第40話 罠は周到かつ大胆に
「ルールをお伝え致します」
俺と天翼騎士団が相対すると、ハロルドは争奪戦の概要を説明し始める。
「勝者の条件は、既に現界している深度八の
「人の心を読む
俺はハロルドの質問に答える。
「体長は約四メートル強。
「ノエルさん、もう結構です。ご説明ありがとう」
ハロルドは俺の説明を遮り、軽く咳払いをする。
「討伐対象の
「その競う、というのが、よくわからないんですが?」
レオンが首を傾げると、ハロルドは微笑んだ。
「言葉通りですよ、レオンさん。現地に到着後、立会人を務める私が開始の合図をしたら、あなた方には
「いや、それはわかっているんだよ」
眉を顰めながら言ったのはカイムだ。
「だが、あんたの言葉を真に受けると、
カイムの言葉にレオンが頷く。
「チャンスを頂いておきながら申し訳ありませんが、人殺しはできません。これは俺たちの根幹に関わる問題です」
人殺しはできない、か。綺麗事を言っているようだが、それは確かな実力に裏付けされた信念だ。犯罪者を殺さず捕縛するというのは、当然のことながら殺して終わらせるよりも難易度が高い。例え、相手が自分たちよりも劣る雑魚であっても、だ。
そのため、多くの
まさしく、天翼騎士団に相応しい高潔さだ。
「ご安心ください、お二方。私は人殺しを命じてなどおりません」
身構える二人に、ハロルドはルールの説明を続ける。
「争奪戦である以上、相手への妨害行為は認めます。ですが、殺害は違反行為と定めさせて頂きます。当該
「妨害行為は、どのラインまでなら許されるんですか?」
挙手するレオンに、ハロルドが答える。
「殺害しなければ何でも、と言いたいところですが、それだと曖昧ですね。では、こうしましょう。競争相手がダウンした場合、それ以上の追撃を禁止とします。追撃を行った場合、殺意があると判断し失格とします」
「捕縛は許されますか?」
「認めます。ただし、周囲に
「わかりました。それなら問題はありません」
レオンは安堵の息を吐き、カイムと顔を見合わせて笑った。
考えていることは読める。試験が始まったと同時に、まず俺たちを捕縛するつもりなのだろう。そうすれば、
「ああ、もう一つ付け加えておきましょう。妨害行為が可能となるのは、互いに当該
二人が首を振る中、俺は手を挙げた。
「試験外の妨害行為の規定を、もっと明確にしてもらいたい」
「というと?」
「俺たちを監視するのは、試験中のみだろ? 試験外の行動まではわからないはずだ。先日、俺は天翼騎士団のメンバー、オフェリアに暴行を受けそうになった。品行方正で通っている天翼騎士団様だが、その本性は他の荒くれ者と変わらないらしい。とても身の危険を感じるね。ひょっとしたら、闇討ちを受けるかも」
俺が笑いながら言うと、レオンは困ったように顎を撫でた。
「ノエル君、あの夜のことは本当にすまなかった。悪いのは俺たちだ。どうか許してほしい。君には二度と迷惑を掛けない」
「そんな言葉を信じられるとでも?」
「むぅ……。わかった、たしかに君の言う通りだ。ハロルドさん、ノエル君の言う通りにしてくれますか? 俺たちはそれに従います」
レオンが了承すると、ハロルドは頷く。
「では、ノエルさん、あなたの望む規定をおっしゃってください。ただし、明らかにあなたを有利にするルールにはできませんよ? レオンさんが了承しようと、それでは試験の意味がなくなってしまいますから」
「わかっているよ。俺の希望は簡単だ。単に試験前の妨害行為を禁止するのではなく、『試験当日に互いのメンバーが万全の状態で揃っている』ことを条件としてくれ。もし、誰か一人でも欠けていれば、その理由の如何に関わらず、メンバーが揃うまで試験を無期延期にしてもらう。どうだ? 誰も損はしないだろ?」
損をしないどころか、互いの身の安全を確約させる規定だ。拒む理由なんてあるはずがない。天翼騎士団の二人が頷くと、ハロルドは俺を見る。
「たしかに、あなた方は損をしない規定ですね。ですが、無期延期は認められません。延期が重なってしまうと、
「俺はそれでいい」「俺たちもわかりました」
話がまとまったところで、ハロルドは俺たちを見渡した。
「最後に、これはルールではなく参加条件です。今回の試験は、特別措置。何度もあるものとは思わないで頂きたい。したがって、あなた方の覚悟を確認するために、敗者はパーティを解散することを約束してもらいます。
ハロルドはテーブルに誓約書とペンを置く。まず、俺がサインをした。レオンはカイムと相談し、躊躇いつつも名前を書く。
「ここに合意はなされました。試験日は三日後の正午とします。詳細は改めて本日の夜までに手紙でお送り致しますので、当日まで各自準備を整えておいてください」
ハロルドが試験日を告げると、レオンが立ち上がって俺の前にくる。
「ノエル君、傲慢に聞こえるだろうが、実力では俺たちの方が大きく上回っている。普通に考えれば、君たちに勝ち目はない。だが、君は特別なようだ。常識を覆す能力を持っているらしい。だから、決して油断はしないし、全力で挑ませてもらうよ」
宣戦布告と共に差し出されたのは、レオンの大きな右手。その手を掴み握手を交わした俺は、遠慮することなく口元を歪めた。
「一つ、良いことを教えてやろう」
「なんだい?」
「話術士は、全
実際には、未来予知と言っても、見通せるのは二秒ほどだけだ。それ以上になると、単なる精度の高い予測にしかならない。だが、今の帝都に戦術家は俺しかいないため、はったりとしては十分に機能する事だろう。
「見えるな。敗北したあんたが、俺の前で無様に泣き喚く姿が」
俺の挑発にレオンは一瞬怯んだが、すぐに笑みを浮かべた。
「楽しみにしているよ、
†
†
「まずは、見事、と言っておきましょうか」
天翼騎士団が退出し、部屋に残ったのは俺とハロルドだけになった。ハロルドは溜め息混じりに、愚痴めいた言葉を続ける。
「よくもまあ、天翼騎士団のような高潔なパーティを、争いの場に引きずり出せたものです。本来なら、いくら踏み台にしようと画策しても、相手にすらされなかったことでしょう。その権謀術数には頭が下がりますね。これさえなければ」
ハロルドの手には、一枚の手紙があった。
「まさか、公文書偽造までするとは。たしかに、クラン創設に慎重だった天翼騎士団の背中を押すには、効果的だったかもしれません。ですが、やり過ぎです」
「やりすぎ? 俺の計画に賛同した奴が言う台詞じゃないな」
「あなたの台本に従ったのは、私共にも利益があるからです。
ハロルドは強気だが、共犯者である以上、公に糾弾することはできないだろう。これも計画のうちだ。
そもそも、天翼騎士団のクラン申請が却下されたのは、そうするよう俺がハロルドに指示したからだ。天翼騎士団を踏み台にするためには、まず公に認められる戦いの場に引きずり出す必要があった。闇討ちで仕留めたとしても、何の実績にもならない。
その点、
もちろん、ハロルドが俺の指示に従う義理は無い。だが、
ロキに調べさせるまでもなく、状況を考えれば簡単に予想できる。依頼を分散させるよりも、有望なクランに絞り育成した方が、来るべき決戦の貴重な戦力になるからだ。
だから、俺が持ち込んだ話は、
「ノエルさん、私も共犯だから許すしかない、と思っていますね?」
「思っていますが、なにか?」
俺が即答すると、ハロルドは深々と溜め息を吐いた。
「あなた、本当に可愛げがありませんね。うちの孫娘の爪の垢を、煎じて飲ませてあげたいですよ。そうしたら、少しは可愛げを学べるでしょう」
「ばっちぃことを言うな。腹を下したらどうしてくれるんだ」
「減らず口ばかり……」
ハロルドは表情を改めると、俺を真っ直ぐ見る。
「ノエルさん、私が協力できるのは、ここまでです。ここから先は、あなたの
俺はソファから立ち上がり、ハロルドに微笑む。
「勝つさ。俺が
†
†
天翼騎士団のサブリーダーであるカイム。リーダーのレオンと同郷にして幼馴染。
だが、友人は仲間以外におらず、プライベートではもっぱら、行きつけのバーで一人酒を楽しんでいるようだ。同席する者もレオンだけである。そのレオンにしても、酒が強い方ではないので、基本的にカイムは一人だ。
「……おまえ、どういうつもりだ?」
俺がカイム行きつけのバーを訪れると、カイムはあからさまに警戒した。それを無視して隣の席に座り、ワインを頼む。
「どういうつもりだ、と聞いているんだが?」
険しい顔で睨みつけてくるカイムを、俺は鼻で笑う。
「凄んでも無駄だ。争奪戦のルールは覚えているだろ?」
「覚えているさ。だが、おまえのこれは、妨害行為じゃないのか? どんな目的があるにしろ、対戦相手のところにやってくるなんて正気じゃない。警戒するな、って方が無理だ」
「おや、試験外の妨害行為の規定を忘れたのかな? 『当日に互いのメンバーが万全の状態で揃っている』だ。つまり、それを妨げない接触は許されている」
「おまえ、このために、あの規定を要求したのか?」
その通り。俺が接触しても妨害行動とならないこと、また接触を理由に暴力で追い払う口実を与えないこと、それを確約させるために、あの規定を要求した。
「ふふふ、おまえ、想像以上に面白い奴だな。いいぜ、何が目的か、話を聞いてやる。俺を楽しませてみろ」
「目的は一つだ。カイム、天翼騎士団を裏切れ」
俺が用件を伝えると、カイムは声を上げて笑った。
「ハハハハハハ! おまえ、俺を笑い殺すつもりか!?」
「そんなつもりはないさ。第一、おまえを殺したら試験が流れる」
「ふ~ん、本気なのか。面白い、話を続けてみろ。おまえの言うことを聞いたら、俺に何の見返りがあるんだ? 金か? 地位か?」
茶化すカイムには、何を取引材料にされても了承しない、という強い意思が感じられる。天翼騎士団の中でも、幼馴染であるカイムとレオンの絆は強固だ。金や地位如きでは、いくら積み立てても篭絡できないだろう。
だが、カイムが喉から手が出るほど欲しい物を、俺は知っていた。
「自由だ。自由を与えてやる」
「自由?」
首を傾げるカイムに、俺は続ける。
「あんたらのことは新聞���調べたよ。どの記者も、素晴らしいパーティだと褒め称えている。だが、そこにある名前は、いつもレオンだけだ。他の三人の名前も挙がることはあるが、あくまで添え物としての扱いだな」
「……あいつがリーダーなんだから、当然だろ」
「違うな。レオンが――レオンだけが、特別だからだ。それは、幼馴染のおまえが、一番良く知っているはずだぞ?」
「それは……」
「何故、弟分のレオンに、リーダーの座を譲った? いや、譲らざるをえなかった? 答えは明白だ。おまえよりも、レオンの方が遥かに優れているからさ」
「おまえ……なんで……」
当時の関係性まで知っている俺に、カイムは言葉を失った。
「カイム、天翼騎士団は歪だ。このままクランになっても、必ずおまえたちは、レオンの才能についていけなくなる。そうなった時、どれほどの絶望が待っているだろうな? なのに、このまま進むつもりか? 身を粉にして働いても、報われない結果だけが待っているというのに。カイム、自由になれ。今が、その最後のチャンスだ」
俺が静かに語りかけると、カイムは目を伏せる。
「たしかに、おまえの言う通りだ。俺たちは歪だよ。いずれ、レオンについていけなくなる。あいつは、本当の天才だからな。だが――」
ゆっくりと顔を上げたカイムには、寂しげな笑みがあった。
「それでも、俺はあいつを支えてやりたいんだ。俺の望みは、自由なんかじゃない。大切な弟分が、
「あんた、本当にそれでいいのか?」
「あたりまえだ。まあ、おまえみたいなガキには、わからんだろうがな」
テーブルに酒代を置き、立ち上がるカイム。どうやら、決意は固いようだ。店の出口に向かうカイムの背中には、報われない道を望んで進む覚悟が感じられる。
だが、どれだけ強固な覚悟があろうと、俺の前では無意味だ。
「あんたが裏切らなきゃ、先に裏切るのはレオンだぜ?」
カイムは足を止めて俺を振り返る。
「…………なんだと?」
はい、『三人目』の馬鹿が罠に掛かりました。