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最終話 その蛇には翼が生えている

「ぶ、蒼の天外(ブルービヨンド)……」


 俺たちが姿を見せると、広場にいた全員が恐怖に顔を歪めた。上々な反応だ。探索者(シーカー)たるもの、同業者には畏怖されるぐらいがちょうど良い。


 舐められたら終わりなのは、目の前で転がっているレオンが証明している。いかに優秀な探索者(シーカー)だろうと、弱みを見せてしまえば私刑(リンチ)を受けるのがオチだ。誰にも迷惑を掛けず、模範的な優等生だった天翼騎士団でさえ、こんな風に襲われてしまうのだから、暴力の世界というのは本当に血生臭い。


 まあ、俺のような人間には、とても快適で生きやすい世界なのだが。


「て、てめぇら、何の用だ?」


 震える声で問うエドガーを、俺は鼻で笑った。


「何って、散歩をしていただけだよ。なあ?」


「散歩じゃ」「散歩散歩」


 後ろに控えるコウガとアルマに話を振ると、二人はわざとらしく頷く。


「ふ、ふざけんなッ! ただ散歩していただけの奴が、何で俺たちの邪魔をする!? てめぇ、どういうつもりだ!?」


 指を失った右手を抱えながらも叫ぶエドガー。まだ動揺の方が大きいが、地面に落ちた戦斧や、周囲の仲間の様子を窺う余裕は生まれている。反撃の糸口を探っているのだろう。だが、それは無理な話だ。


「エドガー、おまえ頭が高いぞ」


「な、なんだと?」


「俺たちよりも格下のくせに、生意気なんだよ。気に入らねぇな。ああ、気に入らねぇ。いっそのこと、ここで死ぬか?」


「なっ、お、俺が、格下だと!?」


 プライドを傷つけられ顔を真っ赤にしたエドガーは、左手で戦斧を拾うと、仲間たちに向かって声を張り上げる。


「おまえたちも武器を拾えッ! ここまで舐められて黙っていられるか! 蒼の天外(ブルービヨンド)も血祭りにあげるぞッ!!!」


 エドガーは勇ましく戦斧を振って命令する。だが、当の仲間たちはエドガーの命令に奮い立つどころか、少しずつ後退りを始める始末だった。


「か、勘弁してくれ、エドガー……」


蒼の天外(ブルービヨンド)は、天翼騎士団に勝った奴らだぞ……」


「しかも、たった三人で、魔眼の狒狒王(ダンタリオン)を討伐している……」


「俺たちが勝てる相手じゃねぇ……」


 すっかり怖気づいているエドガーの仲間たち。やがて、その中の一人が、踵を返して脱兎の如く駆け出した。


「うっ、うわあああぁぁぁッ!!!」


 それを皮切りに、仲間たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「待て! 逃げるな! 戻ってこいッ!!!」


 エドガーは必死に呼び止めるが、誰一人振り返ることはなかった。


 こうなることは最初から予想していた。実際のところ、全員で戦えば勝機は十分にあっただろう。こっちも黙ってやられるつもりはないが、数の利はエドガーたちにあったのだ。なのに、奴らは風評だけで俺たちを過大評価し、絶対に勝てないと思い込んでしまった。その結果が、無様な敗走である。


「人望が無いなぁ、エドガー君」


 俺が前に出ると、エドガーは後退る。


「く、くるな……」


「くるな? 俺に命令をするつもりか? エドガー君、そろそろ学ぼうよ。今この場で、一番偉いのは誰だ? 俺か? それとも、おまえか?」


「ぐぐぅっ……」


「さっさと答えろ! 殺すぞッ!!!」


「ヒッ、ヒィッ! ま、待ってくれ! 降参だ! 頼む、許してくれ!」


 俺が恫喝すると、心が折れたエドガーは武器を捨てて跪いた。


「まだ頭が高いな。よっぽど俺の機嫌を損ねたいと見える」


「ち、違う! 誤解だ!」


 すぐにエドガーは地面に額をこすりつけた。捻じ曲がったプライドを抱えていた男が、随分と素直になったものだ。やはり、人の心は脆い。


 俺はエドガーに歩み寄り、髪の毛を掴んで顔を持ち上げた。


「土下座までしてもらったところ悪いんだけどさ、やっぱ気に入らないな、おまえ。どうしようか? どうするのがいいと思う?」


「お、お願いします……。見逃してください……」


 泣いて懇願するエドガーに、俺は努めて優しく微笑む。


「ああ、わかった。――この鼻が気に入らないんだ」


 素早く鞘から抜き放ったナイフが、エドガーの鷲鼻を切り落とした。


「イギャアアアアアァァァッ!!!」


 鼻が無くなった顔を両手で押さえ、のたうち回るエドガー。その頭を掴み、無理やり俺と視線が合うよう固定する。


「俺を見ろ。俺を見ろッ!!!」


「ひっ、ひぃぃぃぃっ……。も、もう、許してくれぇっ……」


「許してほしかったら、よく覚えておけ。二度と、調子乗った真似をするんじゃねぇぞ。もし約束を破ったら、おまえだけじゃなく、おまえの仲間、家族、隣人、女子ども年寄り関係なく、全員おまえと同じ顔にしてやる。わかったか? ――わかったかッ!?」


「わ、わわわ、わかりましたっ! わかりましたぁっ!!」


「行け。二度目は無いぞ」


 手を離した瞬間、エドガーは死に物狂いで立ち上がり、路地の奥へと走り去った。それを見届けた俺は、唖然としているレオンに微笑みかける。


「さて、レオン。ビジネスの話をしようか」





「……ビジネス、だと?」


 レオンは身体を起こし、俺を怪訝そうな目で見る。


「そう、ビジネスだ。レオン、俺の仲間になれ」


「なっ!? ふっ、ふざけるなっ!」


 すぐに否定するところを見ると、やはり俺を恨んでいるらしい。まあ、当然か。だが、そんな感情など些末な問題だ。


「仲間になるなら、新しく創設するクランのサブマスターとして迎えよう。俺たちはこれから急成長するチームだ。悪い条件じゃないだろ」


「誰が、おまえの仲間になんて、なるものか!」


「何故?」


「おまえたちが――いや、ノエル、おまえさえいなければっ……天翼騎士団は、解散せずに済んだんだッ!!!」


 語るに落ちたな。追い詰められた奴の精神構造は簡単で助かる。


「まるで、エドガーだな。おまえ、言っている意味がわかっているのか?」


「あんな奴と一緒にするな! おまえが、探索者(シーカー)協会(ギルド)と通じていたことは、わかっているんだぞ!」


「たしかに、俺はハロルドと通じていた。それは認めよう。だが、ちゃんと先手は譲っただろ? おまえたちにも勝つチャンスは十分にあったはずだ」


「そうだ! だが、おまえが仲間たちを唆したことも知っているぞ! そのせいで、カイムはあんなことを……。あいつの苦しみを思えば、おまえを許すことなんてできない……」


 レオンは拳で地面を叩き、悔し涙を流す。その姿を俺は笑った。


「何がおかしいっ!?」


「おかしいね。そんなにカイムの苦しみを理解しているなら、なぜ和解しに行かない? 諸悪の根源は俺なんだ。探索者(シーカー)として一緒に活動はできなくとも、一人の友人としてなら好きなだけ会えるじゃないか」


 俺の指摘に、レオンは絶句した。


「レオン、おまえがカイムに会いに行かないのは、あいつが怖いからだろ? 幼馴染で何でもわかっていると思っていた相手が、実はおまえに深い嫉妬を抱いていたんだからな。だが、そんなことは、少し考えれば理解できたはずだ。なのに、おまえは問題を把握しようとしなかった。とんだ職務怠慢だな。パーティのリーダーが聞いて呆れるぜ」


「知ったような口を……。おまえに、何がわかる……」


「わかるよ。俺も人を率いる立場だからな。リーダーである以上、パーティの問題は全てリーダーの責任だ。その代わりに、リーダーはパーティの栄光を一身に受ける権利がある。レオン、おまえはリーダーの責任を果たさなかった。なのに、世間がおまえだけを評価することを看過してきた。そんなパーティが長く続くわけがない」


 レオンは優秀だった。だが、優秀過ぎたせいで、人の心の弱さを理解できなかった。その結果、他の三人の心は疲弊し続けることになったのだ。


「……わかっていたさ。悪いのは全部、俺だ。ノエル、君がいなくても、俺たちに未来は無かった……。でも、それを認めてしまったら、俺たちの全てが無駄だったことになってしまう……。そんなこと、耐えられない……」


 肩を揺らして嗚咽を漏らすレオン。俺は、その正面に立つ。


「レオン、あの時の言葉を返そう。立て、立って戦え」


「戦って、どうなる? もう、失ったものは戻らないんだぞ……」


「いいや、戻るよ」


「…………え?」


 顔を上げたレオンに、俺は静かに続ける。


「たしかに、このままでは、天翼騎士団の栄光は過去のものとなる。いや、世間は残酷だ。栄光は消え、汚名しか残らないだろう。また、その汚名も、すぐに消える。一年も経てば、誰も天翼騎士団のことを思い出さなくなるに違いない」


「そうだろうな……」


「だが、天翼騎士団のリーダーだった、おまえが探索者(シーカー)として名を残せば、天翼騎士団の名もまた残り続ける」


「……だから、俺に戦えと? そのためだけに?」


 レオンが自嘲気味に口元を歪めると、俺は頷いた。


「そうだ。戦え。果たせなかった責任を果たせ。おまえが、天翼騎士団の名を後世に残せ。それ以外に、おまえが救われる道は無い」


「だが、君の仲間になれば、俺は本当の裏切り者になってしまう……」


「レオン、エゴイストになれ。中途半端な情なんて捨てろ。おまえも、おまえの仲間たちも、そんなもので救われたりはしない。大切な思い出を、永遠のものにしたいと心から望むなら、他の全てを捨てる覚悟が必要だ。この残酷な世界には、対価なくして得られるものなど、何一つありはしないのだから」


 レオンは沈黙し長い間そのままだった。やがて、意を決したように口を開く。


「ノエル、君は何を望む? 何のために探索者(シーカー)を続ける?」


「俺こそが最強の探索者(シーカー)だと、この世界に示すためだ」


 俺が即答すると、レオンは目を丸くした。そして、ゆっくりと立ち上がる。


「……その言葉、信じていいんだな? もし嘘なら、俺は君を許さない……」


「ふっ、愚問だな」


 俺は笑って手を差し出す。その手を、レオンは微笑混じりに掴んだ。





 ハロルドから冥獄十王(ヴァリアント)の話を聞かされて、今日でちょうど一週間。強制保険金である二千万フィルを納め、購入したクランハウスの住所を明記し、俺たちは晴れてパーティからクランへと認められた。


 探索者(シーカー)協会(ギルド)館の帰り道、往来を四人で歩いていると、道行く先々で俺たちの噂をする者たちに出くわした。


「見ろよ、ノエルとレオンだ……」


蒼の天外(ブルービヨンド)と天翼騎士団が、合併してクランになったのは本当だったのか……。こりゃ、すげぇことになるぞ……」


「メンバーの数こそ少ないが、天翼騎士団の実績も引き継いだからな。蒼の天外(ブルービヨンド)はクランになって早々、上位クランの仲間入りだ」


蒼の天外(ブルービヨンド)の奴ら、快進撃だな」


「待て、俺が聞いた話によると、クランになった時に、蒼の天外(ブルービヨンド)の名前は捨てたみたいだぜ。合併した今の奴らの名前は――」


 耳が早い奴らばかりだ。まあ、噂を広めたのは俺なんだが。情報屋のロキに頼んで、帝都中に俺たちがクランになった情報を拡散してもらった。間違いなく、どの新聞社も今日の一面で俺たちを取り上げることだろう。これで、また名前が上がることになる。名前が上がれば、次回の査定に繋がるだけでなく、銀行から多額の融資を受けることもできるようになる。


 内心でほくそ笑んでいると、不意に後ろから俺を呼ぶ怒鳴り声がした。


「ノエル・シュトーレンッ!!! この悪魔がッ!!!」


 振り返ると、そこにいたのは怒りで禍々しく顔を歪めたカイムだった。


「おや、カイム。久しぶりじゃないか。あの試験以来だな」


「おまえのせいで、俺たちはぁぁッ!!! 死ねええぇぇッ!!!」


 槍を構え、俺を刺し殺そうとするカイム。アルマとコウガが立ちはだかろうとしたが、それよりも遥かに早く、天翼のレオンが盾で受け止める。


「カイム、やめろッ! こんなことをしたら、おまえもタダでは済まないぞ! 早く槍を収めるんだッ!!」


「黙れ、裏切り者ッ!!! 俺たちを陥れた悪魔に尻尾を振りやがって!!!」


「そうだ! 俺は裏切り者だ! だから、ノエルは殺させない!」


 レオンが断言すると、カイムは後ろに飛び退った。罪を自覚し諦めたわけではない。槍による攻撃の最大威力を引き出すために、間合いを調整しただけだ。カイムは槍を構え直し、強烈な殺気を放つ。


「だったら、まずは……おまえを殺してやるッ!!!」


 突進と共に放たれる、凄まじいカイムの刺突。十分な助走距離を得た槍の一撃は、レオンの盾を容易く貫くことだろう。


 だが、レオンは軽々とカイムの槍を躱してのけ、その顎を右拳で打ち抜いた。吹き飛んだカイムは、そのままノックダウンし、仰向けに倒れている。


「く、くっそ、剣も抜かないなんて、おまえは……どこまで、俺を虚仮にするつもりなんだ……。呪われろ……呪われちまえ、裏切り者!」


 カイムは倒れたままレオンを罵倒した。だが、レオンは取り合うことなく、かつて仲間だったカイムに背を向ける。


「弁明はしない。俺は裏切り者だ。だから、俺は俺の道を行く」


 そして、レオンが俺たちのもとに戻ろうとした時だった。


「頑張れよ、レオン……」


 そのカイムの言葉に、レオンは眼を見開く。見る見るうちに眼を真っ赤にし、唇を震わせ、後ろを振り返ろうとする。


「振り向くなッ!」


 俺は鋭く制止した。


「振り向くな、レオン。……兄貴分の漢を汲んでやれ」


 カイムは俺を殺しにきたわけじゃない。ましてや、レオンに恨み言をぶつけるためでもない。不器用な兄貴分は、新しい道を選んだ弟分の覚悟を確かめにきたのだ。そして、ただ一言、「頑張れよ」と告げることが目的だった。


「行くぞ」


 俺が促すと、レオンは涙を拭い頷く。


「ああ、行こう。マスター」





 俺たちの拠点となるクランハウスは、集合住宅(マンション)として利用されていたレンガ造りの建物だ。三階建てで部屋は九つある。魔眼の狒狒王(ダンタリオン)の討伐で得た報酬の半分を頭金に、分割払いで購入した。


 クランハウスとしての改装はまだで、中は荒れ放題だ。業者を頼んでリフォームをする必要がある。きっと雨漏りもしているだろうし、あちこちの床が腐っているに違いない。だから、まだ中には危なくて入ることができなかった。


「なかなか、立派な建物じゃのう。ほんまに中には入れんのか?」


 クランハウスを見上げながら尋ねてくるコウガに、俺は笑った。


「なんだったら、試してみるか?」


「え、遠慮しとくわい……」


 嫌そうにコウガが首を振ると、アルマはまたぞろ意地の悪い顔をする。


「コウガはへたれ」


「うっさいわい!」


 この二人のやり取りにも、すっかり慣れてしまった。いい加減、もっと仲良くしてもらいたいところだ。


「マスター、今日はクランハウスを見にきただけなのかい?」


 首を傾げるレオンに、俺は頷く。


「目的の一つはな。皆でクランハウスを見れば、気合も入るだろ?」


「まあね。他の目的って?」


「この場所で、これを渡すことだ」


 俺はポケットから三つのブローチを取り出した。三つとも同じブローチで、翼が生えた蛇の形をしている。


白星銀(ミスリル)製だ。知り合いの武具職人に頼んで作ってもらった。これが俺たちのシンボルマークとなる」


 俺がブローチを差し出すと、三人は順に受け取った。まず、最初に仲間になったアルマ。次にコウガ。最後にレオンが手に取る。


「古来より、蛇は不老不死と繁栄の象徴とされてきた。一方で、人を誑かす、邪悪な存在だと恐れられることもあった。その二面性は、俺たちに相応しい。王道と邪道、光と闇、異なる属性を行き来して俺たちは頂点を目指す」


 三人は強い眼差しで頷いた。


「クランの創設申請は認められた。俺たちは蒼の天外(ブルービヨンド)でも、天翼騎士団でもない。既に伝えたように、以降はこの名を名乗っていく」


 俺は三人を見渡し、その名を口にする。


嵐翼の蛇(ワイルド・テンペスト)

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

WEB版はこの最終話で完結です。

今後の話術士についてはツイッター(じゃき@Jackie_Gun69)にて告知しておりますので、

そちらを確認して頂けると幸いです。

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