第16話 謝れば許してもらえると思うなよ
「ヒギャアアアアァァッ!!!!」
「ははは、酷い悲鳴だな。自分よりもずっと若い男に、こんな奥まで突っ込まれるなんて、そうそう体験できることじゃないぞ。もっと良い声でよがってみろ」
「イダイィイイィィッ!!! 目が、目がアァァァアアァッ!!!」
村長は悲鳴を上げ続けるが、身体は指一本動かすことすらできずにいた。その右目があった眼孔の奥を、俺の親指が抉るように押さえつけているからだ。
人間は強烈な痛みを受けると、身体が硬直し動けなくなる。対人格闘術には相手の耳を掴むことで動きをコントロールする術があるが、俺が祖父から教わった技には、眼孔に指を引っ掛けることで動きを制する方法もある。
右目を潰された村長の姿に、嫁は腰を抜かして失禁し、娘は石化したように固まっている。当の村長は、次第に叫ぶ気力も失い、息も絶え絶えという有様だ。
その耳元で俺は囁く。
「右目だけで終わると思うなよ。次は左目だ。その次は鼻と耳を削ぐ。そして全部の歯を圧し折り舌を抜く。おまえみたいなクズに相応しい姿にしてやるよ」
「ひっ、ひぃぃっ、ゆ、ゆゆ、ゆるしてくださいぃっ! お、お金なら、す、すすす、すぐに払いますから! 三十万フィル、すぐに払います!」
「三十万? 笑わせるなよ。今さら、それだけで済むと思っているのか? 助けてほしかったら、この家の金を全て出せ」
「そ、そんなっ! 無理です! それだけは勘弁してください!」
「なら、交渉決裂だな」
空いている手の骨を鳴らし、村長の左頬を触れる。そのまま親指を滑らせ、左目に狙いをつけた。瞼を閉じても無駄だ。確実に左目を潰す。
「これが、おまえの見る最後の光景だ。しっかり脳裏に刻むんだな」
「い、いやだぁっ! お願いします、許してくださいっ! 金を借りた相手は、ガンビーノ
「知るかよ、そんなこと」
村長の左目を潰すため親指に力を入れる。――その時だった。
「待ってくださいっ!!!」
声の持ち主は、さっきまで固まっていた村長の娘だ。大きな目に涙をいっぱい溜め、奥歯を恐怖で鳴らしながらも、俺の前に立っている。
そして、その手に持つ革袋を差し出してきた。
「これ、うちの全財産です! 全部で八十二万フィルあります! もう銅貨一枚ありません! これをお渡ししますから、お父さんを許してください!」
どうやら、娘は金の隠し場所を知っていたらしい。父親が手遅れになる前に、独断で持ってきたのだ。だが、その娘の判断に、村長は激怒して叫ぶ。
「馬鹿者っ! なんてことをしてくれたんだ! その金を渡してしまったら、もう私はお終いなんだぞ!」
「でも、ここでお金を渡さないと、お父さんの両目が潰されるだけじゃなくて、二度と
「そ、それは……だが……うぅっ……」
娘の言葉に、俺は感心してしまった。単に父親を助けたいだけかと思っていたら、村の未来を案じての行動だったからだ。
明文化されているわけではないが、
その際のメッセンジャーとなるのが、
つまり、一度そのことが広まってしまえば、村長の娘が言うように、未来永劫ミンツ村からの依頼は誰も引き受けなくなる。例え、盗賊団や
村長の娘が、そのことを知っていたのかはわからない。おそらく、確かな情報を持っていたわけではなく、社会通念上の常識として、起こりうる最悪のケースに思い当たったのだろう。
いずれにしても、娘は村の未来を守るために、恐怖に震えながらも英断を下した。
俺は村長を解放し、娘から革袋を受け取ると、その中身を確認する。
「たしかに、八十二万フィルはありそうだな。本当に、これで全てか?」
「ほ、ほんとうです! 嘘なんて吐きません!」
「そうか。なら、その言葉を信じよう。この金で、今日のことは忘れてやる。――村長、おまえもそれでいいな?」
潰された右目を押さえていた村長は、不承不承という体で頷いた。
「は、はい……構いません……」
「もしまた、
殺気を込めて睨みつけてやると、村長は小便を漏らしながら何度も頷いた。
「よし。――アルマ、帰るぞ」
「了解」
俺たちが家から出ようとした時、その背中に悲痛な幼い声が刺さった。
「
†
†
「
月明かりが照らす夜の街道を歩いていると、隣にいるアルマが知ったような口を利いたので、俺は苦笑した。
「なんだ、もう嫌になったのか?」
「嫌にはなっていない。ただ、
「なら良かったよ。最初の仕事から、ろくでもないことを体験させてしまったからな。配慮が足りず悪かった」
「謝罪は不要。それより――」
アルマは俺の前に出て、首を傾げる。
「ノエルの方こそ、平気なの?」
「平気へっちゃらだ。つまらないことは、思い悩むだけ損だからな」
「そう。でも、自分に憧れていた女の子に失望されるのは、どんな事情があっても辛いな、って思った」
「失望されるのが怖いなら、無人島にでも籠って生きているよ」
「辛い時は無理せず、お姉ちゃんに甘えてもいいんだよ? 抱き締めてあげる」
妙に色っぽい声を出して両手を広げるアルマ。その姿を、俺は鼻で笑った。
「サボテンでも抱き締めてろ、ムダ乳バカ女」
「また、ムダ乳バカ女って言った! それ、やめて!」
「だったら、おまえも俺をガキ扱いするな」
「むぅ……それは難しい……。ノエルが可愛い顔をしているのが悪い」
「どういう理屈だよ……」
こうやって二人だけの時ならともかく、新たに仲間が入ってからも同じような態度を取られては、リーダーとしての沽券に関わる。頼りないリーダーの下で、一体どこの誰が命を懸けて戦ってくれるというのか。
知り合ってまだ日が浅いから冗談で済ませているが、この状態が続くようなら、いずれ厳しく注意する必要がありそうだ。
だが、気にかけてくれているのも事実。それは素直に感謝するべきだろう。
「……まあ、心配してくれてありがとうな」
「ノエルってツンデレ?」
「死ね」
「可愛い。ぎゅ~って抱き締めてあげたい」
「俺に指一本でも触れたら、次の分配金はリーダー権限で無しだぞ」
「それは非情過ぎ!」
そんな軽口を叩き合いながら、俺たちは夜の街道を歩き続ける。
時間的に駅馬車を利用できないため、徒歩でユドラまで帰らないといけない。毎日のトレーニングのおかげでスタミナには自信があるが、見通しの悪い夜の街道を延々と歩いていると、いい加減うんざりしてくる。
かといって、野営して朝を待つのも面倒だ。それだったら、このまま徹夜でユドラを目指し、朝一の帝都行きの馬車に乗る方が良い。
「アルマは結局、
「まだ未定。――
「どうだろう。戦力は間違いなく向上するが、これから入ってくる仲間の
だが、
そういう事情があるため、先々のパーティ編成の自由度を考えるなら、前衛アタッカーの
もちろん、先のことはまだわからない。ひょっとすると、後衛の方が多くなる可能性だってある。だからこそ、今は保留状態が一番好ましかった。
「わかった。じゃあ、もうしばらく
「頼む。必要な時期が来たら、また話し合おう。そろそろ、俺もランクアップできるはずだからな」
「それは期待。ちなみに、ランクアップできる状態の判別方法は知ってる?」
「知ってる。身体の一部に紋様が現れるんだよな?」
「そう。こんな感じ」
アルマは谷間に両手を突っ込み、大きな乳房を掻き分けた。露わになった胸の真ん中には、短剣状の紋様が浮き出ている。
「ランクアップできるようになると、こういう紋様が現れる。だいたい、胸や手の甲という話。でも、ノエルはお尻に出てほしい。絶対に可愛いと思う」
「勘弁してくれ……」
尻に紋様が現れるとか、格好悪すぎる。きっと、どんな偉業を成し遂げても、その事実が重荷になるだろう。想像するだけで胃が痛くなる話だ。
「ノエル」
「うん?」
少し改まった声で、アルマが俺の名前を呼ぶ。
「色々あったけど、今日は楽しかった」
「そうか? 俺は疲れた以外に感想は無いけどな」
「ずっと山でじっちゃんと修行していたから、誰かと一緒に戦うのも悪くないな、って思えた。特に、ノエルの戦術は面白かったし」
「得られるものがあったのなら、なによりだ。なんだかんだで実入りも良かったからな。金があれば、心も広くなる。気もちはわかるよ」
「いや、お金の話じゃなくて……」
困ったように眉を顰めたアルマは、それから微笑んだ。
「ボク、ノエルの性格が、だんだんわかってきた」
「は? ……藪から棒だな。どういう意味だよ?」
「すごく可愛いって意味。だから――」
アルマは俺の懐に潜り込み、下から大輪の花のような笑顔を見せてくる。
「ずっと一緒に戦ってあげるね」