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第14話 一方的な虐殺

「あのエロハゲ親父、何が二十人だよ……」


 日が沈み始めた頃、すり鉢状に開けた岩場で、盗賊団のアジトを発見した。


 俺たちは高所から偵察するため、アジトから約三百メートル離れた高木の枝に座っている。日を背にし、向こうからは逆光で見えない位置だ。


 単眼鏡を使って見えるアジトは、櫓や柵で砦化こそされていないが、射手に周囲の岩壁を足場として利用されると厄介そうである。


 しかも、ただでさえ地理的に面倒な場所なのに、そこにたむろする盗賊たちは二十人どころか、ざっと見ただけで三倍の六十人はいた。


「これだけの人数をまとめられるのは、ただの流れ者じゃないな……」


 俺は単眼鏡を目に当てながら、アジトの様子を探っていく。


「いた、あれが盗賊団のボスだ」


 見つけたのは、顔の右半分にトライバルタトゥーが入った大男。明かに他よりも装備の質が良く、部下らしき女から酌を受けている。


 既に酔っているようだが、眼光は鋭く猛者であることは一目瞭然。その顔を元に、記憶している犯罪者リストを検索する。


「思い出した。あの盗賊団の頭は、剃刀ゴルドーだ」


 剃刀ゴルドー。その職能(ジョブ)は、斥候(スカウト)系のBランク、乱波(バンデッド)。自身の名を冠したゴルドー盗賊団を率い、帝国の西部地方を中心に暴れていた大物犯罪者だ。


「他の探索者(シーカー)に殲滅されたって聞いていたが、頭のゴルドーは生きていたのか。ゴキブリみたいにしぶとい奴だな」


 だが、あの剃刀ゴルドーなら、六十人の部下を集められるのも納得だ。この田舎で力を蓄えて、また大きく活動していくつもりなのだろう。


「アルマ、どうだ? 相手はBランクの乱波(バンデッド)だが勝てるか?」


「余裕」


 隣のアルマは単眼鏡を使わず、丸めた指を目に当てている。


「Bランクでも、あのレベルなら朝ごはん前」


 CランクとBランクでは、もちろんBランクの方が強い。だが、それはあくまでスペック上の話。これがAランク以上になると話は別だが、技術や経験が上回る場合、CランクでもBランクに勝つことは可能だ。


 ましてや、アルマはランクアップの条件を達成している身。剃刀ゴルドーが相手でも余裕と言い切れるのは、誇張ではなく純然たる事実だろう。


「でも、余裕なのは一対一の話。あの数の子分と一緒にこられたら無理」


「わかっている。だから、それは俺が対処する」


「ノエルも一緒に戦うの? でも、これ以上近づくと、乱波(バンデッド)の索敵に引っかかる。ボクには気配を断つスキルがあるけど、ノエルには無いでしょ?」


「話は最後まで聞け。俺の作戦はこうだ――」


 まず、アルマが斥候(スカウト)スキル:気配遮断(ステルス)を使って、ゴルドーの索敵に引っかかる限界まで近づく。


 そして、配置についたと同時に、俺が話術スキル:狼の咆哮(スタンハウル)を発動。彼我の距離が三百メートル離れていても、話術士の声量なら十分に届く範囲だ。これで配下たちの動きを封じることが可能となる。


 格上であるゴルドーには抵抗(レジスト)されるが、俺が狙うのは端から配下だけ。どのみち、ゴルドーは事態の把握に追われ、動きを止めることになる。その隙を衝き、アルマが背後から仕留めればいい。


 残りの配下の停止(スタン)が解除されたら、アルマは撹乱しつつ敵を排除。この際には、無理に数を減らそうとはせず、撹乱に専念してもらう。


 頭を失った賊なんて烏合の衆。統率者がいない状態では、数の利が逆に互いの行動を阻害するようになる。撹乱すれば余計に右往左往して、応戦どころか逃亡もできなくなってしまうことだろう。


 その混乱の中に俺が後ろから合流し、銀ちゃんの広範囲攻撃で退路を断ちつつ更に数を減らしていく。後は逃亡者を出さないよう一掃すれば、ミッションコンプリートだ。


「――という作戦だが、意見や質問はあるか?」


「無い。完璧。それでいこう」


「オーケー。ここからは、思考共有(リンク)で会話をする」


 話術スキル:思考共有(リンク)


 パーティメンバーと念話によって思考を共有するスキルだ。これがあれば、互いが離れていても細かな連携を取ることができる。


『準備はいいか?』


 念話を送ると、頭の中にアルマの声が響いた。


『いつでもいける』


『では、これより作戦を実行する』


 話術スキル:士気高揚(バトルボイス)


 俺の支援(バフ)を得たアルマは、斥候(スカウト)スキル:気配遮断(ステルス)を使う。気配を消し存在を感知され辛くなるスキルが、アルマの存在感を一気に薄めた。スキル練度が高いため、見えている姿が透明のように感じる。


 アルマは気配遮断(ステルス)の状態で下に飛び降り、森の中を疾走する。


 その数秒後、通信が入った。


『配置についた。距離は十メートル。指示があれば、すぐに仕留められる』


『了解。――狼の咆哮(スタンハウル)を使用する』


 俺は思いっきり肺に空気を吸い込み、全開の大声で叫んだ。


「止まれッ!!!!!!」


 単眼鏡を覗くと、狼の咆哮(スタンハウル)が盗賊団を停止(スタン)させたのを確認できた。抵抗(レジスト)できたゴルドーだけが、異変を察し立ち上がる。


指示(オーダー)だ! ゴルドーを殺せ!』


 話術スキル:戦術展開(タクティシャン)


 支援(バフ)によって全能力が25パーセント向上したアルマが、更に速度上昇(アクセル)を使用し、電光石火の速度でゴルドーに迫った。


 斥候(スカウト)スキル:不意討ち(サイレントキリング)

 そして、斥候(スカウト)スキル:隼の一撃(クイックアタック)


 単眼鏡の向こうで、ゴルドーが血の塊を吐き崩れ落ちる。


 奇襲に成功すると与えるダメージが3倍になるスキルと、自身の速度に応じて与えるダメージが倍増するスキルの併用が、後ろからアルマのナイフで貫かれたゴルドーの胸に、大きな風穴を開けていた。


 確殺を重視した、致命傷(クリティカル)を超える過剰殺傷(オーバーキル)


『死亡を確認! 次の指示(オーダー)だ! 俺が到着するまで、敵を撹乱し続けろ!』


 思考共有(リンク)で指示を出すと同時に、枝から飛び降りる。障害物が多い森の中を三百メートルだと、全力疾走して三十二秒といったところだ。


『――二人撃破。三人撃破。四人撃破。五人撃破』


 駆ける俺の頭に、アルマから殺した盗賊を数える報告が届く。その声は止まることがなく、既に十人を超えていた。


 あいつ、殺すのはいいが、撹乱を指示した意味がわかっているのか?


 そのまま殲滅できるならともかく、混乱よりも強い恐怖を与えてしまっては、多数の逃亡者を出すことになる。手負いの獣が狂暴なように、はぐれ野盗は危険だ。改心なんて望めるわけがなく、自棄になった奴らは手当たり次第に誰かを襲うだろう。


 そうなってしまうと、逃亡者を出した俺たちの責任が問われる。だから、盗賊団を潰す時は、皆殺しが絶対の鉄則だ。


 盗賊団のアジト――開けた岩場に到着した。そこで目にしたのは、一切の容赦無く、盗賊たちを屠っていくアルマの姿だ。


「フフフフフフ、アッハハハハハハハハハハッ!!!!」


 逢魔が時、白い死神が狂った笑みを浮かべ、鈍色の凶刃を振るう。哀れな肉袋たちの血と臓物を撒き散らし、瞬く間も無く、その五体をバラバラに寸断する。返り血に汚れることもなく、美しい白のままに……。


「な、なんなんだ、このバケモノは!? く、くるな! くるなああぁぁっ!」


 恐慌状態の盗賊が、悲鳴に似た叫び声を上げる。次の瞬間には、その首が地面を転がっていた。それを見た盗賊たちの半数が怖気づき、我先にと逃げ惑う。


 やはり、こうなってしまったか……。しかも、アルマは完全に血に酔っていて、仲間の俺から見ても、人間とは思えない狂気を発している。


 まあ、問題は無い。既に俺が到着しているのだから。


「おまえら、逃げられると思うなよ! 全員、皆殺しだッ!!!」


 いきなり現れた俺の大声に、その場にいた全員が注意を向ける。


『アルマ、正気に戻れ! 閃光弾を使うぞ!』


『っ!? わ、わかった! ごめん!』


 思考共有(リンク)による新たな指示、そして精神を正常化させる話術スキル:精神解法(ピアサポート)の使用。


 アルマが目を腕で隠したのを確認すると、俺も目を閉じコートから取り出した閃光弾を頭上へと放り投げた。


「ぎゃああああああっ!」


 瞼を開ければ、目を押さえてうずくまる盗賊たち。逃げようとしていた奴らも、目を焼かれたせいで身動きが取れなくなっている。俺は躊躇することなく銀ちゃんを抜き、最も密集している場所へ火炎弾(フレイムバレット)を撃った。


「あついっ、あついいいいぃぃっ!!! うわああああああぁぁぁぁッ!!!」


 魔弾から解き放たれた火炎が、盗賊たちを火だるまにする。目が見えない奴らは事態がわからないまま逃げ惑い、火炎弾(フレイムバレット)の範囲外にいた奴らにも火を届ける。


 阿鼻叫喚の地獄絵図が再現される中、俺はアルマに改めて指示を出した。


『アルマ、中央は俺が殺る! おまえは離れた位置にいる奴らを殺せ!』


『了解!』


 アルマは太ももに備えているケースから針を抜き、大きく振りかぶると一気に投擲する。でたらめに投げたはずの投擲は、だが全てが盗賊たちを射止めていた。


 斥候(スカウト)スキル:投擲必中(パーフェクトスロー)


 投擲武器が自動追尾し、必ず当たるようになるスキルだ。


 目が見えないまま逃げようとする奴も、これで防ぐことができる。この岩場は、檻の無い鳥籠。残りは焦らず、じっくりと真心込めて料理していけばいい。


 俺はナイフを夕日に閃かせ、盗賊たちに一歩ずつ歩み寄った。





 結局、盗賊団は全部で六十四人いた。


 アルマが三十八人、俺が二十六人、逃亡を許した者は一人もおらず、全員が物言わぬ屍となって転がっている。


 その内、二割ほどはゴルドーと同じ根っからの社会不適合者だろうが、大半は貧しい暮らしから逃れようとした犯罪者見習いだ。


 借金をして都市にいられなくなったり、あるいは口減らしのために村から追い出された次男坊や三男坊だったり、望んで犯罪者になったわけではない者たちである。


 皆若く、俺とほとんど変わらない年齢だ。戦闘練度も明らかに低かった。その死に顔には、世の不条理を訴えるような深い憤りと悲しみが見て取れる。


 だが、こいつらが既に盗賊行為に手を染めた身であることも事実。


 盗みだけならまだしも、傷害に殺し、そして強姦、どこにでもいる盗賊らしく、真っ当に生きている者たちの尊厳を踏みにじった極悪人たちだ。


 特にゴルドー盗賊団と言えば、残虐非道で名を馳せた一味。


 襲った村の子どもに小さな剃刀を握らせ、自分の親の身体を死ぬまで一寸刻みさせた話は、帝都にも伝わってきたほど有名だ。だから、『剃刀』という異名をつけられるに至った。


 そんなゴルドー一味にいて、臆したり汚い仕事を拒んだりすることは重罪だ。少なくとも、ここに転がっている奴らは、ゴルドーの洗礼(殺戮ショー)に適応できた者たちしかいない。そうでなかった者は、既に殺されているからだ。


 つまり、経緯はどうであれ、こいつらは殺されて当然のクズということだ。


 むせ返るような血と腸の臭いの中、俺は剃刀ゴルドーの頭を切り落とし、アジトにあった頭陀袋に収めた。


 この首を都市の憲兵団に渡せば、懸賞金をもらうことができる。たしか、剃刀ゴルドーの懸賞金は二百万フィルだったか。生首を持ち歩くのは最悪の気分だが、二百万のために我慢するしかないだろう。


「見つけた。ノエルが言ってた通り、結構持ってた。ちょうど百万フィル」


 アルマが革袋を掲げて歩み寄ってくる。ゴルドーの頭を処理している間、アルマにはゴルドー盗賊団の金を探ってもらっていた。


 村を襲撃して日が浅いため金を持っているのは当然として、頭が大物賞金首のゴルドーなら資金管理も完璧だろうと予想していたが、その通りだったようだ。


 これが普通の盗賊団だと、とっくに戦利品の大半は仲間内で分散し、各々の欲に消えていたに違いない。分配金を厳しく管理しながら、大勢の荒くれ共の忠誠心を損なわず組織を運営することは、並みの盗賊団の頭には持ちえない能力だからだ。


 剃刀ゴルドー、その大物賞金首としての手腕は本物だった。


「それはアルマが持っていろ。今回の分配金だ。初任給だから多めに分けてやる。村からの報酬とゴルドーの首の分は、俺が管理しておくが構わないな?」


「オッケー。へへへ、百万フィル! 揚げ饅頭いっぱい食べられる!」


 村長には盗賊団の持ち物を全て譲るという約束だったが、それは村長の話が本当だった時のこと。蓋を開けてみれば、盗賊団の数は三倍で、しかも頭は名うての犯罪者である剃刀ゴルドーだった。その差額として、ゴルドーが隠し持っていた金は、俺たちがもらっておく。これは当然の権利である。


 だいたい、このことは、村長も知っていたはずだ。俺たちに依頼を出す前に、ゴルドー盗賊団に滅ぼされた隣村の惨状を目の当たりにしただろうし、それを行った盗賊団の異質さは素人目でも理解できたに違いない。


 だが、そんな情報は無かった。あのエロハゲ親父は、安い報酬で依頼を引き受けさせるために、伝えて然るべき情報を秘匿したのだ。


 国が管理する深淵(アビス)関係の仕事と異なり、個人間の依頼はトラブルの宝庫。今回はパーティの実力を試すために最後まで遂行したが、本来なら話と違った時点で依頼を破棄して帰るべき案件だった。


 ある程度こうなることは予想していたが、実際に騙されると腹が立つ。


「はぁ、さっさと深淵(アビス)関係の仕事に戻りたい……」


「でも、結構儲かったよ。盗賊団狩りも悪くない」


「結果的にはな。だが、今回みたいな仕事を続けるのは安定性���欠けるし、なにより楽しくない。人間を殺すのは、やっぱり嫌だからな」


「え、ノリノリじゃなかった?」


「人を殺人狂みたいに言うな。戦闘時だから無理矢理に昂らせていただけだ。同族を殺して平気なわけがないだろ。……はぁ」


 ため息の数だけ幸せが逃げるというが、抑えるのも億劫な気分だ。


 せめて、あと一人、壁役(タンク)が仲間になれば、また深淵(アビス)に潜ることができるというのに……。


 まあ、悪いことばかりじゃない。アルマを仲間にできたのは僥倖だったし、盗賊団の討伐も結果的にはかなり儲かった。


 少しずつ、少しずつではあるが、また前に進み始めている。


 ふと上を見ると、群青色に染まりつつある空を、大きな船が横切っていった。


「おお~、飛空艇!」


 同じく空を見上げたアルマが、はしゃいだ声を上げる。


 飛空艇、それは魔工文明最大の発明品。悪魔(ビースト)を素材にした、特殊な飛行機関を有する、空飛ぶ大型船である。王侯貴族を中心に、人や物資の運搬を目的として利用されている代物だ。


「あの形状と色からして、七星(レガリア)の三等星、黒山羊の晩餐会(ゴートディナー)のクラン艇だな」


 俺が呟くと、アルマは首を傾げた。


「れがりあ? れがりあってなに?」


「なんだ、七星(レガリア)を知らないのか。七星(レガリア)ってのは、端的に言えば皇帝が実力を認めたクランのことだ」


 パーティの上位組織であるクラン。その中でも、他を圧倒するほど多大な功績を挙げたクランには、皇帝より直々に勲章の授与が行われる。


 それが、七星(レガリア)。帝都に燦然と輝く七つの星。


 授けられた勲章は飾りではなく、大貴族並みの強大な権限を得ることになる。本来、王侯貴族以外の所有が禁止されている飛空艇の所持も、その特権の一つだ。


七星(レガリア)の席は七つ。全員が同格ではなく、下から三等星席が四つ、二等星席が二つ、一等星席が一つ、という序列が定められている。さっきのクラン艇は、その内の三等星、黒山羊の晩餐会(ゴートディナー)が所有しているものだ。帝都の方角に向かっているから遠征帰りだろうな」


「へぇ~、それは凄い。じゃあ、あの飛空艇は、強い探索者(シーカー)でいっぱい?」


「強いだけじゃない。知力、経験、財力、勇気、どれを取っても最上級の探索者(シーカー)たちだ。そこらへんにいる探索者(シーカー)では比較にもならない」


 黒山羊の晩餐会(ゴートディナー)のクラン艇は、既に宵色の空の端で小さくなっていた。俺は無意識にその方角へと手を伸ばす。


 まだ、こんなにも遠い。天翔ける翼を持つ者たちにとって、今の俺は地を這う一匹の虫けらでしかない。

 だが、いつかは――


 いや、違う。いつかなんて曖昧な目標じゃ駄目だ。


「……一年だ」


「え、なにが?」


「一年で、あれを手に入れるぞ」


 我ながら無謀に近い抱負。だが、全ての探索者(シーカー)の頂点に立つためには、それぐらいの覚悟が必要だ。


蒼の天外(ブルービヨンド)は、一年で七星(レガリア)になる」

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