第10話 期待の新人は伝説の後継者?
パーティメンバーを募集する時に一番効果的なのは、中央広場の掲示板に求人広告を貼ることだ。あとは、新聞の広告欄に掲載を依頼する方法もある。
パーティを探している
俺が指定した面接場所は、
楽しく飲み食いしながら面接をしたいわけではなく、
時刻は朝の十一時。既に客は多いが、騒がし過ぎることもなく、面接をするのに差支えは無い。あとは希望者が現れるのを待つだけなのだが――。
「どうせ、誰も来やしねぇって」
無断で俺のテーブルに座り勝手なことをほざくのは、
「さっきからうるさいぞ。面接の邪魔だ」
「面接ぅ? だから、誰も来ないって。だって、この店に入れるレベルの
「それは、おまえの知っている範囲のことだろ?」
「まあ、隠れた逸材がいる可能性もゼロじゃないが、可能性は低いね。いたとしても、何らかのトラブルを抱えているだろうな。ソロで活動している奴なんて、大体そうだと相場が決まっている。そんな奴と、まともなパーティを組めるのかよ?」
「おまえが気にすることじゃない。いいから、さっさと失せろ」
「つれねぇこと言うなよ。ノエルだって一人じゃ寂しいだろ?」
ウォルフは俺の肩に馴れ馴れしく手を回し、人懐こい笑みを浮かべる。
「だからさ、俺んところ来いよ。歓迎するぜ?」
「……はぁ~」
このため息は、何度目だろうか?
つまるところ、ウォルフが面接の邪魔をしてくるのは、俺を
いい加減うんざりだ。肩に回された手を払い除ける気力も湧かない。
「そのへんにしときなよ、ウォルフ。ノエルが困ってんじゃん」
呆れた声が隣のテーブルから投げられた。
声の持ち主はエルフの女。エルフらしい凛とした美貌と、ツーサイドアップにした金髪が特徴的な彼女は、ウォルフの仲間だ。
よほど回避能力に自信があるのか、着ている服は袖無しブラウスとスカートという軽装で、防具らしい防具は革の胸当てしか着けていない。弓使いのリーシャ、この
そのリーシャに同調する声が次々と上がった。
「俺に任せろ、と言うから任せたら、ヘッドハントじゃなくて嫌がらせじゃないか。そんな誘い方じゃ誰も仲間にはなってくれんよ」
「ウォルフは頭が可哀想だからなぁ。ゴリ押し以外に作戦が無いんだよね」
「ノエル君、かわいそ~。ウォルフ、きも~い」
「そんなんだから、花屋の娘にフラれるんじゃよ」
皆、ウォルフの仲間で、
「おまえら、うるせぇぞ! あと、さらっと俺がフラれたことを暴露するんじゃねぇっ! 俺の交渉術はこっからが本番なんだよ!」
え、まだ続くの? 勘弁してくれよ……。
「……ウォルフ」
「お、どうした? 仲間になる気になったか?」
「気が変わった。条件次第では仲間になってやってもいい」
「おおっ、マジか! ほら、聞いたかおまえら! これが俺の交渉術だ!」
ウォルフが立ち上がって喜ぶと、リーシャが蹴ってこかした。
「あだっ! 何すんだ!?」
「ウォルフは邪魔だから、そこで伏せ」
リーシャはウォルフを冷たくあしらい、俺に向き直る。
「それで条件って? ウチらがノエルを欲しいのは本当だから、可能な限りは聞くよ。今のメンバーに優秀な司令塔が加われば、もう怖いもの無しだもん」
「別に難しい条件じゃない。簡単なものだ」
「なになに? 教えて教えて?」
腰を曲げて顔を近づけてくるリーシャ。
なぜ、顔を近づけてくる? エルフ流のコミュニケーションか? ていうか近いな、おい。吐息がかかるどころか、まつ毛の数を数えられる距離だぞ。
「条件は、ただ一つ」
「ふんふん」
「俺が、
「え、いいよ? みんなも、いいよね?」
リーシャの言葉に、他のメンバーたちも頷く。
「構わないぞ」
「僕もいいよ」
「あたしも~」
「儂もじゃ」
全員が即答したところで、ウォルフが慌てて立ち上がった。
「おまえら、なんで即答してんの!? ていうか、俺の意向は!? 俺がリーダーなんだよ!? 勝手に決めちゃダメだろ!」
「だって、ウォルフよりノエルの方が頭良いし。ウチらは別に誰がリーダーでも構わないし。ほら、何も問題無いじゃない」
リーシャが断言すると、つられてウォルフも頷く。
「そう言われると……たしかに。…………って、問題しかねぇだろうが! 俺がリーダー!
そのノリツッコミに、どっと笑いが起こり、ウォルフは更に茶化されていく。
仲間たちが、ウォルフのことを蔑ろにしているわけではない。むしろ、信頼しているからこその茶番だ。本気でリーダーを挿げ替える気なんて誰にも無い。
だが、俺にとっては、冗談ではなく本気の条件だった。
誰の下にもつかない、という俺の意思は、ウォルフにも伝わったはずだ。その証拠に、もうウォルフが絡んでくることはなく、仲間たちと軽口を叩き合いながら酒を飲んでいる。
「残念だなぁ。ノエルと冒険したかったのに」
席に戻らなかったリーシャが、テーブルに顎を乗せて口を尖らせた。
「でもさ、仲間を集められなかったらどうするの?」
「その時はその時。募集からヘッドハントに変えるだけだ」
「ヘッドハント? 誰か当てでもあるの?」
「まあ、一応な」
仲間にする前に解決しないといけない問題はあるが、もしヘッドハントが成功すれば大きな戦力となるだろう。なにしろ、たった一人で、在りし日の
今後どうなるにしろ、是が非でも手に入れたい男だ。
「へぇ、どんな人なの? ウチも知っている人かな?」
「企業秘密」
「え~っ! なにそれ! 教えてくれてもいいじゃん、ケチ!」
ウォルフほどじゃないが、この女もウザ絡みしてくるタイプだな……。
どうやって追い払おうか考えていた時、不意に囁くような声がした。
「キミが、ノエル・シュトーレン?」
「うぉっ!」「ひゃっ!」
その声はあまりにも突然で、俺とリーシャは驚きのあまり軽く飛び上がってしまった。全く気配が無かったのだ。それこそ声と共に現れたかのように、俺の前にはローブのフードをかぶった背の低い人間が立っている。
いや、俺だけならともかく、気配察知能力に長けた弓使いのリーシャまで気がつかなかったのだから、本当に別空間から現れたのかもしれない。
「……俺がノエルだ。そういう、おまえは?」
「ボクは――」
フードが脱がれ、紫がかった銀髪が露わになる。
女だ。襟足辺りの長さで切り揃えられた艶やかな銀髪。陽に焼けた小麦色の肌。
ハーフリングほどではないがかなり背が低いため、一見では子どものようにしか見えない。ただ、よくよく見れば成人した女の色香がある。頬のシャープさや綺麗に通った鼻筋は、成長し切っていない子どもだと見られない特徴だ。
「アルマ。中央広場の募集を見て来た」
やはり、応募者か。状況的に、そうだろうなとは思っていた。
だが、女か……。前回の件を考えると、あまり好ましくないな。女を入れることで、またぞろ恋愛トラブルが発生するようでは困るからだ。
可能なら男だけで固めるつもりだった。女を入れるにしても、せめてまともなパーティとして機能するようになってからだと考えていたのだが、よりにもよって最初の応募者が女か。
募集要項に男限定だと入れるべきだったな。比率的に女の
まあ、来てしまったものは仕方がない。今になって女だからと追い返すのも問題だ。互いの条件が合うようなら、女でも新しい仲間として受け入れるべきだろう。
それに、男限定にしなかったことが逆に正解かもしれない。まだ確定ではないが、先ほどの急な登場といい、佇まいといい、この女からは強者の風格が漂っているからだ。
「アルマ、今日はよく来てくれた。どうぞ、席に座ってくれ」
「わかった」
俺が促すと、アルマは俺の前に座った。
「え、面接始めちゃうの?」
リーシャが首を傾げ、俺に耳打ちする。
「この子って成人してないよね?
「いや、それは――」
「違う。ボクは子どもじゃない。ちゃんと成人している」
リーシャの小声が聞こえていたらしいアルマは、首を振って否定する。そして、右手で二本、左手で一本の指を立てた。
「二十一歳。立派な大人」
「五つも上かよ……」
大人なのはわかっていたが、五つも年上だとはわからなかった。なんていうか、意外性がある女だな。
「ねえねえ、人間って何歳から成人だっけ? 本当に二十一って大人なの?」
リーシャがエルフボケした質問をしてくるが、それは黙殺する。
「いくつか質問をしたいんだが、構わないか?」
「構わない」
「じゃあ、まず――」
「好きな食べ物は?」
「いちご」
「ウォルフ! 勝手に割り込んでくるな!」
油断も隙もあったもんじゃない。俺が質問しようとしたら、隣のテーブルにいたはずのウォルフが戻ってきて、なぜか質問を始めやがった。
「おまえ、別のパーティのリーダーだろ。なんで、おまえが質問するんだよ。だいたい、好きな食べ物聞いてどうするんだ」
「まあまあ、固いこと言うなよ。面白そうな応募者じゃねぇか」
「遊びでやっているんじゃないんだ! ハウス! ウォルフ、ハウス!」
「好きな本ってある?」
「エリザベート・グレーゼ著、『タフガイを女の子にする百のテクニック』」
俺がウォルフを必死に追い出そうとしていると、今度はリーシャが質問をする。それどころか、
こうなると、もうお手上げだ……。
「趣味は?」
「薬草採取」
「貯金できるタイプ?」
「そこそこ」
「3サイズは?」
「90、53、82」
なんで、どうでもいい質問ばっかするんだよ……。アルマもアルマで、律儀に答えやがって。もう止めるのも面倒だ。この流れのまま、俺も質問をするか。
「
「
「お洒落とか興味ある?」
「人並み」
「これまでの経歴は? 他のパーティに所属していたことはあるか?」
「ない。
「座右の銘は?」
「明日できることは明日する」
「最後の質問だ。
「
アルマの指が、すっと俺に向けられる。
「
「……祖父の関係者か?」
英雄として有名な祖父ではあるが、
「ボクじゃなくて、じっちゃんが昔、戦ったことがあるって言ってた」
「へぇ……」
「じっちゃんには右腕が無い。
俺はアルマに気がつかれないよう、そっと銀ちゃんに触れる。
「まさか、その敵討ちが本当の目的、ってわけじゃないよな?」
だが、心配は杞憂だったようだ。
「違う。そんな非生産的なことはしない。ただ、あの英雄の孫が、どんな
「そ、そうか……。まあ、祖父に代わって詫びとくよ。悪かったな。祖父は既に亡くなっているから、俺の謝罪が祖父の謝罪だと受け取ってほしい」
「じっちゃんも先月に大往生したから、恨みを持っている者は誰もいない。過去は過去のこと。謝罪は不要」
アルマは本当に気にしていないように言った。
しかし、
「ちなみに、御祖父の名前は?」
「アルコル・イウディカーレ」
その名を聞いた瞬間、鳥肌が立つのを感じた。周りにいた
アルコル・イウディカーレ、それは絶対の恐怖と共に伝わっている名だ。
依頼さえあれば相手が赤ん坊でも殺す奴らの残忍さは、
その創設者にして初代教団長が、伝説の殺し屋アルコル・イウディカーレだ。
時の教皇から敵対する宗教組織の殲滅を依頼され、たった一人で成し遂げた話はあまりに有名である。たしか、その時に殺した数は、千を軽く上回るとか……。
あらゆる面でアンタッチャブルな存在は、公の場だと口に出すことすら憚られるほどのものだ。だが、アルマは、自分がその孫だと言っている。
本当に、あのアルコルの孫なのか?
俺もこの見てくれのせいで、なかなか
だが、もし本物なら得難い逸材だ。絶対に仲間にしたい。
ていうか、爺ちゃんの奴、
……いかん、予想外の情報が面白過ぎて、思考が散らかってしまっているな。
「あのアルコルの孫だって? 冗談にしちゃ笑えねぇな」
野太い声と共に、向かいの席から角刈りの大男が立ち上がった。