<< 前へ次へ >>  更新
7/45

第7話 裏切りへの正しい対処法

 待ち合わせ場所の市門では、ヴァルターと髭面の男のパーティが揃っていた。貸し馬屋から借りてきた早馬もいる。準備万端だ。


「……ノエル、おまえはロイドたちと戦えるのか?」


 用事が済み合流した俺に、ヴァルターが深刻な顔をして尋ねてくる。


 事ここに及んでも、まだ迷いがあるか。

 まあ、気もちはわからなくもない。たった一年、されど一年、俺たち蒼の天外(ブルービヨンド)は、苦楽を共にしてきたからだ。


 だが、それがどうした。裏切り者は裏切り者だ。

 戦って金を取り戻すことができなければ、こっちが泣き寝入りするしかなくなる。そうして、延々と裏切られた憎悪に縛られ続けるのだ。


 だったら、仲間だったとしても、きちんと制裁を加えるべきだろう。制裁を加え、問題を解決し、新しい一歩を踏み出せるようにするべきだ。


「俺は戦える。一切の容赦無くな」


「……殺すことになってもか?」


「当然だ。殺し合いになれば、なおのこと容赦無く叩き潰せる」


 言葉だけの覚悟じゃない。必要なら相手が誰でも殺せる。


 もとより、探索者(シーカー)は他の命を奪うことを生業の一つとする職業だ。悪魔(ビースト)や賞金首、今までに多くの命を俺は摘んできた。


 今さら、元仲間だからといって迷うものか。そういった都合の良い甘さは、祖父の死を悲しんだ涙と共に流し尽くした。


「おまえには、情が無いのか?」


 ヴァルターがずれた事を言うので、俺は失笑する。


「ヴァルター、俺はな、常に仲間に裏切られた時のことを想定していた。人は容易く道を踏み外すからな。探索者(シーカー)なんてヤクザな職業なら、なおさらだ。だから、ロイドとタニアの裏切りを知っても、何の驚きもなかった。ただ、その時がきたか、と思っただけだ」


「仲間だぞ!? 仲間を信頼していなかったって言うのか!?」


「信頼とは、妄信することじゃない。疑うことも必要だ。その上で、寄り添い合えるか否かが、仲間でいるために必要な条件だろ」


 そして、あの二人は俺たちを裏切った。それだけのことだ。


 ヴァルターはまだ何か言いたげな様子だったが、これ以上続ける気は無いらしい。俺は視線を切り、貸し馬屋から借りた早馬に跨った。


「あの二人と戦うことができないなら、ここで待っていてもいいんだぞ。おまえの金は、俺が取り戻してきてやる」


 戦えない戦士なんて邪魔なだけだ。ヴァルター無しだと戦力は大幅にダウンするが、まあなんとかなるだろう。策はいくらでもある。


「……馬鹿にするな。そこまで日和ってねぇよ」


 ヴァルターは自分の馬に乗り、先に市門を出た。離れた位置にいた髭面の男たちのパーティが、それに続く。


「甘いな。甘過ぎる」


 思わず、俺は呟いていた。


「そんな中途半端なままじゃ、余計に辛くなるだけだろうが」





 ロイドとタニアの追跡を始めて三時間。


 発見した場所は、髭面の男が言っていたカルノー村だった。帝都からちょうど半日分歩いた距離に位置する、のどかな農村だ。その料理屋から、二人が出てきたのを確認すると同時に、俺たちは捕縛作戦を決行した。


 と言っても、特別なことはしなかった。二人は遠目にも、油断しきっていることがわかったからだ。


「よお、こんな農村でデートか? ずいぶんと風流な趣味だな」


 俺が背後から声をかけると、二人は弾かれたように振り返る。


「ノ、ノエル!」


 驚愕に顔を歪めたロイドは、予想通り腰の剣に手をかけた。


 だが、遅い。


「動くなッ!!」


 話術スキル:狼の咆哮(スタンハウル)


 二人が停止(スタン)状態になると、物陰に潜んでいた髭面の男がタニアに襲い掛かり、地面に組み伏した。タニアの悲鳴にロイドが注意を逸らした隙を突き、今度は同じく潜んでいたヴァルターを含む他の者たちが、一斉に二人を囲む。


 二人が停止(スタン)状態だったのは、僅か二秒ほど。その二秒で完全に制圧された二人の顔に、絶望の色が広がるのがわかった。


 髭面の男のパーティだけなら、この状態からでも打開策はいくらでもあっただろう。


 例えば、ロイドが袖に潜ませている投げナイフを髭面の男の額に投擲し、自由になったタニ���が閃光スキルを放って敵の目を眩ます。そして、その瞬間にロイドが全ての敵を斬り伏せる。刹那の駆け引きが問われる戦術だが、二人の力量なら十分に可能だ。


 だが、俺とヴァルターが加わっている以上、そんな隙は無い。


 ロイドは彼我の戦力差を推し量り、もはや打つ手無しと理解したようだ。剣を捨て大人しく投降した。


 こうして捕縛した二人は、俺の足元で項垂れている。


 捕縛するにあたって、受け攻め様々なパターンを想定していたが、こんなに簡単に捕まるとはな。やはり、俺たちが追ってくるとは思っていなかったのだろう。仮に追いかけてきても、他の探索者(シーカー)を頼るとは予想できなかったのだ。その慢心がこのザマである。


「ロイドッ!!」


 ヴァルターが我慢の限界だとばかりに、ロイドの胸ぐらを掴んだ。


「なんでだ!? なんで、俺たちを裏切ったッ!?」


「……すまない」


「すまない、じゃねぇっ!!」


 今にも殴りそうなヴァルターの手を、俺は押し止める。


「ロイド、何があったかは、おまえの手紙を読んで理解している。だが、二日前の、下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアの報酬はどうした? パーティのためにと預けた金は、どうなっている?」


「……すまない、あれも使ってしまった」


「また投資か?」


「……いや、借金の返済だ」


 仲間を裏切って逃げ出すことはできても、借金を返す律儀さは持っているというわけか。おかしな話だ。となると、答えは一つしかない。


「おまえ、投資で失敗したってのは嘘だな。実際はギャンブルだろ。カード? ダイス? ルーレット? 闘技場? なんだっていい。ギャンブルで負けが込んで、ヤバい奴らに借金をしてしまったから、パーティの金に手を付けたんだろ」


 そもそも、投資をやっているなら、下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアの素材が高騰していることも知っていたはずだ。だが、俺の記憶では、そんな素振りは一切無かった。


 投資もギャンブルのようなものだが、正しい知識さえあれば、儲けを出すことは可能だ。だから、投資家として成功している富豪はたくさんいる。

 対してギャンブルは、最終的に必ず胴元が勝つようにできている。つまり、賭ける側はカモでしかないわけだ。そこに金をつぎ込むなんて、ドブに捨てるのと同じである。


「答えろ、ロイド。俺が預けた金は、ギャンブルに消えたのか?」


「……すまない」


「ふざけんな、この大馬鹿野郎ッ!!!」


 ヴァルターが怒声を上げ、ロイドを持ち上げる。


「あの金は、俺たちが命を削って手に入れたもんだぞ!!! それをギャンブルに使うなんて、どういう了見だッ!!!」


「くっ、おまえたちに、リーダーの重圧はわかんねぇよッ!!!」


 これは驚きだ。追い詰められたロイドは、逆切れして居直るつもりらしい。


「俺だって、好きでパーティの金に手を付けたわけじゃないんだ! 気がついたら借金が増えていて、それでどうしようもなくなって……。俺を責めたいなら、好きにすればいいさ。でも、本当に、その資格があるのか? 俺にリーダーとしての役目と責任を押し付けてきたおまえたちが、都合の良い時だけ自分の権利を主張す……ぐふぉっ!」


 俺が鳩尾を思いっきり蹴り上げると、ロイドはヴァルターの手を離れて地面を転がった。苦しそうに悶えるその脇腹を、更に蹴りつける。


「ぐぎゃあっ!」


「資格があるのかって? あるに決まってるだろ。だいたい、リーダーをやりたいって言ったのは、おまえだろ、っと!」


 三発目の蹴りは、背中の腎臓があるあたりを狙った。


「ぐぎぃっ!」


 ロイドの悲鳴に構わず、俺は何度も、その身体を蹴りつける。


「リーダーの重圧? それがあれば、何をしても許されるとでも、思っていたのか? 甘えたことを抜かすな。おまえがギャンブルで借金を作ったのは、おまえがクズの能無し野郎だっただけだろうが、っと!」


「がはっ! げほっ、おええぇっ……」


 良い蹴りが入ったようで、ロイドは血の混じったゲロを吐いた。


「……す、すまなかった、も、もう……やめてくれ……」


 許しを請うロイドの顔は、土と涙と鼻水とゲロにまみれていて酷い有様だ。こいつのファンが見たら、卒倒するような汚らしい顔である。


「お願いだ……これ以上は……耐えられな……ぶべらっ!」


 おっと、顔面を蹴ってしまった。逆切れした癖に許してくれなんてほざくものだから、うっかり足が勝手に動いてしまった。


 だが、この程度なら問題無いだろう。こっちは身体能力にほとんど補正が掛からない話術士。片やロイドは、戦士と並んで最高の前衛適正を持つ剣士だ。


 俺如きの蹴りで死ぬことはない。だから大丈夫。


「都合良く、虚弱体質の振りをするなよ糞野郎。本当に許して欲しいなら、あと千発耐えてみろ。そうしたら、謝罪だけは聞いてやる」


「ひっ、ひいぃぃぃぃっ!」


 怯えるロイドをまた蹴ろうとすると、ヴァルターが俺の肩を掴んだ。


「もう、その辺にしとけ……」


「なんで?」


「なんでって……」


「わ、わたしからも、おねがい! もうロイドを許してあげて!」


 ここぞとばかりに、タニアが出しゃばってくる。庇うのは結構だが、この女は自分の立場を理解できているんだろうか? いや、できていないんだろうな。


「だったら、おまえが蹴られるのを代わるか? 俺は男女平等主義なんでね。おまえが女だからって、手心は一切加えないぞ」


「えっ? ……ま、まって、そんなつもりじゃ!」


「自分の立場を理解できていないようだから、はっきり言ってやる。タニア、おまえも同罪だ。おまえもロイドと一緒に、パーティの金でギャンブルをしていたんだろ? そうじゃなきゃ、一緒に逃げる必要なんてないからな」


「ち、ちがうわ! 私は、ロイドを独りにしちゃ駄目だと思って……」


 あくまでしらばっくれるつもりか。馬鹿が。


「もう一度聞く。おまえも一緒にギャンブルをしていたな? 全て吐け」


「していたわ。でも、悪いのはロイドの馬鹿よ。私にもっとお金を貸してくれていたら、必ず勝てたのに。自分ばっかり勝負しようとするから、こんなことになったのよ」


 一息に白状したタニアは、我に返ると怒りで顔を真っ赤にした。


「ノエル! あなた、私にスキルを使ったわね!」


「使ったよ。それが何か?」


 話術スキル:真実喝破(コンフェス)


 対象に真実を自白させるスキルだ。だが、真実喝破(コンフェス)に限らず、人間の精神を支配するスキルは、社会に混乱を及ぼす危険があるため、私欲のために使えば一発で監獄行きと決まっている。


「自分が何をしたか、わかっているの!? こんなこと、絶対に許されない!」


「普通はな。だが、おまえはパーティの資金を横領した犯罪者だ。帝国の法では、犯罪者の罪を自白させるためなら、精神干渉系スキルの使用が許可されている。つまり、俺は何の罪にも問われないってわけだ」


「そ、そんな……」


 タニアの顔から、さっと血の気が引いた。どうやら、自分が犯罪者だという自覚が無かったらしい。


「横領罪は、十年間の強制労働と決まっている。おめでとう、おまえたち二人は、立派な犯罪者だ。元仲間として誇らしいね」


 拍手をしながら厭味を言うと、二人は顔面蒼白のまま沈黙した。


 横領罪が如何なるものか、二人も理解していただろうが、自分がその立場にあるとは、指摘されるまでわかっていなかったのだ。


 人間が罪を犯すのは、決まって愚かな時だ。そして、愚者というのは、自分の愚行に盲目なものだ。


「話し合いは終わったようだな」


 静観していた髭面の男が、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「良い見世物だったよ。ありがとう。もう満足した。だから、さっさと報酬を払いな。約束の百万フィル、忘れたとは言わせねぇぜ?」


「金は払う。だから、そこで大人しく待ってろ」


「いいや、もう待たないね。俺たちも忙しいんだ。さっさと出すもん出しな」


 本当に忙しい奴が、おまえのような落ち目なわけがないだろうが。


「日を跨ぐと言っているわけじゃない。あと少しだけ待っていろ、って言っているんだ。金はすぐにやってくる」


「何をわけのわかんねぇことを言ってんだ。金が無いなら、そいつを寄こせ!」


 髭面の男の手が、素早く俺の魔銃(シルバーフレイム)に伸びる。


 魔銃(シルバーフレイム)は非常に高価な代物だ。中古でも三百万フィルはする。だからこそ、髭面の男の意図と動きを予測していた俺は、魔銃(シルバーフレイム)を奪い取ろうとするその手を掴むと同時に捻り上げた。


「イカ臭い手で、俺の銀ちゃんに触るな」


「て、てめぇ……俺を騙しやがったな……」


「人聞きの悪いことを言うな。金は払うと言っている。――おっと、動くなよ。大事な斥候(スカウト)が死んでもいいのか?」


 太もものホルダーから抜いたナイフを髭面の男の首に当て、助けに入ろうとする仲間たちを牽制する。少しでも妙な動きをすれば、必ず殺すという意思を見せる。


「後衛相手なら、正面からでも盗めると思ったか? 残念だったな。総合的な戦闘能力は劣るが、対人格闘術の腕はヴァルターとロイドよりも俺の方が上だ」


「ぐっ……」


 抜け出す隙を探していた髭面の男は、俺との力量の差を察して力を抜いた。


 面倒だが、しばらくこの状態を維持するしかない。事情を理解できていないヴァルターも、緊張した面持ちで髭面の男のパーティに斧を構えている。


 やがて――馬の嘶く声が聞こえた。


「来た」


 俺は拘束していた髭面の男を蹴り飛ばす。


 そこに猛スピードでやってきたのは、けばけばしい紫色をした豪奢な馬車だ。馬車は俺たちの前で止まり、中からスラリと背の高い男が降りてきた。


 男の年齢は三十前半。貴族が着るような華美な服――ジュストコールとキュロットを着ており、その色は馬車と同じ趣味の悪い紫だ。髪は灰色のセンター分け。恐ろしく整った顔立ちをしているが、濃い化粧が施されている。


 男は紫のレースがあしらわれたハンカチを口元にあて、顔を歪めた。


「やだもう! ��舎って本当に埃っぽい! ていうか、馬糞臭っ!」


 喜劇めいた口調と身振り。まさしく典型的なオカマそのものだ。


 だが、周囲の空気は、このオカマへの恐怖で凍り付いていた。

 誰かが震える声で、その名を口にする。


「奴隷商……フィノッキオ・バルジーニ……」

<< 前へ次へ >>目次  更新