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第41話 試験開始!

 探索者(シーカー)協会(ギルド)が主催するクラン創設試験――つまり魔眼の狒狒王(ダンタリオン)争奪戦は、予定通りの日程で行われることになった。


 場所は帝国最高峰の独立峰、グスターヴ山の麓に広がる樹海。魔素(マナ)が充満しやすいこの樹海は、深淵(アビス)が発生しやすく、常に探索者(シーカー)協会(ギルド)によって管理されている。


 現在の深淵(アビス)による浸食領域は、樹海の入り口から円形状に、直径約五キロメートル。周辺一帯は既に封鎖されており、一般人が入り込まないよう、要所毎に武装した警備の者たちが立っている。


「天翼騎士団、並びに蒼の天外(ブルービヨンド)の皆様、無事この日を迎えられたことを嬉しく思います。どちらも、準備は万端のようですね」


 立会人を務めるハロルドは、俺たちを見渡した。


「改めて本日の試験内容をお伝えします。今から両パーティには、前方の深淵(アビス)空間を探索して頂き、その核である魔眼の狒狒王(ダンタリオン)を討伐してもらいます。そして、これは争奪戦。互いに殺さない範囲での妨害行為が認められています。先に魔眼の狒狒王(ダンタリオン)を討伐した方が勝者。クランの創設を認めましょう。対して敗者は、パーティを解散して頂きます。よろしいですか?」


 俺たちは頷く。対峙する天翼騎士団の気迫は凄まじく、百戦錬磨の探索者(シーカー)であることを、如実に物語っていた。まともに戦えば、俺たち三人は成す術もなく鎮圧されることだろう。


「試験を開始する前に、各リーダーは前へ。握手を交わし、正々堂々と戦うことを誓ってください」


 言われた通り、俺とレオンは前に出て、互いに握手を交わす。


「ノエル君、前にも言ったが、全力で行かせてもらうよ」


「はいはい、頑張りましょうね」


 俺たちが自分の仲間の下に戻ると、ハロルドは片手を上げた。


「それでは、試験開始ッ!」


 ハロルドの手が振り下ろされると同時に、天翼騎士団は樹海に向かって一斉に駆け出そうとする。一方、俺たちは慌てたりなどせず、背嚢を地面に置いた。


「二人とも、シートを敷くから、地面の石をどけてくれ」


「わかったわい」「了解」


 コウガとアルマが邪魔な石をどけると、そこに持参していたシートを広げる。


「よし、こんなもんかな。――じゃあ、飯にするか」


 シートの上に座った俺たちは、背嚢から大きなランチボックスを取り出し、昼食を食べ始めることにした。


 ランチボックスの中身は豪勢で、サンドイッチや肉料理だけでなく、季節のフルーツを使ったデザートも入っている。星の雫館の大将お手製、特盛探索者(シーカー)弁当だ。


「……ノエル君、これはどういうことかな?」


 顔を上げると、そこには困惑した様子のレオンが立っていた。


「おや、天翼騎士団さん。急がなくていいのかな? 争奪戦だよ?」


「いや、それはこっちのセリフなんだが……。君たちは、何をしているんだ?」


「何って、見ての通り昼食ですが?」


 俺の返答に、レオンは頬を引きつらせる。


「言っている意味がわからない。何故、ここで昼食を食べる必要がある?」


「腹が減っては戦はできないから」


「これは争奪戦だぞ!? のんびりしている暇は無いはずだ!」


「急がば回れ、って言うだろ?」


「なっ、き、君は……」


 怒りに肩を震わせるレオンは、ハロルドに視線を向ける。


「ハロルドさん、これはどういうことですか!?」


「いや、私に聞かれても……」


 同じく困惑した様子のハロルドが、こちらに近づいてくる。


「ノエルさん、どういうつもりですか? 開始の宣言はしましたよ」


「だから、昼食なんですが?」


「ううん? ……試験を放棄するつもりですか?」


「まさか! そんなつもりはないよ」


「では、早く立ってください。でなければ、試験を放棄したとみなします」


「そんな規定は無かったはずだぞ? 俺が従う理由は無いな」


「そ、それはそうですが……」


 ハロルドが口ごもった瞬間、レオンが怒声を上げる。


「ふざけるのも、いい加減にしろ! 立て! 立って戦え!」


「嫌だね。時間が経ったら弁当が傷むだろ」


「君はクランを創設したいんじゃなかったのか!? この争奪戦に負けてしまえば、クランを創設できないどころか、パーティを解散することになるんだぞ!?」


「知ってるよ」


「だったら――」


「だが、俺に急ぐ気は無い。先手は先輩にお譲りしますので、お先にどうぞ」


「おまえッ!」


 激怒したレオンが俺の胸座を掴もうとする。その伸ばされた手を、カイムが先んじて掴んだ。


「やめろ。行くぞ」


「だ、だが!」


「レオン、目的を見失うな」


「……わかった」


 レオンは俺を一瞥し、踵を返す。


「ノエル君、君には失望した……」





 レオンたち一行は、慎重に深淵(アビス)を探索していく。オフェリアが探知スキルを使って調べたところ、この深淵(アビス)空間の核である魔眼の狒狒王(ダンタリオン)は、ここから二キロ進んだ場所にいるらしい。


「配下を合わせると、数は五百ってあたりかな。――あ、ちょっと待って」


 オフェリアの耳が動き、遠くの様子を窺う。


「二百体が尖兵としてやってくるよ。なんで、臭いがばれる風上からスタートさせるかなぁ。でも、速度は遅めだから、会敵するのは五分後ぐらいだと思う」


 レオンは周囲を見渡し、思考を巡らせる。


「よし、ここで迎え撃とう。ちょうど木々の間隔が広い場所だ。尖兵を撃破後、改めて進行する。各自、戦闘準備」


 レオンの指示に従い、カイムとオフェリアが武器を構えて配置につく。だが、ヴラカフだけが動かず、挙手をした。


「レオン、少しいいか?」


「どうかしたのか?」


「こんな時に言い出すべきではないのだろうが、やはり余裕があるうちに伝えておきたい。先日、ノエル・シュトーレンが拙僧を訪ねてきた」


「え? どういうことなんだ?」


「拙僧に、天翼騎士団を裏切れ、と要求してきた」


 ヴラカフの告白に、レオンは思わず仰け反った。カイムとオフェリアも、驚きのあまり言葉を失っている。


「もちろん、拙僧は断った。聞くに堪えない妄言しか口にしなかったのでな。だが、ひょっとすると、彼奴は拙僧以外のところにも訪れた可能性がある。拙僧たちの中に裏切り者がいるとは考えたくないが、ここではっきりさせておきたい」


 ヴラカフがレオンたちを順に見る。レオンにとっては全く身に覚えが無い話だ。自動的に首を振る。だが、オフェリアが、おそるおそると手を挙げた。


「私のところにもきた……」


「なんだって!?」


「も、もちろん、私も断ったよ! だって、皆を裏切るとかありえないもん!」


 必死に弁明するオフェリア。その言葉を疑う気は無いが、ショックは大きい。


「実は、俺のところにもきた……」


 カイムまで認めたことで、いよいよレオンは背筋が冷たくなった。


「……じゃあ、俺以外の皆を、ノエルは篭絡しようとしたのか?」


「レオンはリーダーだからな。流石に篭絡できないって考えたんだろう。だからって、俺たちをターゲットにするのも浅はか極まりないが」


 カイムが苦笑して肩を竦めると、オフェリアがほっと息を吐く。


「実はさ、ちょっとだけ不安だったんだよね。もしかして、私たちの中に、裏切り者がいるかもって。……あ、ちょ、ちょっとだけだよ! 本当だよ!」


 安堵したせいか、口を滑らせたことに慌てるオフェリアを見て、レオンはようやく気もちが落ち着いてきた。


「わかっているよ。皆が天翼騎士団を裏切るわけがない」


「そもそも、拙僧には、ノエルの言葉がよくわからなかった。見返りに自由を与えると言っていたが、妄言にしか思えぬ」


 ヴラカフが首を傾げると、オフェリアが手を叩く。


「私も言われた! あれって意味わかんないよね?」


「俺も言われたな。ふっ、ジョークとしては最高だったよ」


 カイムも頷いたところを見ると、ノエルは同じ言葉で誑かそうとしたらしい。


「どういう会話の流れで言われたんだ?」


 単純な好奇心だった。だが、レオンの質問に、三人は表情を強張らせて口を噤む。三人とも意味がわからないと言ったにも関わらず、その背景には同じ恐れと不安を感じた。


「ま、まあ、ノエルのことはもういいじゃないか。誰も裏切っていなかったんだ。おそらく、俺たちを疑心暗鬼にさせて、戦意を削ぐことが目的だったんだろう。気にすれば、あいつの思う壺だぜ」


 カイムの言うことはもっともだ。今の話を聞いて、ノエルが争奪戦を急ごうとしなかった理由もわかった。


「彼は、俺たちが仲違いして自滅する、と踏んでいたみたいだな」


 だから、焦らず機を見計らって突入する予定だったのだろう。


「……なるほど、面白いことを考える」


 結果としては失敗に終わり、なによりも賛同できない作戦だったが、ノエルも本気で戦うつもりだったことがわかり、レオンは嬉しかった。


 思い返すと、天翼騎士団はずっと孤独だった。互いに切磋琢磨できるライバルがおらず、仲間たちだけで励まし合って戦ってきたのだ。


 そんな中、彗星の如く現れた蒼の天外(ブルービヨンド)は、カイムが言ったように、良いライバルになれる可能性を秘めている。


 もっとも、ノエルの目論見が崩れた以上、この争奪戦に勝つのは天翼騎士団だ。試験が終われば、蒼の天外(ブルービヨンド)には解散の運命が待っている。


 レオンは、惜しいな、と思った。


「なあ、皆に相談なんだが、この試験が終わったら、ノエル君たちを天翼騎士団に誘ってみないか?」


 その提案に、三人は目を丸くした。


「彼らは将来有望だ。きっと良い仲間になる。敗者は同じメンバーで活動できないって条件だったけど、勝者である俺たちが頭を下げて頼めば、たぶんハロルドさんも許してくれると思うんだ。皆、どうだろうか?」


 正直なところ、反対されるだろう、と思っていた。どれだけノエルが有望だろうと、その振る舞いは褒められたものじゃないからだ。


 だが、意外にも反応は悪くなかった。


「私は、良いと思う……」


 最初に賛成したのは、ノエルと争ったはずのオフェリアだった。


「リーシャに聞いたんだけどさ、ノエルって仲間に裏切られて共有財産を奪われたらしいの。それで、お金を取り返すために奴隷に堕としたんだって。だからって認めることはできないけど、ちゃんと理由があったんだってわかった。なにより、ノエルの何をしても上に行くってハングリー精神は、私たちを良い方向に触発してくれると思う」


 次に、ヴラカフが頷く。


「拙僧も異論は無い。どのみち、クランになれば人員を増やす必要がある」


 最後に、カイムが頷く。


「俺も賛成だ。だが、まずは試験を無事に終えないとな」


 その眼は、レオンではなく別の方向を見ていた。


「レオン、尖兵が速度を上げた。一気にくるよ」


 オフェリアは状況を伝え、スキルで生み出した魔力の矢を弓につがえる。


「皆、先手は俺が引き受ける。残った敵を排除してくれ」


 剣と盾を構えたレオンは、心を無にして敵を待つ。


 やがて、森の奥から無数の小さな光が見えた。魔眼の狒狒王(ダンタリオン)の配下たちの眼光だ。白い毛並みの魔猿たちが、壁のような密度の群れを成して襲い掛かってくる。


 魔眼の狒狒王(ダンタリオン)は、心を読む悪魔(ビースト)だ。当然、その能力は配下にも備わっている。回避や反撃を試みても思考を読み取られ、即座に対応されてしまうことだろう。故に、配下ですら、その深度は六と評価されている。Bランクだけで固めたパーティであっても、勝つのは容易ではない。それが二百という大群で迫ってきていた。


「キイィィィィッ、ヤアアアァァァァッッッ!!!!」


 耳をつんざくような猿叫。まず飛び出してきたのは三十体ほど。鋭い爪と牙でレオンたちを八つ裂きにしようと飛び掛かってきた。


 だが、魔猿たちは、見えない壁にぶつかって動きを止める。


 騎士(ナイト)スキル:聖盾防壁(ホーリーシールド)


 不可視の防壁を張る、騎士(ナイト)の防御スキルだ。


 騎士(ナイト)の特性は、守護と癒し。味方を守る防御スキルと、損傷を回復する治療スキルを駆使し、先陣で壁役(タンク)を務める。


 だが、いかに優秀な防御スキルであっても、本来なら魔猿たちに動きを見破られていた。そうならなかったのは、レオンが予備動作無しでスキルを発動できるからだ。


 例えば、大声を出せば力が増すように、スキル名を叫ぶことは、発動をスムーズにする効果がある。声に出さずとも、スキルを使用するため体内の魔力をコントロールするには、手足でリズムをつける予備動作を必要とすることが多い。


 レオンは長年の訓練によって、この予備動作を完全に無くすことに成功した。つまり、発動を念じた瞬間、一切の遅延無くスキルを使用することができるのだ。


 いかに敵が心を読む悪魔(ビースト)であっても、無心の状態から読み取られる前にスキルを発動すれば、対処は不可能となる。もちろん、誰にでもできる芸当ではない。レオンは生まれつき、魔力の流れが常人よりも滑らかであるため、この技術を習得することができたのだ。


 壁に阻まれた魔猿たちの首を、レオンは一息のうちに斬り落とす。そして、後ろに控えていた魔猿たちが呆然とした瞬間、カイムの槍が、オフェリアの矢が、ヴラカフの熱光線が、その心臓を瞬く間も無く射抜いた。


 二百体もいた深度六相当の魔猿たちは、一分も経たないうちに全滅した。どこまでも静かで、洗練され尽くした動き。これがBランク帯最強パーティの戦い方だった。


「皆、先を行こうか。魔眼の狒狒王(ダンタリオン)と会敵した瞬間、範囲攻撃で雑魚を一掃。間髪入れず魔眼の狒狒王(ダンタリオン)を仕留める」


「「「了解」」」


 尖兵を殲滅した天翼騎士団は、樹海の奥へと足を進める。





「ほんまに、こんなことしてて、ええんじゃろうか……」


 サンドイッチを頬張っていたコウガは、不安そうに漏らした。


 天翼騎士団が深淵(アビス)に入って、そろそろ三十分が経とうしている。耳を澄ますと、その戦闘音が聞こえた。


 だが、俺たちはまだ動くことなく、ずっと食事を続けている。特に、作戦上多くのエネルギーを必要とするアルマは、一言も喋らず弁当を頬張り続けていた。


「こんまま、天翼騎士団が魔眼の狒狒王(ダンタリオン)を倒したら、ワシらはお終いじゃろ? ふ、不安じゃ……」


「天翼騎士団は勝つよ。あいつらの強さなら、魔眼の狒狒王(ダンタリオン)を討伐することは十分に可能だ」


「ええっ!? ど、どういうことじゃ!? 天翼騎士団じゃ勝てんから、こがいにのんびりしとったんちゃうんか!?」


 驚き叫び、立ち上がるコウガ。俺は水筒のお茶を飲み、首を振った。


「いや、勝つよ。だが――」


「じゃあ、ワシらの負けじゃろうが!? パーティ解散じゃぞ!?」


「馬鹿、話は最後まで聞け。天翼騎士団が魔眼の狒狒王(ダンタリオン)を倒すには、必要な条件がある。だが、それは不可能なんだ」


「必要な条件?」


「死力を尽くすこと」


 首を傾げるコウガに、俺は説明を続ける。


「レオンは、極めて優秀な司令塔だ。単に戦闘能力に優れているだけでなく、戦況把握能力にも秀でている。後衛ならともかく、前衛で司令塔を果たせるのは、帝都ですら数えられるほどもいない。だが、優秀さとは時に足枷になるものだ。つまり、確実な勝利ばかりに目が行く、ってことだからな」


「確実な勝利の何が悪いんじゃ?」


「それは、間もなく天翼騎士団が証明してくれるはずだ。安心しろ、コウガ。勝つのは俺たちだ。絶対にな」


 俺が断言すると、コウガは不承不承という様子で納得し座った。


「まあ、ワシはノエルの刀じゃ。じゃけぇ、信じろ言われたら、信じるしかないわ。ふん、どのみち、ワシは頭が悪いからのう。なんもわからんわ」


「男が拗ねるな、気もち悪い。それに、種は蒔いてきた。勝利は確実だよ」


「まさか、また悪いことしたんか?」


 コウガは顔を近づけ、ハロルドを見ながら小声で話す。ハロルドはスキルを使って内部の様子を覗き見ているらしく、離れた場所で目を閉じていた。


「悪いことなんてしてないよ」


「嘘吐け。じゃったら、何の種を蒔いてきたんじゃ」


「これから確実に起こることを、レオン以外の三人に教えてきただけだ」


「どういうことじゃ?」


 俺は天翼騎士団が戦っているだろう方向に視線を向け、口元を歪めた。


「天翼騎士団は崩壊する。レオンの裏切りによってな」

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