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第26話 策謀家は不敵に笑う

 その晩、俺とアルマは、猪鬼(オーク)の棍棒亭で一緒に食事をしていた。


 不意に外が騒がしくなる。誰かが叫んだ。


「ガンビーノ(ファミリー)!?」


 店のドアが騒々しく蹴り開けられる。入ってきたのは、一般人(カタギ)には見えない男が六人。その先頭には金髪の不健康そうな男がいた。


「――Bランクが四人。Aランクが一人。店の外にも武装した奴らがいる」


 斥候(スカウト)のアルマは、その観察結果を小声で俺に伝える。俺の見立ても同様の結果だ。コウガはいない。外にいるのか、それとも連れてきていないのか。この場には、より信頼のできる戦闘員のみを連れてきたようだ。


 Bランク四人については詳しく知らないが、Aランクの男については事前調査で知っている。ガンビーノ(ファミリー)の若頭、格闘士系Aランク職能(ジョブ)龍拳士(ハイモンク)のライオスだ。


 そして、その先頭に立つ金髪の不健康そうな男が、ガンビーノ(ファミリー)組長(ドン)である、アルバート・ガンビーノ。


 アルバート本人は戦闘系職能(ジョブ)ではないが、それでも(ファミリー)のトップであることには変わりない。強い子分を引き連れて歩くのは、さぞかし気もちが良いのだろう。偉そうに肩を怒らせながら、俺たちの席までやってきた。


「てめぇが、ノエル・シュトーレンか。女みたいな顔だな」


 アルバートは勝手に俺たちの席に座ると、テーブルの上のワインをボトルごと呷り、不快そうに顔を歪める。


「不味い酒だ。はっ、こんな安酒を飲むしかないなんて、探索者(シーカー)ってのも儲からないんだな。それとも、おまえが雑魚なだけか? ああ、そうだったな。パーティメンバーに裏切られて、探索者(シーカー)の活動をできなくなったんだっけか? ご愁傷様」


 俺のことを調べてきたらしい。アルバートは難しい言葉を覚えたばかりの子どものように、得意げに挑発してくる。


「そういうあんたは、ガンビーノ(ファミリー)組長(ドン)、アルバート・ガンビーノだな。はっ、招かれてもいない席について勝手に他人様の酒を飲むなんて、随分と躾がなっていないな。狂犬と聞いていたが、野良犬の間違いだったか?」


「んだと、テメェッ!?」


「おいおい、煽り返されたからって簡単にキレてんじゃねぇよ。こんな公衆の面前で、あの偉大なルキアーノ(ファミリー)の直参、ガンビーノ(ファミリー)組長(ドン)が、そんな器の小ささを見せちゃ不味いんじゃないのか? 延いてはルキアーノ(ファミリー)の沽券に関わるぜ」


 ガンビーノは怒りで口を震わせるが、爆発するのを抑え込んだ。


「……まあ、いい。好きに言ってろ。今日は話をしにきたんじゃねぇんだ。てめぇ、随分と舐めた口を利いてくれたそうじゃねぇか。首を取りたいなら直接会いにこい、だっけか? だから、来てやったぞ」


 剣呑な笑みを浮かべるガンビーノ。それを俺は鼻で笑う。


「会いにこいと言ったら飛んでくるなんて、まるで付き合ったばかりの恋人だな。嬉しさで尻尾を振っているのが隠せていないぞ」


「ガタガタ抜かすんじゃねぇっ! いいから、表出ろや!」


「おまえの方こそ、ガタガタ騒いでいるんじゃねぇよ。見てわからないか? 俺たちは食事中だ。相手をしてほしいなら、食い終わるまで外で待ってろ。忠犬みたいにな」


「テメェッ!!!」


 堪忍袋の緒が切れたガンビーノは、懐に忍ばせていたナイフを抜いた。


「もう面倒だ。ここで相手してやるよ。その綺麗な顔のどこからでも酒を飲めるように、穴を開けてやるから覚悟しろ」


 ナイフを俺に向けるアルバート。それを野太い声が咎める。


「ガンビーノの大将、この店で暴れるのはそこまでにしてもらいてぇなぁ」


 立ち上がる巨漢、拳王会のリーダーである格闘士ローガンだ。


「んだぁ、てめぇは?」


「あんたとノエルの間に何があったかは知らん。だが、ここで暴れるのは止めろ。あんたらに面子があるように、俺たち探索者(シーカー)にも面子があるんだよ。暴力団(ヤクザ)が好き放題暴れていたのを、黙って見ていたなんて広められちゃ、今後の仕事に関わるんでな。そうなったら、おまんまの食い上げだ」


 ローガンの言葉に同意するように、店の大半の探索者(シーカー)が立ち上がって武器に手を掛ける。その予想外の事態に、アルバートはたじろいだ。


「て、てめぇら、この俺が誰だかわかってんのか!?」


「わかっているさ。だが、誇りを守るためなら、相手が誰でも関係ねぇ」


「な、なんだとぉっ!? どいつもこいつもふざけやがってッ!! おまえら、この馬鹿どもを皆殺しにしろッ!!!」


 狂乱したアルバートは椅子を蹴って立ち上がり、後ろの子分たちに命令を下す。子分の筆頭であるライオスは一歩前に出て、アルバートに囁いた。


組長(ボス)、俺たちがこいつらを一掃するのは簡単です。戦力差を考えれば、一瞬で片がつく。ですが、そのことを本家の親父にどう説明するつもりですか?」


「……な、なに?」


「ただでさえ、例の薬のせいでうちは本家に睨まれている。それに加えて、探索者(シーカー)たちと争えば、もうお目こぼしはしてもらえませんよ。探索者(シーカー)は国に奨励されている。一個人が相手ならともかく、こんな大勢の探索者(シーカー)を公に殺しちまえば、本家はもちろん国が黙っちゃいません。間違いなく、俺たちは終わりです」


「くっ、そ、それは……」


「それでも構わないなら、もう一度命じてください。親の命令は絶対だ。俺たちは命を懸けて組長(ボス)に従います」


「ぐぅっ、だ、だが……」


 ライオスの諫言に苦悩の表情を見せるアルバート。


 狂人ぶっても、所詮は組織の人間。なんでも好き放題にできるわけじゃない。あれだけ吠えておきながら、本家と国の名前を出された途端に気勢を削がれた無様な姿を、俺は大いに笑ってやった。


「アハハハハハ、滑稽だなアルバート・ガンビーノ」


「な、なんだとッ!?」


「どれだけ悪事に手を染めても、おまえの正体は脆弱な小市民だ。組織の長としての頭も人望も無ければ、器も小さい。できることは、身勝手にルールを破って狂犬面することだけ。先代の遺産を食いつぶすことしか能の無いおまえには、それが限界なんだよ」


「こんの糞ガキがああああぁぁああぁッ!!!」


 激昂したアルバートが俺の襟首を掴む。排除しようと構えたアルマを手で制し、俺は口が裂けそうなほど深い笑みを浮かべた。


「なんだ!? なにがおかしいッ!?」


「あまりカッカしない方がいいぜ。血の巡りが良くなるからな」


「ああっ!? 何言ってんだ!?」


「おまえが勝手に飲んださっきのワイン、あれさ毒入りなんだよね」


「……な、なに?」


 アルバートは手を放し、後ろに数歩下がった。


「……は、ははは、何を言うかと思えば、毒だと? 嘘を吐くな! 俺が飲んだのは、おまえの酒だぞ! 自分の酒に毒を入れるはずがない!」


「たしかに、俺の酒だが、だからといって必ず口をつける必要はないだろ? おまえが飲んでくれるように取っておいたんだよ」


「この店に、俺がくるなんてわからなかったはずだ!」


「わかるさ。首を取りにこいって言ったのは俺だぜ? 探索者(シーカー)を探すなら、まずは探索者(シーカー)専用の酒場だ。そうだろ?」


「だ、だが、俺が飲む確証は無かっただろ!」


「もちろん、絶対ってわけじゃない。だが、毒入りの酒を用意するのに、確証なんて必要無いんだよ。俺からすれば、ノーリスクで毎日準備できるんだからな。おまえが来て飲めばアタリ。飲まなければそれだけ。そして、見事にアタリが出たってわけだ。ご理解いただけましたか、お坊ちゃま?」


「ごふっ、うげええぇぇえぇぇッ!!!」


 アルバートは喉に指を突っ込み、必死に胃の中の物を吐き出そうとする。


「無駄無駄。とっくに胃から血管に入っている。おまえ、このまま死ぬよ」


「ひっ、ひいいいいぃぃぃっ!! い、いしゃだっ!!! 医者のところへ行くぞ!!! おまえら、俺を医者のところに連れて行けぇぇっ!!!」


 か弱い乙女のような悲鳴を上げたアルバートは、子分を連れて一目散に店から出て行った。訂正、全ての子分ではない。ライオスは店に残った。


「大した話術だな。俺まで信じそうになったよ。流石は話術士だ」


「話術? 俺は本当のことを伝えただけだよ」


「とぼけるのはよせ」


 ライオスは椅子に座り、アルバートが口をつけたワインのボトルを、何の躊躇もなく一気に飲み干した。


「うむ、美味い。素朴で優しい味わいだ」


「驚いた。毒を入れたって言ったはずだぜ? 自殺願望でもあるのか?」


 ライオスは俺の言葉に動じず、太い笑みを見せる。


「コウガの言っていた通りだな。肝の座った良い眼をしている。漢の眼だ」


「はぁ?」


「おまえ、探索者(シーカー)のトップを目指しているそうだな。そんな奴が、公衆の面前で誰かを毒殺なんてするわけがねぇ。やるなら暗殺だ」


 確信に満ちたライオスの言葉。そこには多分に直感が混じっているだろうが、その通り俺は毒なんて入れていない。


「正解だ。だが、何故それをアルバートに教えなかった?」


(ファミリー)を潰したくない」


「なるほど。大切な理由だな。それで、あんたは俺に何を望む?」


「命は見逃してやる。外に控えている奴らも解散させる。だから、帝都から出て行け。おまえがいなくなれば、組長(ボス)も一線を越えずに済む」


「嫌だと言ったら?」


「殺す。この場で」


 一瞬、ライオスの身体が、巨人の如く膨れ上がったかのように錯覚した。それほどに強烈な闘気。これは店にいる全員で襲い掛かっても敵いそうにないな。


「わかった。帝都を出るよ。それでいいんだろ?」


「ああ、良い子だ。おまえほどの男なら、どこにいても大成するさ」


 ライオスは立ち上がり、他の探索者(シーカー)たちに声を張り上げる。


「おまえら、迷惑を掛けて悪かったな! 詫びと言っちゃなんだが、今日の酒代は、全部俺が立て替える! 後は好き放題飲み食いしてくれ!」


 爽やかに事態を収拾し、颯爽と立ち去るライオス。


 あれがガンビーノ(ファミリー)の若頭か。先代が傑物だったのは本当のようだな。でなければ、あんな男が今のガンビーノ(ファミリー)に残るわけがない。


 もっとも、その胸中を思えば、同情しか湧かないが。


「俺たちも店を出よう」


「わかった」


 俺とアルマが席を立つと、周囲から冷たい視線が向けられる。


 当然だ。こんなトラブルを持ち込んだ奴なんて、他の探索者(シーカー)からすれば疫病神でしかない。ロイドとタニアを奴隷に堕とした件も重なり、俺に突き刺さる視線には明確な敵意も混じっていた。


 まあ、悪役(ヒール)になるのは元から覚悟の上だ。有象無象から嫌厭されようとも、何の問題も無い。優等生だからって誰かが助けてくれるわけでもあるまいし。


 店の外に出ようとすると、ドアの近くにローガンが立っていた。


「本当に帝都を出るつもりか?」


「そういう約束だからな。俺の探索者(シーカー)業もここまでだよ。残念無念」


 ローガンは鼻で笑い、片頬を吊り上げる。


「抜かせ。おまえがそんな殊勝な男かよ」


 俺は何も答えなかった。ただ、同じように片頬で笑みをつくり、ローガンの肩を軽く拳で叩いてから外に出た。





 猪鬼(オーク)の棍棒亭の外に、ガンビーノ(ファミリー)の組員はいない。ライオスが約束通り解散させたのだろう。


 周囲に人がいなくなると、アルマは興奮で頬を上気させた。


「すごい。何から何まで、ノエルの言ってた通りになった」


「まだ感心するのは早い。種は蒔いた。ここからが本番だ」


「わかってる。帝都に戻ってくるのは一週間後だっけ?」


「ああ、その予定だ。一週間後、帝都で落ち合おう。その間、アルマはどうする? 他の街に潜伏するのか?」


「山に籠って、戦いの勘を取り戻す。あの東洋人は、次こそ絶対に殺す」


「了解した」


 アルマはそう言ったが、俺はもう二人を戦わせるつもりはない。相討ちになってしまったら、大損だからだ。


「じゃあ、一週間後に」


「うん、一週間後」


 俺とアルマは拳を突き合わせ、その場を後にした。


 一人になった俺は、夜道を歩きながら内に秘めた闘志を呟く。


「ガンビーノ(ファミリー)、丸呑みにしてやるよ」

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