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第22話 剣に刃はいらず。鋭さは変わらず

今回はコウガ寄りの三人称になります。

少し長いですが、新たな展開に繋がる話なので、ぜひお付き合いくださいませ。

 コウガ・ツキシマの生まれは極東の島国。裕福な呉服問屋、ツキシマ家の長男として生を受けたコウガは、本当なら順風満帆の人生を過ごせるはずだった。


 だが、コウガの運命は、それを許さなかった。


「忌々しい疫病神め……」


 まるで虫けらか糞便を見るような目で言ったのは、コウガの父だ。


 父と息子の関係が必ずしも良好とは限らないが、だとしても異常な敵意と憎悪。その理由はコウガの出生の秘密にある。


 呉服問屋の若夫婦、コウガの両親は町内でも評判になるほど仲睦まじい間柄で、健康な跡取に恵まれるよう、毎日欠かさず山中の神社へ子宝を祈願しに連れ立って参拝するほどだった。


 だが、それが運命を狂わすとは、誰も予想だにしなかった。


 いつものように夫婦伴って神社を訪れた帰り、二人は盗賊団に襲われた。身ぐるみを剥がされただけでなく、コウガの母は手籠めにされてしまったのだ。


 命こそ助かったものの、この時の事件が原因でコウガの母は心を病んでしまう。そればかりか、皮肉なことに夫婦が待望していた新しい命――つまりコウガを身籠っていることが後日わかった。


 コウガの父は悩んだ。果たして、妻の腹の中の子は自分の種なのだろうか、と。悩むぐらいなら薬で堕胎するべきだとも考えたが、もしも万が一、自分の子どもだったら取り返しがつかない。そうこう迷っている内に妻の腹は大きく膨らみ、堕胎することが不可能となってしまった。


 こうして産まれたのが、コウガだ。母はコウガを産んだ数日後に自ら首を切って死んだ。心を病んでいたせいなのか、それとも望まぬ子を産んだせいなのかはわからない。


 コウガの顔は、母方の祖父によく似ていた。目元などはコウガの父に似ているようでもあったが、断言できるほどではない。


 コウガの父が疑心暗鬼になるのも仕方のないことだろう。一度疑ってしまえば、全てが疑わしく見えてしまう。自分と妻を襲った盗賊とコウガの似ているところばかりを探してしまい、似ていないところまで似ていると思い込むようになる。


 いつしか疑惑は敵意と憎悪へと変わった。コウガには何の罪も無いのに、全ての責任はコウガにあると考え始めたのだ。


 それでも、コウガの父は理性的な人間だった。コウガを酷く罵ったのは一度きり。酒に酔って感情のタガが外れてしまった時だけだ。


 だが、当然のことながら、良い父親でもなかった。常にコウガをいないものとして扱い、父親としての愛情を注いだことはなかった。


 他の家族も同様だ。世間体があるため露骨に虐待をすることこそないが、全ての世話を使用人に任せ、一つ屋根の下に暮らしているにも関わらず、その扱いは他人同然だった。いや、まさしく家内の役病神そのものだった。


 この家でコウガが育ったのは六年。物心がついた頃には、自分が家族にとって不要な存在だとわかった。誰からも愛されない幼子は、だが愛を望み周囲と関わろうと試みた。心の中の不満や不安を押し殺し、常に笑顔で他者に優しくしようと頑張った。


「いつもヘラヘラと笑っていて気味の悪い子だよ。あの嫁も厄介な置き土産を残したもんだ。どうせ死ぬなら一緒に連れて行けばいいのに……」


 祖母が父に漏らした言葉は、コウガに努力の全てが無駄だったと悟らせた。


 ある日のことだ。コウガが目を覚ますと、見知らぬ場所で縛られていた。


「なんだ、目を覚ましたのか坊主」


 見知らぬ男がコウガを見下ろす。


「痛い目に遭いたくなかったら、そのまま大人しくしてろよ。どのみち、おまえの居場所はどこにも無いんだ。暴れても誰も助けてくれないぜ」


 男が何を言っているのかわからなかった。恐ろしさで固くなっている間に、コウガは港に連れてこられ、船へと積み込まれた。


 船の中には人相の悪い船員の他に、コウガのように縛られている者たちがいた。男女問わず年齢もバラバラだが、みな一様に嘆き悲しんでいる。


 ここにきて、コウガはようやく自分が攫われたのだと理解できた。いや、男の言葉を信じるなら、正確には人攫いに引き渡されたのだ。コウガの存在を持て余した家族が、そのように手配したのだろう。


 悲しかった。それ以上に家族が憎かった。だが、長く厳しい航海は、そんな感情を摩耗させ、目的地に到着する頃には、生きているだけで儲け物だと思わせた。


 実際、この航海で、攫われた者たちの半数以上が死んだ。


「坊主、おまえは運が良いぜ。おまえみたいなガキ、本当なら絶対に死ぬんだが、まさか生き残るなんてな。まあ、買われた先でも���その調子で頑張ってくれや」


 コウガを運んだ船は極東の奴隷船。海を越えて辿り着いた土地は、ウェルナント帝国の最南端の街、ソルディラン。


 この街を縄張りとするダランベール(ファミリー)の関係者、ハーフリングのミゲルに買われたコウガは、以降十二年間、職能(ジョブ)も発現しないうちから、地下闘技場で剣奴として戦い続けることになる。





「ええっと、あんたの名前は……なんだっけか?」


 豪奢な室内。机の上で気怠そうに頬杖を突いている金髪の若い男は、コウガの隣に立つミゲルを見ながら言った。


「ダランベール(ファミリー)のミゲルです、組長(ボス)


 側に控える、黒い短髪を逆立てた大柄な男が、代わりに答えた。


「そうそう、ミゲル! 思い出した思い出した!」


 組長(ボス)と呼ばれた男は、ミゲルを指差す。


「ミゲルさん、あんた駄目だよ。(ファミリー)の金を持ち逃げしたんだって? そりゃ許されないよ。ダランベール(ファミリー)の親父さん、もうカンカンみたいでさ、見つけたらすぐに引き渡してくれって、うちの親父(ボス)に頼んだんだ。だから、ルキアーノ(ファミリー)の関係者には、あんたの手配書がとっくに出回っている」


 男は机の引き出しから一枚の紙を取り出す。その紙には、ミゲルとコウガの人相書きが印刷されていた。


「これが、その手配書。だから、あんたは俺たちに捕まったってわけ」


 コウガとミゲルの二人が往来で声を掛けられたのは半時ほど前。声を掛けてきたのは、いかにもカタギではない恐ろしい風貌の男たちで、しかも一瞬で取り囲まれてしまった。逃げようにも逃げられず、半ば拉致の体で高級住宅街の屋敷へと連れてこられたのである。


 こうなることは、ミゲルも予測していた。だが、この狡猾で強かなハーフリングには、捕まったとしても口八丁で相手を丸め込める自信があった。


 なのに、ミゲルは一言も発さず、顔面蒼白で脂汗まみれになり震えている。額に銃口を向けられてもビジネスの話ができる胆力を持つ男が、完全に恐怖に飲まれていた。


 ミゲルは帝都に入ってから、何度も同じことを言っていた。


「大丈夫じゃ、相手が誰でもワシなら切り抜けられる。用心せんといかんのは、あの狂犬ガンビーノだけじゃ。ガンビーノにさえ捕まらんかったら、どうとでもなる……」


 繰り返される言葉はコウガに向けてのものではなく、自分に言い聞かせるものだったが、それが重要な意味を持っていることは、帝都の情勢に疎いコウガにも理解できた。


 アルバート・ガンビーノ。ルキアーノ(ファミリー)の二次組織、ガンビーノ(ファミリー)の若き組長(ドン)


 それが目の前にいる金髪の男の名前と肩書だ。


 線の細い優男で外見年齢は二十代前半ほど。金刺繍の入った赤いシャツを着崩している。覇気の無いだらけた風体からは、全く強さを感じない。側に控えている大男の方が、よっぽど組長(ドン)の貫録を備えている。


 だが、ミゲルが小便どころか大便まで漏らしそうなほど恐怖を抱いている相手は、間違いなくアルバートだ。


 アルバートのことは、地下闘技場にいた頃、度々耳にした覚えがある。


 曰く、真正の狂人。曰く、真正の外道。


 ルキアーノ(ファミリー)には、同じく気狂い道化師(マッドピエロ)と呼ばれるフィノッキオがいる。だが、フィノッキオが曲がりなりにも組長(ドン)の職務には誠実なのに対して、ガンビーノは己の気が向くままに厄災を振り撒くタイプの狂人だ。


 茶の席で楽しそうに話していたと思ったら、何の脈絡もなく隣に座る同席者の脳天にナイフを突き立てていたこともあるらしい。その理由は、話し込んでいる内に飲んでいた紅茶がぬるくなったから、と答えたそうだ。


 ガンビーノはルールに縛られない。


 最近、帝都では危険な副作用がある覚醒剤が流通しているが、それを売っているのはガンビーノ(ファミリー)だ。なんでも、知人の錬金術師に作らせているらしい。


 親であるルキアーノ(ファミリー)に唾を吐くような暴挙だが、故人であるガンビーノの父親――前の組長(ドン)が、ルキアーノ(ファミリー)の総裁と兄弟盃を交わした間柄にあるため、今のところ見逃されている。つまり、義理、というやつだ。


 それを理解した上で、ガンビーノは傍若無人に振舞っているのだから、これほど厄介な存在もいない。もちろん、このまま度が過ぎれば制裁が待っているが、コウガとミゲルがそれを見ることは不可能だろう。


「さて、我らがガンビーノ(ファミリー)は、悪いハーフリングを捕らえることに成功したわけだが、正直なところこのまま引き渡すのも面白くない」


 アルバートは愉快そうに口元を歪める。


「だって、ダランベール(ファミリー)みたいな田舎暴力団(ヤクザ)のために、なんで働いてやんなきゃいけないのか、って話じゃん? ミゲルさん、あんたはどう思う?」


 ミゲルは生唾を飲み込み、絞り出すように声を発する。


「お、おおお、おっしゃる通りでございますです! ルキアーノ(ファミリー)の直参、そん中でも最も優秀と言われるお方のアルバート様が、ダランベール如きに顎で使われるなんて、あってはならんことです! はい!」


 ミゲルの必死のおべっかに、アルバートは満足そうに頷いた。


「うんうん、あんたの言う通りだ。ミゲルさんは、ハーフリングの癖に道理のわかる男じゃないか。ダランベールにはもったいない男だぜ」


「ほ、ほんまですか!? じゃったら、ワシらをおたくで――」


「だから、こうしよう。あんたとあんたの奴隷は、剥製にして引き渡す」


「……え? はく、せ、い?」


「そう、剥製! 生きたまま皮を剥いで剥製にして、中身はハムとかウィンナーに加工して、セットでダランベールに送り付ける。連中、絶対に驚くぞ~! 超、楽しみ! ミゲルさん、あんたも良いアイディアだと思うだろ?」


 ご機嫌な様子で同意を求められたミゲルは、全力で首を振った。


「いやいやいや、何でそうなるんじゃ!? 生きたまま剥製!? そがいな物騒な冗談は、勘弁してつかぁさい!!」


「冗談じゃないよ。本気の本気」


 だが、アルバートは無表情で断言した。


「そんじゃま、そういうことだから。ライオス、手配をよっろしくぅ~」


「わかりました。すぐに」


 ライオスと呼ばれた大男は、慇懃に礼をした。


「そ、そんな……」


 呆然と立ち尽くすミゲル。どれだけミゲルの口が達者だろうと、相手が言葉の通じない怪物では無意味。ここが年貢の納め時、というやつである。そこにはもちろん、コウガも含まれる。


 しかし、コウガも死ぬことは覚悟していたが、生きたまま剥製になるのは流石に嫌だ。なんとかならないだろうか? いや、ならないな……。


 コウガが諦めの溜め息を吐いた時、部屋のドアがノックされた。


組長(ボス)、返済が滞っている債務者を連れてきました。ミンツ村の村長です」





 部屋に入ってきたのは、右目に眼帯をした中年のハゲ男だ。


 交わされる話から察するに、これがミンツ村の村長らしい。本来なら、一債務者に組長(ドン)であるアルバートが会うことなんてない。しかも、村長が金を借りたのは、ユドラにある貸金業の支部なので、返済滞納という問題があれば、そこで解決するのが筋だ。


 だが、村長はどうしても組長(ドン)に直訴したいことがあるらしく、わざわざ帝都までやってきたらしい。


「――なるほど。つまり、あんたは金をきちんと返す予定だったが、その蒼の天外(ブルービヨンド)とかいう探索者(シーカー)のパーティに金を脅し取られた、ってわけか」


 アルバートが聞いた話を声に出し確認すると、村長は強く頷いた。


「その通りでございます! 私は必死に抵抗しました! ですが、妻や娘を人質に取られてしまい、挙句の果てには右目を潰されてしまったんです! そうなってしまっては、もう金を渡すしか助かる道はありませんでした!」


 村長は眼帯を指差し、必死に訴える。


 コウガは部外者だが、胡散臭い話だと思った。村長の話が本当なら、まず訴える相手はアルバートなんかではなく、帝都の憲兵団だ。


 帝国は探索者(シーカー)を奨励している。同時に、問題のある探索者(シーカー)を、厳しく取り締まってもいる。被害を訴え出れば、必ず問題を解決してくれることだろう。それができないということは、村長の方に後ろ暗い何かがあるとしか思えない。


「それだけではありません! 奴は――蒼の天外(ブルービヨンド)のリーダーであるノエル・シュトーレンは、こうも言っておりました! ガンビーノ(ファミリー)なんて弱小暴力団(ヤクザ)に渡す金があるなら、ドブに捨てたほうがマシだから俺がもらってやる、と! たしかに、私はこの耳で、奴がそう言うのを聞いたのです! 間違いありません!」


 コウガは思わず吹き出しそうになった。


 事の真偽はわからないが、どう考えても村長は話を盛っている。ノエルとかいう探索者(シーカー)に恨みを抱き、ガンビーノ(ファミリー)を復讐の道具にしてやろうというのが透けて見える。


「……やり過ぎじゃ、バカタレが」


 ミゲルが小声で呟く。


 たしかに、村長はやり過ぎだ。そんなすぐにバレる嘘、ガンビーノ(ファミリー)の者たちだって騙されるわけがない。普通に考えれば、ガンビーノ(ファミリー)の逆鱗に触れて制裁を受けるのは村長の方だ。それがわからないとは、馬鹿という生き物は恐ろしい……。


「弱小暴力団(ヤクザ)、ね。それは辛辣だなぁ。俺たちも頑張っているんだが、そんな風に言われると悲し��て泣いてしまいそうだ」


 アルバートの言葉は棒読みで、明らかに本心ではない。村長の嘘を見抜いているのが丸わかりである。だが、愚かな村長は、自分の嘘が通じたと勘違いしたようだ。


「アルバート様、嘆いている暇はありません! 偉大なガンビーノ(ファミリー)の威光を示すためにも、悪辣な探索者(シーカー)に正義の鉄槌を下すべきです!」


「わかったわかった、そのノエル・シュトーレンとかいう探索者(シーカー)に正義の鉄槌を下すとしよう。あんたの借金も待ってやる。それでいいか?」


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 喜んだ村長は何度も頭を下げる。


「よし、これでその話は終わりだ。次は、あんたがケジメをつける番だな」


「え、ケジメ、ですか?」


 首を傾げる村長を、アルバートは鼻で笑った。


「そう、ケジメだ。どんな理由があるにしろ、あんたは俺たちとの約束を破った。なら、その責任を取らないとな」


「そ、そうおっしゃられても、今の私にはお金が……」


「返済以外の金はいらない。その代わり、そうだなぁ……うん、決めた。あんたの右腕をもらうとしようか。探索者(シーカー)には右眼を潰されたんだろ? じゃあ、俺は右腕をもらわないとな」


 当然の如く理不尽な理屈を展開するアルバートに、村長は目を見開き驚いた。


「そ、そんな! 右腕を取られたら死んでしまいます!」


「そこはほら、気合いだよ気合い。頑張れば余裕だってば」


 どう考えても絶対に無理だと思うが、そもそもアルバートは村長の生死に頓着していない。生きようが死のうが、その苦しむ様を見て楽しみたいだけだ。


「おい、そこのおまえ」


 アルバートがコウガに声を掛ける。


「おまえ、刀剣士って職能(ジョブ)なんだってな。剣士よりも更に斬ることに特化した特性を持つって聞いたが、本当か?」


 コウガは頷く。戦闘系職能(ジョブ)、刀剣士。それがコウガの職能(ジョブ)だ。ランクはCだが、ソルディランの地下闘技場では無敗のチャンピオンだった。


「へぇ、興味深いな。何がどう違うんだろう。せっかくだから、おまえが村長の右腕を斬り落としてみろ。その棒切れでな」


 アルバートはコウガが持っている棒切れを指差す。


「……ワシが、ですか?」


「そうだ。さっさとやれ」


 断る権利は無さそうだ。コウガは村長に向き直る。


「村長、右腕を前に出せ」


 アルバートの命令に、村長は涙目で首を振る。


「早くしろ、殺すぞ」


 低くドスの利いた声。村長は観念し、右腕を前に出した。


「よしよし、それでいいんだよ。ああ、ちょっと待て。俺の準備がまだだ」


 アルバートは引き出しから小さく透明な結晶を取り出し、机の上に置いた。そして、それを同じく取り出したハンマーで粉状に砕くと、顔を近づけ一気に鼻で吸い込む。


「かぁぁぁぁ~~っ…………きっくぅぅ~~~~っ! これだよこれ! 暴力を楽しむ時は、まずこれを吸わねぇとなぁっ! くぅ~~っ、サイッコーだぜ!!!」


 瞳孔が開き興奮状態となるアルバート。今吸ったのが、噂の覚醒剤のようだ。


「おい、もういいぞ。村長の右腕を斬り落とせ」


 簡単に言ってくれるものだ。地下闘技場で剣奴をやっていたコウガには、人を斬った経験など数え切れないほどある。だが、決して望んでやったわけじゃない。人を斬りたくなんてないのだ。この村長のように哀れな弱者は特に。


「どうした、さっさと斬れ」


 アルバートが急かすと、村長は引き攣った笑みを浮かべた。


「へ、へへへ、そんな棒きれで斬れるわけがない……」


 笑う村長に苛立ったアルバートは、机を拳で叩いた。


「斬れ、って言ったのが聞こえねぇのかっ!? オイコラ、東洋人! てめぇ、何を無視決め込んでんだっ!? 何とか言いやがれっ!!!」


 怒鳴り散らすアルバートに、コウガは呟くような声で、だがはっきり告げた。


「……もう、斬ったわ」


「はぁ?」


 アルバートの間抜けな声。それと同時に、村長の右腕が床へと落ちた。


「へ? …………ええっ!? う、ううう、うで!? 私の右腕がぁぁああっ!!! ギャアアアアアアアァァッ!!!!」


 コウガが村長の右腕を斬り落としたのは、アルバートから斬り落とせと命じられた瞬間。あまりの早業かつ見事な切断のせいで、周囲の者は誰も気がつかず、斬られた村長本人ですら時間差で腕が落ちるまで意識できなかったのである。


 切断面から血を撒き散らし、床を転げ回る村長。


 その姿を見たアルバートは、甲高い声を上げて笑った。


「ヒャハハハハハハッ!! すげえッ、やるじゃねぇか東洋人ッ!! 気に入ったぞ! おまえは、今日から俺の奴隷だッ!!!」





 狂犬アルバートの決定を拒める者なんていない。ミゲルにとってコウガは唯一の生命線だが、手放せば見逃してやると言われ、すぐに隷属の誓約書を差し出して逃げた。


 こうして、コウガの所有者はアルバートになったのである。


 だが、すぐに何かをさせられることはなかった。コウガは路上生活のせいで衰弱していたからだ。アルバートから使用人部屋の一室を与えられたコウガは、そこで療養することになった。そして数日後、部屋の鏡の前には、完全に回復したコウガが立っている。


 血色は良くなり、全身に生気が満ちている。シラミが湧いたボサボサの黒髪も、風呂に入り櫛で梳いたため艶やかだ。少し長くなっていたので、邪魔にならないよう、うなじのあたりで括ってある。


 着ている装備は、ライオスが東洋にルートを持つ貿易商から買ってきた、槐色の当世具足。そして、二本の長さの異なる刀、本差と脇差だ。


 こんなにまともな装備をしたのは、生まれて初めてだ。地下闘技場では、常にボロボロの装備で戦わされていた。


「なかなか似合っているじゃないか」


 声がした方を向くと、ドアにガンビーノ(ファミリー)の組員が立っていた。


「体調も万全そうだな。いけるか?」


 コウガは静かに頷く。


 新しい主人であるアルバートは、コウガを(ファミリー)の刺客として利用することに決めた。その初仕事の日が今晩だ。


 剣奴の次は、暴力団(ヤクザ)の刺客。人を斬るという仕事には変わらないが、悪に堕ちたようで心がもやつく。


 とはいえ、奴隷であるコウガには、命令に従うしかできないのだけれども。


「……相手は、どんな奴なんじゃ?」


 殺す相手を知っても良いことなんて無いが、コウガは良心の呵責のせいで思わず尋ねてしまった。せめて、悪人なら良いのに。


「相手は、探索者(シーカー)だ」


探索者(シーカー)? 暴力団(ヤクザ)探索者(シーカー)を殺すんか?」


 コウガの質問に、組の人間は露骨に嫌そうな顔をした。


「殺す必要の無い相手だ。単に、うちの組長(ボス)の病気が始まっただけ。ミンツ村の村長の話を聞いたおまえなら、誰が相手かわかるんじゃないか?」


「え? ……まさか」


「そのまさかだよ」


 コウガの殺す相手は、蒼の天外(ブルービヨンド)のリーダー、ノエル・シュトーレンだと、組の人間は言ったのだった。

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