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第25話 千倍返しがモットーです!

 思考共有(リンク)で救援を求めたアルマは、疾風のような速度でやってきた。時間にして約二分。宿で寝ていただろうに、ありがたい話である。


 アルマは大きな欠伸をし、首を鳴らした。


「よくわからないけど、あれを殺せばいいの?」


 そのスラリとした指先が、剣を構えているコウガを差す。


 殺せ、と命じるのは簡単だ。


 だが、コウガにはまだ利用価値がある。可能なら生かしておきたい。とはいえ、殺さず戦闘不能にしろ、と命じるのは危険だ。なにしろ、コウガは強い。直に戦ってわかったが、確実にアルマに匹敵する強さだ。


 俺の支援(バフ)があれば圧倒できるだろうが、この状態ではまともにスキルを発動できそうにない。戦闘用覚醒剤の反動が切れるまで、あと三十分は必要だ。現状使えるのは、思考共有(リンク)だけである。


 だから、俺は短く命じる。


「殺せ」


「オッケー」


 アルマはナイフを手で回しながら、軽い足取りでコウガとの間合いを詰め始める。対するコウガは、心底嫌そうなしかめっ面をした。


「おどれ、ノエルの仲間か」


「そうだよ。だから、敵のキミは殺さないとね」


「やめとけ。ワシは女を斬りとうない」


「男女差別は良くない。それに、紳士気取っても、ボクの方が強いんだから、カッコつけるだけダサくなるよ」


「逆じゃ。不意を突いておきながら仕留められんかったことを理解せぇ。おどれより、ワシの方が数段上におる」


「はぁっ!?」


 おっと、痛いところを突いたな。


 たしかに、アルマの方が強いなら、先の不意討ちで終わっていた。押し切ったのはアルマだが、不利な状況で致命傷になる攻撃を防ぎ切ったコウガの方が、あの一瞬の攻防では上だったと判断できる。


 だが、だからといってコウガがアルマより数段上にいるかは疑問だ。どのような状況であったとはいえ、不意討ちを許し押し切られたのも事実だからである。


 やはり、俺の見立てでは、両者の実力は完全に拮抗している。


 となると、アルマに勝ってもらわないと困る俺としては、支援(バフ)を付与することができずとも、戦闘のアドバイスで助けるべきだろう。


 だが、それは余計なお世話になりそうだ。


「キミ、生意気だね。楽に死ねると思わないで」


 背中越しにも伝わる、アルマの強烈な殺気。完全にブチ切れている。いつも飄々としているアルマが、こんなに怒ったのは初めてだ。


 これはアドバイスをしたところで絶対に聞いてもらえそうにないな。精神解法(ピアサポート)が使えない今、怒り狂ったアルマを止める術は無いのだ。


 まあ、いいか。


 アルマは暗殺者ではなく、探索者(シーカー)となる道を選んだ。なら、実力が互角以上の相手にも、真っ向から勝てる能力が必要だ。雑魚専門では困る。


 それに、純粋な化け物同士の戦いを見たい思いもあった。


速度上昇(アクセル)――五倍(クインタプル)ッ!」


 初手からの最高速度。速度上昇(アクセル)を発動させたアルマは、大気の壁を破り残像を見せながらコウガへと迫る。


 そのまま一直線に攻めるのではなく、右へ左へ、更に周囲の壁も利用して上方向へと、立体的な動きで翻弄する。


 もはや眼で追うことは困難だ。トップスピードで縦横無尽に動き回るアルマは、どこにもいてどこにもいない影となっている。


 いくらコウガでも、このアルマの動きを見極めることは不可能だろう。襲撃に備えて常に周囲に気を配っているが、明らかに対応できていない。


 十分にコウガを翻弄したアルマは、高速移動を続けながら鉄針を放っていく。


 斥候(スカウト)スキル:投擲必中(パーフェクトスロー)


 五倍(クインタプル)速度上昇(アクセル)の状態から放たれた無数の鉄針は、投擲必中(パーフェクトスロー)のスキル効果によって、狙いを違えることなく、あらゆる方向からコウガへと襲い掛かる。


 一本や二本なら払い落とせるだろう。だが、周囲全方向から一度に放たれた、鉄針の全てを払い落すことは現実的ではない。回���することも無理だ。


 さて、どう捌く?


 俺の内心の問いに、コウガは刀剣士のスキル名で答えを出した。


「――桜花狂咲(おうかくるいざき)


 たった一振りの剣だった。その閃きが、まさしく花が狂い咲くかのように広がっていくのを、俺はたしかに見た。


「斬撃を増やすことができるのか!?」


 俺が叫んだ瞬間、無数の鉄針を無数に狂い咲く斬撃が斬り落とす。それだけでは止まらず、周囲一帯に広がった斬撃は、アルマをも切り裂こうとしている。


 だが、流石は伝説の暗殺者の後継者であるアルマだ。


 迫りくる斬撃を空中で身を捩って躱してのけ、更に大気の壁を五倍(クインタプル)速度上昇(アクセル)の速度で蹴りつけることで、空中移動を成功させた。


 上空からコウガ目掛けて猛襲するアルマ。交戦の形としては先と同じだが、違うのはアルマが五倍(クインタプル)速度上昇(アクセル)を発動させている点。


 その速度で懐に入ってしまえば、武器の振り回し易さの違いもあるため、コウガには成す術もあるまい。容易く首を搔き切られてしまうことだろう。


 対してコウガは、新たなスキルを発動する。


「――明鏡止水(めいきょうしすい)


 あろうことか、眼を閉じるコウガ。だが、その状態から振るった剣が、アルマの猛襲を食い止める。


「なにそれ!?」


 驚きの声を上げるアルマ。眼を閉じたまま攻撃を防がれたことに驚愕しながらも、接近戦(インファイト)での連続攻撃を繰り返す。


 本来なら、接近戦(インファイト)での戦闘はアルマが圧倒的に有利だ。なのに、コウガが遅れを取る様子は全く見られない。


明鏡止水(めいきょうしすい)、と言ったな。眼を閉じることが発動条件のスキルか? だとすれば、閃光弾で眼を焼いたのに動けた理由もわかる」


 これまでの状況から察するに、眼を閉じることで他の感覚を倍増させるスキル、と考えるのが妥当だ。いや、感覚を倍増させているだけじゃない。攻撃の速度も格段に跳ね上がっている。


 視覚での広い状況確認ができなくなるのは大きなデメリットだが、半径五メートル以内ほどであれば、無類の強さを発揮できるスキルだ。


「極東の刀剣士か。興味深い職能(ジョブ)だ」


 とても同じCランクとは思えない化け物二人の戦闘は、文字通り激しい火花を散らしている。いったい、その剣戟は何百合目なのか、もはや見当もつかない。


 俺は戦いの行方を見守りながら、体力回復用の携帯回復薬(ポーション)を飲んだ。戦闘用覚醒剤の反動は徐々に抜けつつある。回復薬ポーションが疲労を癒し、足腰に力が入るようになり始めた。


 ふと、口の中に血の味を感じた。無意識に奥歯を噛み締め過ぎていたようだ。


「……ちくしょう、なんで俺には、あの二人みたいな力が無いんだ」


 悔しい。妬ましい。嘆いたところで仕方の無いことはわかっている。だが、こうも圧倒的な才能の差を見せつけられてしまうと、胸が痛くなり頭を掻き毟りたくなる。


「俺が、爺ちゃんと同じ戦士なら、あの二人よりも強くなれたのに……」


 爺ちゃんは、話術士でも最高の探索者(シーカー)にしてくれる、と言った。そして、厳しい修行の果てに、その資格を得られた自負はある。


 だが、上には上がいる。そこは、話術士――支援職(バッファー)の俺では、決して辿り着くことができない場所だ。


「……理解した。やはり俺の考えは正しい」


 俺はよろめきながら立ち上がる。端的に言えば、二人の戦いを見たおかげで吹っ切れた。心が軽くなった分、魂に宿る火が、更に大きく熱を持って燃え盛るのを感じる。


 もう迷わない。嘆かない。俺の進むべき道は一つだ。


「俺は最強を従え最強となる」


 立ち上がった俺の前で、長く続いた二人の戦いは佳境を迎えつつあった。決着のつかない戦いに業を煮やした二人が、それぞれの必殺技を繰り出そうとしている。


「認める。キミは強い。だから、もう勝ち方に拘らない。――確実に殺す」


 アルマはナイフで自分の指を切り、その刃の溝に血を溜めた。


 斥候スキル:劇薬精製(ブラッドポイズン)


 自身の血液から猛毒を精製するスキルだ。単純な格闘戦での決着を諦め、その毒を使って確実な勝利を手に入れるつもりなのだろう。


「ワシも、おどれをもう女とは思わん。――斬る」


 コウガは剣を鞘に納め、深く腰を落とした。それもまた、スキルの発動に必要な条件に違いない。威圧感(プレッシャー)が更に膨らみ、その構えが必殺技であることを伝えている。


 まずいな。このままだと、高確率で相討ちになる。今まで静観していたが、ここから先はそういうわけにもいかなそうだ。


 俺は銀ちゃんの弾を交換し、それを空に向けて発砲した。魔弾ではない。ただの――信号弾である。


 夜空で花火のように弾ける信号弾。その大きな音と光に、臨戦状態にあった二人も目を丸くしている。


「な、なに!?」「なんじゃ!?」


「戦いはそこまでだ。すぐに憲兵がやってくる。二人とも、退く準備をしろ」


 俺が命令すると、アルマは怒りで毛を逆立てた。


「ふざけないで! まだ勝負はついていない!」


「黙れ。俺の命令が聞けないのか?」


「で、でも!」


「黙れ、と言ったはずだ」


「……ちっ」


 精神解法(ピアサポート)が効いたようだ。アルマは平静さを取り戻し、舌打ちをしながらもナイフを鞘に納めた。


「コウガ、おまえも去れ。憲兵に捕まりたくはないだろ」


「……おどれに従うのは癪じゃが、その通りじゃな」


 踵を返し去ろうとするコウガ。その背中に、声を掛ける。


「少し待て。おまえに言っておくことがある」


「……なんじゃ?」


 足を止め振り返るコウガに続ける。


「俺のモットーは千倍返しだ」


「は? なんじゃと?」


「だから、アルバートに伝えておけ。ガンビーノ(ファミリー)は、俺が必ず叩き潰す。それが嫌なら、ビビってないでおまえ自身が俺の首を取りに来い、ってな」





 コウガは与えられた任務に失敗した。


 あのアルバートのことだ。絶対にコウガを許しはしないだろう。いよいよ生きたまま剥製にされる時がきたのかもしれない。だが、それも仕方ないだろう。所詮、コウガは奴隷。常に生殺与奪の権利を他人に握られている立場でしかないのだ。


「そうか。ご苦労だったな」


 屋敷に帰ってきたコウガの報告を受けたのは、ガンビーノ(ファミリー)の若頭、ライオスだ。アルバートは留守にしているらしい。


 戦いとその結果を伝えはしたが、伝言のことは伏せておいた。あんな言葉、ただの虚勢だ。探索者(シーカー)ごときがガンビーノ(ファミリー)に太刀打ちできるわけがない。だったら、黙っておいてやる方がノエルのためだ。


組長(ボス)には俺から知らせておく。おまえは身体を休めておけ」


 報告を聞き終えたライオスは、大きな手でコウガの肩を優しく叩いた。


 大柄で強面な男だが、性格は無法者(ヤクザもん)とは思えないほど実直で、子分からだけでなく他の(ファミリー)からも信頼され一目置かれている逸材である。


 狂犬と恐れられるガンビーノ(ファミリー)が組織としての体裁を保っていられるのも、全てはライオスの手腕あってこそのものだ。もしライオスがいなければ、とっくにガンビーノ(ファミリー)は無くなっていただろう。


 だが、アルバートの増長と暴走を考えるなら、その方が良かったのかもしれない。ライオスはコウガも尊敬できるほどの好漢ではあるが、その存在が結果的に多くの者を苦しめることにもなっていた。


「コウガちゃん、暗殺を失敗したんだって?」


 アルバートが屋敷に帰ってきた晩、コウガは早速部屋に呼び出された。


「……力が及ばず、すんませんでした」


 深々と頭を下げるコウガ。その謝罪にアルバートは無言のままだったが、やがて楽しそうに笑い始める。


「アハハハ、コウガちゃん真面目だねぇ。別に気にすることなんてないのに。だってさ、相手はただの探索者(シーカー)だぜ? ミンツ村の村長に頼まれたから、仕方なくコウガちゃんを向かわせたけどさ、必ず殺すなんて約束はしてないもんな」


「は、はぁ……」


「ミンツ村の村長もさ、とっくに死んでいないんだし、義理はもう果たしたっしょ? だから、全然気にしなくてオールオーケー! 気楽にいこうぜ、コウガちゃん」


「わ、わかりました……。ありがとうございます……」


 釈然としない思いはあるが、不問にしてくれるなら万々歳だ。やはり、生きたまま剥製にされるのだけは絶対に避けたい。ほっと一息吐いた時だった。それを見計らったかのように、アルバートが言葉を続ける。


「でもさ、ご主人様である俺の命令を守れなかったのは、また別問題だよね? そこはちゃんとさ、ケジメをつけないと」


「……え?」


 完全な不意討ちに、コウガの心拍数が一気に跳ね上がる。思い出すのは、右腕を求められたミンツ村の村長だ。村長はあの時の傷が原因で死んだ。


「ケジメって……どないすればいいんですか?」


「それだけど、今回は特に何もしなくていいよ。コウガちゃんの代わりに、ケジメを果たしてくれた人がいるからさ」


「ワシの、代わり?」


 コウガが首を傾げると、アルバートは不吉な笑みを浮かべる。


「ライオス、あれをコウガちゃんに渡してやって」


「……わかりました」


 側に控えていたライオスが、その指示に従って、コウガにリボンと包装紙でラッピングされた箱を持ってくる。


 それを受け取っ���コウガは、ますますわけがわからなくなった。


「なんですか、これ?」


「あけてみ」


「は、はぁ。わかりました」


 言われた通り、コウガは箱を開く。そして――


「うわああああぁぁぁああああぁっ!!??」


 絶叫し箱を投げ捨てた。床に落ちた箱から転げ出てきたのは、酷く損傷した生首だ。その顔をコウガは知っている。前の主人、ハーフリングのミゲルだ。


「おお、良い悲鳴だ。サプライズプレゼントを用意した甲斐もあったよ」


「サ、サプライズって……」


「ちゃんと、お礼を言いなよ? ミゲルさんは、コウガちゃんのケジメを代わりに果たしたんだからさ。元主人としての連帯責任ってやつ」


「そ、そんな……」


「ああ、でも困ったね。これで、コウガちゃんの責任を肩代わりしてくれる人は、いなくなってしまった。次からはもう失敗できないね」


 それは暗に、今度失敗したらミゲルと同じ目に遭わせる、と言っていた。生きたまま剥製にされることはなかったようだが、ミゲルの生首にこびりつく苦悶の表情を見るに、それと同じ以上の苦しみを味わうことは確実だ。


「……次からは、絶対に失敗しません」


「うんうん、真面目なコウガちゃんなら、もう絶対に二度と金輪際、失敗しないはずだ。じゃあ、また仕事があったら呼ぶから、下がっていいよ」


「……はい」


 コウガは踵を返し、ドアノブに手を掛ける。だが、そこで動きを止めた。


「……一つ忘れてましたわ。ノエルから伝言を預かってるんです」


「伝言だと? 俺にか?」


 コウガはアルバートに向き直り、真っ直ぐに見据える。


「ガンビーノ(ファミリー)は、俺が必ず叩き潰す。それが嫌なら、ビビってないでおまえ自身が俺の首を取りに来い、と」


「…………へぇ」


 アルバートのこめかみに血管が浮かぶ。激怒している証拠だ。


「それってさ、ミンツ村の村長みたいな嘘じゃなくて本当なの?」


「ほんまです。たしかに言ってました」


「そっか。なるほどなるほどねぇ……」


 伝言を吟味するように何度も頷くアルバート。その怒りは、やがて抑えきれなくなり、火薬が爆発するように燃え盛った。


探索者(シーカー)ごときが調子に乗りやがってッ!! ぶっ殺してやるッ!!!」


 アルバートは怒りのままに、机へナイフを深々と突き刺す。


「ライオス、今すぐに戦闘員を集めろ! 奴を探して八つ裂きにするぞッ!!」





「余計なことを言ってくれたもんだな」


 廊下を歩きながら話すライオスの声には、怒りと苛立ちが滲み出ている。


「なんで、探索者(シーカー)ごときの虚勢を、組長(ボス)に伝えて焚きつけた? そんなに仕事を果たせなかったことが悔しかったのか?」


「……すんませんでした。ただ、そういうわけじゃ……」


「じゃあ、何でだ?」


「あいつは……ノエル・シュトーレンは凄い奴なんです……」


「はぁ?」


「最弱職能(ジョブ)支援職(バッファー)の癖に、滅茶苦茶強くて……。たぶん、死ぬような努力して、やっとあそこまで強くなったんじゃとわかりました。ほいでも、そんだけ努力したところで、才能あるまともな職能(ジョブ)の奴らには絶対に敵いません」


 コウガは思い出す。ノエルと戦った時のことを。交わした会話を。


「なのに、あいつの眼は光っとったんですわ。絶対に誰にも負けない漢になったるって、こう、ギラギラと……。それに気がついて、なんちゅうか、こう凄い奴じゃなって……。じゃから、伝言ぐらいは叶えたろうかなと……」


 その想いを完全に言葉にするのは難しい。だが、話した内容は全て本心だった。コウガは口下手な自分が照れ臭くなり、頭を掻いた。


「なるほどな」


 ライオスは立ち止まり、コウガの顔をまじまじと見る。


「おまえ、そいつに惚れたな?」


「……は? いやいや! ワシにそういう趣味はありません!」


 同性愛者に勘違いされたのだと思い、コウガは必死に首を振って否定する。すると、ライオスは頬を緩めて笑い声を漏らした。


「くくく、わかっているよ。俺が言っているのは、そういう意味じゃない」


「じゃ、じゃあ、どういう意味なんですか?」


「ふむ、言葉にするのは難しいな。だが、おまえにもいつかわかる日がくるさ。男が男に惚れる本当の意味をな」


「は、はぁ……。ライオスさんも、あったんですか?」


「……あるよ。ずっと昔にな」


 ライオスは遠い眼をし、寂しげに答えた。

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