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第10話 期待の新人は伝説の後継者?

 パーティメンバーを募集する時に一番効果的なのは、中央広場の掲示板に求人広告を貼ることだ。あとは、新聞の広告欄に掲載を依頼する方法もある。


 パーティを探している探索者(シーカー)は、そこから募集主の情報、条件、待遇を吟味し、希望と合致するようなら面接へと向かう。


 俺が指定した面接場所は、猪鬼オークの棍棒亭。


 楽しく飲み食いしながら面接をしたいわけではなく、探索者(シーカー)の酒場は探索者(シーカー)の格によって入店制限があるためだ。一般的な足切り方法で、指定した店に入店できることが最低条件だということを暗に伝えている。


 時刻は朝の十一時。既に客は多いが、騒がし過ぎることもなく、面接をするのに差支えは無い。あとは希望者が現れるのを待つだけなのだが――。


「どうせ、誰も来やしねぇって」


 無断で俺のテーブルに座り勝手なことをほざくのは、紫電狼団(ライトニング・バイト)のリーダー、ウォルフだ。


「さっきからうるさいぞ。面接の邪魔だ」


「面接ぅ? だから、誰も来ないって。だって、この店に入れるレベルの探索者(シーカー)で、パーティやクランに入っていない奴なんていねぇもん」


「それは、おまえの知っている範囲のことだろ?」


「まあ、隠れた逸材がいる可能性もゼロじゃないが、可能性は低いね。いたとしても、何らかのトラブルを抱えているだろうな。ソロで活動している奴なんて、大体そうだと相場が決まっている。そんな奴と、まともなパーティを組めるのかよ?」


「おまえが気にすることじゃない。いいから、さっさと失せろ」


「つれねぇこと言うなよ。ノエルだって一人じゃ寂しいだろ?」


 ウォルフは俺の肩に馴れ馴れしく手を回し、人懐こい笑みを浮かべる。


「だからさ、俺んところ来いよ。歓迎するぜ?」


「……はぁ~」


 このため息は、何度目だろうか?


 つまるところ、ウォルフが面接の邪魔をしてくるのは、俺を紫電狼団(ライトニング・バイト)にヘッドハントしたいからだ。店に入ってきてからずっとこの調子で、何度断ってもしつこくまとわりついてくる。


 いい加減うんざりだ。肩に回された手を払い除ける気力も湧かない。


「そのへんにしときなよ、ウォルフ。ノエルが困ってんじゃん」


 呆れた声が隣のテーブルから投げられた。


 声の持ち主はエルフの女。エルフらしい凛とした美貌と、ツーサイドアップにした金髪が特徴的な彼女は、ウォルフの仲間だ。


 よほど回避能力に自信があるのか、着ている服は袖無しブラウスとスカートという軽装で、防具らしい防具は革の胸当てしか着けていない。弓使いのリーシャ、この猪鬼オークの棍棒亭でも名が通っている探索者(シーカー)である。


 そのリーシャに同調する声が次々と上がった。


「俺に任せろ、と言うから任せたら、ヘッドハントじゃなくて嫌がらせじゃないか。そんな誘い方じゃ誰も仲間にはなってくれんよ」


「ウォルフは頭が可哀想だからなぁ。ゴリ押し以外に作戦が無いんだよね」


「ノエル君、かわいそ~。ウォルフ、きも~い」


「そんなんだから、花屋の娘にフラれるんじゃよ」


 皆、ウォルフの仲間で、紫電狼団(ライトニング・バイト)のメンバーだ。隣のテーブルに座り経緯を見守っていたようだが、これ以上ウォルフに任せても無駄だと判断したらしい。できれば、もっと早く察してほしかった。


「おまえら、うるせぇぞ! あと、さらっと俺がフラれたことを暴露するんじゃねぇっ! 俺の交渉術はこっからが本番なんだよ!」


 え、まだ続くの? 勘弁してくれよ……。


「……ウォルフ」


「お、どうした? 仲間になる気になったか?」


「気が変わった。条件次第では仲間になってやってもいい」


「おおっ、マジか! ほら、聞いたかおまえら! これが俺の交渉術だ!」


 ウォルフが立ち上がって喜ぶと、リーシャが蹴ってこかした。


「あだっ! 何すんだ!?」


「ウォルフは邪魔だから、そこで伏せ」


 リーシャはウォルフを冷たくあしらい、俺に向き直る。


「それで条件って? ウチらがノエルを欲しいのは本当だから、可能な限りは聞くよ。今のメンバーに優秀な司令塔が加われば、もう怖いもの無しだもん」


「別に難しい条件じゃない。簡単なものだ」


「なになに? 教えて教えて?」


 腰を曲げて顔を近づけてくるリーシャ。


 なぜ、顔を近づけてくる? エルフ流のコミュニケーションか? ていうか近いな、おい。吐息がかかるどころか、まつ毛の数を数えられる距離だぞ。


「条件は、ただ一つ」


「ふんふん」


「俺が、紫電狼団(ライトニング・バイト)のリーダーになることだ」


「え、いいよ? みんなも、いいよね?」


 リーシャの言葉に、他のメンバーたちも頷く。


「構わないぞ」


「僕もいいよ」


「あたしも~」


「儂もじゃ」


 全員が即答したところで、ウォルフが慌てて立ち上がった。


「おまえら、なんで即答してんの!? ていうか、俺の意向は!? 俺がリーダーなんだよ!? 勝手に決めちゃダメだろ!」


「だって、ウォルフよりノエルの方が頭良いし。ウチらは別に誰がリーダーでも構わないし。ほら、何も問題無いじゃない」


 リーシャが断言すると、つられてウォルフも頷く。


「そう言われると……たしかに。…………って、問題しかねぇだろうが! 俺がリーダー! 紫電狼団(ライトニング・バイト)創ったの、俺だから!」


 そのノリツッコミに、どっと笑いが起こり、ウォルフは更に茶化されていく。


 仲間たちが、ウォルフのことを蔑ろにしているわけではない。むしろ、信頼しているからこその茶番だ。本気でリーダーを挿げ替える気なんて誰にも無い。


 だが、俺にとっては、冗談ではなく本気の条件だった。


 誰の下にもつかない、という俺の意思は、ウォルフにも伝わったはずだ。その証拠に、もうウォルフが絡んでくることはなく、仲間たちと軽口を叩き合いながら酒を飲んでいる。


「残念だなぁ。ノエルと冒険したかったのに」


 席に戻らなかったリーシャが、テーブルに顎を乗せて口を尖らせた。


「でもさ、仲間を集められなかったらどうするの?」


「その時はその時。募集からヘッドハントに変えるだけだ」


「ヘッドハント? 誰か当てでもあるの?」


「まあ、一応な」


 仲間にする前に解決しないといけない問題はあるが、もしヘッドハントが成功すれば大きな戦力となるだろう。なにしろ、たった一人で、在りし日の蒼の天外(ブルービヨンド)を凌ぐ力を持っているのだから、破格としか言いようがない。


 傀儡師(くぐつし)――ヒューゴ・コッペリウス。


 今後どうなるにしろ、是が非でも手に入れたい男だ。


「へぇ、どんな人なの? ウチも知っている人かな?」


「企業秘密」


「え~っ! なにそれ! 教えてくれてもいいじゃん、ケチ!」


 ウォルフほどじゃないが、この女もウザ絡みしてくるタイプだな……。


 どうやって追い払おうか考えていた時、不意に囁くような声がした。


「キミが、ノエル・シュトーレン?」


「うぉっ!」「ひゃっ!」


 その声はあまりにも突然で、俺とリーシャは驚きのあまり軽く飛び上がってしまった。全く気配が無かったのだ。それこそ声と共に現れたかのように、俺の前にはローブのフードをかぶった背の低い人間が立っている。


 いや、俺だけならともかく、気配察知能力に長けた弓使いのリーシャまで気がつかなかったのだから、本当に別空間から現れたのかもしれない。


「……俺がノエルだ。そういう、おまえは?」


「ボクは――」


 フードが脱がれ、紫がかった銀髪が露わになる。


 女だ。襟足辺りの長さで切り揃えられた艶やかな銀髪。陽に焼けた小麦色の肌。陶器人形(ビスク・ドール)のように整った顔立ち。左目がサファイア色、右目がアメジスト色の、オッドアイ。


 ハーフリングほどではないがかなり背が低いため、一見では子どものようにしか見えない。ただ、よくよく見れば成人した女の色香がある。頬のシャープさや綺麗に通った鼻筋は、成長し切っていない子どもだと見られない特徴だ。


「アルマ。中央広場の募集を見て来た」


 やはり、応募者か。状況的に、そうだろうなとは思っていた。


 だが、女か……。前回の件を考えると、あまり好ましくないな。女を入れることで、またぞろ恋愛トラブルが発生するようでは困るからだ。


 可能なら男だけで固めるつもりだった。女を入れるにしても、せめてまともなパーティとして機能するようになってからだと考えていたのだが、よりにもよって最初の応募者が女か。


 募集要項に男限定だと入れるべきだったな。比率的に女の探索者(シーカー)は少ないから、あえて入れなくても滅多にこないだろうと高を括ったのがよくなかった。


 まあ、来てしまったものは仕方がない。今になって女だからと追い返すのも問題だ。互いの条件が合うようなら、女でも新しい仲間として受け入れるべきだろう。


 それに、男限定にしなかったことが逆に正解かもしれない。まだ確定ではないが、先ほどの急な登場といい、佇まいといい、この女からは強者の風格が漂っているからだ。


「アルマ、今日はよく来てくれた。どうぞ、席に座ってくれ」


「わかった」


 俺が促すと、アルマは俺の前に座った。


「え、面接始めちゃうの?」


 リーシャが首を傾げ、俺に耳打ちする。


「この子って成人してないよね? 探索者(シーカー)になれないでしょ?」


「いや、それは――」


「違う。ボクは子どもじゃない。ちゃんと成人している」


 リーシャの小声が聞こえていたらしいアルマは、首を振って否定する。そして、右手で二本、左手で一本の指を立てた。


「二十一歳。立派な大人」


「五つも上かよ……」


 大人なのはわかっていたが、五つも年上だとはわからなかった。なんていうか、意外性がある女だな。


「ねえねえ、人間って何歳から成人だっけ? 本当に二十一って大人なの?」


 リーシャがエルフボケした質問をしてくるが、それは黙殺する。


「いくつか質問をしたいんだが、構わないか?」


「構わない」


「じゃあ、まず――」


「好きな食べ物は?」


「いちご」


「ウォルフ! 勝手に割り込んでくるな!」


 油断も隙もあったもんじゃない。俺が質問しようとしたら、隣のテーブルにいたはずのウォルフが戻ってきて、なぜか質問を始めやがった。


「おまえ、別のパーティのリーダーだろ。なんで、おまえが質問するんだよ。だいたい、好きな食べ物聞いてどうするんだ」


「まあまあ、固いこと言うなよ。面白そうな応募者じゃねぇか」


「遊びでやっているんじゃないんだ! ハウス! ウォルフ、ハウス!」


「好きな本ってある?」


「エリザベート・グレーゼ著、『タフガイを女の子にする百のテクニック』」


 俺がウォルフを必死に追い出そうとしていると、今度はリーシャが質問をする。それどころか、紫電狼団(ライトニング・バイト)の他のメンバーもやってきた。


 こうなると、もうお手上げだ……。


「趣味は?」


「薬草採取」


「貯金できるタイプ?」


「そこそこ」


「3サイズは?」


「90、53、82」


 なんで、どうでもいい質問ばっかするんだよ……。アルマもアルマで、律儀に答えやがって。もう止めるのも面倒だ。この流れのまま、俺も質問をするか。


職能(ジョブ)とランクは?」


斥候(スカウト)。Cランク」


 斥候(スカウト)か。悪くないな。深淵(アビス)の探索では、危険察知能力に長けた斥候(スカウト)や弓使いが役に立つ。前はいなかった人材が、今になってやってくるのだから皮肉なもんだ。


「お洒落とか興味ある?」


「人並み」


「これまでの経歴は? 他のパーティに所属していたことはあるか?」


「ない。探索者(シーカー)の登録も、さっき終わったところ。つい最近まで、山でじっちゃんの修行を受けていたから」


 探索者(シーカー)としての活動経験自体が無いだって? 未経験者なのは困るな。だが、それよりも気になるのは、ずっと修行をしていたという点だ。二十一歳まで受けていた修行って、なんの修行だよ。


「座右の銘は?」


「明日できることは明日する」


「最後の質問だ。探索者(シーカー)を志した理由は?」


探索者(シーカー)には興味無い。ボクが興味あるのは――」


 アルマの指が、すっと俺に向けられる。


不滅の悪鬼(オーバーデス)の孫である、キミだけ」


「……祖父の関係者か?」


 英雄として有名な祖父ではあるが、探索者(シーカー)ではなく、しかも山籠もりしていたような人間まで知っているかは微妙だ。となると、アルマ本人か、あるいは血縁者あたりが祖父と関係があったと考えるのが妥当だろう。


「ボクじゃなくて、じっちゃんが昔、戦ったことがあるって言ってた」


「へぇ……」


「じっちゃんには右腕が無い。不滅の悪鬼(オーバーデス)に切り落とされた」


 俺はアルマに気がつかれないよう、そっと銀ちゃんに触れる。


「まさか、その敵討ちが本当の目的、ってわけじゃないよな?」


 だが、心配は杞憂だったようだ。


「違う。そんな非生産的なことはしない。ただ、あの英雄の孫が、どんな探索者(シーカー)なのか興味があっただけ」


「そ、そうか……。まあ、祖父に代わって詫びとくよ。悪かったな。祖父は既に亡くなっているから、俺の謝罪が祖父の謝罪だと受け取ってほしい」


「じっちゃんも先月に大往生したから、恨みを持っている者は誰もいない。過去は過去のこと。謝罪は不要」


 アルマは本当に気にしていないように言った。


 しかし、不滅の悪鬼(オーバーデス)と戦ったことがある男、ね。……数が多過ぎて誰のことか全く見当がつかない。若い頃の爺ちゃん、暴れん坊だったからなぁ。


「ちなみに、御祖父の名前は?」


「アルコル・イウディカーレ」


 その名を聞いた瞬間、鳥肌が立つのを感じた。周りにいた紫電狼団(ライトニング・バイト)のメンバーも、驚愕で目を丸くしている。


 アルコル・イウディカーレ、それは絶対の恐怖と共に伝わっている名だ。


 暴力団(ヤクザ)を最大勢力とする裏社会に、とある秘密結社が存在する。暗殺者(アサシン)教団、その名の通り暗殺を生業とする組織だ。


 依頼さえあれば相手が赤ん坊でも殺す奴らの残忍さは、暴力団(ヤクザ)よりも最低最悪なもので、誰もから絶対に敵にしたくないと恐れられている。


 その創設者にして初代教団長が、伝説の殺し屋アルコル・イウディカーレだ。


 時の教皇から敵対する宗教組織の殲滅を依頼され、たった一人で成し遂げた話はあまりに有名である。たしか、その時に殺した数は、千を軽く上回るとか……。


 あらゆる面でアンタッチャブルな存在は、公の場だと口に出すことすら憚られるほどのものだ。だが、アルマは、自分がその孫だと言っている。


 本当に、あのアルコルの孫なのか?


 俺もこの見てくれのせいで、なかなか不滅の悪鬼(オーバーデス)の孫だと信じてもらえなかった経験があるが、それを差し引いても俄かには信じられない。


 だが、もし本物なら得難い逸材だ。絶対に仲間にしたい。


 ていうか、爺ちゃんの奴、暗殺者(アサシン)教団とも喧嘩していたのかよ。初耳だぞ。何やってんだよ。しかも、あのアルコルの右腕を切り落とすとか、いくらなんでも無茶苦茶だろ。


 ……いかん、予想外の情報が面白過ぎて、思考が散らかってしまっているな。


「あのアルコルの孫だって? 冗談にしちゃ笑えねぇな」


 野太い声と共に、向かいの席から角刈りの大男が立ち上がった。

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