第12話 本物の天才
「
俺たちは帝都を出て、近くにある森に来ていた。針葉樹が鬱蒼と茂るこの森には、たくさんの野生動物が住んでおり、帝都に住む狩人たちにとって絶好の狩場となっている。
獣道を歩きながら俺が質問をすると、アルマは首を捻った。
「正直、あまり詳しくは知らない。個人の戦闘能力が低い代わりに、強力な
「大雑把に言えばそうだな。だが、
「他の役割って?」
「そもそも、
「それはおっかない」
「そう、非常に危険だ。だから俺たち
「なら、どうするの?」
「簡単な答えだ。
俺の説明に、アルマは感心して何度も頷いた。
「面白い。とっても面白い。でも、凄く難しそう。ただ戦闘を指揮するだけじゃなくて、ずっと先も見通せないと、その戦い方は不可能」
「だから、まともに戦える
「でも、ノエルにはできるんでしょ?」
「できなければ、とっくに死んでいるよ。――よし、ここにしよう」
立ち止まった場所は、森の奥の開けた広場。その中央には、神秘的なコバルトブルーの湖がある。動物の糞や足跡が見られることから、野生動物たちの水飲み場となっている場所のようだ。集中して気配を探ると、穴倉や草陰に潜む息づかいが、いくつも感じ取れた。
「今からアルマには、ある
「
兎と言えば可愛い毛だるまだが、奴らには人を刺し殺せるほど鋭い角がある。しかも好戦的な性格で、巣穴の近くを獲物が通ると、急に飛び出して串刺しにするのが習性だ。
「なんで、
「食べない。捕まえるのは実験のためだ」
「実験って?」
「ただ捕まえてもらうだけではなく、アルマには俺の
「
侮られていると思ったのか、アルマはむっとした顔になった。
「たしかに、アルマの実力なら、危険な
「簡単なことが、もっと簡単になる」
「そう思うか? たしかに、
「あ。……なるほど」
アルマは俺が言いたいことを理解したようだ。
「
「ある。速度を倍増させるスキル。重ね掛けできて、ボクは五倍までいける」
五倍まで可能か。流石だな。Cランクだと、普通は良くて三倍までだ。
「そのスキルは最初から使いこなせたか?」
「無理。一気にスピードが上がるから、長く訓練して身体を慣らさないといけない。じゃないと、筋肉が千切れたり骨折したりする」
「自分のスキルですらそうなんだ。他人の
つまり、実験とは、俺の
アルマはどうだろうか?
個人の能力自体はずば抜けているが、それと早く
「この付近に、何匹の
俺が尋ねると、アルマは目を閉じ耳を澄ませる。
「付近二百メートル圏内だと、十三匹」
「なら、実験には事欠かないな。
「理解した」
「では、これより実験を開始する」
話術スキル:
俺の宣言と合わせて付与した
「気分はどうだ?」
「不思議な感覚。身体の奥底から活力が無限に湧いてくる」
「まず、
「つまり、簡単には疲れない、ってこと?」
「その通り。そして、次に使うスキルが本命だ。話術スキル:
俺はアルマがスタートしやすいよう、距離を取った。
「
「了解。――でも、ちょっとだけタイム」
アルマはローブを勢いよく脱ぎ捨てた。ローブの下に着ていたのは、白いレオタード状のレザースーツ。胸元が露出している煽情的なデザインだ。しかも、コルセットベルトを巻いているせいで、アルマの大きな乳房が余計に強調されている。
一見すると防御力が皆無の服だが、おそらく材質は
手にはロンググローブ、足にはロングブーツが装備されている。そして、その腰のベルトに通されているホルダーには、大振りのナイフが納められていた。
他にも、小さなアイテムポーチや、投擲用の針が入ったケースを身に着けている。露出が多いせいで派手な姿に見えるが、その実態は
「これで動きやすくなった。ばっちこい」
俺は左の袖をまくり、腕時計のストップウォッチボタンに触れた。
「準備が終わったなら、
「了解。――
アルマが五倍の速度に達したのと同時に、俺は叫ぶ。
「
その瞬間、突風が巻き起こり、アルマの姿が掻き消えた。
ストップウォッチボタンを押した時計の針が、コンマ単位で時間を刻んでいく。――二秒経過。三秒経過。四秒、五秒、六秒、七秒、八秒――
「ただいま」
アルマの声が聞こえた瞬間、俺はストップウォッチを止めた。
「はい、
俺の背後から突風を伴いながら帰ってきたアルマが、両手いっぱいに抱えた
「全部で十三匹。気絶させてある」
「……十三匹? まさか、全部捕まえてきたのか?」
「そう。あれ? 一匹だけってルールだっけ?」
「いや、一匹以上だから、ルールを破ってはいないな」
「良かった、安心した。それで時間は?」
「八秒六だ」
「時間内だね、やった。全部捕まえちゃったけど、実験はまだ続ける?」
首を傾げるアルマに、俺は苦笑した。
「いや、実験はこれで終わりだ。この結果なら訓練もいらないな」
まったく、大した奴だよ。初めてで、難なく
これが、伝説を継ぐ、ということか……。妬ましいね……。
「アルマの訓練が必要無くなったから、予定が空くことになった。そこで、パーティとして仕事を受けようと思う」
「おお、初仕事。
「残念ながら、
懐から一通の手紙を取り出し、それをアルマに見せる。今朝方、フクロウ便で遠方から届いたものだ。紙質は悪く、少し馬糞の臭いがする。
「ううん? えっと、拝啓ノエル・シュトーレン殿。我がミンツ村の近郊に、盗賊団が現れました。つきましては、その討伐を貴殿に依頼したく存じます。ミンツ村、村長より」
手紙を読み終わったアルマは、訝し気な顔で見上げてくる。
「盗賊団?」
「そう、俺たちの初仕事は、盗賊団の討伐だ」
†
†
前者二つは滅多にある仕事ではないが、後の二つは一般的なものだ。どれだけ潰しても湧いてくる
もちろん、その報酬額は
前メンバーの時も、最初から
この手の依頼は、中央広場の掲示板に直接貼られている。依頼主は様々だが、大体が集落からのものだ。
領民を守るべき領主は、いつだって仕事が遅い。領主の助けを待っていては、その前に集落は大打撃を被るし、最悪滅びてしまう。だから、自分たちで
ミンツ村の村長との繋がりも、そうした依頼を受けた時のものだ。その時の依頼内容は、
約束を覚えていたミンツ村の村長は、問題を速やかに解決するためにも、俺たちに直接依頼を出した方が早いと判断したのだろう。
本当なら、断りの手紙を出すつもりだった。だが、アルマの訓練が必要無くなったことで、パーティ活動をする余裕が生まれた。
報酬にはあまり期待できないが、新しいパーティの力を試すには、ちょうど良い依頼だ。善良な村人を困らせる悪人から、その代償を取り立てるとしよう。
つまり、奴らの全てだ。