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第2話 話術士の戦い方

 祖父は誰にも負けない探索者シーカーになれ、と俺に言った。これは上を目指し続けろ、というよりも、俺の未来を憂慮してのものだろう。


 要するに、絶対に勝てる戦い以外はするな、ということだ。


 祖父の言葉に甘えて、常に安全策を選び続けるのも一つの道だ。だが、俺は祖父のような、いや祖父をも超える、最強の探索者シーカーになりたい。その道こそが、亡き祖父への恩返しだと信じているからだ。


 そこで問題なのが、何を以って最強と定義するかだ。誰と戦っても負けないこと、これは間違いなく最強だろう。だが、そんなことは不可能だ。戦いには必ず相性というものがある。あらゆる敵に対応できる力など存在しない。


 万能型オールラウンダーの戦闘系職能(ジョブ)も存在するが、得てして器用貧乏になりやすく最強とは程遠い。理想系に最も近いのは、攻守共に安定した戦士だろう。だが、その頂点に位置するEXランクであった祖父にも限界はあった。


 ましてや話術士は、全戦闘系職能(ジョブ)の中でも、個人の戦闘能力がワーストクラスだ。個人で最強を目指すことなど絶対に不可能である。


 なら、どうすればいいか? 答えは決まっている。


「最強のクランを創って、そのマスターになればいいじゃん」


 クランというのは、探索者シーカーが複数集まって結成する組織のことだ。簡単に言えばパーティの上位版ということになる。


 そもそも、個人で最強を目指すということ自体が間違っている。人間の最大の力とは集団の結束にこそあるもの。つまり、最強を目指すなら、あらゆるジャンルの優秀な人材を集め、最強のクランを創ればいいわけだ。


 その野望の第一歩として、探索者(シーカー)になった俺は、帝都に着いてすぐ仲間を探した。そして、幸運なことに、三人の優秀な仲間とパーティを組むことができた。


 赤髪の優男、剣士のロイド。黒髪の偉丈夫、戦士のヴァルター。長い金髪の美女、治療師ヒーラーのタニアだ。


 三人は俺と同じく駆け出しだが、それぞれ探索者シーカーの養成学校を出ていた。そのため、年齢は三人とも俺より上だ。


 探索者シーカーは実力が全てだが、駆け出し同士では僅かな差とはいえ年齢を重視されることも多く、業腹極まりないが俺は三人の弟分的なポジションだった。つまり、下っ端だ。パーティのリーダーも、俺ではなくロイドが務めている。


 まあ、最初は仕方がない。焦らず探索者シーカーとしての経験値を積む時期だ。

 パーティは不変のものではないし、いずれ俺の望む形に変えていくつもりだ。仲間たちが受け入れるなら良し。受け入れなければ、パーティを抜けて新たに仲間を集めればいい。


 仲間たちのことは嫌いじゃないし信頼しているが、長く探索者シーカーをやっていれば、むしろ同じメンバーで続けている方が珍しい。割り切りの早さ、ある種のドライさも、探索者シーカーをやっていくには必要なスタンスだ。


 いずれにしても、今はこのパーティ『蒼の天外(ブルービヨンド)』の一メンバーだ。その役割を果たすため、今日も探索者シーカーの活動に勤しんでいる。





 深淵アビス化は、魔素マナ濃度が一定の数値になれば、場所を問わずどこにでも発生する。人里や美しい花畑や透き通る湖だって関係ない。

 だが、魔素マナ濃度が高まりやすいのは、やはり深い森や洞窟などの閉ざされた空間だ。特に人里離れた場所は、どうしても管理が甘くなってしまう。


 今回、俺たち四人のパーティが深淵アビスの浄化依頼を受けた場所は、かつてドワーフが白星銀(ミスリル)を採掘していた廃坑だ。


 廃坑内は広く深いものの、幸いなことに深淵アビス化の進行が遅く、影響下にあるのは全体の一部だけだ。深淵アビスの深度は四。比較的浅い危険度である。現界した悪魔(ビースト)も、攻略法が確立されている既知のものだ。


 下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイア、吸血鬼型の悪魔(ビースト)


 吸血鬼型は基本的に人の姿をしており、高い身体能力と再生能力に加え、強力な魔法スキルも扱える厄介な悪魔(ビースト)だが、下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアは下位の存在であるため魔法スキルは扱えない。


 形状も人型ではあるものの、四本の腕を持ち全身が真っ白で単眼という、かなり異形染みた姿をしている。知性も原始的なものしかない。


 だが、その代わりに高い繁殖能力を持ち、しかも単為生殖で増えることができる。初めは一体だったのが、たった一ヶ月で数十体に増えるのだから恐ろしい奴だ。


 もし、発見が遅れていれば、今頃この洞窟は下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアで溢れ返っていただろう。そうなると、こちらも数十人規模の大パーティ、もしくは複数パーティ間の同盟(アライアンス)でなければ対処しきれない案件となる。


 魔法スキルが扱えなくとも吸血鬼型。素手で牛を引き裂く腕力と、首を刎ねない限りどんな損傷も完全回復する再生力を備えている。数に囲まれれば、熟練の探索者シーカーですら、一瞬で食い殺されてしまうことだろう。


 俺たちのパーティには、周囲の状況を探れるスキルを持った職能(ジョブ)がいない。気配察知能力に長けた斥候(スカウト)や弓使いがいると便利なのだが、広大な帝都でも互いの条件が合致する人材を得るのは簡単な話ではない。


 斥候(スカウト)や弓使いであれば誰でもいいわけではないし、能力が低ければ邪魔になるだけだ。いずれは優秀な斥候(スカウト)や弓使いを仲間にしたいが、見つかるまで探索者シーカー活動をしないというわけにもいかない。


 だから、俺たちはタニアの使用した光源スキルを頼りに、慎重に探索を行っている。四人それぞれが周囲に気を配りながら、見つけた下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアを片っ端から殺していった。


 深淵アビスの核となるボスを発見してからも、そちらに気がつかれないよう注意し、ひたすら配下を殺し続ける。可能な限りボス戦で邪魔が入らないようにするためだ。


 戦力で上回っているパーティなら、速攻でボスに突っ込んでも勝てるだろう。深淵(アビス)の核であるボスを仕留めれば、この世界との繋がりを断たれた配下も即座に活動を停止するため、その方が断然効率的だ。

 だが、あいにく今の俺たちに、そこまでの力はない。


 そもそも、本来ならこの依頼は、全員の職能(ジョブ)がBランク以上でないと厳しい内容だ。なのに、俺たちは全員がCランクだった。


 不可能を可能としているカラクリは、俺の職能(ジョブ)にある。


 話術士である俺の支援(バフ)があれば、パーティメンバーの戦闘能力を底上げできるだけでなく、体力と魔力の回復速度を上げることができるからだ。強力な攻撃スキルや回復スキルを連発しても、そうそう疲労困憊することはない。


 つまり、数に囲まれさえしなければ、ずっと勝ち続けることができる。しかも消耗も抑えられるのだから、スタミナ切れを恐れるあまり功を焦って危険な戦いに挑む必要もない。一見非効率な殲滅作戦は、俺たちにとって理に適った戦い方だ。


 個の戦闘能力の低さから最弱と馬鹿にされがちの支援職(バッファー)ではあるが、英雄と呼ばれた祖父から訓練を受けた俺なら、パーティのお荷物になることなく、支援(バフ)能力を役立たせることができる。


 パーティを結成してこの一年、俺たちはずっとこういう戦い方で実績を積み上げてきた。常に格上を狙うことから、大物食いのルーキーと揶揄されることもある。


 そのため、俺たちはみんな新人でありながらも、同ランク帯では同期を抜き去るどころか、既にトップクラスの探索者シーカーとして認知されていた。


 もっとも、所詮はCランク帯の話。偉大なる祖父の意思を受け継ぐ俺は、更に上を目指さなくてはならない――。





 幸いなことに、ボスに気がつかれることなく、全ての配下を排除することができた。数は十五。事前調査通り、成熟しきっていない個体しかいなかったことが上手く働いた。


 これがあと半月も経っていれば、更に数が増えていただけでなく、集団で戦う知恵を得ていただろう。知能レベル的に高度な戦術は扱えないが、集団には集団で戦うという知恵ぐらいは習得できる。


 そうなった後だと、俺たちでは対処のしようがなかった。下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアを討伐して得られる報酬はかなり美味しい。ここでしっかり稼がせてもらおう。


「ボス中心の範囲攻撃がくるぞ! 前衛二人は後ろに回避しろ!」


 俺が出した指示に従って、下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアのボスと激しい打ち合いをしていた剣士のロイドと戦士のヴァルターが、大きく飛び退る。


 瞬間、ボスの背中から幾本もの触手が飛び出し、その鋭い先端で周囲一帯を滅多刺しにする。攻撃がかすった二人から、パリンとガラスが割れるような音がした。事前に治療師ヒーラーのタニアが掛けていた、防壁(バリア)スキルが破壊された音だ。


 ボスの攻撃力は、かすっただけで防壁(バリア)を破壊する威力を持っている。あと少し回避が遅れていたら、また防壁(バリア)が無ければ、前衛の二人は致命傷(クリティカル)ダメージを受け、挽肉と化していただろう。


 だが、俺たちに焦りはない。この程度は想定の範囲内だ。


「タニア、二人に防壁(バリア)を更新しろ! ロイドとヴァルターは攻撃を再開!」


「わかったわ!」「了解した!」「任せろ!」


 戦闘は開始から今に至るまで俺の指示によって動いている。パーティのリーダーはロイドだが、司令塔として指示を出すのは俺だ。


 その理由は、後衛の方が戦況を把握しやすいから、だけではない。俺の発する指示の全てに、支援(バフ)効果があるからだ。


 話術スキル:戦術展開(タクティシャン)


 パーティメンバーに指示を出すことにより、その全ての行動の結果と効果を25パーセント上昇させるスキル。つまり、今の三人は、全能力が25パーセント上昇している状況にある。


 この上昇値は統計データに基づくもので、ほぼ正確だ。


 また、付与した支援(バフ)は、それだけではない。


 話術スキル:士気高揚(バトルボイス)


 パーティメンバーの体力と魔力を25パーセント上昇させ、更に回復速度も上昇させるスキル。戦闘開始と同時に付与したこのスキルによって、三人は長時間でも全力で戦い続けることができる。


 戦況はこちらに有利だ。ロイドのロングソードとヴァルターの戦斧が、徐々にボスを追い詰め始めている。奥の手である初見殺しの触手攻撃を回避された以上、ボスは首を落とされる時間を延ばすことしかできない。大した知性を持たない獣でも、その焦りは感じ取れた。


 だが、何事にも予想外のアクシデントは付き物だ。


「うそ、伏兵!?」


 初めにその存在に気がついたのはタニアだった。彼女の悲鳴を聞き、視線を追って上を見上げると、そこには天井に張り付き乱杭歯を覗かせる三体の下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアがいた。


 どうやら、俺たちが確認できなかった空間に潜んでいたらしい。


 現在の戦況は俺たちに有利だが、この伏兵がボスに味方すれば、一気に流れはあちらに傾くだろう。タニアの悲鳴は前衛二人にも届いており、その顔は緊張で固まっていた。俺は戦闘を続行するべきか逃げるべきかを瞬時に決断する。


「狼狽えるな! 戦闘を続行する!」


 ただ指示を出したわけではない。


 話術スキル:精神解法(ピアサポート)


 対象の精神を正常化させ気力を漲らせるスキルを指示に付与した。これにより三人から恐怖は消え闘志を新たにする。


 もちろん、無理矢理に戦わせるわけじゃない。勝算あってのことだ。


 戦闘系職能(ジョブ)は、基本的に後衛の方が知力補正値が高い。中でも話術士は、全後衛の中で、トップクラスに知力補正が優れている職能(ジョブ)だ。その処理能力と、これまでに蓄えた戦闘知識を活かせば、この程度の窮地、いくらでも覆せる。


「――十八秒ってところか」


 俺は脳内で組み立てた作戦を検証し呟いた。


 敗北はない。勝利は確定している。そこに至るまでに必要な秒数が十八秒だ。

 腕時計のストップウォッチボタンを押し、声を張り上げてパーティメンバーたちに新たな指示を出す。


「雑魚は俺が引き受ける! 三人はボスに集中! タニアは防壁(バリア)を更新し続けろ! ロイドとヴァルターは牽制(ヘイト維持)と回避に専念しつつ、最大攻撃スキルの発動準備に入れ!」


 戦術展開タクティシャンの使用。

 そして、もう一つ――。


 話術スキル:標的指定(マーキング)


 パーティメンバーにターゲットの指定をし、その対象限定で命中力と回避力を50パーセント上昇させるスキル。代わりに、他の敵への命中力と回避力は半減するが、伏兵は俺が牽制(ヘイト維持)するため、絶対に三人へは向かわせない。


 俺は天井から飛び掛かってくる伏兵たちに向き直った。


「止まれッ!!!」


 大声で叫ぶと伏兵たちは着地を失敗し地面に転がる。


 話術スキル:狼の咆哮(スタンハウル)


 敵の動きを止めるスキルだ。格上であるボスには抵抗(レジスト)され効果を与えられないが、伏兵たちの動きを止めることに成功した。


 すかさず黒のロングコートを翻し、ベルトに備えているホルスターから魔銃(シルバーフレイム)を抜き放つと、伏兵たちに狙いを定める。


 魔銃(シルバーフレイム)は、魔法スキルが込められた弾丸――魔弾を放つ銃だ。


 材質は高い魔力伝導性を持つ白星銀(ミスリル)。グリップは深度九に属する悪魔(ビースト)幽狼犬(ガルム)の牙。また、銃身内のライフリングにも、魔弾の威力を増幅させる呪文が、幽狼犬(ガルム)の血で刻まれている。

 口径は三十八。八連装の回転式(リボルバー)だ。


 攻撃手段に乏しい俺が、悪魔(ビースト)戦で頼れる唯一の武器である。欠かせない相棒でもあることから、銀ちゃんと名付けた。


 もっとも、弾丸の一つ一つも非常に高価であるため、好き放題撃つ(トリガーハッピー)というわけにはいかない。残っている弾丸は氷結弾アイスバレットが二発。その一発を伏兵たちに向けて撃った。


 地面に直撃した氷結弾アイスバレットが周囲を凍らせる。即死させるほどの冷却力はないが、二体の手足を凍らせ動きを封じることに成功した。だが、いち早く停止(スタン)状態から立ち直った一体が氷結を跳躍して回避し、俺に襲い掛かってきた。


 魔銃(シルバーフレイム)を警戒した奴は、ジグザグにステップを踏むことで常に射線から外れている。狙撃補正スキルを持たない俺では、素早い奴の動きに合わせ正確に当てることはかなり難しい。


 また、すぐに狼の咆哮(スタンハウル)を使っても、耐性がついているので無効化されてしまう。改めて停止(スタン)させるには、最低でも十分は間を置かないといけない。つまり、この戦闘では不可能ということだ。


 ここまでで十五秒。伏兵の爪が俺に届くまで四秒。


 全て計算通り。


 迷わず魔銃(シルバーフレイム)の銃口を後ろのボスへと向け、腹の底から声を出す。


「今だ! ロイドとヴァルターは、攻撃スキルをボスに発動しろ!」


 指示と同時に引き金を絞る。もちろん、後ろ向きに撃って当たるわけがない。だが、伏兵を相手にしていた俺が、それに構わず攻撃を仕掛けたことに、ボスは一瞬の怯みを見せた。


 その一瞬が命取りになると知らずに。


 氷結弾アイスバレットはボスをわずかに逸れ、壁で着弾し周囲を氷結させる。ボスがそれを目で追った瞬間、前衛の二人が飛び掛かった。


闘気破断オーラブレード!」「回転斬殺デッドリードライブ!」


 ボスは爪で二人の攻撃を受けようとしたが、無意味な抵抗だ。


 話術スキル:連環の計(アサルトコマンド)


 10秒の効果中、パーティメンバーの全攻撃系スキルの威力を10倍にするスキル。それを命令時に付与しておいた。


 連環の計(アサルトコマンド)は、俺の全話術スキルの中で最も強力なスキルだ。だが、それ故に反動も大きく、攻撃スキルの発動に伴う消耗も大幅に上昇させるため、被付与者は攻撃終了後、一時的に行動不能状態となる。


 だからこそ、使いどころは見極める必要があった。そして、俺が作った一瞬の隙が、その絶好のタイミングだった。


 二人の凄絶なる刃に切断されたボスの首が宙を舞う。俺の眼前にまで迫っていた伏兵の爪は、だがそこでピタリと止まり、そのまま倒れ伏した。


 ストップウォッチを止め、針が示す秒数を確認する。


「――ジャスト十八秒。敵対象の沈黙を確認」


 俺のようなパーティの司令塔にとって、秒単位で正確な作戦を組み上げられることは欠かせない要素だ。一瞬でも判断が遅れれば、それがパーティ全滅のきっかけとなる。だから、計算に狂いが無いかを確認するため、ここぞという時には時間を計るようにしている。


 今回も完璧な戦いを指揮できたことに、少しだけ頬が緩んだ。


「戦闘行動、終了。――みんな、お疲れ」

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