第4話 パーティのすれ違い
報酬の五百万フィルは、次のように分配された。
まず、パーティ資産が二百万フィル。これは今後の活動を拡大するための資金である。また、何らかのトラブルが発生した時に備えた保険も兼ねている。
次に、パーティ運用費が二百万フィル。これは、アイテムの補充や装備の修繕と新調に必要となる金だ。
ロイドとヴァルターの装備が、
安くしてくれる馴染みの武具屋に任せても、二百万フィルは掛かるだろう。
そして、最後が待ちに待った個人分配だ。
「たった、これだけかぁ……」
さっきまでのはしゃぎようが嘘のように、ヴァルターが肩を落とす。
それぞれの手元に残ったのは、二十五万フィル。約一ヶ月分の生活費だ。
決して少ない報酬ではないし、いつもと比べれば断然多いが、やはり五百万に浮かれていた身としては、手元に残った額に不満を抱くのも仕方ない。
タニアも、手の平の上の金貨二枚と大銀貨五枚に冷めた顔をしている。
だから、報酬の値上げ交渉をすればよかったんだよ、とは言わない。言ったところで俺の気が少しだけ晴れ、代わりに三人が嫌な気もちになるだけだ。
「まあまあ、そう落ち込むなよ」
ロイドが困ったように笑いながら言う。
「個人分配額は少ないが、パーティ資産は着実に増えている。それに、次も大きな依頼を受けられれば、また同じだけ稼げるじゃないか」
たしかに、ロイドの言う通りだ。だが、間違っている点もある。
「ロイド、今回のような美味い依頼はレアだ。そうあることじゃない。なにより、この依頼は俺たちが国から受けた依頼ではなく、他のクランから回してもらった依頼だ。トラブルさえなければ、美味い依頼は自分のところで完遂される」
「そうだな……そうだった……」
そもそも、
だが、クランに入っていなくても、
クランが国から引き受けたはいいものの、対応しきれない案件を外注することがよくあるからだ。これは、依頼の年間受注数が多いほど、クランの評価が上がる査定システムが関係している。
俺たちが受けた
なんにしても、
だから、俺たちのように他人のクランに所属することを拒否した
そうやって金を貯め、いずれは自分たちのクランを創設する計画だ。
もっとも、クランもタダで仕事を回してくれるわけではない。安くない仲介料をせしめられることになる。討伐した
そこで交渉が重要になるのだが、こっちの権利を主張し過ぎても、煙たがられ良い仕事を回してもらえなくなるのも事実である。
つまり、パーティの成長度を考えるなら、ここらが良い頃合ということだ。
「ロイド、パーティ資産は今いくらだ?」
「え? …………えっと、今回のを合わせて千二百八十万フィルだな」
パーティ資産を管理しているのは、リーダーであるロイドだ。千二百八十万、たしかにその額だったと俺も記憶している。
「なら、その千二百八十万を使って、俺たちもクランを設立しよう」
「えっ!?」
ロイドが驚く。他の二人も声を上げた。
「……ノエル、知っていると思うが、クランを設立するためには、国に二千万フィルを納めないといけないんだぞ?」
この二千万という金は、国が
この難易度の上昇による次のクランに依頼する際の新たな報酬を、失敗した側が違約金として補填するシステムであるため、事前に最低二千万を納めなければならないのだ。
「理解している。だが、この一年で俺たちも強くなった。知名度もそこそこある。なのに、いつまでも下請けのままじゃ美味しくない」
「いや、気もちはわかるが……」
「だから、残りの七百二十万フィルは、俺が出そう」
「えっ!?」
三人がまた驚く。目を見張り、さっきよりも大きいリアクションだ。七百二十万という大金を俺が個人的に出すと言うのだから当然だろう。
実際のところ、気軽に出せる金額じゃない。祖父から遺産を相続してはいるが、それも残り僅かしかないからだ。
あの事件の後、生き残った使用人たちが立ち直れるように渡した金、そして俺が
特に、俺は祖父からの教えに従って、装備にかなり拘った。装備の良さは生存率に直結するためだ。
他にもスキルを習得することのできる
「もちろん、クランが軌道に乗ったら返してもらう。施しをしたいわけじゃないし、俺だって将来のことを考えると節制したいのが本音だからな。だが、このまま下請けとして活動するより、さっさとクランを設立した方が儲かるはずだ」
それに、ここで三人に恩を売っておけば、俺がリーダーになる話もスムーズに受け入れられるだろう。卑怯な気もするが、これも俺の大望のためだ。
「拠点はどうするんだ? クランの設立を認めてもらうためには、帝都内に拠点となる建物を持っていることも必要だぞ。帝都の地価は高い。借りるにしても月々の家賃は馬鹿にならない額だ」
「安心しろ、安く借りられる当てはある」
「本当か? いや、だが……」
悩むロイドを見かねたのか、横からタニアが口を挟んでくる。
「ノエル、あなたが本気なのは知っているけど、焦るのはいけないわ。今の私たちが無理にクランを設立しても、きちんと運営できるとは思えない」
「なぜ?」
「なぜって……私たちはまだ新人よ?
「なぜ?」
「いや、だからね……」
説き伏せようとしてくるタニアを、俺は手で制する。
タニアの言っていることは間違ってはいない。だが正しくもない。平凡でありきたりな意見だ。毒にも薬にもならない意見なんて、何の役にも立たない。
「なら、いつならいいんだ? 何年後なら確実にきちんと運営できると思えるようになるんだ? 何を成功の担保にする? クランを設立しない限り、どれだけ時間を経ても運営の初心者には変わりないんだぞ?」
「それは……」
「少なくとも、俺は
「うっ、うぅ……」
タニアは反論しようとしたが言葉が出てこないようだ。堪らずロイドに視線で助けを求める。仲の良いカップルなことで。
「……ノエルの考えも一理ある。経験は実際に始めてみなければ得られないからな。だが、一番儲けられる
「それは逆だよ、ロイド。若いからこそ良い仕事を回してもらえる」
「どういうことだ?」
「俺たちは若く、そして見た目が良い。それが重要なんだ」
「言っている意味がわからないんだが……」
ロイドは首を傾げる。他の二人も同様だ。何もわかっていない様子だった。そんな三人を、俺は改めて観察する。
リーダーで剣士のロイド。
燃えるような赤髪が特徴の優男。その甘いマスクは、荒くれ者が多い
そのため、女からの人気が高い
よく手入れのされた長い金髪が輝く、優しい顔立ちの美女。物腰が柔らかく愛想も良い。
あと、胸がでかい。ゆったりとしたローブの上からもわかるほど大きいのだから、大抵の男はまずそこに釘付けになる。彼女も異性からの人気が高い
戦士のヴァルター。
背が高く筋骨隆々の偉丈夫だ。あまり身なりを気にするタイプではなく、その黒い短髪も自分で雑に切ったものだが、顔立ちは彫りが深く整っている方だし、野性的な魅力を持っている。
ただ、ヴァルターの場合、異性からよりも同性からの人気の方が高い。汗まみれになりながら筋肉をぶつけ合いたいと、一部の変態共から尻を狙われているようである。
そして、俺こと話術士ノエル。
美人と評判だった母の容姿を、そっくりそのまま受け継いだ俺も、見た目は良い方だ。イケメンに産んでくれて、ありがとう母ちゃん。
「国は、
話を続けると、三人が耳を傾ける。
「つまり、多くの国民に
「なるほど……そういうことか……」
ロイドは俺の言わんとすることに気がついたようだ。顎を撫でながら、苦笑めいた笑みを浮かべている。
「そう、華やかさとは、若さと見た目の良さだ。なんたって、名うての
「つまり、若くて見た目が良いから、贔屓してくれるってことか?」
酔いが醒めてきたらしいヴァルターの問いに、俺は頷く。
まあ、それはどうでもいい話である。
「もちろん、贔屓されるためには実力も重要だ。だが、実際に成功しているクランは、往々にして見目麗しいメンバーに恵まれている」
「
タニアは理解はしているが、納得できないという様子だ。
「他の二人も同じ意見か?」
「俺は賛成だな」
同意したのはヴァルターだった。腕を組み不敵に笑っている。
「俺も、下請け業にはいい加減うんざりしていたんだ。さっさとクランを創っちまおうぜ。これまで以上に金が入れば、良い酒も飲み放題だし、良い女だって抱き放題だ。はっ、良いこと尽くめじゃねぇか」
「ちょっと、ヴァルター! 真面目な話をしている時に茶化さないでくれる!」
タニアが柳眉を逆立てるが、ヴァルターはお道化ることもなく堂々としている。
「俺は真面目だぜ、タニア。地位、名誉、金、それを望んで何が悪い。おまえだって、程度の差はあっても、似たようなもんだろうが」
「そ、それは……」
「それとも何か? おまえが俺の女になってくれるのか? だったら――」
「ヴァルターッ!」
ロイドが憤怒の形相でテーブルを叩く。自分の女を目の前で口説かれたんだ。いかに品行方正で温和な男でも、怒って当然である。
「冗談だよ冗談。怒んなよリーダー」
軽い調子に戻ったヴァルターに、ロイドはため息を吐く。
やはり、パーティ内恋愛は駄目だな。こうやって、トラブルの元にしかならない。タニアも気まずさからか、すっかり大人しくなっている。
それにしても、ヴァルターにとってタニアは、地位や名誉や金よりも欲しい女なのか。見てくれの割に、純情なロマンチストだな。
「だが、クランの件は本気だぜ?」
ヴァルターの言葉に、ロイドもタニアも反論はしない。
「これで二対一だな。ロイド、リーダーとしての意見を聞かせてくれ」
「難しいな……。どうしても、すぐにクランを設立したいのか?」
「悪いが、こればっかりは折れる気はないぞ。もし、どうしても未確定な先に延ばしたいというなら、資産から俺の金を返してくれ。俺はパーティを抜けさせてもらう」
俺がはっきり告げると、ロイドだけでなく全員がぎょっとした顔になる。
「……ノエル、いくらなんでも乱暴じゃないか?」
「乱暴なのは否定しない。だが、無意味に足踏みをするぐらいなら、おまえたちに罵られようと、別の道を歩むべきだろう。パーティ結成時にも言ったはずだ。俺には夢がある。偉大な
「夢、か……」
ロイドはしばらく考え込み、やがてゆっくりと口を開く。
「わかった。クランを設立しよう」
「ロイド、本気!?」
タニアがロイドの決定に食って掛かる。よほど否定的な考えのようだ。
「どのみち、いずれはクランを設立しないといけないんだ」
「で、でも……」
食い下がるタニアに、ロイドは優しく微笑んだ。
妙だな……。具体的な確証は何もないが、どうにも引っかかるやり取りだ。
「ノエル」
「うん?」
「俺のリーダーとしての決定は言った通りだ。これで文句はないな?」
「ああ、理解してくれて嬉しいよ。それで、具体的な話はいつする?」
「……明後日の昼でどうだ? 酒と疲労がしっかり抜けてから話し合おう」
「わかった、明後日の昼だな。俺からそっちの下宿先を訪れるよ」
こうして、いつもより少し長引いた慰労会は、しめやかに解散される。
そして、これが、