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第1話 偉大なる祖父と、最弱が最強を目指す理由

タイトル回収を焦らず丁寧に書いていこうと思います。

主人公が頼れる仲間を集めて最強クランのマスターになる過程を楽しんでもらえれば幸いです。

「舐められちゃいかん」


 それは、探索者シーカーだった爺ちゃんの口癖だ。


 探索者シーカー――文字通り探索することを生業とする者たち。

 獲物は遺跡に眠る宝物だったり、あるいは遺跡そのものだったり、未知の生物や、はたまた犯罪者だったりする。


 だが、探索者シーカーの一番の稼ぎ口にして華は、やはり深淵アビスを探索することだろう。


 この世界と魔界ヴォイドが繋がることで発生する、深淵アビス化した土地や建物を探索し、そして現界した悪魔(ビースト)を狩る。それが、最も人々に認知されている探索者シーカーの在り方だ。


 深淵アビスは放っておけば無限に世界を侵食していくため、国は探索者シーカーの活動を奨励し支えている。土地を浄化するには、深淵(アビス)の核である悪魔(ビースト)を狩る必要があり、その専門家が探索者(シーカー)だからだ。


 また、悪魔(ビースト)から得られる素材が、現在の文明――魔工文明を支える、数々の発明品に欠かせないことも理由である。


 空を飛ぶ船――飛空艇まで実現された現在、人々は魔工文明の恩恵によって栄華を極めていた。そして、この時代の立役者、腕っぷし一つで金も名誉も手に入れられる探索者シーカーは、全ての人々にとって憧れの的(アイドル)だったのだ。


「ノエル、男はな、舐められちゃいかんのじゃ」


 爺ちゃんは昔、ウェルナント帝国の帝都エトライで、名うての探索者シーカーだった。しかも、猛者の中の猛者――英雄と呼ばれたことさえある。


「ノエル、誰にも舐められない強い男になるんじゃぞ」


 現役時代の名残を感じさせる岩のような手が、俺の頭を優しく撫でる。


 爺ちゃんの職能(ジョブ)は、その巨体に相応しい戦士だ。


 職能(ジョブ)とは、鑑定士に鑑定してもらうことで発現する個人の潜在能力のことであり、身体能力の限界値と使えるスキルを決定する。

 はじめは誰もがCランクの職能(ジョブ)を得ることになるが、努力と才能次第ではランクが上がり、上位職に至ることも可能だ。


 たとえば、最もポピュラーな戦闘系職能(ジョブ)である剣士だと――


 Cランク:剣士、Bランク:剣闘士(グラディエーター)、Aランク:剣王(ソードマスター)、というランクアップ系統が存在する。


 だが、極稀に、規格外のEXランクに至る者がいる。爺ちゃんがそうだ。

 爺ちゃんの場合――


 Cランク:戦士、Bランク:重装兵(ヴァンガード)、Aランク:狂戦士(バーサーカー)、そしてEXランク:破壊神(デストロイヤー)、というランクアップだった。


 上位職になっても職能(ジョブ)そのものが変わるわけではないが、能力補正が大幅に向上し、新たに使えるスキルも増える。

 その強さをランク毎に表すなら、Cランクが凡人、Bランクが超人、Aランクが人外、EXランクに至ると、もはや神に近しい領域だ。


 若い頃の爺ちゃんは、本当に強かった。強くて荒くれ者で、傲慢だった。


 でも、そんな爺ちゃんが惚れて必死に口説き落とした婆ちゃんは、とても綺麗で優しい人だった。そして、身体が弱かった。


 婆ちゃんのことが大好きだった爺ちゃんは、婆ちゃんのために探索者シーカーを引退し、空気の悪い帝都から田舎に引っ越すことにした。これまでの財産で土地を買って、人を雇い、ワインを造って暮らそうと考えた。


 人によっては理想的な引退生活だろう。スローライフってやつだ。

 実際、探索者シーカーの間で『不滅の悪鬼(オーバーデス)』と畏怖されていた爺ちゃ���は、田舎に引きこもって以降、ただの愛妻家のオッサンになった。


 爺ちゃんは心から婆ちゃんを愛し、婆ちゃんも爺ちゃんのことを愛していた。二人は比翼の鳥のように、仲睦まじく支え合って生きていた。


 でも、婆ちゃんは、母ちゃんを産んだ時に死んでしまった。


 ただでさえ母親が子どもを産むのは命懸けの仕事なのに、婆ちゃんの弱い身体では出産に耐えることができなかったのだ。


 爺ちゃんは最愛の人を亡くした悲しみに暮れた。だが決して自棄になることはなく、婆ちゃんの忘れ形見である母ちゃんを、男手一つで育てることを決意した。


 その努力の甲斐もあり、母ちゃんは立派な女性に成長した。美人と評判だった婆ちゃんに瓜二つで、髪と瞳の色だけが違った。婆ちゃんは金色の髪と緑の瞳だったけど、母ちゃんは爺ちゃん譲りの黒い髪とハシバミ色の瞳だ。


 生産系の職能(ジョブ)が発現した母ちゃんは、大人になると爺ちゃんのワイン酒造で働き、幼馴染の父ちゃんと結婚した。


 それから俺が生まれ、家族四人で仲良く暮らしていた。


 でも、俺に母ちゃんと父ちゃんの記憶はない。


 俺の一番古い記憶は、年老いてなお筋骨隆々である爺ちゃんが、大声で泣いている姿だ。そして、泣きじゃくる爺ちゃんに抱きしめられた温かさだった。


「ノエル、なんて哀れな子なんじゃ……。じゃが、おまえには儂がついておる。おまえを一人ぼっちにはさせん。儂は……儂だけは、何があっても死なん! 不滅の悪鬼(オーバーデス)の名にかけて!」


 母ちゃんと父ちゃんは、俺の物心がつく前に馬車の事故で死んだ。


 口さがない奴らは、悪魔(ビースト)の呪いだと言う。爺ちゃんがあまりに多くの悪魔を殺してきたから、その呪いのせいで家族は早逝していくのだと。


 もちろん、爺ちゃんは、そんな奴らを許さなかった。相手が誰であろうと、その鉄拳で殺さない程度に打ちのめした。


 そして、決まって、あの口癖を言うのだ。


「男は舐められちゃいかん。家族の名誉は絶対に守らなきゃならんのじゃ」


 それは、俺が近所の悪ガキに呪われた子だと虐められた夜、爺ちゃんがそいつたちの家に乗り込み散々暴れてきた後の話だったことを覚えている。


 爺ちゃんはよく、探索者シーカー時代の話をしてくれた。話の中で活躍する爺ちゃんや、その仲間たちは、俺にとっての英雄ヒーローだった。


 そんな話を聞かされて育った俺が、探索者シーカーに憧れるようになったのは、当然の成り行きだろう。


「ノエル、おまえの姿は死んだ母さんにそっくりじゃ。じゃが、儂にはわかる。おまえには、母さんに無かった、儂と同じ探索者シーカーの才能が眠っておる」


 爺ちゃんの言葉通り、十歳を迎え職能(ジョブ)を鑑定してもらった俺は、戦闘系の職能(ジョブ)が発現することになった。


 だがしかし、その職能(ジョブ)は、俺の望んだものとは大分違った。


 話術士――パーティの支援に特化した職能(ジョブ)


 発する言葉に支援(バフ)効果を付与させることでパーティの戦力を底上げすることが、話術士という職能(ジョブ)の役割だ。いわゆる支援職(バッファー)である。


 本当なら、戦士が良かった。爺ちゃんと同じ職能(ジョブ)というだけでなく、攻守共に優れ安定して強い職能(ジョブ)だからだ。


 対して話術士を含む支援職(バッファー)は、支援(バフ)能力には優れているものの、自身の戦闘能力は、全ての戦闘系職能(ジョブ)の中でもワーストクラス。パーティに頼ることでしか戦えないどころか、自分の身すら満足に守れない、ピーキーで欠陥のある職能(ジョブ)というわけだ。


 牽制(ヘイト維持)を担う壁役(タンク)がいたとしても、自衛能力の欠如は探索者(シーカー)として致命的。探索者(シーカー)界隈では、支援職(バッファー)を最弱の職能(ジョブ)だと嘲る風潮もあるらしい。


 まったく、泣けてくる話だ。


 落ち込む俺の頭を、爺ちゃんは豪快に笑って撫でた。


「ガハハハっ! 泣くなノエル! 話術士だろうとなんだろうと、儂がおまえを最高の探索者シーカーに育ててやる! 儂を信じろ!」


 英雄ヒーローである爺ちゃんを疑うなんてありえない。俺は敬愛する爺ちゃんの言葉を信じ、探索者シーカーの修行を受けることになった。


 そうして始まった修行は、容赦のない過酷なものだった。いつも優しく、幽霊を怖がる俺のために夜のトイレにもついてきてくれた爺ちゃんは、そこにはいなかった。


 探索者シーカー見習いである俺の前にいたのは、かつて同業者たちから不滅の悪鬼(オーバーデス)と恐れられていた探索者シーカーの先達にして鬼教官だ。


「立て、ノエル! 悪魔(ビースト)は待ってくれんぞ! どれだけ傷を負っても、気合ですぐに立たんか! ええい、いつまで寝ておる! この馬鹿弟子が!」


 傷だらけになり倒れ伏しているところを蹴っ飛ばされたのは、二度や三度の話じゃない。朝から晩まで厳しい修行を課され、最初の内は毎日ゲロまみれだったし、血の小便を流したことだって何度もある。

 だが、どれだけ苦しくても、俺は爺ちゃんのことを信頼していたし、厳しい修行の中にも深い愛情を感じていた。


 爺ちゃんが言った通りだ。悪魔(ビースト)は俺の甘えを見逃してくれはしない。修行を怠り弱いままでは、探索者シーカーになってもすぐに死ぬだけだ。

 だから、俺を死なせたくない爺ちゃんは、必死に話術士でも戦える術を教えてくれたし、俺も習得しようと必死だった。


 そして、修行が始まり四年。爺ちゃんの教えの甲斐もあり、俺は探索者シーカーとしての心技体を磨き上げられ、修行前よりも遥かに強くなっていた。


 このままいけば、例え戦闘系職能(ジョブ)としては問題のある話術士であっても、きっと爺ちゃんにも負けない偉大な探索者シーカーになれるはずだ。


 だが、国から正式に探索者シーカーの承認を得るためには、まず十五歳になり成人として認められる必要がある。だから、俺は爺ちゃんの下で引き続き鍛えられながら、その日がくるのを心待ちにしていた。


 あの事件が起こったのは、そんな時のことだ――。


「いいかノエル! 絶対にここから出るんじゃないぞ!」


 いつも大男の余裕を漂わせていた爺ちゃんが、見たことのない鬼気迫る表情で、俺を使用人たちと一緒に地下シェルターへ押し込もうとする。


 その晩、突如として俺たちの住む街が、深淵アビス化したのだ。


 深淵アビス化は、大気中の魔素マナ濃度が一定に至ることで発生する。そのため、人里では定期的に魔素マナを散らす儀式を行うのだが、何らかの理由でそれが上手くいかず、一気に逆流してきたらしい。


 しかも、爺ちゃんが測定器で調べたところ、発生した深淵アビスの深度――危険度は十三ある内の十二。深淵アビス魔界ヴォイドとの繋がりが深いほど危険であり、より強大な悪魔(ビースト)が現界する。


 つまり、俺たちの街は最大級の危険地域と化したのだ。その核となっている悪魔(ビースト)が、探索者シーカー間で『魔王(ロード)』と呼ばれている存在であることは、探索者シーカー見習いの俺にも疑いようがなかった。


 見慣れた街の姿はとうに無く、ただ燃え盛る地獄が広がっている。空には毒々しく輝く赤い満月。深淵アビスの内部からは、大気中の魔素マナの関係で月の色が赤く見える。

 禍々しい空間で、悪魔(ビースト)たちが狂喜する声と、その獲物となっている者たちの阿鼻叫喚が木霊している。


「安心しろ、おまえのことは爺ちゃんが命にかけて守ってやる」


 既に武装済みの爺ちゃんは力強い笑みを浮かべ、俺の制止する声を無視し、たった独りで外から地下シェルターの扉を閉めた。


 周囲一帯の深淵アビスは広く、こんな中を俺や使用人たちを連れて脱出することは、爺ちゃんにも難しい。また、一緒に隠れていたところで、救助がすぐにくるとは思えない。

 それなら、体力のあるうちに核となる悪魔(ビースト)を倒す方が、助かる確率が高いと判断したのだ。


 やがて、今度は悪魔(ビースト)たちの断末魔の声が聞こえてくる。その声は百や二百ではきかないだろう。爺ちゃんの戦斧が、悪魔(ビースト)たちを薙ぎ倒している証拠だ。だが、俺の不安は大きくなる一方だった。


 いったい、どれほどの悪魔(ビースト)が、現界したというのか……。

 それを束ねる魔王(ロード)の力に、心の底から畏怖した。


 次第に悪魔(ビースト)たちの断末魔の声も聞こえなくなり、その代わりに――この世のものとは思えない激しい戦闘音が響き渡る。

 爺ちゃんと魔王(ロード)との戦いが始まったのだ。


 何時間にも渡り続いた戦いの音は、ある瞬間からぴたりと聞こえなくなった。深淵アビス特有のおぞましい空気も澄んでいく。


 俺は爺ちゃんが勝利したことを確信し、地下シェルターを飛び出した。


 外は既に日が昇っていた。あたり一面が焼け野原となり、人間や悪魔(ビースト)の死体がそこら中に転がっている。

 俺��爺ちゃんを探し、廃墟と化した街を駆け回った。


 そして、見つけた。


 下半身と右腕を失い、血だらけの姿となって倒れている爺ちゃんを――。


 駆け寄り抱きかかえた俺に、爺ちゃんは弱々しくも太い笑みを見せる。


「……年には勝てんのう。不滅の悪鬼(オーバーデス)が聞いて呆れるわい……」


 俺はただひたすら泣きじゃくった。身体中の水が無くなるかと思うほど泣いた。そんな俺の頭を、爺ちゃんは残った手で優しく撫でてくれる。


「ノエルは泣き虫だのう。爺ちゃんと同じじゃ」


 爺ちゃんは俺から視線を逸らし、何かを悩む顔を見せた。


「……これが、探索者シーカーの成れの果てじゃ。戦いを生業とする以上、常に死神を隣に置くことになる。ノエル、それでもおまえは、探索者シーカーを目指すのか? この老いぼれと同じ道を歩むのか?」


 俺は鼻をすすり、涙を拭う。そして、爺ちゃんのように笑って強く頷いた。


 本当は死ぬほど怖かった。笑う余裕なんてない。ずっと爺ちゃんに縋りつき、死なないでくれ独りにしないでくれ、と大声で泣き叫んでいたい。


 でも、今の爺ちゃんに俺の弱いところは見せたくなかった。

 あなたが強いように、あなたの孫も強い。そう安心させたかった。


 何も……何一つ恩返しをすることができなかった俺だから……。


「……そうか。ならば、絶対に負けない探索者シーカーになれ。シュトーレン家の名に恥じない男になれ。それが儂の願いじゃ」


 爺ちゃんは俺の顔を見て、もう一度頭を撫でる。


「ノエル、爺ちゃんと約束できるか?」


「……約束する、爺ちゃん。俺は、最強の探索者シーカーになる」


「ははは、それで……こそ、儂の孫じゃ……。ノエル……約束を……守れず、すまなか……った。……ずっと……愛して……おる、ぞ……」


 そうして、俺の最高の英雄ヒーローは、俺の腕の中で安らかに眼を閉じた。


 あれから二年、偉大なる祖父の意思を受け継いだ俺は――話術士ノエル・シュトーレンは今、探索者シーカーとして帝都に住んでいる。

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