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プロローグ その2

そして運命の日が訪れる。俺は終電に乗って策士の下宿へ向かった。日付もすっかり変わり、街が静かになった中、俺は駅に降り立った。

「えーと、時間だともう来ているはずだが」

「お、悪い、悪い。ちょっとトイレ行っていた。さあ行くぞ」

こうしてしばらく歩くと、居酒屋に着き、策士はそこに入ろうとした。

「ちょっと待て、俺たちは飲みに来たわけじゃないぞ」

「それは知っているよ」

「じゃあ何で居酒屋なんだ?」

「あ、言ってなかったっけ?俺、ここの二階に下宿しているんだ」

「何だそうだったのか。俺も何回かここには来ているが、全く気付かなかったぞ」

策士の部屋に入ると、何かよくわからないポーションらしき液体や薬草が無造作に置かれていて、異臭が少しした。

「大丈夫?これって法律に引っ掛かりそうなもの置いてないよね?」

「大丈夫だ、問題ない。それより準備だ、始めるぞ」

こうして俺たちは準備を始めた。互いに深夜のテンションであったこともあり、特に時間の流れを感じるとこもなく進め、4時半にようやく準備を終えた。魔法陣が書いている布の上にポーションや薬草などのこの世全ての胡散臭さが詰め込まれたような祭壇(笑)が二つ並んでいる。

「ふぅー間に合ってぜ!この達成感は何物にも代えがたい。そうだ、瑜吉。乾杯したいから何か買ってきてくれ」

「乾杯するつもりならあらかじめ買ってきておけよ。それに乾杯は召喚が無事終了してからでも遅くないだろ」

「さあ、後10分ちょっとで儀式だ。トイレはその前に済ませておけよ」

「分かっているよ、子供じゃあるまいし」

「いつもイチゴミルクカクテルしか飲まないお子ちゃまなのに?」

「水がわりにブランデーを飲むお前が異常なんだよ!」

「まあ、それはそうとして手順は分かっているよな?」

「ああ、さっき他ならぬお前自身から訊いたよ。44分44秒にこのメモに書かれている呪文を唱えればいいのだろ?」

「その通りだ。あとこのフィギュアを置くのは44分ピッタリの時間だからな、そこ忘れるなよ」

「ああ、分かった」

こうして俺は召喚の儀式までのひと時を策士との他愛もない会話に費やした。後乾杯用の飲み物は俺が店の隣の自販機で買ってきた。

 そして44分、俺と策士はそれぞれ自分の祭壇に向かってフィギュアを置いた。その44秒後俺たちは呪文を唱え始める。詠唱後何事も無かったかのように時が過ぎ、そして失敗したと笑いあってコーラで乾杯する。俺はそんな他愛のない大学生のバカ遊びになるだろうと詠唱中考えていた。しかし、現実は俺の淡い期待を裏切った。突如として発生した煙幕、それが引いたと思って祭壇の中を見てみると、そこには他ならぬ、甘木寧音が座り込んでいたのだ。

「あれ、これって成功しちゃったの、かな?」

「そ、そうみたいだな」

策士の方を見ると泥のように眠っている女性を抱きかかえている。どうやら向こうも成功したみたいだ。策士は昭子を押し入れに入れた。

「押し入れで寝かせるとかドラえもんかよ。もっとマシなところで寝かせろよ」

「押入れが今この空間で一番マシなところだと思うが」

周りを見ると塵や埃、さらには薬草などが散らばっている。俺は策士の言うことも一理あるなと思った。

「さて、それはそうとして、寧音はどうするのだ?」

俺は寧音の方を見る。さっきまではぼんやりとしていたのだが、状況をつかんだのかつかんでないのか、オロオロとし始めた。

「ここは、どこなの…?」

寧音は怯えたような声で尋ねた。

「どこって、俺んちだよ」

「俺んちじゃ分かんねーよ。寧音はお前と面識ないのだから」

「俺は孫崎策士。萌治大学に通いながらフリーの魔術師としても活動している。君は甘木寧音…だっけ?ほら、これで知らない人じゃないだろ」

「どこぞのピエロみたいな芸当をするな。後お前は魔術師じゃなくただの中二病だろ」

「召喚を成功させたのにただの中二病は言いすぎだろ」

「そ、それもそうだな」

「あの、孫崎さん。すみません。もえじだいがくって何ですか。わたし、聞いたことないです」

寧音は不思議そうにそう俺たちに問いかけた。

「何ってほら、日本の私立大学で結構な大手のところだよ。萌大前なんて駅があるくらいなのだから。第一君もそこの学生だと聞いたが。」

「え、わたしが大学生なのは事実ですけど、こんな聞いたこともないFラン大学じゃありませんよ」

「おかしいな…漫画にはそう書いてあったのに」

策士が頭を捻ったので、俺は彼に情報を補足した。

「あのな、漫画に書いてあったのは明智大学な。そこは学部の編成とかキャンパスの場所とかを見ると萌治大学をモデルにしているというだけで、決してそこに通っていたというわけじゃないぞ」

「お前詳しいな」

「まあな、念のため漫画喫茶で全巻読んできたし」

俺はさらに補足する。

「甘木寧音。愛称はねねっち。21歳。出身地は兵庫県。血液型はB型。瞳の色は茶色で髪の色は桃色。身長は155㎝で体重は40㎏。チャームポイントは両目の泣きボクロでスリーサイズは上から……」

「ちょ、ちょっと!何でそこまで知っているのよ!ひょっとしてあなたストーカーさんなの?それでわたしを拉致したの?」

「拉致か……策士、異世界からの召喚ってそうなるのかな?」

「まあ召喚された側からみるとこうなりそう」

「これって本当のとこ言った方がよい?」

「てかそれしかないだろ」

俺は意を決し、寧音に真相を告げる。

「寧音。落ちついて聞いてほしい。ここは現実世界だ。君は俺泥の世界から俺の召喚術でこっちに来たのだよ」

「現実世界?俺泥?何を言っているの?」

「まあ、落ち着け」

「落ち着いていられるか!」

そういうと寧音は脱出せんとばかりに、窓を開けベランダへと逃げだした。そしてベランダから身を乗り出した。

「おいやめろ、怪我するぞ!」

俺は何とか掴みかかり、ベランダ側に戻すことに成功した。そして何とか説得した。

「つまりわたしはこの異世界に召喚されたと……」

「こっちが現実世界なんだが」

「寧音からしたらそりゃそうでしょ」

そう策士が告げる。しかし寧音は信用していないようで、

「いや、信じられない。わたし、帰る!」

と叫び策士の部屋から出ようとした。

「どうする?瑜吉、帰す?」

「解放したところで、どこに帰すのかが分からない。ここは別世界に来たことを実感してもらうのが一番だと思う」

「まあ、それが賢明だな」

「寧音。別世界に来たということを信じていないようだな」

「そりゃ誰も信じないわよ。召喚された場所が玉座とかなら分かるけど、ボロい下宿だからよ」

寧音はそう叫んだ。俺は続けてこう言う。

「今から外に出て、それを証明する」

「まあ、どうせ出鱈目だと思いますが、これで納得するのなら」

こうして俺たちは策士の部屋から出て、下宿の外へ向かった。


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