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10:信仰と魔法

 魔法とは何か。

 それは己が信ずる神の力の一端を、詠唱を門、魔力を呼び水として招き寄せ、信仰心と己の力を依り代としてこの世に顕現させる行為である。

 故に同じ魔法であっても使い手の信仰心と鍛錬によって顕現する力の量は大きく変わることとなる。

 また、詠唱の中で最も重要な魔法の名だけを唱えるよりも、前文から唱える方が、門がより強固なものとなるために顕現する力の量は大きく増すことになる。


「とまあ、これが魔法発動の基本原理です。だから魔力を込めなければ詠唱をしても魔法は発動しない。信仰の無い者が他の要素を揃えても駄目。分かり易く言うなら……ちゃんと神様を信じて、願い事を言って、捧げ物をしなさい、そうすれば神様もきちんと返してくれる、と言う訳ですね。分かりましたか?」

「「「はーい!」」」

 村長とシヤドー神官の動きは早かった。

 とんでもないことに私の講義は次の日に行われることが決定し、村の広場には子供たちを中心として手が空いている者が集まっていた。

 とは言え、やはりロズヴァレ村は小さな村であり、農作業と言うものは毎日の積み重ねが大切なものである。

 神官を除く大人たちは自分の仕事を優先して、手が空いている時にだけ聞きに来る形になっていた。


「エオナ様ー!一ついいですか?」

「はい、何でしょうか」

「信仰ってどうやれば積めるんですか?」

「そうですねぇ……」

 さて、難しい質問である。

 ゲーム的に言えば信仰値はデイリー祈祷、善行、捧げ物によって機械的に上げる事が出来る。

 そしてそれはプレイヤーであった私、それからジャックも変わらない事だろう。

 しかし日々祈りを捧げ、修業を積んでいるはずのシヤドー神官たちの信仰値の伸びは、明らかに私たちプレイヤーよりも悪い。

 今だって子供たちと同じかそれ以上に熱心に聞いているのにだ。

 となると、ゲームとしての都合もあるのだろうが、元プレイヤーと元NPCとの間で差が生じているのは間違いないだろう。


「日々の積み重ね。としか言いようがありませんね。どうにも神に愛されやすい者と神が中々振り向いてくれない者が居るように感じますが、どうしてそうなるのかは私には分かりませんから」

「そうなんだ……」

「ただ、個人的な願いとしては神様に振り向いてほしいから、力を得たいから熱心に信仰するのではなく、その神様の教えや導きに惹かれたから信じ、後に続く。そう言う信仰を持ってほしいとは思います」

「「「?」」」

「ふふふ、何故かはきっといずれ分かります。私にだってまだ完全には分かっていませんけどね」

「……」

 私は最後をぼかして、軽くほほ笑む。

 でも、この考え方はゲームの頃から私が抱いている考えだ。

 力を求めて、栄華を求めて神を信じたプレイヤーたちは、どこかで挫折して、人知れず去っていった、かつてのジャックのように。

 NPCもそうで、クエストの難敵として元人間が出てきた時は、だいたいがそう言う人物が悪神ヤルダバオトに目を付けられてモンスター化してしまった成れの果てだった。

 そうでなくとも……力欲しさで、己の欲の為だけに信仰心を捧げるというあり方は、どことなく違和感を感じるのだ。

 現実となった今はなおさらに。

 まあ、そうは言いつつも便利だからという理由でルナリド様とサクルメンテ様を信仰しているのだから、私も人の事を言えた義理ではないか。


「まあ、信仰の在り方についてはまたいずれにするとして、結局のところは日々祈り、善いことをして、日々の糧から苦しくならない程度の財貨を捧げる。その上で貴方の信じる神様の教えがどのような物なのかを学び、魔法を通して神様の御力を感じる。これが基本であり、深奥です。分かりましたか?」

「「「はーい!!」」」

「ふふふ、良い返事ですね」

 それにしても楽しい講義……いや、授業である。

 スィルローゼ様のように愛らしく力強い蕾を持つ少年少女たちが大輪の花を咲かすために必要な世話を出来るなんて、嬉しさだけで花の一本や二本くらい咲かせてしまえそうだ。


「おかしい。言っている事は至極真面目で何も間違っていないはずなのに、微妙に犯罪臭と言うか、危ない臭いが漂っているような……あいたっ!?」

「そう言う不信心な言葉を言っていないで、貴方も講義に集中しなさい。御使い様直々の講義など早々ある事ではないのですよ」

「あー、はい」

 さて、魔法の原理と信仰についてはこれで語った。

 となれば次は……やはり基本五魔法についてだろうか。

 私はシヤドー神官に視線で確認を取り、ジャックの頭をはたいていたシヤドー神官も小さく頷いて返してくれる。


「さて、多くの魔法は習得に当たって、スキルブックと言う貴重な品が必要になります。ですが、その神様を信じていて、魔力の量さえ十分ならば、誰でも使えるようになっている魔法。と言うものがあります」

「基本五魔法、ですね」

「「「?」」」

「ええそうです。神官としての最低限の責務を果たすために欠かせない、そんな神様たちのご温情から誰でも使えるようになっているとされている魔法です」

 基本五魔法。

 それは攻撃、回復、付与、弔事、生産の五分野についての魔法であり、これの第一段階は魔力……MPの量さえ十分なら、NPC含めて誰でも使えるようになっている。

 そして、この五魔法から、他の多種多様な魔法に発展していくことになる。


「では、その内の一つ。付与魔法についてお見せしましょうか」

 私は腰の剣を抜くと、剣先を天に向けた状態で胸の前に持ってくる。


「茨と封印の神スィルローゼの名の下に、我が刃に茨の力の片鱗を宿らせん。『スィルローゼ・ウド・エクイプ・エンチャ・アインス』」

 そして詠唱、魔法を発動。


「「「!?」」」

「おおっ、流石はエオナ様……」

「現役組怖い……」

 ただそれだけで私の持つ剣は煌めくような青い光を纏い、聖剣と称する事が出来るような力を宿す。

 こうなればモンスター相手に多大な効果を発揮するのはもちろんだが、この剣と同じ材質の物程度ならば一方的に切り裂くことも出来るだろう。


「私のスィルローゼ様への信仰はとても強いものです。故に最も基本的な魔法であっても、きちんと詠唱をして発動すれば、これほどの力を発揮する事が出来ます。ですが……」

「あー、はい。分かりました」

 が、これは私の信仰値が255と言うカンスト状態にあるからであり、これが一般的な物でない事は誰の目にも明らかだ。

 だから私は此処でジャックに目配せをする。

 ジャックも私が意図する事を理解したのだろう。

 気の抜けた返事をしつつ、自身の短剣に触れて詠唱をする。


「えーと……『シビメタ・スチル・エクイプ・エンチャ・アインス』」

 ジャックが力を借りる神と属性の差はあれど、同じレベルの付与魔法を唱える。


「しょぼーい……」

「エオナ様と全然違う」

「だろうなぁ……」

「まあ、信心を奪われてしまいましたからねぇ……」

 だが結果は歴然。

 信仰値が下限に近い魔法によって短剣が纏った光は、白い光を仄かに放つ程度で、如何にも頼りない程度だった。


「ですが、モンスターと戦う事を考えれば、この僅かな光が大切になります。モンスター相手ではまず第一に必要なのは信仰心に基づく魔法。どんなに強い武器も鎧も、魔法が無ければ役に立ちません。そういう訳ですので……今日は皆さんに付与魔法を教えたいと思います」

 しかし、この魔法こそが最も基本で、最も燃費もよく、そして最も使いやすい基本五魔法であり、ロズヴァレ村を守る切り札になるかもしれない魔法だった。

 だから私は他の神官たちと一緒に、熱心に子供たちに付与魔法を教えていった。

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