第43話 射殺せ
またまた字数が長くなってしまった……
天翼騎士団はメンバーの誰もが優秀だ。だが、その中で本当の天才と言えるのは、レオンだけだった。頭一つどころか、
とある記者が名付けた、天翼騎士団という異名の『天翼』とは、そのレオンの特異な能力を示したものだった。
彼の騎士の剣は、天翔ける翼の如し、とはよく言ったものである。
つまるところ、天翼騎士団とはレオンだ。もし他の三人が別の誰かに入れ替わっても、レオンがいる限り、天翼騎士団と呼ばれることになる。だが、他の三人が残っていても、レオンがいなければ、誰も天翼騎士団とは呼ばないだろう。
どれだけ努力しても、常にレオンの添え物としてしか扱われない状況は、俺なら耐えられない。いや、まともな感性をしている者なら、誰も耐えることはできないだろう。
天翼騎士団の歪さを理解していたカイムは、それを自らの献身で支えようとしていた。たしかに、天翼騎士団の絆は強い。だがその絆は、レオン以外の三人が、自らの心の内に溜まり続けている、嫉妬という名の『膿』から目を逸らしていることで、辛うじて繋がっている状態にあることも事実だ。
直視すれば、決して耐えることはできなかっただろう。だからこそ、三人はレオンに相応しい仲間であろうとし、必死に走り続けた。走っている間は、自らの心の闇を意識せずに済むからだ。さながら、泳ぐのを止めると死んでしまう、一部の回遊魚のように。
だが、そんなものは偽りだ。いつかは必ず崩壊する運命にある。その時には、長年の間に蓄積し続けた『膿』が、大きく爆発することだろう。
俺は三人に接触し、裏切るよう告げた。だが、それは本意ではない。あの三人が自分を騙し続けることができても、当のレオンが三人の能力を信じられなくなる時がくる。つまり、対等な仲間として扱うことができなくなり、それが結果的に三人を突き放すことになるのだ。その結末を、俺は『レオンの裏切り』と表現し刷り込んだ。そして、『自由』という逃げ道に気がつかせてやった。
目的は一つ。
冷静に考えれば、避けられる事態ではある。だが、当事者というのは、往々にして冷静ではいられないものだ。人の心を動かすのに大きな力などいらない。蟻の一穴という言葉があるように、心の堤に僅かなヒビを入れれば、それだけで事足りる。
後は堤が切れるのを待つだけ。抑えきれない膿は一瞬にして溢れ出し、激情へと変わることだろう。激情に駆られ、苦しみから逃れようとする者に残された道は、リーダーにして裏切り者であるレオンを排除し、天翼騎士団という『檻』から解放されることだけだ。
実際に行動に移すのは、本命がカイム、次点でオフェリア、大穴がヴラカフ、といったところか。まあ、俺にとっては誰でもいい。
戦闘音が止んだので様子を見にきたが、やはり事は俺の思惑通りに運んだようだ。
俺は周囲を見渡し、草が不自然に折れ曲がっている場所を見つけると、礼儀正しくお辞儀を行った。
「天翼騎士団の皆さん、ここまでの露払いご苦労様」
実際、天翼騎士団が雑魚を一掃してくれたおかげで、何の苦労も無く
そもそも、この試験は争奪戦ではあるが、俺は最初から、天翼騎士団と正面から戦う気なんてなかった。ハロルド経由で設けた対人戦のルールは、単に人殺しを忌避する天翼騎士団を俺との戦いの場に引きずり出し、なおかつ攻略を急がせるためだけのものだ。先走った天翼騎士団は、見事露払いの役割を果たし、退場してくれたのである。
厄介だった雑魚はいなくなり、天翼騎士団も既に戦闘の続行が不可能となっている。あとは、誰の邪魔も気にすることなく、メインディッシュを頂くだけだ。
「オモチャ! オモチャ! アタラシイ、オモチャ!」
俺を見つけた
だが、俺の敵ではない。俺は心から気楽に微笑んだ。
「はじめまして、
「ノエル! ノエル! オレノ、オモチャ!」
「残念だが、俺はおまえのおもちゃにはならないよ。おまえは、俺に殺されるからな。そして、その毛皮から肉に骨と内臓、血の一滴まで、有効活用させてもらう。ごめんね?」
「キャキャキャキャッ! ムダムダ! シヌノ、ノエル! シヌノ、ノエル!」
「そう思うか? だったら証明してやるよ。――さあ、殺し合おうぜ、猿野郎」
†
†
俺の殺気を受けた
「コウガ、やれ」
戦術スキル:
戦術スキル:
ランクアップし戦術家となったことで、一部の話術スキルが戦術スキルへと変わった。
「ギギ? オマエタチ……ナゼ……ナゼ?」
「コウガ、明鏡止水」
「応!」
次の
刀剣スキル:明鏡止水。
眼を閉じている状態時のみ発動可能で、視力以外の感知能力を倍増させる。更に、その際の攻撃速度と攻撃威力が、常に3倍となるスキルだ。
仲間ながら、恐ろしい神業だ。これで、まだCランクなのだから末恐ろしい。
「ギギギ!? ギギィッ!!!」
困惑しながらも、
この攻防が成り立っているのは、『天翼もどき』によるものではない。コウガは攻撃しようとしているのではなく、カウンターを優先しているためだ。そこに明確な心の動きは無く、ただ視覚以外の情報に、反射的に対応しているに過ぎない。
したがって、
だが、身体能力は、
魔弾――
深度九の
刹那、
「ギィギャァァァァアアアァァァァッ!!!!!!」
血泡を吐きながら悶絶する
「ハハ、流石は一発一千万フィルの魔弾だ」
この戦いに用意した
苦しみ悶える
「コウガ、いけるか?」
「無理じゃ。あいつ、めっちゃ硬いわ。ワシん刀じゃ、歯が立たん」
コウガは訓練によって、俺の全てのスキルを熟知している。ということは、俺の最強スキルである
「オーケー。当初の作戦通りいこう」
俺が方針を定めた時、
「オマエ、ナゼダ……。ソッチノ、オトコト、チガウ……。ココロガ、マッタク、ヨメナイ……。ナゼダ……ギギィッ……ギギャギャギャァッ!!!」
「企業秘密、と言いたいところだが、今日は気分が良いから、ヒントをやろう。俺とおまえは、相性が良い。ああ、最高にな」
そもそも、
だが、この
その
「おもちゃになるのは、おまえの方だったみたいだな」
俺が笑みを浮かべて挑発すると、
「コロスコロスコロスコロスコロスコロス、コロスゥゥゥアアァァッ!!!!」
「コウガ、桜花狂咲」
刀剣スキル:桜花狂咲。
一振りで無数の斬撃を繰り出すスキルだ。
「ふっ、読んでいたよ」
俺は既に銀ちゃんの銃口を向けている。だが、ここで撃っても軽々と躱されるだろう。だから、高速思考を、高速分割思考に変えた。
「ギギャァッ!?」
途端に、
「やっぱり、おまえとは相性が良い」
俺は銀ちゃんの引き金を絞る。
寸前で、
「ギャギャァァァァッ!!! ウデガァァァァアアアアッ!!!」
腕を失った
「オマエェッ……ユルサナイ……ユルサナイィィィッ!!!」
呪詛めいた言葉を吐いた
「コ、コレデ……モウ、アタマ、イタクナイ……���キキ……」
「あっ、そう」
「シネエエエエェェェェッ!!!」
話術スキル:
念話によって仲間と思考を共有するスキルだ。高速思考のままでは相手にダメージを与えてしまう危険があったが、もう心を――策を読まれる恐れは無いのだ。
『準備は整った。射殺せ、アルマ』
「
アルマの声が聞こえたわけではない。だが、たしかに、そう言ったはずだ。
音速を遥かに超えた飛来物が、俺の
今のアルマは、
俺は面白いと感じ、
戦術スキル:
そして、戦術スキル:
戦術スキルとなった
効果時間5秒の間、霊化し誰にも触れられない状態になるスキルを、アルマは絶妙なタイミングで発動する。そのタイミングは、俺の高速演算による未来予知が導き出したものだ。決着は刹那で着く。それは確定した未来予知の範囲内だった。
霊化し攻撃を無効化したアルマは、すぐに実体化して
「戦闘行動、終了」
俺が最後の指示を出すと、コウガとアルマは、その場にへたり込む。特に、
「おい、まだ生きているな」
俺は
「ギ、ギギィ……ヨクモ……ヨクモ……」
「おまえが死ぬ前に、聞きたいことがある。人が作った戦斧を持つ
「ヒィッ! ……ナ、ナニモ、ナニモ……シラナイ……シラナ、イ……」
「ちっ、やっぱり元気だったうちに聞き出すべきだったか……」
俺が舌打ちした時だった。不意にコウガが大声で叫ぶ。
「ヨッシャアアァァッ!!! ワシもこれでランクアップじゃぁッ!!!」
コウガは俺に向かって右手の甲を見せてくる。そこには、刀の形をした紋様が浮かび上がっていた。どうやら、
「おお、やったな。おめでとう」
「ヤッタアァァァァッ!!!」
大喜びで飛び跳ね回るコウガ。やはり、独りだけCランクだったのが、仲間外れみたいで辛かったらしい。帝都に帰ったら祝ってやるとしよう。
「ノエル、おまえ……」
俺を呼んだのは、カイムだった。姿隠しの結界を解除したらしく、天翼騎士団の姿が見えるようになった。予想通り、レオンは負傷している。
「おまえ、最初から……全部……」
カイムは俺たちがあっさりと
「おまええぇぇぇぇっ!!!」
激昂したカイムが俺に駆け寄ってくるが、その手が俺に届くことはない。
ちょうど俺とカイムの真ん中に、人が降ってくる。樹海の外で、ずっとこの試験の行く末を見守っていた、監察官のハロルドだった。
「両パーティ共、お疲れ様です。その戦いは、しかと見届けさせて頂きました。では、ここに結果を発表します」
ハロルドは俺たちを見渡し、声を張り上げる。
「勝者、
その結果に、カイムは物申そうと口をぱくつかせたが、何も言えないまま項垂れてしまった。たしかに、俺はハロルドと通じていた。有利な戦いの場を整えた。だが、天翼騎士団にも勝つチャンスはあったのだ。それを活かせなかったのは、本人たちの責任である。もはや、天翼騎士団の心は完全に折れた。俺に仕返しをする気力も残っていないだろう。
「ノエル」
いつの間にかアルマが俺の側に立っていた。
「これで実績はできた。あとは戦力」
「わかっている。それ込みの計画だ」
周囲に聞こえないよう小声で答えると、アルマは眉を顰める。
「……本当に、あの男を仲間にするつもり?」
「その件なら、十分に話し合っただろ」
「不満は無い。あの男が仲間になれば、ボクたちはもっと強くなる。でも、本当に仲間にできるの? こんな結果の後で?」
「当たり前だ。そもそも、俺が天翼騎士団をターゲットにしたのは、単に奴らがBランク帯最強だったからじゃない。天翼のレオン・フレデリクがいるからだ」
息も絶え絶えという様子のレオンを横目で窺い、俺は笑った。
「奴は俺たちの仲間になるさ。絶対にな」