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第13話 触りたくなるイイ身体

 街道を駅馬車が駆けていく。


 帝都からミンツ村まで、片道約十時間。途中乗り継ぎが必要であるため、今日はそこで宿を取り、明朝に再出発する予定だ。

 遅くとも、明日の昼にはミンツ村に入れるだろう。


「お尻がごわごわ……。馬車は苦手……」


 駅馬車が中継地点の街ユドラに到着した。


 歩道に降りたアルマは、尻を揉みながら嘆息する。尻が痛いのは俺も同じだ。既に日は沈み星輝く夜。七時間も駅馬車に揺られたせいで、尻は痛いし酔って吐き気もする。


 最悪の気分だ。さっさと風呂に入って寝たい。


 俺たちはげんなりとしながら、夜の街で宿を探した。


「悪いね、兄ちゃん。空いている部屋は一つしかねぇんだわ」


 交通の要所だけあって、ユドラの宿はどこも満杯だった。せっかく泊まれる宿を見つけても、一つしか部屋が無いのだから困ったものだ。男と女が同じ部屋に泊まるのは、健全なパーティを目指す俺にとって、あまり好ましくない。


「アルマ、部屋はおまえが泊まっていい。俺は納屋を借りて、そこで寝る」


「え、一緒に寝ればよくない?」


「男女が同じ部屋で寝るのは問題だろ」


「気にし過ぎ。もしかして、照れてるの? 可愛い」


「いや、照れているわけじゃないが……」


 ただ、気にし過ぎなのは、その通りかもしれない。同じパーティメンバーである以上、性を理由に特別視するのは、相手のためであろうと本来は失礼にあたる。同衾しても互いを気にすることなく眠れるのが、正しい探索者(シーカー)の在り方だ。


 どうやら、前のパーティが男女トラブルを抱えていたせいで、気がつかないうちに思考が偏っていたらしい。ここはアルマが言うように、気にせず同じ部屋で寝るとしよう。


 チェックインを行い鍵を受け取ると、食堂へ向かった。身体は疲れているが、腹も減っている。旅先の美味い飯に舌鼓を打ち、明日への英気を養いたいところだ。


 だが、この宿の食事は酷い味だった。久々に不味い飯を食べたせいで、頭痛に襲われたほどだ。山籠もりしていたアルマですら、あまりの不味さに頭を抱えっぱなしだった。


 俺たちは無言で不味い料理を胃に押し込み、それから自室へと入った。


「食事は酷かったけど、部屋は良い」


 アルマは部屋を見渡し、ほっと息を吐く。


 室内は清潔で、壁や床の染みも無い。ベッドも見るからに柔らかそうで上等なものだ。家具や調度品も洒落ているし、お香も焚かれている。


「部屋まで酷かったらどうしようかと思っていたが、これなら安眠できるな」


「うん。シャワー、先に入っていいよ」


 お言葉に甘えて、洗面室へと向かう。そこで装備と服を脱ぎ、浴室へと入った。浴室は広く、大きな湯船も設えてある。風呂に入るのも悪くないが、明日も早いためシャワーで我慢しよう。


 蛇口を捻り熱いシャワーを浴びると、一気に身体が弛緩した。湯量も多く、頭から浴びているだけで疲れが取れていくようだ。遠征で宿に泊まると、湯量の少ないシャワーも多いが、この宿は当たりだな。不味い飯さえなければ、最高の宿だ。


 全身を念入りに洗い終わった後、服を着て寝室に戻る。


 寝室では、アルマが柔軟体操をしていた。その身体は柔らかく、百八十度開脚で前屈をしても、上半身が床にぴったりとくっついている。


「ノエル、シャワー終わったの?」


「ああ、良い湯だったよ。アルマも入るといい」


「そうする」


 アルマは前屈状態から倒立前転して立ち上がった。俺も身体の柔らかさに自信がある方だが、アルマと勝負したら負けそうだな。


「やっぱり、コートを脱ぐと、鍛えられていることがよくわかる」


 シャツ一枚になっている俺の上半身に、アルマの視線が注がれる。


「素晴らしい。グレート。まるで野生の獣のよう。無駄が無くて良い筋肉」


「そ、そうか。それはどうも」


「少し触っていい?」


「まあ、少しなら……」


 承諾すると、アルマは俺の身体を触り始めた。揉んだり、指先で撫でたり、無遠慮に触ってくる。くすぐったくて笑ってしまいそうだ。


「おまえ、少しじゃなかったのかよ。そろそろ怒るぞ」


「そうだった。ここらへんにしておく」


 アルマは名残惜しそうに、俺から手を離す。


「良い体験ができた。ありがとう」


「どういたしまして……」


「本当に良い身体をしている。��…だから、残念」


「残念って、なにが?」


「その身体を作るには、不屈の努力が必要。並大抵の鍛え方じゃ、そうはならない。でも、ノエルがどれだけ鍛えても、本職の前衛には敵わない。所詮は、才能が伴わない、努力だけの成果。だから、残念。もし、ノエルの職能(ジョブ)不滅の悪鬼(オーバーデス)と同じ戦士なら、最強の探索者(シーカー)にもなれたのに」


 ストレートにぶつけられた言葉に、俺は一瞬呆然としてしまった。


「……アルマ」


「なに?」


「目を閉じろ」


「え? こう?」


 指示通り目を閉じるアルマ。その無防備な額に、デコピンを食らわせる。


「いたいっ! なんで!?」


「余計なお世話を言うからだ」


 俺は舌打ちを一つしてベッドに横たわり、洗面室を指差す。


「先に寝るから、さっさと風呂に入ってこい」


「むぅ……わかった……」


 アルマが洗面室へと向かうと、ため息が自然に漏れた。


「そんなこと、俺が一番わかってんだよ……」


 職能(ジョブ)という才能が足りないのは、百も承知。それでも、俺にできることは、諦めず努力を続けていくことだけだ。


 祖父との約束を守るために、そして、俺自身の夢を諦めないために……。例え、報われない可能性があるとしても、絶対にこの足を止めるつもりはない。


 目を閉じて明日のことを考えていると、浴室から湯船に水を張る音が聞こえてきた。どうやら、アルマは風呂にも入るらしい。


「あいつ、ちゃんと明日起きられるんだろうな……」


 ミンツ村へと向かう駅馬車は、朝の八時と昼の三時の二本しか出ていない。だから、早朝の駅馬車を逃してしまえば、この街で時間を潰さなくてはいけなくなる。


 そんな俺の心配をよそに、浴室のアルマはご機嫌な様子で歌を歌っていた。 


 優しいメロディに、穏やかな歌詞。心が休まる歌だ。横になって聞いていると、次第に意識が手元から遠のいていくのがわかった。


「――絶対に負けない探索者シーカーになれ。シュトーレン家の名に恥じない男になれ。それが儂の願いじゃ」


 夢の中で、爺ちゃんの声がする。あの日から、何度も繰り返して見てきた夢だ。焦土と化した故郷の村、俺の腕の中で冷たくなっていく爺ちゃん。


「……約束する、爺ちゃん。俺は、最強の探索者シーカーになる」


 そして、爺ちゃんに決意を告げる俺。


 この夢を見る度に、冷たい悲しみと、燃えるような情熱が、心に渦巻く。寒暖差が強く激しい風を生むように、全てを飲み込むような強い意思が生まれる。


 俺は絶対に、最強の探索者(シーカー)になる、と。


 かすかに小鳥の囀る声がした。朝が訪れた報せだ。何度も見た夢だからか、ずっと俺の意識は明確だった。夢が終わる。瞼を開ける。新しい一日が始まる。


「…………んんっ。……うん?」


 最初に感じたのは、息苦しさ。そして、顔を包む花の香りと柔らかな感触。温かく妙に湿っぽいそれが、人肌であることを理解した瞬間、俺は飛び起きた。


「この馬鹿女……」


 俺の隣では、アルマが安らかな寝息を立てていた。それは、構わない。元から一つのベッドで寝る予定だったんだ。


 問題なのは、そのアルマが全裸で寝ていることだ。身体にタオルを巻いているわけでもなく、一糸纏わぬ生まれたままの姿。つまり、俺の顔を包んでいたのは、アルマの無駄に大きい生乳だ。どうやら、抱き枕代わりにされていたらしい。


「気にしないにしても、限度があるだろうが……」


 寝起きが理由ではない眩暈がする。俺だから自制できるが、これがもし他の男だったら大問題だ。男は単純な生き物。普通は生乳に顔を埋められたら、一発で落ちてしまう。そうなった時に発生するだろうトラブルを考えると、眩暈どころか頭痛さえしてきた。


「んん……揚げ饅頭が、いっぱい……ふへへ……」


 頭を抱えていると、アルマは幸せそうな寝言を呟く。


「そのまま揚げ饅頭に埋もれ死ね!」


 我慢の限界を超えた俺は、アルマの胸に平手打ちを振り下ろしたのだった。





「女の子のおっぱいを叩くなんて、信じられない……」


「黙れ、悪いのはおまえだ」


「ノエル、そういう趣味? お姉ちゃん、ちょっと怖い」


「黙れ、おまえは俺のお姉ちゃんじゃない。――お、見えてきたぞ」


 早朝の駅馬車には無事に乗ることができた。古びた駅馬車が悪路を駆けること三時間、俺たちはやっと目的地のミンツ村に到着した。


蒼の天外(ブルービヨンド)の皆さん、お久しぶりです! この度は急なお願いにも拘らず、よく来てくださいまし……た?」


 出迎えてくれた髪の薄いオッサン――村長は、俺たちを見て首を傾げる。


「あ、あの、他の方たちは?」


「前にいた三人は脱退した。これが今のメンバーだ」


「え? ……そ、その、大丈夫なんですか?」


 村長が心配するのも無理はない。討伐者がたった二人だけでは、不安になるのも当然の感情だ。また、俺とアルマは素人からすると強くは見えないタイプなので、余計に困惑してしまっているのだろう。


 だが、本当に討伐が不可能なら、片道十時間もかけてやってきたりはしない。きちんと勝算はある。九割九分勝てる見込みだ。


「村長、安心しろ。今日中に盗賊団を皆殺しにしてやる」


「み、みなごろし……」


 俺の物騒な言葉に、村長はぎょっとした。


 こういう時は、探索者(シーカー)としての荒々しさを強く出すぐらいがちょうど良い。その方が依頼主も安心できるというものだ。現に、村長の顔からは、不安の色が消えていた。


「わ、わかりました、全てお任せ致します。では、詳しい話をお伝えしますので、どうぞ我が家にお出でください」


 ミンツ村は、どこにでもある辺境の村だ。名産も無く、領主もよくいる無能なタイプで、村人たちの生活が楽になることはない。案内された村長の家も、お世辞にも立派とは言い難い木造の建物だった。


「どうぞ、粗茶ですが」


 応接間に通されテーブルに着くと、村長の奥さんがお茶を出してくれた。


 その後ろには娘もいる。たしか、今年で十歳になったはずだ。お下げ髪で顔にはそばかすだらけ。いかにもな田舎娘だが、目鼻立ちは悪くない。大人になってお洒落の一つでも学べば、この村のマドンナになることはできるだろう。


 一年前に遊んであげたことを思い出し、懐かしい気もちで見ていると、それが恥ずかしかったのか、女の子は家の奥へと走り去っていった。


「すいませんね、難しい年頃で……。本当は、蒼の天外(ブルービヨンド)の皆さんが来てくださるのを、楽しみにしていたんですよ」


 村長が申し訳なさそうに頭を下げるので、俺は苦笑した。


「それは悪いことをしてしまったな。うちで一番人気だった元リーダーも今はいない。さぞかし残念がっているだろう」


「いえ、娘がよく話していたのは……まあ、その話は置いておきましょう。それでは、盗賊団について説明させて頂きます」


 村長の話によると、盗賊団が近郊に出現したのは五日前。既に隣の村が被害に遭っており、死傷者多数、金品食料も根こそぎ奪われ離散状態とのこと。


 盗賊団の数は約二十人。ここらでは見ない顔で、おそらく流れ者らしい。アジトの特定はできていないが、東の森に消えて行くのを村人が目撃したと言っている。


「わかった。それだけ聞ければ十分だ」


 仮に村長の話を鵜呑みにするなら、余裕で殲滅できるな。


 二十人という中途半端な人数で隣村を蹂躙できたのは、村の抵抗を押し切れるだけの手練れが何人かいるからだろう。だが、それを差し引いても、楽な仕事に変わりはない。所詮は弱者を獲物とする盗賊団。その戦闘能力は、プロの探索者(シーカー)と比べて数段劣る。


 もちろん、だからといって慢心する気は無い。依頼を受けた以上、全力で殲滅するのが探索者(シーカー)の流儀だ。


「ここからは報酬の話だ。二十人規模の賊を殲滅する場合、前金で二十万フィル、成功後に更に三十万フィル、合計で五十万フィルを貰うことになる」


「五十万フィル……結構しますね……」


「二十人殺してもらって五十万フィルなら、破格だと思うがな。なにしろ、一人頭二万五千フィルだ。それとも、金を惜しんで、隣村と同じ目に遭うか?」


「い、いえ、そんなつもりは! は、はらいます! すぐに払います!」


 村長は応接間から足早に出ると、すぐに汚い革袋を持ってきた。


「この中に二十万フィル入っています。ご確認ください……」


 革袋を受け取り中の硬貨を数える。金貨は一枚も無く、銀貨と銅貨が半々だ。しかも土や垢で汚れて黒ずんでいる。どうやら、暮らしぶりは見た目以上に厳しいらしい。


 だが、こちらも命を懸けた商売。情に絆されるわけにもいかなかった。


「たしかに、二十万フィルあるな。残りは、仕事が終わったら貰う。ああ、それと、村の青年団を集めておけ」


「青年団を? なぜです?」


「俺たちが盗賊団を討伐したら、その持ち物を集めるんだ。二十人規模の盗賊団では、装備を剥がして売っても大した額にはならないだろうが、村を襲撃したばかりだから金はそれなりに持っているはずだ。少しでも実入りがあれば助かるだろ?」


「わ、わかりました! すぐに招集します!」


 金が入るかもしれないとわかった村長は、脂ぎった顔を更に輝かせた。


 本来、討伐対象の持ち物の扱いは、パーティやクランによって異なる。もっとも、大半が討伐者に所有権があるという方針で、依頼主に譲ることはない。帝国の法律も、事前に契約書での取り決めがない限り、所有権は討伐者にあると定めている。


 俺としても、得られる金は少しでも多い方が良い。だが、死体から持ち物を回収するのも骨が折れるし、なによりパーティの力を試す目的で受けた依頼なのだから、いつもみたいに拘らずミンツ村に譲るべきだろう。


「さっそく出発する。気楽に待っているといい」


 俺たちは村長邸を離れ、賊の目撃情報があったという東の森を目指す。


「あの薄らハゲ、ボクのおっぱいをガン見してた」


「え��本当かよ」


 歩きながら、アルマが顔をしかめて言う。


「本当。奥さんや娘もいるのに、気もち悪い」


 そういえば、タニアも似たようなことを言っていたな。視線がいやらしくて気もち悪い、とぼやいていた記憶が蘇ってくる。


 見目麗しい女を注目してしまう気もちもわかるが、アルマが言うように責任ある立場なのだから、自重してほしいものだ。


「ノエルさん!」


 名前を呼ばれて振り返ると、村長の娘が息を切らせて走ってきた。


「はぁはぁっ…………あ、あの、今から討伐に行かれるんですよね?」


「ああ。さっさと終わらせてくるから、安心するといい」


「そうですか……そ、その……が、がんばってくださいっ! 応援してます!」


「え? ああ、ありがとう」


 いきなり応援されたものだから、面食らってしまった。だが、悪い気はしない。子どもの素直な好意は、こそばゆくも嬉しいものだ。


「一年前に教えた竹とんぼの作り方、まだ覚えているか?」


「はい! もちろんです! 子どもたちの中でも、私の作った竹とんぼが一番高く飛ぶんですよ! ビューンって!」


「それは大したもんだ。俺も教えた甲斐があるよ」


 俺が微笑むと女の子は顔を赤くし、スカートのポケットから竹とんぼを取り出した。少し日焼けしていて、新品には見えない竹とんぼだ。


「これ、ノエルさんに作ってもらった竹とんぼです。あの日から、ずっと大切にしていて……その……えっと……わ、私の宝物なんです! だから、待ってますね! お母さんと一緒にご馳走を作って、ノエルさんが帰ってくるのを!」


 最後の方は早口で言って、女の子は来た道を走っていく。その後ろ姿を見送っていると、視界の隅でアルマが意味深な笑みを浮かべていた。


「……なんだよ、その笑顔は?」


「ノエルもなかなか隅に置けない。あんな無垢そうな女の子を手玉に取るなんて。可愛い顔してエゲつない。お姉ちゃん、びっくり」


「黙ってろ、ムダ乳バカ女」


「ムダ乳バカ女!? それ、ボクのこと!?」


「つまんないこと言ってないで、盗賊団を見つけに行くぞ」


「ノエル、待って! お姉ちゃん、それは聞き捨てならない!」


 先に進む俺の後ろでアルマは憤慨していたが、面倒だから放っておく。


 ミンツ村を出て、俺たちは深い森の中へと足を踏み入れた。暗く冷たい森を歩きながら、俺はずっと気になっていたことを考える。


 あの女の子、名前なんだったかな? と。

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