<< 前へ次へ >>  更新
40/45

第40話 罠は周到かつ大胆に

「ルールをお伝え致します」


 俺と天翼騎士団が相対すると、ハロルドは争奪戦の概要を説明し始める。


「勝者の条件は、既に現界している深度八の悪魔(ビースト)魔眼の狒狒王(ダンタリオン)の討伐です。ちなみに、魔眼の狒狒王(ダンタリオン)についてはご存じですか?」


「人の心を読む悪魔(ビースト)だ」


 俺はハロルドの質問に答える。


「体長は約四メートル強。悪魔(ビースト)の中では中型に属する。外見はほぼ猿で、額にある第三の眼が、人の心を読む。また、高い知能を持ち、人語も解する。そのため、性格は狡猾にして残忍。過去、討伐を失敗した探索者(シーカー)たちが、十日間にも及ぶ壮絶な拷問を死ぬ寸前まで受けた、という記録さえ残っている。悪魔(ビースト)は総じて狂暴だが、魔眼の狒狒王(ダンタリオン)の残忍さは最悪だ。討伐に失敗した時は、余力があるうちに自害することが推奨されている。主な攻略方法は――」


「ノエルさん、もう結構です。ご説明ありがとう」


 ハロルドは俺の説明を遮り、軽く咳払いをする。


「討伐対象の悪魔(ビースト)については、ノエルさんの説明通りです。天翼騎士団と、蒼の天外(ブルービヨンド)には、この討伐を競って頂きます」


「その競う、というのが、よくわからないんですが?」


 レオンが首を傾げると、ハロルドは微笑んだ。


「言葉通りですよ、レオンさん。現地に到着後、立会人を務める私が開始の合図をしたら、あなた方には魔眼の狒狒王(ダンタリオン)を目指してもらいます。そして、先に討伐に成功したパーティが勝者です」


「いや、それはわかっているんだよ」


 眉を顰めながら言ったのはカイムだ。


「だが、あんたの言葉を真に受けると、魔眼の狒狒王(ダンタリオン)よりも先に、蒼の天外(ブルービヨンド)を討伐しろ、って意味になる。悪いが、俺たちは人殺しをしない主義だ。例え相手が盗賊団でも、殺さず捕縛して憲兵団に渡してきた。もし、殺し合いを命じているのなら、俺たちは降りさせてもらう」


 カイムの言葉にレオンが頷く。


「チャンスを頂いておきながら申し訳ありませんが、人殺しはできません。これは俺たちの根幹に関わる問題です」


 人殺しはできない、か。綺麗事を言っているようだが、それは確かな実力に裏付けされた信念だ。犯罪者を殺さず捕縛するというのは、当然のことながら殺して終わらせるよりも難易度が高い。例え、相手が自分たちよりも劣る雑魚であっても、だ。


 そのため、多くの探索者(シーカー)たちは、盗賊団の討伐作戦を殺害前提で組む。だが、天翼騎士団は別だ。俺が調べたところによると、カイムの言う通り、一度も人を殺したことはない。盗賊団の討伐回数は全部で八回。中には大物盗賊団もいたが、その全てを生け捕りにしてきた。


 まさしく、天翼騎士団に相応しい高潔さだ。


「ご安心ください、お二方。私は人殺しを命じてなどおりません」


 身構える二人に、ハロルドはルールの説明を続ける。


「争奪戦である以上、相手への妨害行為は認めます。ですが、殺害は違反行為と定めさせて頂きます。当該深淵(アビス)空間は、常に私のスキルで監視します。よって、全ての行動は筒抜け。仮に誰かを殺して、その責任を悪魔(ビースト)に押し付けようとしても無駄です。その時点で、違反者の所属パーティは敗北します」


「妨害行為は、どのラインまでなら許されるんですか?」


 挙手するレオンに、ハロルドが答える。


「殺害しなければ何でも、と言いたいところですが、それだと曖昧ですね。では、こうしましょう。競争相手がダウンした場合、それ以上の追撃を禁止とします。追撃を行った場合、殺意があると判断し失格とします」


「捕縛は許されますか?」


「認めます。ただし、周囲に悪魔(ビースト)がいない地帯のみです。危険地帯で遺棄することは、殺意有りとみなします」


「わかりました。それなら問題はありません」


 レオンは安堵の息を吐き、カイムと顔を見合わせて笑った。


 考えていることは読める。試験が始まったと同時に、まず俺たちを捕縛するつもりなのだろう。そうすれば、悪魔(ビースト)の討伐に専念できるためだ。


「ああ、もう一つ付け加えておきましょう。妨害行為が可能となるのは、互いに当該深淵(アビス)空間に入った時からです。その外にいる間は、いかなる妨害行為も禁止とし、違反した時点で失格とします。試験が始まる前に脱落者が出てしまっては、本末転倒ですからね。それは私も避けたい。質問や異論はありますか?」


 二人が首を振る中、俺は手を挙げた。


「試験外の妨害行為の規定を、もっと明確にしてもらいたい」


「というと?」


「俺たちを監視するのは、試験中のみだろ? 試験外の行動まではわからないはずだ。先日、俺は天翼騎士団のメンバー、オフェリアに暴行を受けそうになった。品行方正で通っている天翼騎士団様だが、その本性は他の荒くれ者と変わらないらしい。とても身の危険を感じるね。ひょっとしたら、闇討ちを受けるかも」


 俺が笑いながら言うと、レオンは困ったように顎を撫でた。


「ノエル君、あの夜のことは本当にすまなかった。悪いのは俺たちだ。どうか許してほしい。君には二度と迷惑を掛けない」


「そんな言葉を信じられるとでも?」


「むぅ……。わかった、たしかに君の言う通りだ。ハロルドさん、ノエル君の言う通りにしてくれますか? 俺たちはそれに従います」


 レオンが了承すると、ハロルドは頷く。


「では、ノエルさん、あなたの望む規定をおっしゃってください。ただし、明らかにあなたを有利にするルールにはできませんよ? レオンさんが了承しようと、それでは試験の意味がなくなってしまいますから」


「わかっているよ。俺の希望は簡単だ。単に試験前の妨害行為を禁止するのではなく、『試験当日に互いのメンバーが万全の状態で揃っている』ことを条件としてくれ。もし、誰か一人でも欠けていれば、その理由の如何に関わらず、メンバーが揃うまで試験を無期延期にしてもらう。どうだ? 誰も損はしないだろ?」


 損をしないどころか、互いの身の安全を確約させる規定だ。拒む理由なんてあるはずがない。天翼騎士団の二人が頷くと、ハロルドは俺を見る。


「たしかに、あなた方は損をしない規定ですね。ですが、無期延期は認められません。延期が重なってしまうと、深淵(アビス)が広がってしまいます。延期を認められるのは三日まで。それを過ぎても試験を行えなかった場合、両者とも失格とします」


「俺はそれでいい」「俺たちもわかりました」


 話がまとまったところで、ハロルドは俺たちを見渡した。


「最後に、これはルールではなく参加条件です。今回の試験は、特別措置。何度もあるものとは思わないで頂きたい。したがって、あなた方の覚悟を確認するために、敗者はパーティを解散することを約束してもらいます。探索者(シーカー)として活動することは認めますが、同じメンバーで活動することは、探索者(シーカー)協会(ギルド)の名に於いて認めません。よろしいですか? よろしければ、この誓約書に各リーダーはサインをお願いします」


 ハロルドはテーブルに誓約書とペンを置く。まず、俺がサインをした。レオンはカイムと相談し、躊躇いつつも名前を書く。


「ここに合意はなされました。試験日は三日後の正午とします。詳細は改めて本日の夜までに手紙でお送り致しますので、当日まで各自準備を整えておいてください」


 ハロルドが試験日を告げると、レオンが立ち上がって俺の前にくる。


「ノエル君、傲慢に聞こえるだろうが、実力では俺たちの方が大きく上回っている。普通に考えれば、君たちに勝ち目はない。だが、君は特別なようだ。常識を覆す能力を持っているらしい。だから、決して油断はしないし、全力で挑ませてもらうよ」


 宣戦布告と共に差し出されたのは、レオンの大きな右手。その手を掴み握手を交わした俺は、遠慮することなく口元を歪めた。


「一つ、良いことを教えてやろう」


「なんだい?」


「話術士は、全職能(ジョブ)の中でも、最高レベルで知力補正が高い。そして、戦術家にランクアップした俺は、その優れた演算能力で未来予知をすることもできる」


 実際には、未来予知と言っても、見通せるのは二秒ほどだけだ。それ以上になると、単なる精度の高い予測にしかならない。だが、今の帝都に戦術家は俺しかいないため、はったりとしては十分に機能する事だろう。


「見えるな。敗北したあんたが、俺の前で無様に泣き喚く姿が」


 俺の挑発にレオンは一瞬怯んだが、すぐに笑みを浮かべた。


「楽しみにしているよ、蒼の天外(ブルービヨンド)





「まずは、見事、と言っておきましょうか」


 天翼騎士団が退出し、部屋に残ったのは俺とハロルドだけになった。ハロルドは溜め息混じりに、愚痴めいた言葉を続ける。


「よくもまあ、天翼騎士団のような高潔なパーティを、争いの場に引きずり出せたものです。本来なら、いくら踏み台にしようと画策しても、相手にすらされなかったことでしょう。その権謀術数には頭が下がりますね。これさえなければ」


 ハロルドの手には、一枚の手紙があった。


「まさか、公文書偽造までするとは。たしかに、クラン創設に慎重だった天翼騎士団の背中を押すには、効果的だったかもしれません。ですが、やり過ぎです」


「やりすぎ? 俺の計画に賛同した奴が言う台詞じゃないな」


「あなたの台本に従ったのは、私共にも利益があるからです。探索者(シーカー)協会(ギルド)の名を騙ることまで認めたわけではありません」


 ハロルドは強気だが、共犯者である以上、公に糾弾することはできないだろう。これも計画のうちだ。


 そもそも、天翼騎士団のクラン申請が却下されたのは、そうするよう俺がハロルドに指示したからだ。天翼騎士団を踏み台にするためには、まず公に認められる戦いの場に引きずり出す必要があった。闇討ちで仕留めたとしても、何の実績にもならない。


 その点、探索者(シーカー)協会(ギルド)の監察官が立会人を務める、クラン創設の許可を懸けた争奪戦というのは、優劣をつけるには最適な場であるし、なによりも話題性がある。


 もちろん、ハロルドが俺の指示に従う義理は無い。だが、探索者(シーカー)協会(ギルド)が、一時的にクランの創設を絞るつもりだったのは本当のことだ。


 ロキに調べさせるまでもなく、状況を考えれば簡単に予想できる。依頼を分散させるよりも、有望なクランに絞り育成した方が、来るべき決戦の貴重な戦力になるからだ。


 だから、俺が持ち込んだ話は、探索者(シーカー)協会(ギルド)にとって、渡りに船だった。Bランク帯最強パーティである天翼騎士団が、クラン創設を却下され試験を受けるとなれば、他の者も黙って従うしかなくなるためである。


「ノエルさん、私も共犯だから許すしかない、と思っていますね?」


「思っていますが、なにか?」


 俺が即答すると、ハロルドは深々と溜め息を吐いた。


「あなた、本当に可愛げがありませんね。うちの孫娘の爪の垢を、煎じて飲ませてあげたいですよ。そうしたら、少しは可愛げを学べるでしょう」


「ばっちぃことを言うな。腹を下したらどうしてくれるんだ」


「減らず口ばかり……」


 ハロルドは表情を改めると、俺を真っ直ぐ見る。


「ノエルさん、私が協力できるのは、ここまでです。ここから先は、あなたの探索者(シーカー)としての力量が試されることになる。たしかに、争奪戦で天翼騎士団に勝てば、あなた方の評価を大きく改める必要があります。ですが、勝てますか? 天翼騎士団は当然として、深度八の悪魔(ビースト)に、今のあなた方が?」


 俺はソファから立ち上がり、ハロルドに微笑む。


「勝つさ。俺が不滅の悪鬼(オーバーデス)から教わったのは、そういう戦い方だ」





 天翼騎士団のサブリーダーであるカイム。リーダーのレオンと同郷にして幼馴染。探索者(シーカー)としての実力はレオンに劣るが、チームの精神的支柱として貢献している。


 だが、友人は仲間以外におらず、プライベートではもっぱら、行きつけのバーで一人酒を楽しんでいるようだ。同席する者もレオンだけである。そのレオンにしても、酒が強い方ではないので、基本的にカイムは一人だ。


「……おまえ、どういうつもりだ?」


 俺がカイム行きつけのバーを訪れると、カイムはあからさまに警戒した。それを無視して隣の席に座り、ワインを頼む。


「どういうつもりだ、と聞いているんだが?」


 険しい顔で睨みつけてくるカイムを、俺は鼻で笑う。


「凄んでも無駄だ。争奪戦のルールは覚えているだろ?」


「覚えているさ。だが、おまえのこれは、妨害行為じゃないのか? どんな目的があるにしろ、対戦相手のところにやってくるなんて正気じゃない。警戒するな、って方が無理だ」


「おや、試験外の妨害行為の規定を忘れたのかな? 『当日に互いのメンバーが万全の状態で揃っている』だ。つまり、それを妨げない接触は許されている」


「おまえ、このために、あの規定を要求したのか?」


 その通り。俺が接触しても妨害行動とならないこと、また接触を理由に暴力で追い払う口実を与えないこと、それを確約させるために、あの規定を要求した。


「ふふふ、おまえ、想像以上に面白い奴だな。いいぜ、何が目的か、話を聞いてやる。俺を楽しませてみろ」


「目的は一つだ。カイム、天翼騎士団を裏切れ」


 俺が用件を伝えると、カイムは声を上げて笑った。


「ハハハハハハ! おまえ、俺を笑い殺すつもりか!?」


「そんなつもりはないさ。第一、おまえを殺したら試験が流れる」


「ふ~ん、本気なのか。面白い、話を続けてみろ。おまえの言うことを聞いたら、俺に何の見返りがあるんだ? 金か? 地位か?」


 茶化すカイムには、何を取引材料にされても了承しない、という強い意思が感じられる。天翼騎士団の中でも、幼馴染であるカイムとレオンの絆は強固だ。金や地位如きでは、いくら積み立てても篭絡できないだろう。


 だが、カイムが喉から手が出るほど欲しい物を、俺は知っていた。


「自由だ。自由を与えてやる」


「自由?」


 首を傾げるカイムに、俺は続ける。


「あんたらのことは新聞���調べたよ。どの記者も、素晴らしいパーティだと褒め称えている。だが、そこにある名前は、いつもレオンだけだ。他の三人の名前も挙がることはあるが、あくまで添え物としての扱いだな」


「……あいつがリーダーなんだから、当然だろ」


「違うな。レオンが――レオンだけが、特別だからだ。それは、幼馴染のおまえが、一番良く知っているはずだぞ?」


「それは……」


「何故、弟分のレオンに、リーダーの座を譲った? いや、譲らざるをえなかった? 答えは明白だ。おまえよりも、レオンの方が遥かに優れているからさ」


「おまえ……なんで……」


 当時の関係性まで知っている俺に、カイムは言葉を失った。


「カイム、天翼騎士団は歪だ。このままクランになっても、必ずおまえたちは、レオンの才能についていけなくなる。そうなった時、どれほどの絶望が待っているだろうな? なのに、このまま進むつもりか? 身を粉にして働いても、報われない結果だけが待っているというのに。カイム、自由になれ。今が、その最後のチャンスだ」


 俺が静かに語りかけると、カイムは目を伏せる。


「たしかに、おまえの言う通りだ。俺たちは歪だよ。いずれ、レオンについていけなくなる。あいつは、本当の天才だからな。だが――」


 ゆっくりと顔を上げたカイムには、寂しげな笑みがあった。


「それでも、俺はあいつを支えてやりたいんだ。俺の望みは、自由なんかじゃない。大切な弟分が、探索者(シーカー)として成功することだけだ。それを最後まで支えてやるのが、兄貴分の役目ってもんさ」


「あんた、本当にそれでいいのか?」


「あたりまえだ。まあ、おまえみたいなガキには、わからんだろうがな」


 テーブルに酒代を置き、立ち上がるカイム。どうやら、決意は固いようだ。店の出口に向かうカイムの背中には、報われない道を望んで進む覚悟が感じられる。


 だが、どれだけ強固な覚悟があろうと、俺の前では無意味だ。


「あんたが裏切らなきゃ、先に裏切るのはレオンだぜ?」


 カイムは足を止めて俺を振り返る。


「…………なんだと?」


 はい、『三人目』の馬鹿が罠に掛かりました。

<< 前へ次へ >>目次  更新