第41話 試験開始!
場所は帝国最高峰の独立峰、グスターヴ山の麓に広がる樹海。
現在の
「天翼騎士団、並びに
立会人を務めるハロルドは、俺たちを見渡した。
「改めて本日の試験内容をお伝えします。今から両パーティには、前方の
俺たちは頷く。対峙する天翼騎士団の気迫は凄まじく、百戦錬磨の
「試験を開始する前に、各リーダーは前へ。握手を交わし、正々堂々と戦うことを誓ってください」
言われた通り、俺とレオンは前に出て、互いに握手を交わす。
「ノエル君、前にも言ったが、全力で行かせてもらうよ」
「はいはい、頑張りましょうね」
俺たちが自分の仲間の下に戻ると、ハロルドは片手を上げた。
「それでは、試験開始ッ!」
ハロルドの手が振り下ろされると同時に、天翼騎士団は樹海に向かって一斉に駆け出そうとする。一方、俺たちは慌てたりなどせず、背嚢を地面に置いた。
「二人とも、シートを敷くから、地面の石をどけてくれ」
「わかったわい」「了解」
コウガとアルマが邪魔な石をどけると、そこに持参していたシートを広げる。
「よし、こんなもんかな。――じゃあ、飯にするか」
シートの上に座った俺たちは、背嚢から大きなランチボックスを取り出し、昼食を食べ始めることにした。
ランチボックスの中身は豪勢で、サンドイッチや肉料理だけでなく、季節のフルーツを使ったデザートも入っている。星の雫館の大将お手製、特盛
「……ノエル君、これはどういうことかな?」
顔を上げると、そこには困惑した様子のレオンが立っていた。
「おや、天翼騎士団さん。急がなくていいのかな? 争奪戦だよ?」
「いや、それはこっちのセリフなんだが……。君たちは、何をしているんだ?」
「何って、見ての通り昼食ですが?」
俺の返答に、レオンは頬を引きつらせる。
「言っている意味がわからない。何故、ここで昼食を食べる必要がある?」
「腹が減っては戦はできないから」
「これは争奪戦だぞ!? のんびりしている暇は無いはずだ!」
「急がば回れ、って言うだろ?」
「なっ、き、君は……」
怒りに肩を震わせるレオンは、ハロルドに視線を向ける。
「ハロルドさん、これはどういうことですか!?」
「いや、私に聞かれても……」
同じく困惑した様子のハロルドが、こちらに近づいてくる。
「ノエルさん、どういうつもりですか? 開始の宣言はしましたよ」
「だから、昼食なんですが?」
「ううん? ……試験を放棄するつもりですか?」
「まさか! そんなつもりはないよ」
「では、早く立ってください。でなければ、試験を放棄したとみなします」
「そんな規定は無かったはずだぞ? 俺が従う理由は無いな」
「そ、それはそうですが……」
ハロルドが口ごもった瞬間、レオンが怒声を上げる。
「ふざけるのも、いい加減にしろ! 立て! 立って戦え!」
「嫌だね。時間が経ったら弁当が傷むだろ」
「君はクランを創設したいんじゃなかったのか!? この争奪戦に負けてしまえば、クランを創設できないどころか、パーティを解散することになるんだぞ!?」
「知ってるよ」
「だったら――」
「だが、俺に急ぐ気は無い。先手は先輩にお譲りしますので、お先にどうぞ」
「おまえッ!」
激怒したレオンが俺の胸座を掴もうとする。その伸ばされた手を、カイムが先んじて掴んだ。
「やめろ。行くぞ」
「だ、だが!」
「レオン、目的を見失うな」
「……わかった」
レオンは俺を一瞥し、踵を返す。
「ノエル君、君には失望した……」
†
†
レオンたち一行は、慎重に
「配下を合わせると、数は五百ってあたりかな。――あ、ちょっと待って」
オフェリアの耳が動き、遠くの様子を窺う。
「二百体が尖兵としてやってくるよ。なんで、臭いがばれる風上からスタートさせるかなぁ。でも、速度は遅めだから、会敵するのは五分後ぐらいだと思う」
レオンは周囲を見渡し、思考を巡らせる。
「よし、ここで迎え撃とう。ちょうど木々の間隔が広い場所だ。尖兵を撃破後、改めて進行する。各自、戦闘準備」
レオンの指示に従い、カイムとオフェリアが武器を構えて配置につく。だが、ヴラカフだけが動かず、挙手をした。
「レオン、少しいいか?」
「どうかしたのか?」
「こんな時に言い出すべきではないのだろうが、やはり余裕があるうちに伝えておきたい。先日、ノエル・シュトーレンが拙僧を訪ねてきた」
「え? どういうことなんだ?」
「拙僧に、天翼騎士団を裏切れ、と要求してきた」
ヴラカフの告白に、レオンは思わず仰け反った。カイムとオフェリアも、驚きのあまり言葉を失っている。
「もちろん、拙僧は断った。聞くに堪えない妄言しか口にしなかったのでな。だが、ひょっとすると、彼奴は拙僧以外のところにも訪れた可能性がある。拙僧たちの中に裏切り者がいるとは考えたくないが、ここではっきりさせておきたい」
ヴラカフがレオンたちを順に見る。レオンにとっては全く身に覚えが無い話だ。自動的に首を振る。だが、オフェリアが、おそるおそると手を挙げた。
「私のところにもきた……」
「なんだって!?」
「も、もちろん、私も断ったよ! だって、皆を裏切るとかありえないもん!」
必死に弁明するオフェリア。その言葉を疑う気は無いが、ショックは大きい。
「実は、俺のところにもきた……」
カイムまで認めたことで、いよいよレオンは背筋が冷たくなった。
「……じゃあ、俺以外の皆を、ノエルは篭絡しようとしたのか?」
「レオンはリーダーだからな。流石に篭絡できないって考えたんだろう。だからって、俺たちをターゲットにするのも浅はか極まりないが」
カイムが苦笑して肩を竦めると、オフェリアがほっと息を吐く。
「実はさ、ちょっとだけ不安だったんだよね。もしかして、私たちの中に、裏切り者がいるかもって。……あ、ちょ、ちょっとだけだよ! 本当だよ!」
安堵したせいか、口を滑らせたことに慌てるオフェリアを見て、レオンはようやく気もちが落ち着いてきた。
「わかっているよ。皆が天翼騎士団を裏切るわけがない」
「そもそも、拙僧には、ノエルの言葉がよくわからなかった。見返りに自由を与えると言っていたが、妄言にしか思えぬ」
ヴラカフが首を傾げると、オフェリアが手を叩く。
「私も言われた! あれって意味わかんないよね?」
「俺も言われたな。ふっ、ジョークとしては最高だったよ」
カイムも頷いたところを見ると、ノエルは同じ言葉で誑かそうとしたらしい。
「どういう会話の流れで言われたんだ?」
単純な好奇心だった。だが、レオンの質問に、三人は表情を強張らせて口を噤む。三人とも意味がわからないと言ったにも関わらず、その背景には同じ恐れと不安を感じた。
「ま、まあ、ノエルのことはもういいじゃないか。誰も裏切っていなかったんだ。おそらく、俺たちを疑心暗鬼にさせて、戦意を削ぐことが目的だったんだろう。気にすれば、あいつの思う壺だぜ」
カイムの言うことはもっともだ。今の話を聞いて、ノエルが争奪戦を急ごうとしなかった理由もわかった。
「彼は、俺たちが仲違いして自滅する、と踏んでいたみたいだな」
だから、焦らず機を見計らって突入する予定だったのだろう。
「……なるほど、面白いことを考える」
結果としては失敗に終わり、なによりも賛同できない作戦だったが、ノエルも本気で戦うつもりだったことがわかり、レオンは嬉しかった。
思い返すと、天翼騎士団はずっと孤独だった。互いに切磋琢磨できるライバルがおらず、仲間たちだけで励まし合って戦ってきたのだ。
そんな中、彗星の如く現れた
もっとも、ノエルの目論見が崩れた以上、この争奪戦に勝つのは天翼騎士団だ。試験が終われば、
レオンは、惜しいな、と思った。
「なあ、皆に相談なんだが、この試験が終わったら、ノエル君たちを天翼騎士団に誘ってみないか?」
その提案に、三人は目を丸くした。
「彼らは将来有望だ。きっと良い仲間になる。敗者は同じメンバーで活動できないって条件だったけど、勝者である俺たちが頭を下げて頼めば、たぶんハロルドさんも許してくれると思うんだ。皆、どうだろうか?」
正直なところ、反対されるだろう、と思っていた。どれだけノエルが有望だろうと、その振る舞いは褒められたものじゃないからだ。
だが、意外にも反応は悪くなかった。
「私は、良いと思う……」
最初に賛成したのは、ノエルと争ったはずのオフェリアだった。
「リーシャに聞いたんだけどさ、ノエルって仲間に裏切られて共有財産を奪われたらしいの。それで、お金を取り返すために奴隷に堕としたんだって。だからって認めることはできないけど、ちゃんと理由があったんだってわかった。なにより、ノエルの何をしても上に行くってハングリー精神は、私たちを良い方向に触発してくれると思う」
次に、ヴラカフが頷く。
「拙僧も異論は無い。どのみち、クランになれば人員を増やす必要がある」
最後に、カイムが頷く。
「俺も賛成だ。だが、まずは試験を無事に終えないとな」
その眼は、レオンではなく別の方向を見ていた。
「レオン、尖兵が速度を上げた。一気にくるよ」
オフェリアは状況を伝え、スキルで生み出した魔力の矢を弓につがえる。
「皆、先手は俺が引き受ける。残った敵を排除してくれ」
剣と盾を構えたレオンは、心を無にして敵を待つ。
やがて、森の奥から無数の小さな光が見えた。
「キイィィィィッ、ヤアアアァァァァッッッ!!!!」
耳をつんざくような猿叫。まず飛び出してきたのは三十体ほど。鋭い爪と牙でレオンたちを八つ裂きにしようと飛び掛かってきた。
だが、魔猿たちは、見えない壁にぶつかって動きを止める。
不可視の防壁を張る、
だが、いかに優秀な防御スキルであっても、本来なら魔猿たちに動きを見破られていた。そうならなかったのは、レオンが予備動作無しでスキルを発動できるからだ。
例えば、大声を出せば力が増すように、スキル名を叫ぶことは、発動をスムーズにする効果がある。声に出さずとも、スキルを使用するため体内の魔力をコントロールするには、手足でリズムをつける予備動作を必要とすることが多い。
レオンは長年の訓練によって、この予備動作を完全に無くすことに成功した。つまり、発動を念じた瞬間、一切の遅延無くスキルを使用することができるのだ。
いかに敵が心を読む
壁に阻まれた魔猿たちの首を、レオンは一息のうちに斬り落とす。そして、後ろに控えていた魔猿たちが呆然とした瞬間、カイムの槍が、オフェリアの矢が、ヴラカフの熱光線が、その心臓を瞬く間も無く射抜いた。
二百体もいた深度六相当の魔猿たちは、一分も経たないうちに全滅した。どこまでも静かで、洗練され尽くした動き。これがBランク帯最強パーティの戦い方だった。
「皆、先を行こうか。
「「「了解」」」
尖兵を殲滅した天翼騎士団は、樹海の奥へと足を進める。
†
†
「ほんまに、こんなことしてて、ええんじゃろうか……」
サンドイッチを頬張っていたコウガは、不安そうに漏らした。
天翼騎士団が
だが、俺たちはまだ動くことなく、ずっと食事を続けている。特に、作戦上多くのエネルギーを必要とするアルマは、一言も喋らず弁当を頬張り続けていた。
「こんまま、天翼騎士団が
「天翼騎士団は勝つよ。あいつらの強さなら、
「ええっ!? ど、どういうことじゃ!? 天翼騎士団じゃ勝てんから、こがいにのんびりしとったんちゃうんか!?」
驚き叫び、立ち上がるコウガ。俺は水筒のお茶を飲み、首を振った。
「いや、勝つよ。だが――」
「じゃあ、ワシらの負けじゃろうが!? パーティ解散じゃぞ!?」
「馬鹿、話は最後まで聞け。天翼騎士団が
「必要な条件?」
「死力を尽くすこと」
首を傾げるコウガに、俺は説明を続ける。
「レオンは、極めて優秀な司令塔だ。単に戦闘能力に優れているだけでなく、戦況把握能力にも秀でている。後衛ならともかく、前衛で司令塔を果たせるのは、帝都ですら数えられるほどもいない。だが、優秀さとは時に足枷になるものだ。つまり、確実な勝利ばかりに目が行く、ってことだからな」
「確実な勝利の何が悪いんじゃ?」
「それは、間もなく天翼騎士団が証明してくれるはずだ。安心しろ、コウガ。勝つのは俺たちだ。絶対にな」
俺が断言すると、コウガは不承不承という様子で納得し座った。
「まあ、ワシはノエルの刀じゃ。じゃけぇ、信じろ言われたら、信じるしかないわ。ふん、どのみち、ワシは頭が悪いからのう。なんもわからんわ」
「男が拗ねるな、気もち悪い。それに、種は蒔いてきた。勝利は確実だよ」
「まさか、また悪いことしたんか?」
コウガは顔を近づけ、ハロルドを見ながら小声で話す。ハロルドはスキルを使って内部の様子を覗き見ているらしく、離れた場所で目を閉じていた。
「悪いことなんてしてないよ」
「嘘吐け。じゃったら、何の種を蒔いてきたんじゃ」
「これから確実に起こることを、レオン以外の三人に教えてきただけだ」
「どういうことじゃ?」
俺は天翼騎士団が戦っているだろう方向に視線を向け、口元を歪めた。
「天翼騎士団は崩壊する。レオンの裏切りによってな」