第3話 お金は大切ですよ?
「勝利にかんぱーい!」
各々が持つエールジョッキが、テーブルの上で打ち合わせられる。
無事、なんの損害もなく
テーブルにはよく冷えたエールの他に、たくさんの料理が並んでいた。その大半が肉料理だ。分厚い牛肉のステーキや豚のスペアリブやソーセージ、鳩のローストに臓物の煮込み等々。脂ぎったメニューばかりだが、身体が資本の俺たちは何の抵抗も無く次々に皿を空にしていく。
食が進めば飲む酒の量も比例して増えていく。初めは戦いの振り返りなど真面目な話題も多かったのに、気がつけば酔いが回り大声で談笑をするようになるのも、いつもの流れだ。特に、今回は儲けが多い仕事だった分、酒の進みも速かった。
「それにしても、良い仕事をしたぜ! なんたって五百万フィルの稼ぎだからな! 五百万フィルだぞ! これまでで一番の稼ぎだ!」
ヴァルターはテーブルについてから五回は言った台詞を繰り返す。酔って頭が回っていないせいだ。酔っぱらいは大声で同じことを繰り返すのが定番である。
とはいえ、気もちはわかる。俺は酒に強い祖父の血を引いているため、よほど度数の高い酒を大量に飲みでもしない限り酔わないが、もし酔っ払っていたらヴァルターのようになっていたかもしれない。
五百万フィル――
その曇りのない輝きに、楚楚としたタニアもうっとりしているし、いつもは凛々しいリーダーのロイドもだらしない顔をしている。
俺も嬉しい。嬉しいが、不満もあった。
本当なら、もっと稼げていたはずなのだ。なのに、五百万フィルしか稼げなかった。その事実が、胸をもやつかせる。
「私たち、ここまできたのね……」
タニアが感慨深そうに呟くと、ロイドは燃えるような赤髪を搔き上げ頷く。
「まだ一年しか経っていないのに順調な滑り出しだ。この分なら、俺たちはもっと上を目指せるだろう。全員がBランクに至るのも近いはずだ」
自信に溢れた声には一切の疑いがない。確信があるのは俺も同じだ。まず間違いなく、このメンバーは全員がランクアップするだろう。
俺の判明しているランクアップ先は三つ。もちろん、今の役割を強化できる
だが、俺たちのような新人がこうも順調だと、やはりやっかみも多い。
帝都には
つまり、俺たちが飲み食いしている
酒場を見渡してみても、俺たちと似た立場のパーティは楽しく飲み食いしているが、年齢層の高いテーブルだと、どこか暗く湿っぽい雰囲気が漂っている。ランクアップをすることができず、ここが打ち止めになった
奴らは長く続けてきた分、この酒場に居座れるだけの実績はあるが、逆にそのせいで能力に見合わないプライドだけが肥大化し、有望な新人に嫉妬を募らせることしかできずにいた。
今だって、こちらを憎たらしそうな目で見ている奴がいる。目障りに感じ睨み返してやると、そいつは気まずそうに視線を逸らして酒を舐めた。
わざわざ構ってやるのも面倒だが、放っておけば舐められ、闇討ちを仕掛けてくる可能性もある。だからこうやって、たまに牽制をしてやる必要があった。
「おい、どうしたんだ? 怖ぇ顔してよ」
「別に」
赤ら顔になっているヴァルターが、酒を飲みながら覗き込んでくる。共有する価値もない話だ。話を流しソーセージを齧ったが、ヴァルターはしつこく絡んできた。
「なんだよなんだよ~悩みがあるなら俺に話してみろよ~」
「しつこい。絡むな面倒くさい」
「ひょっとして、まだ報酬のことを根に持っているのか?」
「違う。いいから黙って飲んでろ」
「金に拘るのはよくねぇぞ。
「ああっ?」
適当に流しておこうと思ったが、尊敬する祖父を都合の良いように使われてはカチンとくる。おまえが俺と爺ちゃんの何を知っているんだよ。
祖父が教えてくれたことは、むしろ真逆だ。
金、金、金、
探索に必要なアイテムを揃えるのだって、装備を新調したり修理するのにだって、金が無ければなにもできない。
だが、祖父の教えや実情とは裏腹に、
今回の依頼も、依頼を受ける段階で交渉していれば、更に五十万フィルは上乗せしてもらえたはずだった。
なのに、俺がそう提案しても、三人は『五百万も貰えるのに欲を出して五十万ぽっちに拘るなんてみっともない』、という論調だった。だから、パーティーのリーダーではない俺は、交渉を諦めるしかなかった。
だが、五十万は決して少ない額ではない。むしろ大金だ。その金があれば、やれることはいくらだってある。にも拘らず、交渉する価値のない金額だと切り捨ててしまうのは、こいつら三人が、五百万を前にして金銭感覚が狂ってしまっていたからだ。
要するに大雑把なのである。だから、
まったく、イライラさせられる話だ。だが、そう考える一方で、無闇に苛立っても仕方ないと理解もしている。
「……根になんか持っていない。もう済んだ話だろ」
怒りを酒と共に呑み込み、ため息を吐く。舐められるのは癪だが、相手は酔っ払いだ。反論したところで、労力の無駄でしかない。
「そうよ、蒸し返しているのはヴァルターの方でしょ。たしかに、ノエルは報酬の件で拘っていたけど、最終的には私たちに合わせてくれたじゃない。ねぇ?」
場を取り成そうとしたタニアが同意を求めてくるが、俺としては頷きにくい言葉だった。納得して合わせたわけじゃない。俺一人が主張しても、意味がないから折れただけだ。そこのところを勘違いされたままだと困る。
だから、俺は曖昧に笑うしかなかったのだが、それがなぜかヴァルターの癇に障ったらしい。テーブルにジョッキを叩きつけ怒鳴り始める。
「へらへら笑ってんじゃねぇ! 俺は怒っているんだぞ!」
「はぁ?」
「おまえが金に汚いと、俺たち
「わけがわからないことを言うな。おまえだって、五百万五百万って浮かれていたじゃないか。自分を棚に上げて何を言っているんだ」
「正当な報酬を喜ぶのは当然だろ! 俺はおまえみたいに、意地汚く報酬を吊り上げようなんてしていないぞ!」
でかい図体している癖に、ガキみたいな屁理屈こねやがって。とはいえ、こんな酔っ払いに理を語っても無意味だ。酔っ払いには酔っ払いに相応しい対処法というものがある。お行儀良く紳士的に、対応させてもらうことにしよう。
「ああ、そうですねそうですね。全部なにもかも俺が悪い。いつも正しいのはヴァルター様です。一切の反論の余地がありませんね。ご立派ご立派」
「なんだ、その態度は!? 俺はおまえより二つも年上だぞ!」
ますます鼻息を荒くするヴァルターを、俺は冷めた目で見返す。
「この場で年齢に何の関係があるんだ。だったら、おまえは自分より年上ってだけで、誰が相手でも従順になるのか? 笑わせるなよ、
「お、おま、おままま、おまえぇっ……」
俺の言葉に、ヴァルターは怒りのあまり、額にいくつもの血管を浮かび上がらせ、そこから血が噴き出しそうな勢いだ。椅子を蹴って立ち上がり、獰猛な眼差しで睥睨してくる。
「ふざけるなよ、ノエル! 後ろで指示を出すことしかできない分際が! 安全なところで胡坐をかいている奴が、調子に乗るんじゃねぇッ!」
「そうそう、ヴァルター様のおかげで、いつも楽をさせてもらっていますよ。いやぁ、本当に感謝していますって。その戦いぶりは、まさに鬼神の如し! 俺みたいに指示を出すことしかできない無能とは大違い! よっ、
指笛を鳴らして煽ってやると、単純なヴァルターは怒りと悔しさで、奥歯が砕けそうなほど歯を噛み締めた。震える姿が生まれたての子鹿にそっくりである。
「……ノエル、覚悟はできているんだろうな?」
「おいおい、なんだよ。褒めてやったのに器の小さい奴だな。
「ぶ、ぶぶぶぶ……ぶっ殺す!」
我慢の限界を迎えたヴァルターが掴み掛かってくる。狙い通り事が運んだことに俺は口元を歪めた。
上等だ、受けて立ってやる。前衛だからって、酔っ払っている奴が殴り合いで勝てると思うなよ。ちょうど、こいつの無神経さには前から腹が立っていたんだ。せいぜい、良いサンドバッグになってもらうとしよう。
馬鹿正直に突っ込んでくるヴァルターに、俺が立ち上がって投げ技を極めようとした時、静観していたロイドが間に立ち塞がる。
「いい加減にしろ、みっともない!」
怒られてしまった。せっかくヴァルターを好き放題殴れるところだったのに。残念だが、リーダーに止められてしまった以上、楽しい喧嘩はここまでだ。
両手を上げて椅子に座ると、ヴァルターも舌打ち一つで矛を収め席に戻った。
「二人とも、本当に馬鹿なんだから……」
嘆息するタニアの肩を、ロイドが慰めるように触れた。この二人は恋人同士だ。パーティ内恋愛というのもどうかと思うが、俺に口を挟む権利はない。
ちなみに、ヴァルターもタニアに惚れていたりする。だが、タニアが選んだのは、いかつい大男のヴァルターではなく、すっきりした優男であるロイドだった。
気まずいことこの上ない三角関係である。
「そろそろお開きにしよう。報酬を分配するぞ」
ロイドが爽やかに笑って場を仕切る。そのイケメン特有の笑顔と、ヴァルターの不満顔は実に対照的で、俺がタニアでもロイドを選ぶだろうなと思った。