていた。

 が、ファシナティオの周囲に居たヤルダバオト神官たちごと薙ぎ払ったにも関わらず、ファシナティオ当人はまた別の場所に移動していた。

 どうやら、今のファシナティオは屋敷の中に限れば、攻撃を受ける瞬間に他人と自分の位置を交換できるらしい。

 となると……流石にマズいか、迂闊に攻撃すると、救助対象を攻撃することになりかねない。


「あ、アンタねぇ!分かっているの!?わ、妾の屋敷の地下には何千人と言うフルムス市民がひしめき合っているの。そいつらの命が惜しくないの!?」

「惜しいわね。でも……」

「で、でも、何よ……何なのよ、その目に顔は……」

 と、思わず攻撃してしまった事にファシナティオが妙な反応を見せてくれている。

 周りの状況も動いているようだし、それならば、ファシナティオの反応に乗ってしまうとしよう。


「ひ、い、いや、そ、そんな目で妾を見るな……わ、妾はヤルダバオト様の寵愛を受けた魔人王であって、貴様のような下賤で野蛮な……」

 私は槍を構えたまま、茨の馬を一歩ずつ、ゆっくりとファシナティオに近づけていく。

 死神が死が決まった者に向けて鎌を振り上げるように。

 処刑人が罪人の首へ狙いを定めつつ斧を振り上げるように。

 わざとらしく、仰々しく、重苦しく、圧迫感を伴うように魔力を放出しながら近づいていく。


「お、お前たち!何をしている!妾を守れ!!」

「「「『ヤルダバオト……』……っ!?」」」

「邪魔をするな」

 屋敷の中のヤルダバオト神官たちが詠唱を始めると同時に、ファシナティオに当たらないように鞭を操作。

 ヤルダバオト神官たちだけを切り伏せる。


「お、お前も早く……」

「申し訳ありませんが無理です!?と、塔が私ばかりを狙い撃ちに!?ぬぐおっ!?」

 コヤシフク男爵に対しては茨の塔からの攻撃を容赦なく浴びせていき、複製体は始末し、本体は足止めさせ続ける。


「ミ、ミナモツ……キ?」

「許すとでも!?」

 ファシナティオが懐から水盆……ミナモツキを取り出して、その力を発揮させる。

 が、その使い方は既に一度見ている。

 だから複製体が出現すると同時に私は鞭を振るって、全ての複製体を水に還す。


「わ、妾に手を出したら人質が……」

「その人質。後、どれくらい残っているのかしらね?」

 私とファシナティオの間にある距離は残り3メートルほど。

 その気になれば一瞬で踏み込んで、刺し貫ける距離である。


「へ、あっ……な、何が!?」

 そして、この状況になってファシナティオは気づいたらしい。

 屋敷の地下に居るヤルダバオト神官たちの数が凄まじいスピードで減りつつある事実に。

 同時に、この動揺から私は確信する。


「さて、貴方の位置交換能力と言うのは、ヤルダバオト神官でない者も効果があるのかしら?」

「!?」

 ファシナティオの位置交換は、この屋敷の中限定かつ相手もヤルダバオト神官でなければならない事を。

 攻撃を受けた時に自動で発動する代わりに、自発的な使用が不可能な事を。

 つまりだ。


「さあ、覚悟はいいかしら?」

 このままこの場でファシナティオに対する攻撃を許さずに、地下で始まった作戦が終わるのを待てば、ファシナティオは封印する事が出来ると言う事だ。

06/27誤字訂正

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