第39話 天翼騎士団
今回の話の最後から、クラン創設編は大きく動いていくことになります
またぞろ文字数が多くて申し訳ないのですが、引き続きお付き合い頂けると幸いです
「レオン、いい加減に止まって! もう街の外に出ちゃうよ!」
不意に、腕を後ろに引っ張られる。振り返ってみると、その手はオフェリアのものだった。オフェリアは不安そうな顔をしていて、それは一緒にいたカイムやヴラカフも同様だ。
「あ……」
どうやら、少しだけ夜風に当たるつもりが、長い間徘徊していたらしい。しかも申し訳ないことに、仲間たちを連れ回していたようだ。
「歩き続けて、ちょっとは気が晴れたかよ?」
カイムが困ったように笑うと、レオンは頭を下げた。
「皆、すまなかった。考え事で頭が一杯になっていたみたいだ……」
「らしくねぇな。目を離していたから詳細はわからねぇが、ガキに生意気な口を利かれたぐらいで、そこまで取り乱すもんか?」
「う、うん、まあ……」
口ごもるレオンに、ヴラカフが鼻を近づけて臭いを嗅ぐ。
「精神
「じゃあ、おまえの問題か」
カイムは腕を組み、訝しげに首を傾げた。
「何があったか、ちゃんと話してみろよ」
「わかった……」
当事者であるレオンとオフェリアは、互いに詳細を語っていく。こうして自分の行動を説明していると、事態を客観視できるようになり、とても恥ずかしい気もちになってきた。実際、話を聞き終えたカイムは、二人のことを鼻で笑った。
「なるほど、ね。そりゃ、おまえたち二人が悪いわ」
「ええっ、なんでよ!? 悪いのは――あいたっ!」
オフェリアが反論しようとすると、カイムは槍の石突で脇腹を突いた。
「噂を鵜呑みにして、初っ端から険悪な態度を取ったのは、どこの馬鹿だ?」
「た、たしかに、それは私が悪かったわよ……。でも、本人も認めたのよ?」
「馬鹿野郎。本当に疾しいことがあったら、公で素直に認めるもんか」
「え、じゃあ、嘘なの? なんで、そんな嘘吐く必要があんのよ?」
「それは知らん。だが、まあ、考えられるとしたら、悪評を逆に利用したい、ってあたりかな? 悪名は無名に勝る、って言葉もあるぐらいだし」
「ええ? それはそれで――あいたたたっ! 突かないで突かないで!」
カイムの連続突きを受けたオフェリアは、痛みに耐えかねてヴラカフの背中に隠れてしまった。ちょこんと顔だけをのぞかせて、恨みがましい眼をしている。
「だいたい、全て真実だったとしても、何の関係も無い立場の奴が、一方的に絡むんじゃねぇよ。正義感を暴走させ過ぎだ馬鹿」
「うぅっ……」
非の打ち所がない正論だ。どれだけ正しくとも、周囲への配慮は必要となる。オフェリアは何も言い返せず、目に涙を浮かべて耳をへたらせていた。
「レオン、おまえもだぜ」
「うん、わかっている……」
「
「ああ、その通りだ。俺が間違っていたよ……」
耳が痛いを通り越して、心に染み入る指摘だった。異論などあるわけもない。ノエルにどんな意図があったとしても、争点を違えたのはレオンの方だ。ただの
「彼女には、これから改めて謝ってくる。皆は先に帰って――ぐえっ!」
襟回しを掴まれたせいで喉が締まる。掴んだのはカイムだ。
「待て待て。今から謝りに行っても話が拗れるだけだ。それに、おまえが謝ったら、犬以下って罵られた、オフェリアの立つ瀬が無いだろうが」
「いや、でも……」
「改めて接触するなら、もっと調べてからの方が良い。そもそも、今回の諍いの理由はそれだろ? 同じ過ちを繰り返す気か?」
「そ、そうだな……」
たしかに、謝るにしても慎重に動くべきだ。レオンが頷くと���オフェリアがヴラカフに隠れたまま手を挙げた。
「言い忘れたけど、ノエルって彼女じゃなくて彼だよ」
「あ、そうなんだ」
「うん、ごついコートを着てたから体型はわからなかったけど、本人がそう言ってたし、よく観察したら骨格が男だったよ。女と間違えたら怒ると思う」
「ほら、情報は必要だろ?」
肩を竦めるカイムに、レオンは苦笑する。
「だな。そういえば、俺も気になっていることがあるんだ。彼らは、何故あの酒場に入れたんだろう? そこまでの実績があるなら、その噂も聞くはずなんだけどな」
「店に入る前に何があったんだろうな? それがわかればいいんだが……」
「拙僧たちは、他の
ヴラカフの歯に衣着せぬ言葉に、一同は溜め息を吐いた。
天翼騎士団は他の
そもそも、天翼騎士団という大それたパーティ名は、レオンたちが考えたものではなく、帝都の新聞記者が勝手に付けたものだ。
腕っ節が強いだけでなく、礼儀と誠実さを心掛けている、まるでおとぎ話に出てくる遍歴騎士のようなパーティだと記事で評し、それがいつしか天翼騎士団という異名になった。そして、異名が本来のパーティ名よりも有名になってしまったため、レオンたちは仕方なく天翼騎士団と名乗るしかなくなったのだ。
もちろん、レオンたちは過分な評価だと弁えている。自分たちは決して、そんな高潔な
だが、他の
というのも、
いや、その評価が無かったとしても、やはり汚いことを嫌うレオンたちは、はぐれ者になっていただろう。
「……待てよ。リーシャに聞けば情報を得られるんじゃないか? あの二人、パーティは違うけど、同じ酒場にいたはずだよな?」
カイムがオフェリアを見ると、オフェリアは目を丸くした。
「たしかに……盲点だったわ……」
「盲点だったわ、じゃねぇよ! 同期のリーシャなら、確かな情報を持っているに決まってんだろうが! なのに、噂だけで馬鹿なことをしやがって!」
「痛い痛い! ごめんなさいごめんなさい!」
怒ったカイムは、ヴラカフの後ろに隠れていたオフェリアを引きずり出し、石突で怪我をしない程度に何度も小突く。
レオンはヴラカフと顔を見合わせ、肩を竦めた。
「まあ、これでノエル君の情報は得られそうだな……。良かった……」
†
†
結局、
オフェリアとヴラカフは帰路につき、レオンとカイムは行きつけのバーを訪れることにした。
「それで、本当のところはどうなんだよ?」
カウンター席の隅っこで二人して酒を舐めていると、出し抜けに尋ねられた。
「どう、とは?」
「なんで、あんなにムキになったんだ?」
「なんでなんだろうな……」
オフェリアを侮辱されたことは許せないが、もっと冷静に対応することはできたはずだ。なのに、あんな醜態を晒してしまった。
「自分でもよくわからないよ……」
「たぶん、嫉妬じゃないか?」
「嫉妬?」
レオンが首を傾げると、カイムは煎り豆を齧りながら頷く。
「ノエルって、たしか十六かそこらだろ? そんなガキが、いきなり
「そうか……。嫉妬か……」
言われみると、腑に落ちる。おそらく、カイムの分析は正しい。
「オフェリアには言うなよ。あいつ、思い詰めやすいからな。嫉妬が原因だったなんてわかったら、部屋に籠って出てこなくなるぞ」
「ふふ、わかってるよ。でも、だとしたら、本当に身勝手なことをしてしまったな……。ノエル君には、謝っても謝り切れない」
「そうかな? 俺はむしろ健全だと思うぜ。対抗意識を持つってのは良いことだ。成長のきっかけになる」
「相手に迷惑を掛けてもか?」
「ノエルは何とも思っていないはずだぜ。なにより、天翼騎士団と
カイムの意外な言葉に、レオンは目を瞬かせる。
「どうして、そう思うんだ?」
「同じはぐれ者だから」
身も蓋もない言葉で返されて、レオンは思わず吹き出してしまう。
「ははは、なるほどな。一理あるよ」
こうやって笑い話になると、気もちの整理も付いてきた。
「ノエル君のことはまだよく知らないが、たぶん凄い奴なんだろうな。あの若さで、しかも話術士なのに、出世街道を驀進しているんだから」
「また嫉妬か?」
「いや、純粋に敬意を抱いているよ。うん、彼は凄い奴だ」
「素直さは美徳だが、先輩が大人しく水をあけられるのも、どうかと思うぜ? なあ、レオン・フレデリク、二十二歳独身さん?」
「年齢と独身なのは、カイムも同じだろ」
そもそも、レオンとカイムは同郷の幼馴染だ。最初に
やがて、オフェリアが仲間になり、ヴラカフが加わった。何故かレオンがリーダーを務めることになったが、精神的なリーダーはカイムだ。こうやって肩を並べていても、レオンの心は弟分のままだった。
「故郷を出てから、随分と経ったな。なあ、レオン。そろそろ、俺たちも次のステップに進まないか? つまり、クランの創設だ」
カイムは懐から一枚の手紙を取り出しテーブルに置く。内容に目を通すと、今朝方にレオンに届いた手紙と、全く同じことが書かれていた。差出人は
「カイムのところにも届いていたのか」
「小耳に挟んだところによると、他のパーティにも届いたらしいぜ?」
「しかし、おかしな話じゃないか? なんで、いきなりクランの創設を急かすんだろうな? こんなこと初めてだ」
「わからん。だが、何か理由はありそうだし、俺はこれが良い機会だと思っている。レオン、おまえはどうだ?」
天翼騎士団は、とっくにクランを創設していてもおかしくない実績を得ている。なのに創設を遅らせてきたのは、より良い状態でスタートしたかったからだ。
最初から良い査定を得てスタートダッシュできれば、それだけクランの運営も楽になる。その方針は、パーティ全員で話し合って決めたものだった。
「俺も、良い機会だとは思う。でも、他の二人の意見も聞かないとな」
「ああ、それなら、二人とも構わないってさ」
「ええ!? もう話し合ったのか!? リーダーの俺抜きで!?」
「二人のところにも手紙が届いたらしくてな。その話の延長線上のことだ」
だとしても、レオンは呆れるしかなかった。
「お飾りだって自覚はあったが、それにしても酷いな……」
「拗ねるなよ! 悪かったってば!」
カイムは子どもの時のように肩を組んで揺らしてくるが、レオンの口からは溜め息しか出なかった。
†
†
善は急げ、と言う。翌日、レオンはクランの創設申請を出すため、カイムと一緒に
受付で用件を伝えると、何故かすんなりと奥の部屋に通された。普通なら返事があるまで数日掛かるようだが、これも理由があってのことだろうか?
二人が応接間で待っていると、やがて燕尾服を着た白髪の老紳士が現れた。
「私、
「天翼騎士団のリーダー、レオン・フレデリクです」
互いに礼を交わすと、ハロルドは柔らかく微笑んだ。
「天翼騎士団のことは、かねがね耳にしております。Bランク帯最強のパーティが、ついにクランの創設を決心されたこと、とても嬉しく思っておりますよ」
「いえ、俺たちなんてまだまだです」
「謙遜されることはありません。なにしろ、天翼騎士団は、既に『龍殺し』を達成されている。中堅クランでも困難な偉業を、たった四人で成し遂げたのだから、その実力は誇るべきものです。謙遜はむしろ厭味にしかならない」
龍殺し、というのは、文字通り龍種の
天翼騎士団が討伐したのは、深度七の
「さて、本題に入りましょう。あなた方のような大きな実績を持ち、しかも���行方正として評価されているパーティは、面接をするまでもなくクランとして承認します。それこそ、諸手を挙げてね。ですが――」
ハロルドは一旦言葉を句切り、悲しそうに眉尻を落とした。
「私たち
青天の霹靂とは、このことだ。
レオンとカイムは呆然とし、次の瞬間には叫んでいた。
「却下って、どういうことですか!?」「却下って、どういうことだ!?」
「困惑されるのも無理はない。今から説明をしますが、その前に一つだけ約束をして頂きたい。今日ここで聞いた話は、絶対に外部に漏らさないこと。それを了承して頂けますか?」
レオンはカイムと顔を見合わせ、それから頷いた。
「わかりました、約束します」
「では、単刀直入に申します。近いうち、
「
「ええ、そうです。そこで、私ども
「つまり、俺たちは、国が育成するのに相応しくない、ということですか?」
レオンが震える声で尋ねると、ハロルドは頷いた。
「その通りです、レオンさん。あなた方は実に優秀だ。ですが、将来性という点では、疑問がある。一年前、
「それは、より万全な状態でクランを創設するつもりで……」
「慎重なのは良いことです。ですが、その慎重さが、私どもの懸念材料となっている。天翼騎士団は、果たしてクランとなってから、
「そ、そんな……」
大きく躍進するための慎重さが、まさか裏目に出るとは。レオンは予想外の出来事に、頭が真っ白になりそうだった。
「待ってくれ! クランの申請を求めてきたのは、あんたらだろ! なのに、それを却下するってのは、どういう了見だ!?」
カイムは叫びながら、例の手紙をテーブルに叩きつける。
「この手紙は、何ですかな?」
ハロルドは手に持った手紙を矯めつ眇めつして、首を傾げた。
「こんな手紙、当
「馬鹿な! じゃあ、誰が出したっていうんだ!?」
「それは知りません。悪戯ではありませんか?」
「悪戯……だと?」
カイムは肩を落として呆然とした。ハロルドが否定した以上、考えられるのは悪戯だ。だが、こんな悪戯をして、何の意味がある?
「ともかく、今回はそういう結果となります。ですが、
慇懃に礼をして部屋から出て行こうとするハロルド。レオンは咄嗟に立ち上がって、大声で呼び止めた。
「待ってください! 俺たちにチャンスをくれませんか!?」
無茶を言っているのはわかっている。だが、こんな理不尽な話に屈したくなかった。
「お願いします! 俺たちをクランとして認めてください!」
レオンが頭を下げると、ハロルドは溜め息を吐き、ゆっくりと戻ってきた。
「わかりました。あなた方にチャンスを与えましょう」
「本当ですか!?」「本当か!?」
「ええ、その代わり、試験を受けてもらいます」
「試験?」
「こちらが指定する
「その
「ちょうど現界している
「深度、八……」
あの
「レオン、迷うな。どのみち、
その力強い言葉に、レオンは頷く。
「わかりました。ハロルドさん、是非その試験を受けさせてください」
「承りました。ただ、試験の内容は、単に
「とあるパーティ?」
「ええ、彼らもクラン申請の却下に異議を唱えていましてね。チャンスが欲しいと泣いて頼まれたのです。私どもとしましては、先の方針に従って、どちらか一方をクランにすることこそが、妥当だと考えております」
ハロルドは一方的に説明し、別室に繋がる扉を見た。
「彼はあちらで待っています。今お呼びしましょう。――天翼騎士団からは了承を得られました! あなたもこちらに来てください!」
扉が開かれ、黒いコートを着た、女と見紛うほど美しい顔立ちの少年が、ティーカップを片手に悠然と姿を見せた。
「おや、昨日ぶりだな、天翼騎士団さん」
「ノエル・シュトーレン……」