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第36話 同期と書いてライバルと読む

 探索者(シーカー)協会(ギルド)を離れた後、俺は猪鬼(オーク)の棍棒亭を目指して歩いていた。


 各探索者(シーカー)専用酒場では、月に一度だけ、それぞれの代表者が集まって報告会を開くことになっている。自分たちがこなしてきた仕事内容を共有することで、皆がより円滑に探索者(シーカー)活動を行えるようにすることが目的だ。酒場の主人の下に集められた情報も、そこで共有される。


 情報弱者になりたくないのなら、絶対に参加するべき会議だ。ロイドがリーダーとして参加していた時の話によると、欠席する者は誰もいなかったらしい。情報の有無が生死を分かつことを、誰もが深く理解しているからだ。


 もっとも、俺はランクアップをしており、またクランの創設も予定しているため、猪鬼(オーク)の棍棒亭の面々に義理立てしてまで得たい情報は無い。求める情報は、とっくにワンランク上のものになっている。


 なのに、忙しい中わざわざ参加を決めたのは、会議以外に目的があるからだ。


 猪鬼(オーク)の棍棒亭に到着し扉を開くと、既に他の参加者たちが揃っていた。本来なら営業時間外だが、各代表者のみ入店を許可されている。


「ノエル、こっちだこっち!」


 笑顔で俺を手招きしたのは、茶髪の好男子、紫電狼団(ライトニング・バイト)のリーダー、ウォルフだ。ウォルフは、店内の中央にある、他よりも大きめの丸テーブルに座っている。そこには、角刈りの巨漢、拳王会のリーダーであるローガンの姿もあった。


 仲の悪い二人が相席しているのは、決して仲直りしたからではない。実績に応じて座れる席が決まっているためである。この丸テーブルに座れるのは、ウォルフ、ローガン、俺、そして『紅蓮猛華』のリーダーである、ヴェロニカ・レッドボーンだけだ。


 職能(ジョブ)はCランクの魔法使い。金髪のショートボブに赤いカチューシャを付けた、怜悧な美貌の女だ。


 深紅のレザーアーマーを装備しているが、女性用であるため武骨な印象は無く、そのデザインはスマートで垢抜けている。鎧部分も胸と肩だけ。下半身は白い太ももが剥き出しのスカートだ。前衛を務めるなら防御面に不安を感じるが、ヴェロニカは後衛であるため重量的にもこれがベストなのだろう。


 俺がウォルフとローガンの間に座ると、向かいの席にいるヴェロニカは、不快そうに柳眉を逆立てた。


「初めての参加なのに、一番遅れてくるなんて良い御身分ですわね、ノエル」


「開始時間には遅れていないはずだが?」


「そういうことではありません。礼儀の問題です」


「なるほど、そうやって些末なことでネチネチと責めるのが、流行りのマナーか。しかと胸に刻んでおくよ。タダで役立つ知識を御教示頂き、どうもありがとう、ヴェロニカ」


 俺の言葉に、ヴェロニカの柳眉が更に吊り上がる。


「ノエル、あなた最近とっても評判が悪いですわよ。それだけならともかく、このお店に暴力団(ヤクザ)を招きましたわね? 少しは自重しようと考えられませんの?」


「おや、ヴェロニカ嬢は暴力団(ヤクザ)が怖いのか。それは申し訳ないことをしてしまったな。心から謝罪するよ」


「茶化さないでくれます? これは大事な話ですわよ」


 ガンビーノの一件を出されると、分が悪いな。俺は降参だと両手を上げた。


「悪かったよ。おまえら全員に謝罪する、あれは俺の落ち度だった」


 そして、こう続けた。


「だが、安心してくれ。俺はもう、この店にはこない。今日が最後だ。ランクアップしたし、クランの創設も済んだからな。一足先に上へ行かせてもらう」


「なんですって!?」


 ヴェロニカが驚くのと同時に、周囲のテーブルも一斉に騒ぎ出した。


「おい、ノエル! それってマジか!?」


 詰め寄ってきたウォルフに、俺は頷く。


 実際には、クランはまだ創設していない。保留状態だ。だが、俺の好きなタイミングで創設できる状態にあるため、創設したと言っても嘘ではない。


「すげえじゃねぇか、ノエル! おめでとう! ていうか、今まで黙ってたのは水臭ぇぞ! リーシャたちも呼んで祝ってやるよ!」


 竹を割ったような性格の快男児であるウォルフは、我がことのように祝福してくれた。ありがたく思う反面、ライバル相手にここまで好意的なのもどうかと思う。


「気もちは嬉しいが、おまえはいつも金欠だから金を出せないだろ。その言葉だけで十分だ。ありがとう、ウォルフ」


「うっ、す、すまん……」


 ウォルフ以外の探索者(シーカー)たちは、誰もが妬み嫉みで陰険な顔をしている。小声で悪口を言うのも聞こえた。いや、ローガンも別だ。ウォルフのように祝福してくることはないが、一切動じることなく、腕を組んで目を閉じている。


 店内で一番悔しそうなヴェロニカは、何度も深呼吸をして心を落ち着かせると、型で取ったような嘘臭い笑顔を浮かべた。


「おめでとう、ノエル。心から祝福しますわ。ええ、本当にね」


「ありがとう、ヴェロニカ。心から嬉しいよ。ああ、本当にな」


「ですが、そんな出世をされたお方が、この会議に出席された意図を計り兼ねますわね。厭味のつもりかしら? それとも、単に自慢をしにこられたのかしら?」


「厭味や自慢だなんて、誤解にしても酷いな。やっとスタートラインに立てた程度なのに威張れるものかよ。下種の勘繰りはやめてくれ」


「……でしたら、何のために?」


「この酒場には長い間世話になったからな。おまえらの顔もこれで見納めだし、一度ぐらいは参加しておこうと思っただけだよ。つまり、思い出作りさ」


「思い出作りですって? あなた――」


 ヴェロニカが顔面まで真っ赤にした時、ウォルフが間に入った。


「まあまあ、喧嘩は止めておけって。そろそろ会議を始める時間だぜ」


「お黙り、馬鹿狼。馬鹿は黙ってお座りしていなさい」


 ピシャリ、と叱られたウォルフは、口をぱくつかせて反論しようとしたものの、大人しく席に戻った。口では敵わないことを知っているためだ。


「……はぁ、もういいですわ。では、これより定例報告会を始めます」


 こうして、最初で最後の報告会が始まった。





 報告会は目新しい情報も無く、無難に終わった。参加者たちは一仕事終えたという顔で、店から出ていく。俺もさっさと帰りたいところだが、済ませておくべき用があった。


「ウォルフ、ローガン、一杯だけ酒に付き合え」


 俺の誘いに、二人は目を丸くした。


「急にどうした?」「何のつもりだ?」


「たまにはいいだろ。警戒しなくても取って食ったりはしないさ」


 二人は怪訝そうな顔をしていたが、やがて了承した。


「ヴェロニカ、おまえもどうだ? 奢るぞ」


「結構ですわ」


 最後まで残っていたヴェロニカは、席を立つと足早に店を出ていった。

 俺は肩を竦めて、店主を見る。


「大将、少しだけ残らせてくれ。一杯飲んだらすぐに出ていく」


「そいつは構わないが、早めに頼むぞ。午後の営業の準備があるんだ」


 俺が頷くと、店主は三人分の酒を持ってくる。改めて注文しなくても、それぞれいつも飲んでいる酒なのが気の利いたところだ。


 軽くワインを呷ると、ウォルフが顔を覗き込んでくる。


「それで何の用なんだ? この糞猿も一緒ってことは、単に親睦を深めたいってわけじゃないんだろ? ノエルと飲むのはいいが、こいつが一緒だと酒が不味くなるぜ」


「はっ、それは俺の台詞だぜ、馬鹿狼」


「俺を挟んで喧嘩するのは止めろ。そういうのは、とっくに満腹なんだよ」


 俺はグラスの中のワインを一気に飲み干し、はっきりと告げた。


「おまえら、たるんでいるぞ」


 その非難の言葉に、二人は呆然と口を開ける。


「ウォルフ、おまえ、さっきの会議でも報告していたが、大きな依頼をしくじったな? なぜ、失敗する?」


「いや、なぜって言われても……」


「討伐対象は、深度四の悪魔(ビースト)烏賊審神者(ブレインイーター)だったな? たしかにCランクの相手としては強敵だが、今の紫電狼団(ライトニング・バイト)なら勝てたはずだぞ」


「そ、それは……」


「運が悪かったか? 違うな。敗因は、リーダーであるおまえの怠慢だ」


「うっ……」


 俺は次にローガンを見る。


「ローガン、おまえもだ。依頼の失敗こそないが、目立った戦果が無い。なぜ、大きな仕事に挑もうとしない?」


「……おまえには関係無いだろ」


「関係無いさ。だが、興味はある。おまえ、本当はランクアップ条件を達成しているだろ? これまでの戦績を考えれば、ちょうど先月あたりには条件を達成しているはずだ。なのに、Cランクのままでいやがって。何を恐れているんだ?」


 隠していた秘密を見抜かれたローガンは、目を背けた。


「え、ローガンもランクアップできるのか? マジかよ……」


 ウォルフは嫌っている相手に先を越されてショックを受けたようだ。それを無視して、俺は改めて二人を交互に見た。


「おまえら、俺がパーティの再編成で足踏みしていた間に、なぜ一歩も前に進めていない? なぜ差をつけることができていない? 一体何をしていたんだ?」


 二人は言い返すこともせず、ただ俯いている。俺は溜め息を吐き、テーブルの上に三人分の酒代を置いて立ち上がった。


「中途半端なことをするぐらいなら、探索者(シーカー)なんて辞めちまえ」


 用は済んだ。踵を返して店を出る。


 ハロルド爺さんから聞いた話を直接伝えるわけにはいかなかったが、これで二人も少しは危機感を持つだろう。好きで二人を非難したわけじゃない。だが、二人がたるんでいたのも事実。あのままでは、探索者(シーカー)として大成することなんて夢のまた夢だ。


 冥獄十王(ヴァリアント)が現界すれば国の一大事となるが、武勲を立てるチャンスでもある。そんなまたとない機会に脆弱なままでは、一生波に乗ることができず終わることだろう。


 要するに、そのチャンスを活かせるよう、発破をかけることが目的だった。


 俺は、全ての探索者(シーカー)の頂点に立つ男だ。そのためだけに生きているし、必要なら相手が誰でも蹴落としてやる。だが一方で、成長できる者は成長するべきだ、とも思っている。


 雑魚しかいない世界で王者になっても、なんの価値も無い。名立たる強豪の中で、最強だと証明できることこそが、真の頂点であり王者である。


 あの二人は、同期の中だと群を抜いて有望だ。なのに停滞したままでいるなんて許せない。上に行ける資格を持つ者は、上を目指すべきだ。


 もちろん、最終的にどう判断するかは、あの二人の気もち次第だが。





「ちくしょう! ノエルの野郎、好き放題言いやがって!」


 ウォルフは腹立ち紛れにテーブルを殴った。


「ふん、キレて物に当たるか。やっぱり馬鹿だな、おまえ」


 ローガンに冷めた視線を向けられ、ウォルフは鼻に皺を寄せる。


「好き放題言われたのは、おまえもだろうが糞猿。腹が立たねぇのかよ?」


「あいつは、好き好んで他人を罵るような暇人じゃない。たぶん、俺たちに発破をかけるつもりだったんだろうな。その真意はわからないが」


「そんなことは、俺だってわかってんだよ!」


 ノエルに悪意が無かったのは、最初から理解している。だが、その言葉はあまりにも鋭く、依頼に失敗したウォルフの心を容赦なく抉ったのだ。


「俺は腹が決まったよ」


 ローガンはロックグラスの中のウィスキーを飲み干し、続けた。


「ヴェロニカの提案を受けるつもりだ」


「なんだと? ……ヴェロニカは、おまえのところにも行ったのか」


 ヴェロニカがウォルフを尋ねてきたのは、数日前のことだ。その時に、ある提案を受けた。ウォルフは断ろうとしたが、ヴェロニカは話が終わるとすぐに帰ってしまった。


「やっぱり、あの女は馬鹿狼のところにも行っていたか。抜け目が無い策士だな。だが、あの提案は魅力的だ。正攻法では、ノエルに追い付けない……」


「ローガン、俺はおまえのことが大嫌いだ。乱暴で傲慢で、尊敬できる要素が一つも無い。だが、同じパーティを率いるリーダーとして、これまでに積み重ねてきた苦労は理解できる。なのに、おまえは全てを捨てるのか? ヴェロニカの提案は、パーティの『合併』だぞ?」


 強くなるためには『合併』こそが一番の近道だ、ウォルフの前でヴェロニカはそう論じた。たしかに、ヴェロニカの言い分は正しい。だが、合併するということは、元のパーティが消滅するということだ。愛着のあるパーティの名前も、新しく変わってしまう。


「おまえと違って、俺は全てを捨てるつもりなんてない」


 ローガンは立ち上がり、背中を向けて言った。


「東洋には『船頭多くして船山に登る』って言葉があるそうだ。新しいパーティのリーダーになれるのは一人だけ。だったら、俺がそのリーダーになればいい。例え、拳王会の名が無くなろうと、俺がリーダーなら、それが拳王会だ」


「ヴェロニカと戦うつもりか? おまえがランクアップできることを俺は知らなかったが、あの女なら気がついているに違いない。つまり、合併を提案した時点で、何らかの対策を用意しているはずだ」


「だろうな。だが、俺はもう腹を決めた。それだけのことだ」


 ローガンは胸を張って店を出ていく。残されたのは、ウォルフ一人だ。


「……馬鹿野郎が、負けたらお終いなんだぞ」


 ウォルフはエールジョッキを呷り、中身を飲み干した。


「親父! もう一杯くれ!」


「駄目だ。もう帰れ、ウォルフ」


「一杯ぐらい構わないだろ!」


「駄目だ。店の準備の邪魔だから失せろ。依頼を探すなり、トレーニングするなり、おまえにだってやることはあるはずだぞ」


 取り付く島もない。店主は帰れの一点張りだ。ウォルフは急に何もかもが虚しく感じてしまった。


「……急いで上を目指さなくてもいいじゃねぇか。信頼できる仲間と一緒に冒険ができれば、それだけで俺は満足なんだよ……」


「ウォルフ、それは間違っているぞ」


 気がつくと、店主がウォルフの前に立っていた。


「人にはな、必ず衰える時がやってくる。それは長命種のエルフだって同じだ。全力を出せる時には全力を出す。それができて初めて、余計なことを考える余裕が生まれてくるんだ。最初から甘いことばかり考えていたら、気がつけば何をする余裕も無くなっているぞ」


「はっ、いきなり説教かよ」


「俺は、この酒場でたくさんの探索者(シーカー)を見てきた。若い頃は有望視されていたのに、大成することができず年老いた探索者(シーカー)なんて、数え切れないほどいる。おまえもそうなりたいのか、ウォルフ?」


 ウォルフは答えられず、口を結んだ。


「なら、こう聞こう。おまえは、大切な仲間を、そんな目に遭わせたいのか? だとしたら、おまえはリーダー失格だ」


「功を焦って失敗したら、それこそリーダー失格じゃないか……」


「その時は土下座して謝り続けろ。仲間が許してくれるまで、ずっと謝り続けろ。ウォルフ、リーダーに必要なのは、失敗しないことじゃない。おまえが選んだ道の責任を、おまえが果たすことだ」


 厳しい口調で言い切った店主は、その手に持っていたエール瓶を、ウォルフのジョッキに注いだ。ジョッキに満たされた黄金の液体と泡を見て、ウォルフは苦笑する。


「慈悲だ。それを飲んだら帰れ」


「ふっ、そうさせてもらうよ」


 ジョッキを呷り、中身を飲み干したウォルフは、勢いよく立ち上がった。


「よし! 俺も腹を決めたぞ!」


「どうするつもりだ? ヴェロニカの提案を受けるのか?」


「俺は糞猿みたいなワンマンリーダーじゃない。仲間がいなければ、何にもできない男なんだ。だから……まずは相談してみるよ」


「そうか、それがいい」


「親父、色々とありがとうな」


 ウォルフが礼を言うと、店主は楽しそうに笑った。


「礼はいらん。それよりも、さっさと出世して、溜まっているツケを払え」


「わ、わかっているよ! 見てろ、すぐに耳を揃えて払ってやる!」


 殊勝なことを言いながらも、逃げるように去っていくウォルフ。


 その背中を、店主は目を細めて見送った。

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