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第17話 伝説の真実

今回はアルマ寄りの三人称です。

次回からはノエルの一人称に戻りますです。

 アルマが暗殺者(アサシン)教団の隠れ家を訪れたのは、ノエルと出会う三日前のことだ。


 帝都の片隅にある寂れた教会の地下墓所(カタコンベ)、その隠し扉の先に教団本部があることは、アルコルから聞いていた。


 訪れる約束は、既に仲介役を通して取り付けてある。とある場末の酒場で合言葉を告げると、暗殺者(アサシン)教団と連絡できる仕組みだ。暗殺の依頼も、基本的にこの酒場が窓口となっている。


「よく来た。アルコルの孫、アルマよ。ついてきなさい」


 出迎えた白いローブ姿の男に、アルマは隠れ家を案内される。


 連絡を取る際にアルコルの印章を押していたからか、血縁を疑われることはなかった。いや、疑われているかもしれないが、今のところは孫として扱ってくれるようだ。


 どのみち、教団に入るには試験をクリアしなければいけない。教団側も、その実力如何で真偽を見極めるつもりなのだろう。


 暗殺者(アサシン)教団の隠れ家は、どこを見渡しても殺風景なものだった。調度品などは一切無く、剥き出しの岩壁に獣脂蝋燭の火が揺らめいている。


 やがて、案内人は大きな鉄製の扉の前で止まった。


「アルマ・イウディカーレ。改めて確認する。汝は、我らが教団の同胞となることを、真に望む者か?」


「そのつもり」


「よかろう。ならば、この扉の先に進むといい。汝が試練に打ち勝った時、我らが冥府の神は、汝にも祝福を与えることだろう。さあ、いきなさい」


 案内人に促され、アルマが扉に手を掛けると、ゴゴゴという重い音が響き渡る。普通なら大人の男が数人がかりで開ける扉を、アルマはその細腕で容易く開いた。


 扉の先には、修練所と思しき空間があった。そして、そこに一人の男が立っている。東洋の着物を着た長髪の男で、両手に鉤爪を装備している。その佇まいや伝わってくる闘気の質は、紛れもなく斥候(スカウト)系Bランク職能(ジョブ)暗殺者(アサシン)のものだ。


「おまえが、アルコルの孫か。話には聞いていたが、とてもそうは見えないな」


 見下すように睥睨してくる男に、アルマはため息を吐いた。


「こんな三下でも教団に入れるの? ……がっかり」


「なんだと、貴様っ!」


「あなたが試験官なんでしょ? だったら、さっさとはじめよ」


「Cランク風情が、粋がるな! 本当の暗殺者(アサシン)の力を見せてやろう!」


 風のような身のこなしと速度で、男はアルマに飛び掛かってくる。ただのCランクなら、一瞬で細切れにされることだろう。


 だが、ここにいるのは、ただのCランクではない。


 伝説の殺し屋アルコルの血と技を受け継ぐ、アルマ・イウディカーレだ。


「……ば、ばかなっ!?」


 刹那の交差。血飛沫を撒き散らし倒れたのは、鉤爪の男の方だった。


「やっぱり、三下。話にならない」


 倒れ伏す男に、アルマはゆっくりと歩み寄る。今度は、男が見下ろされる番だった。その信じ難い状況に、男は慌てふためく。


「ありえん! 貴様のその力は、一体なんだ!?」


「馬鹿? 暗殺者(アサシン)教団に伝わっている戦い方は、全部じっちゃんが考えたもの。だったら、ボクに通用するはずがない」


「貴様、本当に……あの、アルコルの孫なのか?」


「そんなこと、対峙した瞬間にわかるべき。三下にしても救い難い馬鹿。でも、安心して。もう、自分の無能さに悩む必要はないから」


 アルマは微笑を浮かべ、ナイフを振りかぶる。


「ま、まてっ! 試験はもう終わった! 俺の負けだ!」


「ううん、まだ終わってない。あなたを殺したら、終わり」


「やめろぉぉっ!」


 男の悲鳴を無視し、アルマはナイフを振り下ろす。


 だが――


「そこまでだ。刃を収めろ」


 アルマのナイフが、男を仕留めることはなかった。その刃は、たった指二本に止められている。全く気配を感じさせず現れた乱入者、その指に。


 尋常ならざる強者であることは明白。アルマは態勢を立て直すために、バックステップで大きく距離を取る。


 乱入者は、白い立襟の祭服を着た褐色の男だっ���。外見から判断して既に中年を迎えているようだが、服の上からでもわかる屈強な肉体をしている。その鍛え上げられた肉体と、短く刈り込まれた白髪は、男を僧侶というよりも僧兵として印象付けていた。


「……あなたは?」


「教団長、サイモン・グレゴリー」


 低く良く通る声で、男は自分が何者であるかを告げた。


「……なるほど。教団長なら、その強さも納得」


 アルマはナイフを鞘に納め、首を傾げる。


「でも、わからない。なぜ、止めたの?」


「逆に問おう。なぜ、止めを刺そうとする?」


「じっちゃんからは、そういう試験だと聞いていた。強者のみが生き残り、敗者はその命を冥府の神に捧げるのが役割だって」


「過去の話だ。私の下で、そのような古く忌まわしい掟は許さない」


 教団長は有無を言わせぬ声で断言し、長髪の男を目配せ一つで出て行かせた。


 アルコルが暗殺者(アサシン)教団の教団長を辞し、既に数十年。組織の在り方は、かなり変わってしまったらしい。


 だが、だからといって、異論があるわけではなかった。


「理解した。それで、ボクは合格?」


「合格だ。……戦闘技術はな」


「まだ何かあるの?」


「簡単な質問をさせてもらう。それに答えてくれるだけでいい」


 深く身の内を探るような教団長の眼が、アルマへと向けられる。


「アルコルを殺したのは、君か?」


「そうだよ」


 アルマは即答した。手紙では老衰だと伝えていたが、バレているなら隠す必要もない。アルコルは老衰ではなく、アルマの手によって命を落とした。


「EXランクでも耄碌すると駄目。簡単に殺せた」


「一応、なぜ、とも聞いておこうか」


「それ、聞く必要ある?」


「……いや、必要ない。愚問だったな」


 アルコルに殺意を抱くようになったのは、物心がついた頃からだった。


 あの男から、家族の愛を与えられたことなんて一度も無い。与えられたのは、暗殺者(アサシン)に必要な知識、そして毎日課される常軌を逸した鍛錬だけ。


 心と身体が擦り切れていく日々。その先に待つ死を拒むなら、アルコルを殺すことで自由になるしか道は無かった。


「アルコルは、力の求道者だ。その精神は、もはや人よりも幽鬼に近く、ただ死を振り撒くだけの存在だった」


 教団長の瞳は過去へと向けられ、その追憶を言葉にする。


「心底、恐ろしい人だったよ。私も今は教団を預かる身となり、職能(ジョブ)もEXランクとなったが、それでも全盛期のあの人には勝てないだろうな。あれは、人ではなかった。人の姿をした、死そのものだった」


「だけど、不滅の悪鬼(オーバーデス)に負けた」


「そう、負けた。上には上がいるものだ。死の体現者であっても、不滅の悪鬼には勝てない。考えてみれば道理だな。そして、その時から、アルコルはおかしくなり始めた」


 不意に、教団長の瞳に憐憫の色がにじむ。


「アルマ、君はアルコルの孫じゃない。本当は娘だな?」


 どうやら、全て調べ尽くされているようだ。そのことにアルマは苦笑する。


「そうだよ。ボクは、アルコルの孫じゃなくて娘。あの男が、どこかの村から攫ってきた女に産ませた子どもの一人」


 アルコルは不滅の悪鬼(オーバーデス)に敗北し正気を失った。力の求道者にとって、自らの強さとは絶対の存在価値(レゾンデートル)。それが根元から折られてしまったせいで、自身の存在意義を意味消失してしまったのだ。


 正常な判断能力を失ったアルコルは、狂信者へと成り下がり、歪んだ妄想に取り憑かれるようになる。――自分は負けてはならない戦いで負けてしまった。なら、敗北しない自分を生み出せば、過去を無かったことにできる。そう、考えたのだ。


「あの男は、後継者が欲しかったんじゃない。自分と同じ存在を生み出したかった。そうすることで、過去の汚点を消し去れると、本当に信じていた」


「……哀れだな。それが伝説の末路か」


「違う。哀れなのは、あの男の被害者たち。村から攫われ産みたくもない子どもを産ませられた女たち。そしてアルコルの妄執に取り殺されたボクの兄さんや姉さんたち」


 多くの罪無き命が、アルコルの妄執に振り回され、そして消えていった。その無念を思えば、父殺しの禁忌など何の罪にもならない。少なくとも、アルマはそう考えている。


「あの男にとって、ボクは一番の成功品だった。それでも、不滅の悪鬼(オーバーデス)には手を出すな、って何度も言われた。正気を失っても、負けた時の恐怖が忘れられなかったみたい。あの男のことは、殺した今でも大嫌いだけど、そのことを考えると少しだけ溜飲が下がる。不滅の悪鬼(オーバーデス)も、とっくにお爺さんなのに。馬鹿みたい」


不滅の悪鬼(オーバーデス)なら、数年前に死んだよ」


「え?」


「住んでいた街が深淵(アビス)化し、その核である魔王(ロード)級の悪魔(ビースト)と相討ちになった」


「……そう、不滅の悪鬼(オーバーデス)も死んだんだ」


 残されたのはアルマだけ。清々しくも、寄る辺を失ったような気分だ。


「アルマ、正直に言おう。君は教団に相応しくはない」


 教団長の予想だにしなかった言葉に、アルマは頭を殴られたような衝撃を受けた。強制されていたとはいえ、物心が付く前から修行してきた自分が、暗殺者(アサシン)教団に相応しくないなんて簡単には信じたくなかった。


「どうして!? 力は示したはず!」


「たしかに、君の力は素晴らしい。いずれEXランクに至る片鱗すら見える。だが、それと教団に相応しいかは、また別の話だ」


「わけがわからない! ちゃんと説明して!」


 アルマが詰問すると、教団長は悩まし気に顎髭を撫でる。


「……ここから先は、他言無用だ。約束できるか?」


「わかった、約束する……」


暗殺者(アサシン)教団は、近く組織の在り方を一新する予定だ。以降は独立した秘密組織ではなく、帝国の傘下組織に生まれ変わる。諜報活動を主とし、護国のために力を尽くすことが、新しい暗殺者(アサシン)教団の在り方だ」


「……それって、もう殺しはしないってこと?」


「残念ながら、完全に殺しを辞められるわけではない。だが、これまでが目的としての殺しだったのに対して、これからは手段としての殺しになる。似ているようで、両者の違いは大きい。少なくとも、後者には未来がある」


「未来……」


 それがどんな未来なのか、アルマにはわからない。だが、どんなに素晴らしい未来だろうと、そこにアルマの居場所は無い。それだけは、よく理解できた。


「君の心には修羅が眠っている。そんな危険な人物を、国を護るための仕事に就かせるわけにはいかない」


「…………ははは」


 乾いた笑いが込み上げてくる。なんて酷い悪夢なんだろうか。いや、これは現実だ。生まれた時からずっと続いている、悪夢という名の現実だ。


「……二十一年、二十一年も無理矢理に費やさせられた結果が、これ? 何も楽しいことなんて無かった。友だちもいない、恋人だっていない。ずっと……ずっと、あの男の妄執に付き合わされて、その挙句、ボクの力が何の役にも立たないなんて……。じゃあ、ボクは何のために生きてきたの? これまでの二十一年は……何だったの?」


 涙が止まらなかった。あまりにも虚しくて、悔しくて、その思いが涙となって、止め処無く溢れ出してくる。


「返してよ! ボクの人生を返してよッ!!!」


 この男に訴えたところで、無意味なことはわかっている。それでも、叫ばずにはいられなかった。この世界で、アルマのことを思ってくれる人間は、アルマ一人しかいないのだから。


「君の人生は、君のものだ」


 教団長はそれだけ言うと、踵を返した。


「待って! ボクはどうすればいいの!? 教えてよ!」


「好きに生きればいい。教団だけが、君の力を活かせる場ではない。君を求める者は、いくらでもいる。例えば、探索者(シーカー)だ」


「……探索者(シーカー)?」


 たしかに、探索者(シーカー)なら、アルマの力を必要としてくれるかもしれない。だが、彼らについては、ほとんど何も知らなかった。せいぜい、腕っぷしを頼りに、深淵(アビス)悪魔(ビースト)を狩っていることぐらいだ。


「そういえば、面白い話がある」


 アルマが困惑していると、教団長は背中を向けたまま言葉を続ける。


「あの不滅の悪鬼(オーバーデス)の孫が、この帝都で探索者(シーカー)をやっていてね。まあ、所属しているパーティがトラブルで駄目になったらしいんだが、それを復活させるために新たなメンバーを募集しているそうだ」


「……なにそれ?」


 教団長の意図がわからず、アルマは首を傾げる。


不滅の悪鬼(オーバーデス)の孫が探索者(シーカー)をやっていても、何の不思議も無い。カエルの子がカエルになっただけ」


「だが、彼の職能(ジョブ)は戦士ではなく、話術士だ」


「話術士!? あの不滅の悪鬼(オーバーデス)の孫が!?」


「そう、支援職(バッファー)の話術士だ」


 驚くアルマに、教団長は振り返って笑みを見せる。


「誰もが知る、最弱の職能(ジョブ)だよ」


「なのに、探索者(シーカー)をやっているの? 不滅の悪鬼(オーバーデス)が強制したから?」


「いや、本人の意思だ。そもそも、不滅の悪鬼(オーバーデス)は既に死んでいる」


「……そうだった。でも、だったら、どうして?」


「そこまでは知らない。だが、一つだけ明らかなことがある���不滅の悪鬼(オーバーデス)の孫、話術士ノエル・シュトーレンは、強い」


 支援職(バッファー)について多くの知識を持っているわけではないが、その職能(ジョブ)としての欠陥は知っている。最弱と言われるのも仕方ない性能であることも。そんな支援職(バッファー)の話術士が強いなんて、俄かには信じられなかった。


「その話、本当なの?」


「本当だとも。現に彼は、大物食いのルーキーとまで呼ばれている。まだ職能(ジョブ)はCランクだが、いずれトップに昇り詰めるだろうルーキーの一人だ」


「信じられない……」


「だから言っただろ。面白い話だと」


 教団長はアルマを見据え、笑みを深くした。


「もし興味があるのなら、彼を訪れてみるといい」





探索者(シーカー)には興味無い。ボクが興味あるのは、不滅の悪鬼(オーバーデス)の孫である、キミだけ」


 あの言葉は、半分正しくて半分嘘だった。正確には、不滅の悪鬼(オーバーデス)にも興味は無かった。不滅の悪鬼(オーバーデス)とアルコルとの因縁は、あくまできっかけに過ぎない。アルマの興味は、一から十までノエルにだけ向けられていた。


 弱者であるはずの話術士が、どうやって強者の列に入れたのか。純粋な強者であるアルマには、不思議でならなかったのだ。


「他とは眼が違う。勝つためなら、なんでもやる、って眼」


 実際に会って、強者と呼ばれる所以は理解できた。ノエルの強さの根源は、精神の在り方にある。戦いの世界では容赦の無さが強さに直結するため、精神構造が頑強で苛烈な者ほど結果を残し易い。そのことは、一目で見抜くことができた。


 だが、それだけでは不十分であることも、アルマは見抜いていた。


「その身体を作るには、不屈の努力が必要。並大抵の鍛え方じゃ、そうはならない。でも、ノエルがどれだけ鍛えても、本職の前衛には敵わない。所詮は、才能が伴わない、努力だけの成果。だから、残念。もし、ノエルの職能(ジョブ)不滅の悪鬼(オーバーデス)と同じ戦士なら、最強の探索者(シーカー)にもなれたのに」


 そんなことは、ノエルにもわかっていたはずだ。あえて口に出す必要は無かった。だが、報われない努力を続けている姿が痛ましく、思わず不用意な発言をしてしまった。


 たしかに、ノエルは強い。一緒に盗賊団を討伐して、その見事な戦術にアルマも大いに感心させられた。だが、それはやはり、努力さえすれば誰でも辿り着ける領域だ。強くはあるが、特別ではない。本物の才能を持つアルマには、ノエルの限界が近いと簡単に予想できた。


 なのに――


蒼の天外(ブルービヨンド)は、一年で七星(レガリア)になる」


 ノエルは不遜にも、届くはずのない空へ手を伸ばそうとしている。


 愚かだと思った。一笑に付して終わる話だと思った。仲間なのだから、正直に伝えて止めてやるべきだとも思った。


 だが、そんな理性とは裏腹に、アルマは胸が熱くなるのを感じていた。


 報われて欲しい。こんなにも努力し、必死に足掻いている人間が報われないのなら、この世界は全部嘘っぱちだと、本物の才能を持つアルマの心が動かされたのだ。


「平気へっちゃらだ。つまらないことは、思い悩むだけ損だからな」


 そう言った時のノエルの顔に、僅かな陰りがあったことは見逃せなかった。


 考えてもみれば、ノエルはまだ十六だ。いくら精神構造が頑強とはいえ、成人を迎えたばかりの心には、まだ幼さが残っている。子どもに悲しい憎悪を向けられ、それでも平気でいられるなんて、成熟した大人でも難しい話だ。


 ノエルの尊大な態度と冷徹で容赦の無い思考も、自らを強く見せるための努力の一環だとアルマは考えている。この世界には、つまらない奴が多い。そんな奴らに侮られないために、ノエルは本来の心を隠して、あのように振舞っているのだろう。


 また、面接を受ける前に調べた話によると、ノエルは前のメンバーに裏切られた経験があるらしい。その制裁自体は済んでいるようだが、一年も苦楽を共にした仲間に裏切られた悔しさは、部外者のアルマにとっても察するに余りある。それでもなお頂点を目指そうというのだから、その意志の強さには感服するしかない。


 強者は努力し続ける者が好きだ。


 努力する者の姿と、まだ弱かった頃の自分を重ね、そこに共感を抱くためである。ましてや、掴もうとする夢が大きく、困難にも挫けず藻掻いている者ほど、応援したい、助けてやりたい、という気もちが湧いてくる。


「ボク、ノエルの性格が、だんだんわかってきた。――すごく可愛いって意味。だから――」


 だから、アルマにとって――


「ずっと一緒に戦ってあげるね」


 その決意は、本物だった。

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