第34話 渡りに船と言える覚悟
ここまで拙作を読まれた読者の方には余計な前置きかと思いますが、本作の舞台は中世ヨーロッパではありません。
なんでこんなことを言うかというと、今更ですが中世ヨーロッパには存在しない(はず)服装が、今回の話で出てくるからです。
前置き失礼致しました。引き続き拙作を楽しんで頂けたら幸いでっす!
「な、なんちゅうか、緊張してくるのう……」
コウガが震える声で言うと、それをアルマは鼻で笑った。
「ビビってるなら、お留守番してていいよ」
「ビ、ビビってなんか、おらんわ!」
「やめろ。人目があるんだ恥ずかしい」
こうして三人でやってきたのが、
とても大きな建物だ。何度も来たことがあるため、コウガのように緊張することはないが、初めて見た時は圧倒されたのを覚えている。
この中では、単に
「さて、行こうか。おまえら、行儀良くしているんだぞ」
正面ゲートをくぐり、受付で目的を告げると、すぐに豪奢な応接間に通された。部屋に入った俺たちは、ブルーベルベットのソファに三人して腰掛ける。
館内で働く
「な、なあ、ノエル」
「どうした? トイレか?」
「ちゃうわ。便所は来る前に済ませたわ」
「なら、なんだよ?」
「これからその……監察官ちゅう人が来るんじゃろ? そいで面接があって、そいが終われば正式にクランとして認められるんじゃったな?」
「そうだな」
「やっぱ、ノエルだけやのうて、ワシも話を聞かれたりするんじゃろうか?」
「かもしれないな」
「ワ、ワシ、そういうん初めてなんじゃが、ちゃんと答えられるじゃろうか?」
「複雑なことは聞かれないと思うから大丈夫だ」
聞かれるとしたら、どうして
まあ、仮に素行不良のメンバーがいたとしても、マスターとなる者に大きな問題でもなければ、申請が却下されることはないだろう。
俺はそう説明したが、コウガは不安そうなままだった。
「ほ、ほんまか? ほんまに、大丈夫か?」
「だから、大丈夫だってば」
「ワシの答えが監察官さんの逆鱗に触れてしもうて、クラン申請が却下されるとか、そがいなことにほんまにならんか? 信じていいんじゃな?」
「俺を信じろ。大丈夫、絶対に大丈夫だから」
こいつ、戦い以外になると、途端にチキン野郎になるな。その生い立ちを考えると仕方がない気もするが、もう少し堂々としてもらいたいものだ。
「ノエルは優しい。ボクは監察官の機嫌を損ねたら、その時点で申請が却下されるって聞いている。もしクラン創設が駄目になったら、完全にコウガのせい」
唐突なアルマの嘘に、俺がとりなす間も無く、コウガは慌て始めた。
「や、やっぱり、そうなんじゃ! ワシが失敗してもうたら、ノエルの夢はここで途絶えてしまうんじゃ! ど、どないしよう!? どないすればええんじゃ!?」
「死んで詫びるしかないね。コウガ、短い間だったけど、思��出をありがとう。後のことはボクに任せて、安らかに眠って」
「腹切って許してくれるんなら、なんぼでも切るぞ! そいで許してくれるか、ノエル!? ワシには、もうそれしかできん!」
「おまえらなぁ……」
この馬鹿二人の会話を聞いていると、酷い頭痛がしてくる。平然と嘘を吐くアルマ、考え無しに鵜呑みにするコウガ、知性の欠片も感じられない二人だ。
「いい加減にしないと、俺にも我慢の限度ってものが――」
その時だ。扉の向こうから強烈な殺気が迸った。
俺が立ち上がって身構えた時には、既にアルマとコウガが武器を抜いており、俺を守る立ち位置で扉の向こうを睨んでいた。
ゆっくりと扉が開かれる。現れたのは、黒い燕尾服を着た白髪の爺さんだ。
「おや、一体全体どうなされたのですか? 怖い顔をして武器まで抜いて。何か恐ろしい物でも見ましたかな?」
困惑したような顔で爺さんは言ったが、明らかな嘘だ。あの殺気は、この爺さんから放たれたものに間違いない。たしかに、年齢は七十手前ほどで、外見上はあまり強そうには見えない。目元や口髭を生やした口元は柔らかく、好々爺の趣さえある。
だが、よく観察すると爺さんのくせに胸板は厚く、尋常ではないほど鍛えられていることがわかる。身のこなしも宙に舞う葉のように軽い。とんでもない強者だ。確実にAランクはある。
「恐ろしいですね。そろそろ武器を収めて頂けませんか? 私はあなた方の敵ではなく、クラン申請の許可を出すためにやってきたのです。仲良くしましょう」
「どの口が言いやがる、爺さん。最初に喧嘩を売ってきたのはあんただぜ」
「喧嘩を売ったなんて滅相もございません。私はただ、前途有望な若者たちに負けないよう、ちょっと気合を入れただけですよ。いっちに、いっちに、とね」
その場で屈伸運動をする爺さんに、俺は思わず舌打ちをする。
「食えない爺さんだ。おい、二人とも武器を仕舞え。お年寄りには優しくしてやらないとな。ボケて小便を漏らしそうになったら、武器を構えたままじゃトイレに連れて行けないだろ」
俺が口元を歪めると、爺さんは頬を引き攣らせた。場の雰囲気が変わったことで、臨戦状態にあった二人も肩の力を抜く。よほど緊張していたのか、大きな安堵の息を吐きながら武器を収めた。
「最近の若者は、先達への敬意が足りませんね……」
「敬意があるからこそ、世代差を意識せずフレンドリーに接しているんじゃないか。それとも、高いオブジェみたいに大切に扱われることがお望みでしたか、ご老公?」
「話術士というのは、
爺さんは忌々しそうに咳ばらいをすると、恭しく礼をする。
「申し遅れました。私、
「
「うん? 申請書にあるクラン名は異なりますが、これは正しいのですか?」
「それで合っている。クランになったら名称を変更するつもりなんだ」
「なるほど、わかりました。では、詳しい話をしていきましょうか」
俺たちは席に座り直し、ハロルドからクランの説明を受けていく。その内容は、概ね既知のものだ。クランになると国から依頼を受けられる事や、クランには半年に一度の査定があり、その時の成績に応じて以後の依頼内容が変わってくる事。また、査定に関しては、ハロルドが俺たちの担当者になるらしい。
説明を受けた後は、軽い質問が行われた。その内容も予想通りのものだ。コウガは緊張で何度も噛んでいたが、きちんと自分の経歴と今後の目標を答えられていた。アルマも眠そうな顔をしていたが、受け答え自体に問題は無い。
二人の目標が、俺を頂点に押し上げたい、だったのは嬉しかった反面、第三者からするとわざとらしく聞こえそうで、少しだけ恥ずかしかった。
「説明と面接は以上になります。ふむ、良いパーティですね。皆さんお若く、結成してまだ日が浅いのに、強い信頼を感じます。実績こそ不足していますが、過去の経歴を見る限りでは能力に問題があるとは思えません」
ハロルドは微笑み、印章を取り出した。
「よろしい。クラン創設の申請を認めます。この印章を押せば、あなたたちはクランだ。更なる活躍を期待していますよ」
「ありがとう、ハロルド。これから、よろしく頼む」
「ええ、私の方こそよろしくお願いします。ただ、一点だけ質問があります」
「なんだ?」
「本当に、今すぐにクランになることをお望みですか?」
俺はハロルドの言葉の意味がわからず首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「私としては、新しく有望なクランの誕生を、心から喜ばしく思っています。ですが、ノエルさん、あなたはどうですか? このままクランを創設して、順調に規模を拡大していける自信はありますか?」
「もちろんだ。自信が無ければ、ここにきていない」
「たしかに、あなたは有能だ。まだお若いですが、クランの運営も卒なくこなし、三年、いや二年先には、大手クランに成長させているでしょう」
「だったら問題ないだろ」
予定では一年以内に
「たしかに、平時なら問題はありません。ですが、二年も猶予があるかどうか……。いかに、あなた方が有能であっても、時が許してくれなければ意味は無い」
「何の話だ?」
「ノエルさん、
まったく話の方向性が見えてこないが、俺はひとまず頷く。
「一等星『覇龍隊』。二等星『カーン』と『太清洞』。三等星『
そのクラン名はよく知っている。何度も寝物語で聞いた名だ。
「そう、あなたの御祖父、
「……深度十三、
その全員が、一体で一国を滅ぼせるほど強大な力を有している。あまりにも強大過ぎて、現界するには多くの条件をクリアしなければいけないのが、人類にとって唯一の救いだ。
だが、数十年前、その一柱が現界した。彼の大魔王の力は圧倒的で、祖父が所属する血刃連盟が討伐に成功するまで、三つの国が滅びた。たった一ヶ月の間に起こったその災厄を、現在では『銷魂の極夜』と呼んでいる。
「血刃連盟が討伐に成功したことで、帝国は滅んだ国を吸収し、また他に類を見ない魔工文明が発達した大国に成長しました。そのため、あの厄災が神の祝福だったと言う者もいます。ですが、私はそうは思わない」
ハロルドは前のめりになり、口調を強くする。
「
「つまり、近いうちに
「ここから先はオフレコです。――調査班の報告によれば、その日が近いうちに訪れるのは確実とのことです。だから、ノエルさん、あなたがのんびりと成長する猶予は無いのですよ」
「なるほど、な」
クランを創設しにきたら、とんでもない話を聞かされることになった。両隣にいるアルマとコウガは、すっかり困惑しているし、俺だって信じ難い気もちだ。だが、ハロルドが嘘を言っているようには思えない。
「
「おそらく、一年後かと」
「一年後、か」
「ノエルさん、クランを一度創設すれば、半年経たない限り、その時の査定結果が全てとなります。あなた方は将来有望だが、戦力も実績もまだまだ心許ない。そんなクランに良い仕事を回すことは難しいですな」
「なら、戦力と実績を揃えてから創設すれば、最初から良い仕事を回してもらえるんだな?
「確約しましょう。その時は、全面的にあなた方をバックアップします」
言質は得た。あとは俺の意思一つだ。
「ハロルド、教えてほしい。なぜ、俺をそんなに贔屓する?
「私は長年この仕事に携わり、多くの
「会ったばかりの爺さんに、信頼しているって言われても、ピンとこないがな」
「もちろん、この話をどう受け取るかは、あなた次第です。私の話を信じず、または自分に関係ない話だと割り切り、このままクランを創設しても構いません」
「試すような言い方はやめろ。不愉快だ」
答えは最��から決まっている。どのみち、俺は
祖父のクランは、
「一週間だ。一週間だけ待っていろ。それまでに、戦力も実績も揃えてやる」
俺は笑って続ける。
「そして、俺たちは半年後の査定時に、
宣言した瞬間、アルマが信じられないという顔を向けてきた。
そういえば、アルマには一年で