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第21話 面倒事は避けたいです

 アルマの金で飲み食いする楽しい時間は、あっという間に過ぎた。


 このまま延長したいところだが、あいにく技術習得書(スキルブック)横丁を訪れる用事がまだ残っている。リーシャの方も用事があるらしい。


 なにより、死んだように放心しているアルマが流石に哀れになってきた。


「いやぁ~、楽しいお昼だった! また、みんなで食事したいね!」


「……次は絶対に奢らない、から!」


 確固たる決意を見せるアルマに、俺は吹き出しそうになった。リーシャは遠慮せず大いに笑い、目尻の涙を指で拭う。


「そこまで厚かましくないから安心して。次はウチが奢るし」


「太っ腹だな。良い依頼でも見つかったのか?」


「まあね。成功すればクラン設立が秒読みになるかな」


「景気の良い話だ。俺もあやかりたいね」


「そっちはどう? 新しい仲間は見つかった?」


「それが全然」


 すぐにバレる嘘を吐く意味は無い。俺は肩を竦めて言った。


「ふ~ん、全然か。じゃあさ――」


 リーシャは身を乗り出し、俺に顔を近づける。


「やっぱ、紫電狼団(ライトニング・バイト)に入りなよ。アルマも歓迎するしさ。絶対、それが良いって! ねっねっ!」


「だから、それは――」


「それは駄目」


 改めて断ろうとすると、それよりも早くアルマが鋭く否定した。


「ボクはノエル以外の下につくつもりはないし、ノエルだってそうでしょ? だから、駄目。リーシャ、諦めて」


「……ま、そういうことだ」


 アルマがそういう風に思っていたのは意外だった。舐めた態度をしている癖に、俺のことをリーダーだと認めてくれているようだ。その真意はわからないが、悪い気はしない。


 俺たちの固い意志に、リーシャは眉を下げて唸った。


「むぅ~っ、駄目かぁ。素敵なパーティになると思うんだけどなぁ。駄目なら仕方ない、か。……じゃあ、代わりに友だちになろうよ。それならいいでしょ? ね?」


 一転して明るい笑顔を見せるリーシャに、アルマは微笑んだ。


「それなら構わない。これからはマブダチ」


「おお、マブダチ! やったね! ノエルはどう?」


「どう、って言われてもな……」


 リーシャには悪いが、あまり気乗りはしない。一度や二度食事を共にするぐらいならともかく、明確に他所のパーティメンバーの女と交友関係を築くのは面倒事が増えそうだからだ。かといって、はっきり嫌だと応えるのも遺恨が残りそうである。


 どうにかして話を流せないものだろうか?


「仲良くしたいなら、もっと前から機会はあっただろ。なんで今日なんだ?」


「だって、前はタニアがいたし……」


「タニア? タニアがいたら都合が悪いのか?」


「悪いよ~、問題ありまくりだよぉ~」


 リーシャはエルフ耳をへたらせて思い出すのも嫌そうに言う。


「タニアってさ、普段はニコニコしていて優しそうなのに、ノエルが絡むとすっごく怖いんだもん。他所の女の子が近づくと、こ~んな風に眉間に皺寄せてさ」


 実演してくれたリーシャの顔は、まるで親の仇を見つけたかのような恐ろしい形相だ。たしかに、こんな顔をされては近づくに近づけない。


「理由はわかった。でも、その原因は俺じゃなくてロイドだろ。タニアが付き合っていたのはロイドだからな」


「いや、あれはノエルだった! だって、ロイドってタニアと付き合ってからもファンの娘に囲まれることは多かったけど、それでタニアが怒ったことはなかったでしょ?」


「そういえば……」


 抱かれたい男ランキング八位のロイドには、たくさんのファンがいた。街を一緒に歩いていると、よく遠慮の無いファンがサインや握手を求めてきたものだ。それはタニアがいる時も同じで、ファンサービスに追われるロイドを困ったように笑って眺めていた。


「そうだったな……」


「でしょでしょ!? ほらぁっ!」


「……まあ、タニアは俺のことを弟のように思っているところがあったからな。変な虫がつかないか心配だったんだろ」


 手作りの食事や服をもらったことも何度もある。ロイドと付き合い始めてからは、邪魔にならないよう俺の方から距離を置いたが、それ以前は実の姉のように接してきたものだ。


 最終的には俺を裏切ったのだから、深い意図あってのものではなく、寂しさ���紛らわせるための代償行動だったのだろう。


「あの鬼気迫る表情は、弟を心配しているからって感じじゃなかったけど……」


 納得がいかない様子のリーシャに、俺は苦笑する。


「じゃあ、タニアが俺に好意を抱いていたとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい。ロイドを選んだのはあいつだぞ? それだけならまだしも、あいつは俺を裏切った。好意を抱く相手への行いとしては、お粗末過ぎやしないか?」


 仮にリーシャの言う通りだったとしても、俺には関係の無い話だ。ただ、あまりに突拍子もない話なので、反論せざるを得ない。


「本人じゃないから確証はないけど、それはたぶん……なんていうか……」


「ノエルは乙女心がわかってない」


 リーシャが言い淀むと、横からアルマが口を挟む。


「乙女心は暴れ馬。諦めようと思って他の人を好きになっても、やっぱり本当に好きな人を諦められず、そのせいで色々と馬鹿をやったりするもの」


「そう、それ! ウチが言いたいのは、それな!」


「いや、どれだよ……」


 わかるようでわからない理屈を展開しやがって。しかも、したり顔で話されたせいで、ものすごく癪に障る。


「ずっと山籠もりしていた奴が、知ったような口を利くな」


「これは一般論。常識」


「そうかよ……」


「ノエルはもっと乙女心について知るべき。お勧めの小説があるから読んで」


「小説って……おまえなぁ……」


 首を傾げる話だと思っていたら、小説で得た知識かよ。この馬鹿女、口は軽いわ大雑把だわセクハラはするわ、腕っ節の強さ以外は糞ザコ要素しかないな。


「え、どんな小説? ウチも読みたい読みたい」


「えっとねぇ――」


 リーシャとアルマは小説の話で盛り上がる。女同士仲良くするのは結構だが、男の俺には居心地の悪い空間だ。早く同性の仲間が欲しい……。


「――あっ、もうこんな時間だ。先に出るね」


 自分の腕時計を確認したリーシャが立ち上がった。


「アルマ、今日はごちになりました」


「……次はリーシャの番」


 零がいくつも並ぶ伝票を持つアルマの姿に、リーシャは目を細める。


「わかっているってば。その時は、ノエルも来てね」


「行けたら行くよ」


「それ、こないやつの決まり文句じゃん! もう!」


 リスみたいに頬を膨らませるリーシャ。だって、暇があったらトレーニングか勉強をしたいし……。あまり無駄な時間を使いたくないのが本音だ。


「店を出る前に聞きたいことがある。最近、危ない薬が流行っているらしいが、リーシャは知っているか?」


「危ない薬? ……ああ、そんな噂聞いたかも。新しい覚醒剤だよね? 副作用で狂暴化することもあるとかなんとか。それがどうかしたの?」


「いや、俺も小耳に挟んだから、他の奴も知っている話かと気になっただけだ」


 既に噂は広まっているのか。やはり、ガンビーノ(ファミリー)がバラ撒いているという覚醒剤は、貧民街(スラム)の外にも流れているようだ。


 直接的な利害関係のある話ではないが、念のため用心しておくことにしよう。


「そうそう、ウチも聞き忘れてた。友だちの件の返事は?」


 覚えていたか……。忘れてくれていた方が良かったのに……。


「……わかったよ。今後ともよろしく」


 俺が投げ遣り気味に応えると、リーシャは白い歯をこぼした。


「うん! 今後ともよろしく!」





「ノエルはリーシャが苦手なの?」


 アルマの質問は当然のものだろう。俺は明らかにリーシャを避けていた。


「苦手ってわけじゃない。ただ、他所のパーティの女だからな。不用意に親しくしたら、下種の勘繰りをしてくる奴も出てくるだろう。そうなると、紫電狼団(ライトニング・バイト)にも迷惑がかかる」


「考え過ぎじゃない? そんなこと言ってたら、恋の一つもできない」


「俺にとっては仕事が恋人だ。浮気はしない主義なんだよ」


 恋愛事に興味が無いわけではないが、まず一番大切なのは探索者(シーカー)として大成すること。惚れた腫れたに係う暇なんて無い。


 満腹猫亭を出てから、俺たちは予定通り技術習得書(スキルブック)横丁へとやってきた。


 アーチ状のガラス天井がある狭い路地には、入り口から奥まで書店が並んでいる。


 技術習得書(スキルブック)横丁と呼ばれる通りではあるが、技術習得書(スキルブック)だけを売っているわけではない。


 各書店では、珍しい蔵書から大衆向けの娯楽小説も取り扱っているし、棚の本を自由に読みながら食事ができるブックカフェなんてものもある。


 そのため、訪れる者は探索者(シーカー)ばかりではなく、一般人も多い。カップルどころか子連れの家族だっているほど開けた場所だ。


「思っていたのと違う。明るくて楽しそうな場所」


 アルマは目を輝かせながら言った。


「俺も初めて訪れた時は驚いたよ。だが、技術習得書(スキルブック)の品揃えは、通り名通り完璧だ。よほどの希少品でない限り、世に出回っているものは全てここに集まる」


「ノエルはどんなスキルを覚えたいの?」


「防御力を上げる支援(バフ)スキルか、敵の行動を阻害する異常(デバフ)スキルかな。アルマは?」


「ボクは投擲スキルを増やしたい。追撃者(チェイサー)になった時のために、今からスキルを慣らしておく必要がある。暗殺者(アサシン)になっても役に立つし」


 良い選択だ。アルマが言うように、投擲スキルならランクアップ先がなんであれ腐ることはない。迷っているようなら助言するつもりだったが、技術習得書(スキルブック)選びは一任して問題なさそうだ。


「よし、それなら、ここからは別行動にしよう」


「え、一緒に回らないの?」


「残念ながら、扱っている本屋が違うんだよ。だから、欲しいものが見つかったら自分で買ってくれ。支払いはこの小切手を使うように」


 俺は懐から小切手の束を取り出し、その一枚をアルマに手渡した。


「予算は百万フィルまで。思考共有(リンク)を開放しておくから、買い物が終わった時、または欲しい本が予算をオーバーしている時は知らせてくれ」


斥候(スカウト)系の技術習得書(スキルブック)が置かれているのは、どこの店?」


斥候(スカウト)系だと、あの店だな。俺はあの店に入る」


 それぞれの店の場所を指で示すと、アルマは頷いた。


「わかった。じゃあ、行ってくる」


「領収書をもらうのを忘れるんじゃないぞ」


 アルマが店に向かったのを確認し、俺も目当ての店へと足を進めた。





「おや、ノエル坊じゃないか。久しぶりだな」


 店に入ると、カウンターに座る爺さんが気さくに声を掛けてきた。この店の主人だ。種族はノーム。側頭部から羊のような巻角を生やしているのが特徴だ。高齢の店主は白髪で立派な髭を貯えているため、本物の羊のように見える。


「また新しいスキルをご所望かな?」


 店主はパイプを燻らせ、穏やかに笑う。


 この店を利用したのは二度。連環の計(アサルトコマンド)狼の咆哮(スタンハウル)技術習得書(スキルブック)を購入した。高価な買い物だったので、店主は俺のことをよく覚えてくれている。


「防御系の支援(バフ)スキルか、行動阻害の異常(デバフ)スキルが覚えられる技術習得書(スキルブック)が欲しいんだが、在庫はあるか?」


「ふむ、どちらも一通り揃っているな。リストを用意しよう」


「悪いな。助かるよ」


「これが仕事だ。礼はいらんよ。そうそう、ご希望の品とは異なるが、ノエル坊の気に入りそうな技術習得書(スキルブック)が入荷したんだった」


 店主は足元から革のベルトで縛られた一冊の青い本を取り出す。技術習得書(スキルブック)だ。技術習得書(スキルブック)は一度読むと効果が無くなってしまうため、誰かが勝手に読まないよう厳重に封をされている。


「何の技術習得書(スキルブック)なんだ?」


死霊祓い(エクソシスム)だ」


「なんだって!?」


 死霊祓い(エクソシスム)とは、話術士の数少ない攻撃系スキルだ。


 効果対象はゴーストやゾンビ等の幽鬼(アンデッド)系に限るが、その効果は凄まじく、同格相手なら一瞬で消滅させることができる。格上が相手でも、抵抗(レジスト)されて終わりではなく、その能力を大幅に弱体化させることが可能だ。


 このスキルを覚えるだけで大半の幽鬼(アンデッド)系が敵ではなくなるのだから、是が非でも欲しい技術習得書(スキルブック)の一つである。


「ずっと入荷しなかったレア中のレアじゃないか……」


「うむ、儂もお目にかかったのは数十年振りだな」


「……聞くのが恐ろしいが、値段はいくらだ?」


「三千万フィルだ」


「三千万!?」


 わかってはいたが、恐ろしく高い。技術習得書(スキルブック)はただでさえ高価だ。それが超レアな品となれば、三千万フィルという値段が付くのも当然か……。現在の俺の最強スキルである連環の計(アサルトコマンド)を購入した時は、千八百万フィル掛かった。


「ち、ちなみに、分割払いは可能だったりするか?」


「無理だな。既に何人かの蒐集家から欲しいとの声がかかっている。蒐集家に渡すより、きちんと活かせるノエル坊に売ってやりたいところだが、残念ながら今のおまえさんを信用するのは難しい。新しいパーティ、まだ揃っていないんだろ?」


「耳が早いな……」


 顔を覚えられるということは、良いことばかりじゃない。こういう風に、悪い結果や状態も知られることになる。


 店主の言う通り、深淵(アビス)の探索活動を停止している状態の俺には、いくら実績があろうと過去のものでしかなく、社会的信用価値はゼロだ。そんな相手に、三千万フィルの分割払いを認めるお人好しなんてどこにもいない。


「三千万……流石に一括では無理だな……」


 悔しいが諦めるしかない。俺が肩を落とすと、店主は何故か微笑む。


「一ヶ月。一ヶ月だけ誰にも売らず待ってやろう」


「え? 待つって……」


「それまでに、パーティメンバーと金を揃えてみなさい。不滅の悪鬼(オーバーデス)を超えたいのなら、それぐらいできずどうする」


「わ、わかった! 一ヶ月で必ず買えるようになるから、絶対に誰にも売らないでくれよ! 約束だぞ!」


 我ながら子どものような興奮の仕方だが、これは絶対に逃してはならないチャンスだ。やはり死霊祓い(エクソシスム)は喉から手が出るほど欲しい。ここで逃せば、次はいつお目にかかれるかわからないのだ。


「約束は破らんよ。ノエル坊の方こそ、儂の期待を裏切らんでくれよ」


「任せろ。一ヶ月もあれば全て完璧だ」


 どのみち、このまま停滞している気は毛頭ない。状況を打破する案自体はいくらでもある。そこに期限がつけば、かえってやる気も倍増するというものだ。


 店主の試すような眼差しに、俺は強く頷いた。





 俺は予定していた技術習得書(スキルブック)購入を諦め、その金を死霊祓い(エクソシスム)に回すことにした。中途半端に強化するより、その方が良い。


 ただ、これは俺の都合と判断。アルマには当初の通り、新しい技術習得書(スキルブック)を買い与える予定だ。


 そのアルマからの連絡はまだ無い。購入に手間取っているのかもしれない。俺はアルマのいる店へと向かうことにする。


 店に入ると、ちょうどアルマが会計をしているところだった。


「あれ、ノエル来たの?」


 俺に気がついたアルマは小首を傾げる。


「ああ、こっちの用は済んだからな。何の技術習得書(スキルブック)を買ったんだ?」


徹甲破弾(アーマーピアシング)。対象の防御力の影響を半減する投擲スキル。お値段、80万フィル」


「なるほど。良いスキルだな」


 そのスキル効果を聞いただけでも、使い道がいくらでも思いつく。戦術の幅が格段に広がることだろう。


「それと、これ」


 アルマはカウンターに置かれている大きな箱を手に持った。


「なんだそれ?」


「ふっふっふっ、これはね――」


 箱の蓋が開かれる。中から取り出されたのは、熊のぬいぐるみだ。


「……なんだそれ?」


「熊さんのぬいぐるみ」


「いや、それは見ればわかる。なんで熊のぬいぐるみがここに?」


「私が好きだから特別に扱っているんですぅ~」


 アルマの代わりに答えたのは、この店の若い女店主だ。


「可愛いでしょぉ~? 大切にしてあげてくださいねぇ~」


「知らねぇよ。何の話だよ」


 この店で熊のぬいぐるみを扱っていることはわかった。全く興味の無い話である。俺にとって問題なのは、なぜアルマがそれを手にしているかってことだ。


「え、おまえ、それを買うつもり?」


「買うつもり。技術習得書(スキルブック)は八十万フィルだし、残りの二十万でちょうどこの子をお迎えできる」


「経費で買うつもりか!? そういう意味で上限百万って言ったんじゃねぇ!」


 ていうか、二十万フィルって高いな。ぬいぐるみの知識が無いからよくわからないが、かなりの高級品なのはわかる。


「そんなもの経費で買うか馬鹿。さっさと棚に戻してこい」


「え~っ! 買って買って! 買ってよ!」


「駄目だ! ワガママ言う子はうちの子じゃありません!」


「むぅ~っ……寝る時に抱き枕にしようと思っていたのに……」


「二十一歳にもなって何を言ってんだ、おまえは……」


 俺が呆れて物も言えなくなると、アルマはこれ見よがしにため息を吐いた。


「わかった、諦める」


「あたりまえだ」


「その代わり、ノエルに抱き枕になってもらう。寝る時になったら部屋に行くから、窓の鍵を開けといてね。まあ、鍵掛けても入るけど」


「しょうがない、買ってやろう」


 たった二十万フィルで身の安全を買えるなら安いものだ。

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