第27話 手の平の上で踊れ
今回はコウガ寄りの三人称になります。
ヤクザ編も残り二話となりました。
引き続きよろしくお願いしたします。
ノエル一味が帝都に戻ってきたのは、
その報せを受けたアルバートは、すぐに戦闘員を招集。二人をガンビーノ
人がたくさん住む住宅地ではあるが、住民の全ては一時的に家を離れている。そうするよう、ガンビーノ
分厚い雲が月を覆い隠す夜、この住宅地に追い込まれたノエル一味は、ガンビーノ
同じく招集されていたコウガは、その光景を眺めながら複雑な心境でいた。全ては今晩終わる。だが、結果がどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。状況はあまりにも一方的。これから起こることは、完全にアンフェアな戦いである。
絶対の勝利を確信しているアルバートは、凄惨な殺戮ショーを開けることに舌なめずりした。勝ち誇り、高らかな笑い声を上げる。
「ヒャハハハハハハッ、馬鹿な奴だッ! そのまま帝都を離れていればいいものの、わざわざ帰ってきやがって! まさか、今更謝って許してもらおうって魂胆じゃねぇだろうな? 駄目だ! おまえたちは、ここで死ぬんだよッ! ヒィッハハハァッ!」
楽しくて仕方がないという様子のアルバートに、ノエルは肩を竦める。
「品の無い笑いだ。おまえ、本当に育ちが悪いんだな。どれだけ親の遺産で身なりを整えても、中身がそれじゃ底辺丸出しだぜ?」
「てめぇの減らず口も、この状況じゃ心地良い歌にしか聞こえねぇなぁ。――おまえら、まずは二人の手足を折って動けなくしろ。すぐに殺すんじゃないぞ。夜は長い。じっくり楽しませてもらう」
アルバートは指を鳴らして、自分の軍団に開戦の合図を伝えた。ガンビーノ
そのはずだった――。
「……あ? おまえら、聞こえなかったのか? さっさと行けッ!!!」
地団駄を踏み、改めて命令を出すアルバート。だが、組員たちは誰も動かない。コウガもまた動けない。
「ど、どうした!? 何故、誰も言うことを聞かねぇんだッ!? ライオス! これはどういうことだッ!? 説明しろッ!!!」
アルバートは顔を真っ青にして取り乱し、若頭のライオスに詰め寄る。忠実な子分であるはずのライオスは、だが何も答えず溜め息を吐くだけだった。
「なっ、ど、どういうことだ……。いったい、何が起こっている?」
理解の外にある異常事態に、アルバートは呆然とした。そこに、愉悦に満ちた、残酷な笑い声が響く。
「ハハハハハハ、良い道化っぷりだな、アルバート・ガンビーノ!」
「な、なに!? ……いや、まさか!? てめぇがこれを仕組んだのか!?」
ノエルは答えず、ただ三日月のような笑みを浮かべている。
そう、これは完全にアンフェアな戦いだ。この一方的な状況を仕組んだのは、話術士ノエル・シュトーレンである。圧倒的に有利な状況にいたのは、強力な軍勢を持つアルバートではなく、たった一人の仲間しかいないノエルの方だったのだ。
いったい、何が作用して、こうなったのか?
コウガは、今日あったことを順に思い出していく。
†
†
ノエルが帝都から姿を消して一週間。大きくプライドを傷つけられたアルバートは、その行方を掴むために躍起となっている。
組員の大半が動員されているが、見つかることはないだろう。若頭のライオスが、捜索班に見つけても報告しないよう陰で命じたからだ。
組員からの人望は、
捜索班ではなく残留組となったコウガは、日々アルバートから与えられる仕事をこなしていた。今日もまた、一つの仕事を終えた帰りである。
「コウガ、おまえ本当に強いよな」
同行していた組員が、感心したように言った。
「あの相手、かなり強かったはずなのに、一瞬で仕留めるんだから驚いたぜ」
今日の相手は、ガンビーノ
元地下闘技場選手という経歴を持つ男は、剣士系Bランク
「腹減ったな。
ガンビーノ
正確には、アルバートが
「おう、二人ともお疲れさん」
指定された店に入ると、ライオスが軽く手を上げた。複数のテーブルで、既に組員たちが飲み食いしている。コウガたちも席に着き、食事を始めた。
「コウガ、今の仕事には慣れてきたか?」
ライオスに尋ねられ、コウガは曖昧に頷く。
「……は、はぁ、まあ、ぼちぼちと」
「そうか。それは良かった。おまえは身分こそ奴隷だが、腕が立つ。このまま功績を積んでくれたら、俺の方から
「ほ、ほんまですか!?」
願っても無い話だ。これまで自由になることは何度も夢見てきたが、ずっと諦めてきた。それが叶うかもしれない。コウガは小躍りしたい気分になる。
「ああ、俺は嘘は吐かん。必ず、自由にすると約束しよう。それで、自由になった後だが、正式に盃を交わさないか?」
「それは……
「もちろん、強制じゃない。他にやりたいことがあるなら、その道を目指すべきだ。だが、もし組員になってくれるなら、俺が一生面倒を看よう」
コウガは悩んだ。決して悪い話ではない。どのみち、自由になったところで、コウガにできることは刀を振るうことだけだ。将来のことを考えるなら、食いっぱぐれない保証が欲しい。
それに、
そう考えた時、ふと頭の中にノエルの顔が思い浮かんだ。あの男は、今どうしているだろうか? 本当にこのまま帝都には帰ってこないのだろうか?
考え始めると、そのことばかり気になってしまう。
「ノエルのことが気になるのか?」
ライオスに胸中を見透かされたコウガは、思わず背筋を伸ばした。
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
「ふっ、隠さなくてもいい。おまえの言ってた通りだったよ。まだ若いのに、良い眼をした男だった。おまえ、本当はあの男の下につきたいんだろ?」
「ワシは……」
コウガが返答に困った時だった。突然、テーブルが激しく揺れる。
「
酔っぱらった組員だった。だが、様子が普通ではない。涙を流し、悔しそうに顔を歪めている。その手には、何故か竹とんぼが握られていた。
「これ、今日処理したガキが、ずっと大事そうに持っていたおもちゃです。まだ子どもなのに、あんなに酷い姿にされて……。あんなの、血の通った人間ができることじゃねぇ……。なのに、俺はそいつの子分で……もうどうしていいか……」
組員は鼻をすすり、涙ながらにライオスに訴える。
「
「落ち着け。あとで話は聞く。他の客の迷惑になるから、ひとまず――」
「落ち着いてなんていられませんよッ!? 俺がガンビーノ
「落ち着けって言っているのが、わからねぇのかッ!!!」
ライオスの店を震わせる一喝に、誰もが閉口する。
「……たしかに、最近の
「で、でも……」
「わかっている。
「わ、わかりました! だから、頭を上げてください!」
格上の若頭に頭を下げられてしまっては、もう子分が四の五の言うことはできない。この場はこれで収まった。だが、それは表面上のものでしかない。新参のコウガにも、他の組員たちが白け切っているのがわかった。
「おやおや、揉め事か? 仲間割れは良くないぞ」
その声の持ち主を認めた途端、全員に緊張が走る。
「ノエル・シュトーレン!? 何故、おまえが!?」
一週間前に帝都を出たはずのノエルが、悠然とコウガたちの前に立っていた。それどころか、恐れることなくライオスの向かいの席に座る。
一瞬、組員の持っている竹とんぼに目が行ったが、すぐに正面を向いた。テーブルを挟んで交わされる、ノエルとライオスの視線。ライオスは動揺しながらも、若頭の威厳を保ちながら口を開く。
「おまえ、なんでここにいる? 帝都を出たんじゃなかったのか?」
「約束通り出たさ。一週間だけな。バカンスでリフレッシュしてきたよ」
「バカンスだぁ? ……自分が何をやっているのか、わかってんだろうな?」
気色ばむライオスに、だがノエルは余裕の笑みを浮かべた。
「あんたの方こそ落ち着けよ。何もここで事を構えようってわけじゃないんだ。俺はただ、バカンスの土産を渡しに来ただけだよ」
ノエルが懐から取り出したのは一枚の古びた羊皮紙。それを丁寧に広げ、ライオスに見えるようにテーブルに置く。
「この羊皮紙が土産? いったい、どういう…………なぁっ!?」
その紙面を読んだライオスは、驚愕で眼を見開いた。
「なんだ? 何が書かれているんだ?」
ライオスの反応に好奇心をくすぐられた組員たちが、我先にとテーブルに集まる。コウガも例外ではない。そんな組員たちに、ライオスは慌て出す。
「ば、ばかやろう! 勝手に見るんじゃねぇっ! あっちへ行くんだ!」
だが、全てはもう手遅れだった。
「う、うそだろ……」
「マジかよ……」
「……俺たちは、ずっと騙されていたのか?」
「ふざけんなよ、なんだよこれ……」
組員たちは異口同音に驚愕と失望、そして怒りを口にする。正式な組員でないコウガにも、彼らの気もちは痛いほどに理解できた。
この紙は――ここに書かれている情報は、爆弾だ。それも、とびっきりの。ノエルは爆弾を抱えて、この場にやってきたのである。
「お気に召して頂けたようだな」
「てめぇ、こんなことして、覚悟はできてんだろうなぁ?」
「ズレているぞ、若頭。俺に凄む前に、やることがあるだろ」
ノエルがライオスに顎で示した先には、物申したげな組員たちの顔がある。
「
言ったのは、涙を流して歪んだ現状を訴えた組員だった。
「……いや、俺も今知ったばかりだ」
「そうですか、俺は
「待て! 簡単に場に呑まれるな! よく考えろ!」
「考えるまでもないでしょうっ!?
ノエルが持ち込んだ爆弾の正体は、アルバートの出生届だった。行政が戸籍管理のために、全ての帝国国民に義務付けている出生届。厳重に管理されているはずの、その原本を、いかなる手段を用いたのか手に入れてきたのである。
本来、私生児だった場合、父親の欄は空欄で提出するのがルールだ。だが、アルバートの出生届には、確かに父親の名前が書かれている。しかも、先代ではなく、全く別の男の名前が。つまり、アルバートは、正式に婚姻関係にあった夫婦から産まれた子ども、ということになる。
偽造された文書には見えない。いや、仮に偽造されたものだとしても、これは事実だろう。組員たちも、それをわかっている。コウガは先代のことを話でしか聞いていないが、やはりアルバートとは似ても似つかない傑物だからだ。
誰もが心に抱いていた疑惑。それを開放した紙は、爆弾というよりも起爆剤と言うべきなのかもしれない。
「先代は、義賊と言われるほど義理と人情に生きた男だった」
ノエルは淡々と話し始める。
「だが、女癖が悪かった。各地で愛人をつくり、その全員と男女の関係を持った。アルバートの母親も、その一人だ。後に別の男と結婚し、アルバートを産んだが、旦那の事業が失敗したことから家庭環境は乱れていく。しかも、旦那はまだ幼いアルバートに暴力を振るった。一計を案じた母親は、かつての恋人である先代を頼った」
「まさか……」
「その、まさかだよ。母親は先代に、こう言ったんだ。この子は、あなたの子どもです、と。だから助けて欲しい、と頼み込んだ」
「せ、せんだいは、それを信じたのか?」
「いや、信じなかっただろうな。何故なら、先代は種無しだからだ」
ノエルが新たに明かした真実に、周囲の空気が凍り付く。
「そう、先代には子どもができないんだよ。だが、義理と人情に生きる先代は、母親の頼みを聞くことにした。ひょっとした��、単に後継者が欲しかっただけかもしれないが、そこまでは俺にもわからない。とにかく、幼いアルバートは先代の信頼できる知人に託された。そして、母親は荷物を取りに自宅に戻った時、旦那に無理心中を図られ死んだ」
「な、なんで、そんなに詳しいんだ? おまえは先代を知らないだろ?」
組員の一人が当然の疑問をぶつける。
「帝都には優秀な情報屋がいてね。そいつに頼んだのさ。もちろん、俺も情報の真偽を確かめるために、現地を訪れて当時を知る者たちに話を聞いた。だから、全て事実だ」
「じゃあ、
「だから、どうした?」
黙って話を聞いてたライオスが、有無を言わせない口調で言った。
「血縁関係が無くとも、互いが認めれば親子だ。先代は、今際に
たしかに、その通りだ。だが、人にとって血縁という絆が重要な価値を持つのも事実。これまでアルバートが
それが偽りだったと知った今、組員たちの心は大きく揺れている。
「そうは言うが、このまま今までのように忠誠を誓うのは難しいだろ?」
「おまえが決めることじゃない。話はそれだけか?」
ライオスは立ち上がり拳を鳴らした。ノエルを殺すつもりだ。コウガは一瞬、腰の刀に手を掛けそうになった。
「その通り。俺が決めることじゃない。あんたら組員が決めることだ。俺は、その手助けをできる用意がある」
「……手助けだと?」
上手い。こんな順番で情報を出されては、ノエルを殺す気のライオスも話を聞かざるを得ない。コウガは、自分たちが言葉巧みに踊らされているのを実感した。
「俺の提案はこうだ――」
その話を聞いたライオスは、殺意を引っ込め面白そうに笑う。
「たしかに、良い案だ。だが、俺が乗ると思うのか?」
「乗るさ。何故なら――」
ノエルは立ち上り、ライオスに囁きかける。瞬間、ライオスの顔が大きく歪んだ。それは、ライオスが堕ちた瞬間だった。
†
†
もはや、ガンビーノ
ずっと押し黙っていたライオスが、ゆっくりと口を開いた。
「
「……な、なんだ?」
「まず、あなたは先代の実子ではありませんね?」
「は、はぁ!? 何を言って――」
「もう一つ。『先代が病死するよう毒を盛った』のは、あなたですね?」
「ば、ばばば、ばかな!? いったい、おまえは何を言っているんだ!?」
アルバートは何一つまともに答えなかったが、その狼狽えぶりから、全て本当のことだというのは、傍から見ていたコウガにもよく理解できた。
「そうですか……。やはり、そうだったのか……」
ライオスは深々と溜め息を吐き、険しい表情となる。
「アルバート、俺たちはもうあんたには従えない」
「なに!? どういうことだ!?」
「あんたには義理も人情も無い。そんな奴を担ぎ続けることは無理だ」
「ふざけるなッ!! 俺を跡目に指名したのは先代だぞ!!!」
「殺した張本人がそれを言うのか? つくづく、救えない男だな……。だが、あんたの言うことも一理ある。だから、漢を魅せるチャンスをやろう」
ライオスはノエル一味を指差した。
「あいつらと決闘しろ。それに勝てば、あんたを正式なガンビーノ
「け、決闘、だと!?」
「もちろん、戦闘系
これが、ノエルが提案した『手助け』だった。一対一の決闘相手となることで、アルバートに漢を魅せる機会を与えてやる、と言ったのだ。
ノエルにとっては、邪魔な軍勢を排除し、アルバートだけを狙う計画に過ぎない。だが、ガンビーノ
何もかも全てが、ノエルの手の平の上だ。
「そんなもん、誰がやるかッ!! 俺はアルバート・ガンビーノだッ!!! てめぇらの言うことなんざ聞く必要ねぇッ!!!」
往生際の悪いアルバートは必死に吠えるが、その眼には諦めの色も滲んでいた。どれだけ喚いてもどうにもならない。そんなことは子どもにもわかることだ。
「いい加減、腹を括りなさいな。同じ直参として、超恥ずかしいんだけど」
胡散臭い喋り方の、呆れたような声。その声がした方を見ると、派手な紫の服を着た男が、数人の屈強な男を従えて立っていた。
「ば、馬鹿な……。フィノッキオ・バルジーニ、だと……?」