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第20話 おまえにはがっかりだよ

 ハーフリングは成人しても、その外見は人間の子どものような姿をしている。手足は短く、身長は一メートルほど。耳の先が尖っていて、口は大きい。


 基本的に温厚な種族で、森に可愛らしい集落を造って暮らしているが、人間の街に住んでいる奴らには要注意だ。奴らはハーフリングの中でも変わり者。種族としての性格が反転したかのように気性が激しく、往々にして性質の悪いクズだからである。


「ワシがあんだけ大人しゅう待ってろよ、って言うたのに、おどれは棒切れ振り回しおって! 憲兵に目ぇつけられたらどうするんじゃ! ああっ!?」


 ハーフリングのオッサンは、甲高い声で騒ぎ立てる。ちょび髭と皺があるため、中年あたりの年齢だとわかるが、癇癪を起こす姿は完全に子どものそれだ。着ている襞襟のついたダブレットも、とうてい着こなしている風には見えず、着られている感が強い。


 だが、そんな滑稽なオッサンに、コウガと呼ばれた東洋人は目に見えて萎縮していた。まるで、巨人に食われそうになっている小人のように。


「ミゲルさん……こ、これは……その……」


「言い訳はええんじゃ! 言いつけを破った覚悟はできておるじゃろうな!」


「そ、それだけは! 頼むけん、こらえてつかぁさい!」


「駄目じゃ! ――指輪よ、拘束せよ!」


 ハーフリングのオッサンは、コウガに向かって右拳を向ける。その中指に嵌められている銀色の指輪が妖しく光った瞬間、コウガの身体を黒い稲妻が包んだ。


「ぎゃあああああぁぁああぁぁっ!!!」


 喉が張り裂けんばかりの絶叫。強力な電撃に身を焼かれたコウガは、その苦しみに七転八倒した。だが、電撃は簡単には収まらず、蛇が獲物を絞め殺すように、容赦なくコウガを苛み続ける。ようやく止まった時には、コウガは虫の息となって地に這いつくばっていた。


 その凄惨な光景を見た俺は、ある悪趣味なアイテムが原因だと理解した。


「隷属の誓約書か……」


 悪魔(ビースト)を素材にしたアイテムのほとんどは、文明を発展させ人々の生活を豊かにする素晴らしいものばかりだ。だが、人の心に善と悪が同居しているように、中には残虐な用途で発明された闇のアイテムもある。


 その代表格が、隷属の誓約書だ。


 隷属の誓約書は特殊な皮紙と指輪が揃うことで効果を発揮するアイテムであり、皮紙に自分の血で名前を書いた者は、指輪の所有者に絶対に逆らうことができなくなるのだ。


 正確に言えば、指輪の所有者が『拘束せよ』と唱えると、署名者の魔力が暴走し、その身の内から強制的に電撃を発生させる力が込められている。


 もちろん、こんな危険で悪趣味なアイテムを他人に使用することは、法律で固く禁じられている。だが、例外的に許されるケースもある。


 それは――


「奴隷風情が! ワシに逆らうから、痛い目を見るんじゃ!」


 ハーフリングのオッサンは、起き上がれずにいるコウガに向かって唾を吐いた。


 隷属の誓約書が許される唯一の例外とは、両者の関係が奴隷と主人であることだ。つまり、コウガは奴隷で、ハーフリングのオッサンはその主人ということになる。


「ぶふぅぶふぅ……ところで、あんたは誰じゃ?」


 興奮で息を荒くしたハーフリングのオッサンが、俺を振り返る。


「うちのコウガと揉めとるように見えたが、あんたみたいな綺麗な姉ちゃんが、こんなとこで何をしとるんじゃ?」


 こいつもかよ……。


 たしかに、女と見間違われることはある。だが、だからといって慣れっこになっているわけじゃないし、普通に腹が立つ。


「そのあたり、詳しく聞きたいのう。なに、悪いようにはせん。ワシはジェントルマンじゃからのう。ただ、ちぃっと酌をしてもらいたいだけじゃ。ぐへへへ」


 逆手に持っているせいでナイフが目に入らないのか、不用心に不快な笑みを浮かべて歩み寄ってくるハーフリングのオッサン。その顔面を、俺は思いっきり蹴っ飛ばした。


「ぶぎゃぁっ!?」


 派手に鼻血を撒き散らしながら壁に叩きつけられたハーフリングのオッサンは、強打した顔面と背中の痛みに悶絶していたが、それが治まると俺に憎悪の目を向けてきた。


「こ、こここ、こんのクソアマ! 何さらすんじゃ!? 股を火で炙って、二度と小便できん身体にしたろうかッ!!」


 ジェントルマンにあるまじき暴言を、俺は鼻で笑う。


 元気でなにより。さっきの蹴りで頭をザクロみたいに潰してやっても良かったが、この下種野郎には聞きたいことがある。


「言葉には気をつけろ。さもないと――」


 俺は銀ちゃんを抜き、その銃口をハーフリングのオッサンへと向ける。


「粉々に消し飛ぶことになるぞ」


魔銃(シルバーフレイム)!?」


 銀ちゃんを向けられたハーフリングのオッサンは、見る間に顔面蒼白となる。


「な、なんで、おどれみたいな女が、魔銃(シルバーフレイム)を……」


「黙れ。発言の自由は許していないぞ。おまえは馬鹿みたいに俺の質問にだけ答えればいいんだよ。殺されたくなければな。わかったか?」


「わ、わわわ、わかりました!」


 必死に頷くハーフリングのオッサンに、俺は言葉を続ける。


「おまえ、聞き慣れない訛りをしているな。どこからきた?」


「ず、ずっと南の、ソルディランちゅう街からきました!」


 帝国最南端の国境沿いの街だな。訛りが強いのは、そのせいか。


「交易商って風でもないが、帝都には何をしにきた?」


「そ、それは、その……」


「答えろ」


 俺が銀ちゃんの銃口を額に押し付けると、ハーフリングのオッサンは悲鳴を上げ、身体を石みたいに硬直させた。


 真実喝破(コンフェス)を使えば話は早いが、あえてそれはしない。この下種野郎には、しっかり恐怖を味わってもらわないと、俺の気が済まない。


「い、言います言います! 実は、街におられんようになったんです!」


「なぜ?」


「ワシはダランベール(ファミリー)で地下闘技場を任せられとったんじゃが、親への上納金を横領したのがバレてしもうて、それで……」


 ダランベール(ファミリー)は、ルキアーノ(ファミリー)とは異なる系列の暴力団(ヤクザ)だ。その勢力は決して弱小というわけではないが、組織としての規模や格は、ルキアーノ(ファミリー)の方が圧倒的に上だ。


「自業自得だな。帝都にやってきたのは、ルキアーノ(ファミリー)の縄張りだからか。ここにはダランベール(ファミリー)も入ってこられないからな」


「へ、へぇ……その通りです……」


「地下闘技場を任せられていた、と言ったな。なら、そこの東洋人は剣奴か?」


「そうです……。最近の闘技者はだいたい職業闘技者なんじゃが、こいつだけはワシが他所から買った奴隷じゃけぇ、逃げる時に連れてきたんですわ……」


「なるほど。今度は帝都の地下闘技場で戦わせて、そのファイトマネーを搾取するつもりか。おまえに残された最後の生命線ってわけだ」


 帝都の地下闘技場は一度だけ見たことがあるが、コウガのレベルならすぐにでも上位闘技者になれるだろう。入ってくるファイトマネーも、それなりの額になるはずだ。


「そして、あわよくば、また地下闘技場の関係者になろうという算段だな?」


「え、ええ、まあ。……あ、ひょっとして、姐さんはそっちの関係者だったりしますかいのう? だったら、これを機にワシと仲良うしてくれませんじゃろうか?」


 ハーフリングのオッサンは怯えながらも愛想笑いを浮かべ、両手を擦り合わせる。額に銃口を向けられているのに、たくましい奴だ。


「残念だったな。俺は地下闘技場の関係者じゃない。ただの探索者(シーカー)だ。それと、訂正するのが遅れたが、俺は男だ」


「えっ、探索者(シーカー)!? それに……男じゃと!?」


 ハーフリングのオッサンは目を丸くして驚く。探索者(シーカー)だという部分よりも、男だという点の方に反応が強かったのは気になるが、まあいい。


 さて、どうするか。


 このハーフリングのオッサンを殺しても、誰も咎める者がいないのはわかった。ダランベール(ファミリー)の関係者ではあるが、今は追われる身。殺して感謝されることはあっても、敵対者とみなされることはないだろう。


 そして、ハーフリングのオッサンがいなくなれば、俺がコウガの所有権を手に入れたところで、取り返そうとする者が現れることはない。


 悪くないプランだ。俺にとっては良いことしかない。


 だが――


「十秒以内に失せろ。さもないと殺す。一、二、三――」


「ひっ、ひぃぃっ!」


 返事を待たずにカウントダウンを始めると、ハーフリングのオッサンは慌ててコウガの元へと駆け寄り、頭を蹴った。


「いつまで寝とるんじゃ! さっさと逃げるど!」


 ハーフリングのオッサンに蹴られたコウガは、苦しそうにしながらも立ち上がり、一目散に逃げだした主人の後をよろめきながら追いかける。


 一瞬こちらを振り返ったコウガの眼には、恐怖と悲しみが宿っていた。


 馬鹿な奴だ。おまえほどの男なら、拘束させる間も与えず、主人を殺して自由になることも可能だろうに。よほど酷い躾を受けたのか、それとも独りで生きていくのが恐ろしいのか、どちらにしても、その心はすっかり軟弱に成り果てているようだ。


 たしかに、コウガは強い。実力だけを見れば、大枚をはたいてでも仲間にしたいほどに。だが、俺が仲間に欲しいのは、痩せた飼い犬ではなく猛る狼。


 心が脆弱な者に用は無い。


「おまえにはがっかりだよ……」


 俺の呟いた言葉は、貧民街(スラム)の闇へと消えた。





「やっほー! ノエル、こっちこっち!」


 満腹猫亭に到着すると、意外な人物が笑顔で手を振ってきた。


「リーシャ、なんでおまえが……」


 紫電狼団(ライトニング・バイト)のメンバーの一人、弓使いのリーシャがアルマと同じテーブルで食事をしていたのだ。


 訝しく思いながらも、俺は席に着く。テーブルには既に料理がいくつも並べられており、その内の半分が空になっていた。


「ノエル、遅過ぎ。リーシャがいなかったら、一人で食べているところだった」


 アルマが恨みがましい眼を向けてくる。話し振りから察するに、リーシャとは偶然出会って席を一緒にしたようだ。


「だから、悪かったって」


「ノエルさん、ごちになります!」


 横からリーシャが笑顔で厚かましいことを口にする。


「いきなりたかってくるな。おまえに奢る義理は無い」


「え~、なんで!? いいじゃん、ケチ!」


「おまえ、別のパーティだろ。奢ってほしいならウォルフに頼め」


「ウォルフはいつも金欠だから奢ってもらえないよぉ~。むしろ、ウチらがいつも奢ってあげている側だし」


 あいつ、リーダーの癖に、金銭管理もできないのかよ……。メンバーに金をたかって恥ずかしくないのか。リーダーとして認めてもらえているあたり、ロイドのように信頼を損なう散財はしていないようだが、それにしても杜撰な奴だ。


「ゴルドーを討伐して儲けたんでしょ? アルマから聞いたよ。お金に余裕あるなら、奢ってくれてもいいじゃん!」


 聞き捨てならない発言にアルマを見ると、素知らぬ顔で口笛を吹いた。


「おまえ、本当に口が軽いな……」


 口止めしなかった俺も悪いが、この糞女のお喋りっぷりも異常だ。今後一切、こいつには大事な秘密を話せないな。ヒューゴのことも直前まで隠しておいた方が良さそうだ。


「ひょっとして、俺が奢るって話もアルマから聞いたのか?」


「そうだよ~」


 リーシャは頷き、アルマの頬をつつく。


「大通りで出くわしたからさ、世間話をしていたら、一緒にご飯食べようってことになって。それで、アルマが言うには後から来るノエルが奢ってくれるって話だったの。ねぇ~?」


「へぇ、なるほどね」


 真相をバラされたらアルマは、気まずそうに視線を逸らしている。たしかに奢るとは言ったが、他人にまで奢るとは言っていない。大方、見栄を張りたくて口を滑らせたのだろう。


 とはいえ、アルマにも面子というものがある。このままでは嘘吐き女だ。だから、ここは俺が折れて、アルマを立ててやることにしよう。


「話はわかった。リーシャ、おまえの分も奢ってやろう」


「え、本当!?」


「ああ、腹いっぱい飲み食いしていいぞ。奢った分は、アルマの次の分配金から差っ引く。きっちり一フィルの狂いもなくな」


「わ~いっ! アルマ、ごちになります!」


「ええっ!?」


 俺の決定にアルマは慌てるが、もう遅い。


「すいませ~ん、一番高いお酒ください!」


「ボトルで頼む。それと、超特上霜降り牛フルコースも追加で」


「ボトルでお願いしま~す! 超特上霜降り牛フルコースもお願いしま~す!」


「ちょっと! 嘘でしょ!?」


 容赦の無いリーシャと俺の注文に、涙目になるアルマ。可哀そうだが自業自得だ。それに、俺だってたまには、他人の金で飲み食いしたいのである。

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