第7話 裏切りへの正しい対処法
待ち合わせ場所の市門では、ヴァルターと髭面の男のパーティが揃っていた。貸し馬屋から借りてきた早馬もいる。準備万端だ。
「……ノエル、おまえはロイドたちと戦えるのか?」
用事が済み合流した俺に、ヴァルターが深刻な顔をして尋ねてくる。
事ここに及んでも、まだ迷いがあるか。
まあ、気もちはわからなくもない。たった一年、されど一年、俺たち
だが、それがどうした。裏切り者は裏切り者だ。
戦って金を取り戻すことができなければ、こっちが泣き寝入りするしかなくなる。そうして、延々と裏切られた憎悪に縛られ続けるのだ。
だったら、仲間だったとしても、きちんと制裁を加えるべきだろう。制裁を加え、問題を解決し、新しい一歩を踏み出せるようにするべきだ。
「俺は戦える。一切の容赦無くな」
「……殺すことになってもか?」
「当然だ。殺し合いになれば、なおのこと容赦無く叩き潰せる」
言葉だけの覚悟じゃない。必要なら相手が誰でも殺せる。
もとより、
今さら、元仲間だからといって迷うものか。そういった都合の良い甘さは、祖父の死を悲しんだ涙と共に流し尽くした。
「おまえには、情が無いのか?」
ヴァルターがずれた事を言うので、俺は失笑する。
「ヴァルター、俺はな、常に仲間に裏切られた時のことを想定していた。人は容易く道を踏み外すからな。
「仲間だぞ!? 仲間を信頼していなかったって言うのか!?」
「信頼とは、妄信することじゃない。疑うことも必要だ。その上で、寄り添い合えるか否かが、仲間でいるために必要な条件だろ」
そして、あの二人は俺たちを裏切った。それだけのことだ。
ヴァルターはまだ何か言いたげな様子だったが、これ以上続ける気は無いらしい。俺は視線を切り、貸し馬屋から借りた早馬に跨った。
「あの二人と戦うことができないなら、ここで待っていてもいいんだぞ。おまえの金は、俺が取り戻してきてやる」
戦えない戦士なんて邪魔なだけだ。ヴァルター無しだと戦力は大幅にダウンするが、まあなんとかなるだろう。策はいくらでもある。
「……馬鹿にするな。そこまで日和ってねぇよ」
ヴァルターは自分の馬に乗り、先に市門を出た。離れた位置にいた髭面の男たちのパーティが、それに続く。
「甘いな。甘過ぎる」
思わず、俺は呟いていた。
「そんな中途半端なままじゃ、余計に辛くなるだけだろうが」
†
†
ロイドとタニアの追跡を始めて三時間。
発見した場所は、髭面の男が言っていたカルノー村だった。帝都からちょうど半日分歩いた距離に位置する、のどかな農村だ。その料理屋から、二人が出てきたのを確認すると同時に、俺たちは捕縛作戦を決行した。
と言っても、特別なことはしなかった。二人は遠目にも、油断しきっていることがわかったからだ。
「よお、こんな農村でデートか? ずいぶんと風流な趣味だな」
俺が背後から声をかけると、二人は弾かれたように振り返る。
「ノ、ノエル!」
驚愕に顔を歪めたロイドは、予想通り腰の剣に手をかけた。
だが、遅い。
「動くなッ!!」
話術スキル:
二人が
二人が
髭面の男のパーティだけなら、この状態からでも打開策はいくらでもあっただろう。
例えば、ロイドが袖に潜ませている投げナイフを髭面の男の額に投擲し、自由になったタニ���が閃光スキルを放って敵の目を眩ます。そして、その瞬間にロイドが全ての敵を斬り伏せる。刹那の駆け引きが問われる戦術だが、二人の力量なら十分に可能だ。
だが、俺とヴァルターが加わっている以上、そんな隙は無い。
ロイドは彼我の戦力差を推し量り、もはや打つ手無しと理解したようだ。剣を捨て大人しく投降した。
こうして捕縛した二人は、俺の足元で項垂れている。
捕縛するにあたって、受け攻め様々なパターンを想定していたが、こんなに簡単に捕まるとはな。やはり、俺たちが追ってくるとは思っていなかったのだろう。仮に追いかけてきても、他の
「ロイドッ!!」
ヴァルターが我慢の限界だとばかりに、ロイドの胸ぐらを掴んだ。
「なんでだ!? なんで、俺たちを裏切ったッ!?」
「……すまない」
「すまない、じゃねぇっ!!」
今にも殴りそうなヴァルターの手を、俺は押し止める。
「ロイド、何があったかは、おまえの手紙を読んで理解している。だが、二日前の、
「……すまない、あれも使ってしまった」
「また投資か?」
「……いや、借金の返済だ」
仲間を裏切って逃げ出すことはできても、借金を返す律儀さは持っているというわけか。おかしな話だ。となると、答えは一つしかない。
「おまえ、投資で失敗したってのは嘘だな。実際はギャンブルだろ。カード? ダイス? ルーレット? 闘技場? なんだっていい。ギャンブルで負けが込んで、ヤバい奴らに借金をしてしまったから、パーティの金に手を付けたんだろ」
そもそも、投資をやっているなら、
投資もギャンブルのようなものだが、正しい知識さえあれば、儲けを出すことは可能だ。だから、投資家として成功している富豪はたくさんいる。
対してギャンブルは、最終的に必ず胴元が勝つようにできている。つまり、賭ける側はカモでしかないわけだ。そこに金をつぎ込むなんて、ドブに捨てるのと同じである。
「答えろ、ロイド。俺が預けた金は、ギャンブルに消えたのか?」
「……すまない」
「ふざけんな、この大馬鹿野郎ッ!!!」
ヴァルターが怒声を上げ、ロイドを持ち上げる。
「あの金は、俺たちが命を削って手に入れたもんだぞ!!! それをギャンブルに使うなんて、どういう了見だッ!!!」
「くっ、おまえたちに、リーダーの重圧はわかんねぇよッ!!!」
これは驚きだ。追い詰められたロイドは、逆切れして居直るつもりらしい。
「俺だって、好きでパーティの金に手を付けたわけじゃないんだ! 気がついたら借金が増えていて、それでどうしようもなくなって……。俺を責めたいなら、好きにすればいいさ。でも、本当に、その資格があるのか? 俺にリーダーとしての役目と責任を押し付けてきたおまえたちが、都合の良い時だけ自分の権利を主張す……ぐふぉっ!」
俺が鳩尾を思いっきり蹴り上げると、ロイドはヴァルターの手を離れて地面を転がった。苦しそうに悶えるその脇腹を、更に蹴りつける。
「ぐぎゃあっ!」
「資格があるのかって? あるに決まってるだろ。だいたい、リーダーをやりたいって言ったのは、おまえだろ、っと!」
三発目の蹴りは、背中の腎臓があるあたりを狙った。
「ぐぎぃっ!」
ロイドの悲鳴に構わず、俺は何度も、その身体を蹴りつける。
「リーダーの重圧? それがあれば、何をしても許されるとでも、思っていたのか? 甘えたことを抜かすな。おまえがギャンブルで借金を作ったのは、おまえがクズの能無し野郎だっただけだろうが、っと!」
「がはっ! げほっ、おええぇっ……」
良い蹴りが入ったようで、ロイドは血の混じったゲロを吐いた。
「……す、すまなかった、も、もう……やめてくれ……」
許しを請うロイドの顔は、土と涙と鼻水とゲロにまみれていて酷い有様だ。こいつのファンが見たら、卒倒するような汚らしい顔である。
「お願いだ……これ以上は……耐えられな……ぶべらっ!」
おっと、顔面を蹴ってしまった。逆切れした癖に許してくれなんてほざくものだから、うっかり足が勝手に動いてしまった。
だが、この程度なら問題無いだろう。こっちは身体能力にほとんど補正が掛からない話術士。片やロイドは、戦士と並んで最高の前衛適正を持つ剣士だ。
俺如きの蹴りで死ぬことはない。だから大丈夫。
「都合良く、虚弱体質の振りをするなよ糞野郎。本当に許して欲しいなら、あと千発耐えてみろ。そうしたら、謝罪だけは聞いてやる」
「ひっ、ひいぃぃぃぃっ!」
怯えるロイドをまた蹴ろうとすると、ヴァルターが俺の肩を掴んだ。
「もう、その辺にしとけ……」
「なんで?」
「なんでって……」
「わ、わたしからも、おねがい! もうロイドを許してあげて!」
ここぞとばかりに、タニアが出しゃばってくる。庇うのは結構だが、この女は自分の立場を理解できているんだろうか? いや、できていないんだろうな。
「だったら、おまえが蹴られるのを代わるか? 俺は男女平等主義なんでね。おまえが女だからって、手心は一切加えないぞ」
「えっ? ……ま、まって、そんなつもりじゃ!」
「自分の立場を理解できていないようだから、はっきり言ってやる。タニア、おまえも同罪だ。おまえもロイドと一緒に、パーティの金でギャンブルをしていたんだろ? そうじゃなきゃ、一緒に逃げる必要なんてないからな」
「ち、ちがうわ! 私は、ロイドを独りにしちゃ駄目だと思って……」
あくまでしらばっくれるつもりか。馬鹿が。
「もう一度聞く。おまえも一緒にギャンブルをしていたな? 全て吐け」
「していたわ。でも、悪いのはロイドの馬鹿よ。私にもっとお金を貸してくれていたら、必ず勝てたのに。自分ばっかり勝負しようとするから、こんなことになったのよ」
一息に白状したタニアは、我に返ると怒りで顔を真っ赤にした。
「ノエル! あなた、私にスキルを使ったわね!」
「使ったよ。それが何か?」
話術スキル:
対象に真実を自白させるスキルだ。だが、
「自分が何をしたか、わかっているの!? こんなこと、絶対に許されない!」
「普通はな。だが、おまえはパーティの資金を横領した犯罪者だ。帝国の法では、犯罪者の罪を自白させるためなら、精神干渉系スキルの使用が許可されている。つまり、俺は何の罪にも問われないってわけだ」
「そ、そんな……」
タニアの顔から、さっと血の気が引いた。どうやら、自分が犯罪者だという自覚が無かったらしい。
「横領罪は、十年間の強制労働と決まっている。おめでとう、おまえたち二人は、立派な犯罪者だ。元仲間として誇らしいね」
拍手をしながら厭味を言うと、二人は顔面蒼白のまま沈黙した。
横領罪が如何なるものか、二人も理解していただろうが、自分がその立場にあるとは、指摘されるまでわかっていなかったのだ。
人間が罪を犯すのは、決まって愚かな時だ。そして、愚者というのは、自分の愚行に盲目なものだ。
「話し合いは終わったようだな」
静観していた髭面の男が、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「良い見世物だったよ。ありがとう。もう満足した。だから、さっさと報酬を払いな。約束の百万フィル、忘れたとは言わせねぇぜ?」
「金は払う。だから、そこで大人しく待ってろ」
「いいや、もう待たないね。俺たちも忙しいんだ。さっさと出すもん出しな」
本当に忙しい奴が、おまえのような落ち目なわけがないだろうが。
「日を跨ぐと言っているわけじゃない。あと少しだけ待っていろ、って言っているんだ。金はすぐにやってくる」
「何をわけのわかんねぇことを言ってんだ。金が無いなら、そいつを寄こせ!」
髭面の男の手が、素早く俺の
「イカ臭い手で、俺の銀ちゃんに触るな」
「て、てめぇ……俺を騙しやがったな……」
「人聞きの悪いことを言うな。金は払うと言っている。――おっと、動くなよ。大事な
太もものホルダーから抜いたナイフを髭面の男の首に当て、助けに入ろうとする仲間たちを牽制する。少しでも妙な動きをすれば、必ず殺すという意思を見せる。
「後衛相手なら、正面からでも盗めると思ったか? 残念だったな。総合的な戦闘能力は劣るが、対人格闘術の腕はヴァルターとロイドよりも俺の方が上だ」
「ぐっ……」
抜け出す隙を探していた髭面の男は、俺との力量の差を察して力を抜いた。
面倒だが、しばらくこの状態を維持するしかない。事情を理解できていないヴァルターも、緊張した面持ちで髭面の男のパーティに斧を構えている。
やがて――馬の嘶く声が聞こえた。
「来た」
俺は拘束していた髭面の男を蹴り飛ばす。
そこに猛スピードでやってきたのは、けばけばしい紫色をした豪奢な馬車だ。馬車は俺たちの前で止まり、中からスラリと背の高い男が降りてきた。
男の年齢は三十前半。貴族が着るような華美な服――ジュストコールとキュロットを着ており、その色は馬車と同じ趣味の悪い紫だ。髪は灰色のセンター分け。恐ろしく整った顔立ちをしているが、濃い化粧が施されている。
男は紫のレースがあしらわれたハンカチを口元にあて、顔を歪めた。
「やだもう! ��舎って本当に埃っぽい! ていうか、馬糞臭っ!」
喜劇めいた口調と身振り。まさしく典型的なオカマそのものだ。
だが、周囲の空気は、このオカマへの恐怖で凍り付いていた。
誰かが震える声で、その名を口にする。
「奴隷商……フィノッキオ・バルジーニ……」