第2話 話術士の戦い方
祖父は誰にも負けない
要するに、絶対に勝てる戦い以外はするな、ということだ。
祖父の言葉に甘えて、常に安全策を選び続けるのも一つの道だ。だが、俺は祖父のような、いや祖父をも超える、最強の
そこで問題なのが、何を以って最強と定義するかだ。誰と戦っても負けないこと、これは間違いなく最強だろう。だが、そんなことは不可能だ。戦いには必ず相性というものがある。あらゆる敵に対応できる力など存在しない。
ましてや話術士は、全戦闘系
なら、どうすればいいか? 答えは決まっている。
「最強のクランを創って、そのマスターになればいいじゃん」
クランというのは、
そもそも、個人で最強を目指すということ自体が間違っている。人間の最大の力とは集団の結束にこそあるもの。つまり、最強を目指すなら、あらゆるジャンルの優秀な人材を集め、最強のクランを創ればいいわけだ。
その野望の第一歩として、
赤髪の優男、剣士のロイド。黒髪の偉丈夫、戦士のヴァルター。長い金髪の美女、
三人は俺と同じく駆け出しだが、それぞれ
まあ、最初は仕方がない。焦らず
パーティは不変のものではないし、いずれ俺の望む形に変えていくつもりだ。仲間たちが受け入れるなら良し。受け入れなければ、パーティを抜けて新たに仲間を集めればいい。
仲間たちのことは嫌いじゃないし信頼しているが、長く
いずれにしても、今はこのパーティ『
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だが、
今回、俺たち四人のパーティが
廃坑内は広く深いものの、幸いなことに
吸血鬼型は基本的に人の姿をしており、高い身体能力と再生能力に加え、強力な魔法スキルも扱える厄介な
形状も人型ではあるものの、四本の腕を持ち全身が真っ白で単眼という、かなり異形染みた姿をしている。知性も原始的なものしかない。
だが、その代わりに高い繁殖能力を持ち、しかも単為生殖で増えることができる。初めは一体だったのが、たった一ヶ月で数十体に増えるのだから恐ろしい奴だ。
もし、発見が遅れていれば、今頃この洞窟は
魔法スキルが扱えなくとも吸血鬼型。素手で牛を引き裂く腕力と、首を刎ねない限りどんな損傷も完全回復する再生力を備えている。数に囲まれれば、熟練の
俺たちのパーティには、周囲の状況を探れるスキルを持った
だから、俺たちはタニアの使用した光源スキルを頼りに、慎重に探索を行っている。四人それぞれが周囲に気を配りながら、見つけた
戦力で上回っているパーティなら、速攻でボスに突っ込んでも勝てるだろう。
だが、あいにく今の俺たちに、そこまでの力はない。
そもそも、本来ならこの依頼は、全員の
不可能を可能としているカラクリは、俺の
話術士である俺の
つまり、数に囲まれさえしなければ、ずっと勝ち続けることができる。しかも消耗も抑えられるのだから、スタミナ切れを恐れるあまり功を焦って危険な戦いに挑む必要もない。一見非効率な殲滅作戦は、俺たちにとって理に適った戦い方だ。
個の戦闘能力の低さから最弱と馬鹿にされがちの
パーティを結成してこの一年、俺たちはずっとこういう戦い方で実績を積み上げてきた。常に格上を狙うことから、大物食いのルーキーと揶揄されることもある。
そのため、俺たちはみんな新人でありながらも、同ランク帯では同期を抜き去るどころか、既にトップクラスの
もっとも、所詮はCランク帯の話。偉大なる祖父の意思を受け継ぐ俺は、更に上を目指さなくてはならない――。
†
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幸いなことに、ボスに気がつかれることなく、全ての配下を排除することができた。数は十五。事前調査通り、成熟しきっていない個体しかいなかったことが上手く働いた。
これがあと半月も経っていれば、更に数が増えていただけでなく、集団で戦う知恵を得ていただろう。知能レベル的に高度な戦術は扱えないが、集団には集団で戦うという知恵ぐらいは習得できる。
そうなった後だと、俺たちでは対処のしようがなかった。
「ボス中心の範囲攻撃がくるぞ! 前衛二人は後ろに回避しろ!」
俺が出した指示に従って、
瞬間、ボスの背中から幾本もの触手が飛び出し、その鋭い先端で周囲一帯を滅多刺しにする。攻撃がかすった二人から、パリンとガラスが割れるような音がした。事前に
ボスの攻撃力は、かすっただけで
だが、俺たちに焦りはない。この程度は想定の範囲内だ。
「タニア、二人に
「わかったわ!」「了解した!」「任せろ!」
戦闘は開始から今に至るまで俺の指示によって動いている。パーティのリーダーはロイドだが、司令塔として指示を出すのは俺だ。
その理由は、後衛の方が戦況を把握しやすいから、だけではない。俺の発する指示の全てに、
話術スキル:
パーティメンバーに指示を出すことにより、その全ての行動の結果と効果を25パーセント上昇させるスキル。つまり、今の三人は、全能力が25パーセント上昇している状況にある。
この上昇値は統計データに基づくもので、ほぼ正確だ。
また、付与した
話術スキル:
パーティメンバーの体力と魔力を25パーセント上昇させ、更に回復速度も上昇させるスキル。戦闘開始と同時に付与したこのスキルによって、三人は長時間でも全力で戦い続けることができる。
戦況はこちらに有利だ。ロイドのロングソードとヴァルターの戦斧が、徐々にボスを追い詰め始めている。奥の手である初見殺しの触手攻撃を回避された以上、ボスは首を落とされる時間を延ばすことしかできない。大した知性を持たない獣でも、その焦りは感じ取れた。
だが、何事にも予想外のアクシデントは付き物だ。
「うそ、伏兵!?」
初めにその存在に気がついたのはタニアだった。彼女の悲鳴を聞き、視線を追って上を見上げると、そこには天井に張り付き乱杭歯を覗かせる三体の
どうやら、俺たちが確認できなかった空間に潜んでいたらしい。
現在の戦況は俺たちに有利だが、この伏兵がボスに味方すれば、一気に流れはあちらに傾くだろう。タニアの悲鳴は前衛二人にも届いており、その顔は緊張で固まっていた。俺は戦闘を続行するべきか逃げるべきかを瞬時に決断する。
「狼狽えるな! 戦闘を続行する!」
ただ指示を出したわけではない。
話術スキル:
対象の精神を正常化させ気力を漲らせるスキルを指示に付与した。これにより三人から恐怖は消え闘志を新たにする。
もちろん、無理矢理に戦わせるわけじゃない。勝算あってのことだ。
戦闘系
「――十八秒ってところか」
俺は脳内で組み立てた作戦を検証し呟いた。
敗北はない。勝利は確定している。そこに至るまでに必要な秒数が十八秒だ。
腕時計のストップウォッチボタンを押し、声を張り上げてパーティメンバーたちに新たな指示を出す。
「雑魚は俺が引き受ける! 三人はボスに集中! タニアは
そして、もう一つ――。
話術スキル:
パーティメンバーにターゲットの指定をし、その対象限定で命中力と回避力を50パーセント上昇させるスキル。代わりに、他の敵への命中力と回避力は半減するが、伏兵は俺が
俺は天井から飛び掛かってくる伏兵たちに向き直った。
「止まれッ!!!」
大声で叫ぶと伏兵たちは着地を失敗し地面に転がる。
話術スキル:
敵の動きを止めるスキルだ。格上であるボスには
すかさず黒のロングコートを翻し、ベルトに備えているホルスターから
材質は高い魔力伝導性を持つ
口径は三十八。八連装の
攻撃手段に乏しい俺が、
もっとも、弾丸の一つ一つも非常に高価であるため、
地面に直撃した
また、すぐに
ここまでで十五秒。伏兵の爪が俺に届くまで四秒。
全て計算通り。
迷わず
「今だ! ロイドとヴァルターは、攻撃スキルをボスに発動しろ!」
指示と同時に引き金を絞る。もちろん、後ろ向きに撃って当たるわけがない。だが、伏兵を相手にしていた俺が、それに構わず攻撃を仕掛けたことに、ボスは一瞬の怯みを見せた。
その一瞬が命取りになると知らずに。
「
ボスは爪で二人の攻撃を受けようとしたが、無意味な抵抗だ。
話術スキル:
10秒の効果中、パーティメンバーの全攻撃系スキルの威力を10倍にするスキル。それを命令時に付与しておいた。
だからこそ、使いどころは見極める必要があった。そして、俺が作った一瞬の隙が、その絶好のタイミングだった。
二人の凄絶なる刃に切断されたボスの首が宙を舞う。俺の眼前にまで迫っていた伏兵の爪は、だがそこでピタリと止まり、そのまま倒れ伏した。
ストップウォッチを止め、針が示す秒数を確認する。
「――ジャスト十八秒。敵対象の沈黙を確認」
俺のようなパーティの司令塔にとって、秒単位で正確な作戦を組み上げられることは欠かせない要素だ。一瞬でも判断が遅れれば、それがパーティ全滅のきっかけとなる。だから、計算に狂いが無いかを確認するため、ここぞという時には時間を計るようにしている。
今回も完璧な戦いを指揮できたことに、少しだけ頬が緩んだ。
「戦闘行動、終了。――みんな、お疲れ」