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第九十九話

 特製ドリンクという名の果物盛り合わせから二時間弱。

 一時間もすれば客も引くというワルドの言葉どおり、あれほど騒がしく宴会の様な夕食を繰り広げていた傭兵達の姿はほとんどない。現在は常連と思われる年配の傭兵と、仕事で遅くなったらしい傭兵達数名を残すだけとなっていた。


「――お、お会計は金貨十四枚とんで銅貨六枚になります」


 そんな中、メルと呼ばれていた従業員が金額を告げる。戸惑いがちに合計金額を告げる彼女の顔には「本当にいいのかなぁ?」と書いてあった。

 僅かな罪悪感を浮かべる彼女の表情は当然である。

 何しろ、やる気に満ちたワルドの父親が出してきたのは、何の肉か不明なステーキやこの辺りでは滅多に見ない香辛料が使われた魚料理、見たことのない色をした野菜料理などなど。不味い訳ではないのだが、そもそも何故この食材を購入してみようかと思ったのか、という疑問を抱かせる一歩間違えればゲテモノ料理ばかりであった。

 そしてこの金額。幾らアギニス家でもお目にかからないような食材を使用していようとも、飲み物の追加もしていないというのに、唯の宿屋の食堂でこの金額などぼったくりである。

 とれる奴からは存分にとっておこうという父親の気概が、ひしひしと感じられる金額だ。


「これでお願いします」

「はい! いち、にい、さん……じゅうよん、じゅうご。それでは金貨十五枚お預かりします。すぐにおつりをお持ちいたしますね」

「いえ。おつりは要りません」


 まぁ、情報料だと思えば安い方かなと己に言い聞かせつつ、支払いをおこなう。これほどの金額をふっかけられたのだから多めに払う必要は皆無だが、これだけ期待の籠った料理をだされ、金額丁度の支払いやおつりを受け取るようでは男が廃る。

 幸い今はヘンドラ商会のお蔭で金もある。無駄遣いはいただけないが、多少の見栄は必要だろう。


「え、でも……」

「折角くれるっていってんだから貰っとけよメル」

「は、はい! ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 ワルドの後押しにぺこりと頭を下げお金を受け取った彼女に笑いかければ、頬を赤らめ走り去る。そんな彼女を見送りながら、俺は椅子に背を預けた。


「ごちそうさん。心付けまで貰って悪いな」

「心にもないことを……」

「いやいや。これでもマジで感謝してるぜ? 親父の悪い癖でな。絶対売れないってわかってても、珍しい食材や香辛料をみると買いたがるんだよ。お蔭で宿も食堂もそれなりに繁盛してるはずなのに赤字の時もある」

「……それは本末転倒すぎやしないか?」

「そうなんだよ。だからよくお袋に怒られてる」

「だろうな」


 俺達の机に運ばれてきたものはまだしも、メニューを見る限り食事や飲み物は普通の値段だった。材料も一般的なものばかりで、あれだけ繁盛していればそれなりに収入があるはずだ。にも関わらず、赤字を出すなど凄すぎる。

 売れるか売れないかわからないどころか、売れることの方が少ない食材にお金をかけ過ぎだ。


「――親父の手が空いたみたいだぜ。そろそろ客も減ったし移動するか」

「そうだな」


 一体何がワルドの父親をそこまで駆り立てるのだろう……と奇抜な食材の所為で可もなく不可もなくな数々の料理を思い出しながら考えていると、ワルドにそう告げられる。

 席を立ち誘うワルドに思考を中断し促されるまま立ち上がれば、店の奥から手を拭きながら出てくる男の姿があった。


「――親父!」

「ワルド。いやぁ、いい客つれてきたなぁ。母さんに隠していた食材も全部はけて一安心だ。これで怒られなくて済む」

「またなんか内緒で買ってたのか?」

「だって、東国の食材だぞ? なんであんなものが入ってきたのかわからんが、買うしかないだろう?」


 ワルドの言葉に悪びれるでもなく答えるこの男性が、ワルドの父親なのだろう。顔立ちはワルドに似ているが、目元の違いかはたまた気性の違いか、若干柔らかい雰囲気ではある。これで昔は傭兵をしていたというのだから、人は見かけによらない。

 目の前で交わされる会話を聞く限り、ワルドと親子だなと強く感じるが。


「……親父。道楽はいいけど、店つぶさねぇ様にな。やり過ぎるとお袋にしめられるぜ?」

「わかってる。まぁ、危ない時はまた今日のお客さんを連れてきてくれよ。そうすりゃ問題ない」

「――そりゃそのとおりだが、また来てくれるかは親父次第だ。なぁ、アギニス?」


 本人を目の前に、ポンポン交わされる遠慮のない会話に「本当に図太いなこの親子」と思い始めた頃、ようやくワルドから話をふられる。同時にワルドの父親からだけなく、店内に残っていた数名の傭兵達と従業員達全員から強い視線を向けられた。

 それまで向けられていた「貴族か? こんなところに珍しい……」程度の認識から一転、バッと音が聞こえそうな勢いで己に集まった視線。会話が止み静まり返った店内には、ガランガランとお盆が落ちた音が響く。音源を視線で探れば、店の奥でメルと呼ばれていた女性がお盆を落とした体勢のまま固まっていた。

 原因は考えるまでもない。

 ここにきて初めてワルドが俺の家名を口に出したからだ。それも店内に居る全員に聞こえるよう、大きめの声ではっきりと。


 わざとなのか計算なのか……いや、愉快犯の可能性もあるか?


 俺をみて固まった父親の姿に、クツクツと笑いを噛み殺しているワルドにそんなことを考える。驚く父親にしたり顔のワルドを見ると、ただ単に驚かせたかっただけのように感じるが、此奴は脳筋に見せかけて意外に思慮深いことを俺は知っている。それに人をよく観察していて相手の許容範囲を見極めるのが上手い。

 本能がそうさせるのか、要領がいいのか微妙なところだ。多くの傭兵がいる中、姿を隠せる席に案内し名を呼ばなかったのは、大変助かったが……。

 俺の訪問を伝えていなかったばかりか、今の今まで家名を伏せ、このタイミングで打ち明けたワルドの評価はなかなか難しい。

 今一掴みきれないワルドの本質を考えながら、俺は未だ固まったままでいるワルドの父親の前に歩み出る。


「はじめまして。ワルドと同じ戦士科に所属しております、ドイル・フォン・アギニスと申します。この度は先触れもなく突然の訪問をお許しください」

「――いや、いえ、そんな」


 俺の言葉にしどろもどろに返すワルドの父親に、落ち着いてもらえるよう穏やかな声を意識して挨拶する。

 息子が貴族を連れてきたというのは察していたが、貴族は貴族でも公爵家とは思わなかったのだろう。ワルドの父親が、俺に対してどう対応すべきか迷っているのがみてとれる。その上、先ほどの己の言動を振り返っているのか、こめかみに汗が一筋伝っている。

 出来る限り穏やかに挨拶してみたものの、ワルドの父親は見るからに「不味いぞ」といった表情を浮かべていた。


「んな、ビビんなよ親父。アギニスは金づる扱いした程度で怒るほど狭量な男じゃねぇし、そんな男だったら此処に連れてこねぇよ」

「――ワルド」

「親父とおっちゃん達に聞きたいことあるんだと。此処で恩を売っとけば、これからも贔屓にしてもらえるぜ? な、アギニス」

「勿論」


 気まずげな表情を崩すことなく、視線をあちらこちらに彷徨わせているワルドの父親に「さて、どうしたものか」と打開策を考え出したところで、ワルドから助け船がはいる。

 息子の言葉に思うところがあったのか、ワルドの父親は彷徨わせていた視線をゆっくりと俺に向ける。途中ワルドの気安い態度に目を見開いていたが、俺が咎めず了承したのをみて詰めていた息を吐き出し、笑った。


「ははっ! ワルド。お前、本当にとんでもない客連れてきたなぁ!」

「縁があってな。つれない奴だから頑張ったんだ。リュートも去年世話になってさ。滅茶苦茶強くて、いい男なんだぜ。何度か手合せしてもらったけど、俺まったく敵わねぇの。客としても貴族にしてはいい客だろう? 親父のぼったくりに文句言わないどころか、心付けまでくれてたぜ」

「……メルから聞いてるよ。お前は昔っから要領のいい子だとは思っていたが、まさか公爵様の目に留まるなんて……それもあのアギニス家の」

「すげぇだろ?」

「……母さんに出会った時やこの宿屋をやることになった時にも思ったが、いやはや、人生っていうもんは、いつ何が起こるかわからんな」


 ワルドの父親は少し誇らしげに語る息子の話に頷き、最後にしみじみと呟く。そして何度か頷くと、俺へと体を向け軽く頭を下げた。


「息子やリュートが世話になったようで。宿屋の亭主に答えられることなんざ大したことないですが、それでよければお答えしますよ。売り上げにも貢献していただきましたしね」

「ありがとうございます。無論、ご迷惑は決しておかけしませんし、二、三お答えいただければ、喜んで今後もご贔屓にさせていただきます」

「おっちゃん達もさ、話聞いてやってくれよ。酒の一杯や二杯奢ってくれるぜ?」

「一、二杯などいわず、今この店に置いてあるお酒すべて奢らせていただきますので、そちらの方々もよろしければ、お力添えいただけませんか?」


 俺と父親の話が終わったところで、ワルドが居残っていた傭兵達に声をかける。ついでにまだ諦めていなかったのか、ちゃっかり酒まで売ろうとしていたので、どうせならと上乗せしてやる。


「流石、アギニス! 親父」 

「ああ! おいお前達、こっちにありったけの酒持ってこい! お前達も飲んでいいぞ。アギニス様の奢りらしいからな」

「「「すぐに準備します!」」」


 俺のその言葉に一番目を輝かせたのは、他でもないワルドとワルドの父親であった。そしてそんなワルドの父親に声をかけられた従業員達も、タダ酒の言葉を聞いて嬉しそうに酒盛りの準備を始める。

 先ほどの凝視と静寂はなんだったのか。生き生きと動き出した親子と従業員達に、この親にしてこの子あり、この店主にしてこの従業員達ありという言葉が頭を過る。


「おっちゃん達、親父の秘蔵の酒までタダで飲み放題だぜ!」

「――店主の秘蔵か。そりゃいい」

「俺達もご相伴にあずかるか」


 俺の言葉を受けてか、常連を誘うワルドの声は明るい。

 生き生きと準備をするワルドをみながら、それにしても物は言いようだなと思う。高い、もしくは奇抜すぎて売れなかっただろう酒も秘蔵といえば聞こえがいいから不思議だ。


 ……まぁ、それで傭兵達が話す気になってくれるならどちらでもいいか。


 ワルドの誘いに反応してか、はたまた着々と進む酒盛りの準備に反応したのか。店内に残っていた傭兵達が次々と己の荷物を持ち、中央へ移動してくる。

 そんな傭兵達の様子を見ながら俺はようやく成果が得られそうだと、胸を撫で下ろす。昔馴染みの誘いとタダ酒に誘われたのだろうが、同じ机について貰えるなら高い食事代を払った意味もある。


「酒代くらいの雑談しかせんがいいか」

「幾ら昔馴染の店主と坊主の頼みでも、仲間の情報を売る訳にはいかんからな」

「勿論」

「なら、馳走になろう」


 とか言いつつすでに酒ついでるし。


 了承の言葉を聞く前に移動を終了し、席につくなり並べられていた酒瓶から好きなものを手繰り寄せると、置かれていた木製ジョッキに注ぎ始めている傭兵達。そんな彼らを眺めながら、俺も手近にあった席に座った。

 素晴らしい速さで準備を終えた従業員達も各々酒を持っており、机の片隅には酒のつまみになりそうな乾物や料理の残りが並べられている。ちらりと見ればワルドと父親もそれぞれ好きな酒をついでおり、飲む気満々であった。


 行くところがあるといったのに……まぁ、この雰囲気ではどちらにしろ無理か。


 折角情報が手に入るというのに、この足で情報の確認に行くのは無理そうだな、とこの後の予定を頭の中で書き換える。すっかりその気のワルドは力ずくで飲むのを止めさせればいいが、傭兵達やワルドの父親達はそうはいかない。

 全部奢るといった手前飲むのは止めさせられないし、これだけ酒宴モードに入っているのに用があるから飲まないというのは空気が読めなさすぎる。

 ワルドのお蔭で父親も常連らしい傭兵達も友好的なのだから、一度っきりの縁では勿体無い。数時間前の賑わいと宿もやっていることを考えれば、此処で得ることのできる人脈や情報は期待できる。ならば今日のところは、とことんこの人達に付き合って、内に取り込むことが望ましい。


「では、乾杯!」

「「「「「「乾杯!」」」」」」


 そう結論付けた俺は、ワルドの父親がとった乾杯の音頭と共に、渡されたジョッキを掲げた。




「で、アギニス様は何が聞きたいんだ?」

「――こちらを見ていただけますか?」


 木製ジョッキについだ酒を一気に飲み干したワルドの父親に問いかけられ、懐からとりだした紙を机の上に広げる。

 ワルドの父親同様酒を飲んでいた面々は、ある者は興味無さそうにまたある者は酒の肴といった様子で机の上に広げられた紙を覗き込む。

 そして内何名かは、酒と共に息をのむ。


「……これはまた」


 苦い顔した年配の傭兵達の中から聞こえてきた、極々小さな呟き。


「どうやってこれを?」

「それは秘密です」


 そして何ともいえない顔で情報の出所を尋ねてきたワルドの父親に、心の中でほくそ笑む。と同時にワルドの父親や、反応を見せた傭兵達の視線の先をつぶさに観察した。

 そんな俺に気が付き、慌てて隣の傭兵の脇腹を小突く者もいたが、もう遅い。

 そう長くない時間だったので多くの反応を見ることはできなかったが、数名が視線をやったいくつかの印を記憶に刻む。


 ――当たりが多そうで何よりだ。


 紙に書かれていたのは、何箇所か印のついた王都の簡易地図。印はツヴァイ達に調べさせた情報を元に厳選した場所ばかり。といっても大本の条件が「武器を持った人間が十人以上出入りしている場所」なので、鍛冶屋や武器屋を除いても結構な数が残っている。この中から当たりを見つけるのが、今回此処を尋ねた目的だ。

 聞いて教えてくれれば幸いだし、教えてくれなくても今のように反応が得られれば、そこには何かある証。足を運んでみる価値がある場所、という訳だ。

 そもそも俺は傭兵達が素直に情報をくれるなど、端から思っていない。ワルドの父親とて立場というものがあるだろう。

 だからワルドとワルドの父親、酒のお蔭で傭兵達と同じ机につくことができただけで十分。

 酒は沢山あるのだから口を滑らせるまで酔わせてもいいし、少しずつワルドの父親や年配の傭兵達の反応をうかがうのも悪くない。

 これだけの酒を用意され始まった酒宴を大した理由もなしに中座など、酒好きで飲み比べ大好きな傭兵が普通するはずないからな。

 酒宴はすでに始まった。

 もう逃げられまい。


「この中で、ここ一年の間にきた新参者達が出入りしている場所を知りたいのです。勿論、傭兵にとって情報は命綱でしょうから、皆さんが言いたくないことはいわなくて構いません。その場合は最近皆さんの間でよく聞く噂を聞かせていただければ――なぁに、酒の肴程度の話で結構です。酒は沢山ありますから、楽しく朝まで飲みましょう?」


 にっこり笑ってそう問いかけた俺に、意気揚々と頷いた者達以外の顔を覚え、その中でも一番近くにいた者のジョッキに酒をそそいでやる。

 きっと俺は今、とてもイイ笑顔を浮かべていることだろう。


「さぁ、飲みましょう?」

「……いい度胸だ、公爵の坊主。つがれた酒を断っては男が廃る。受けてたとう!」


 ジョッキになみなみと酒をそそぐ俺の、その意図と狙いを正しく理解した傭兵が覚悟を決め、高らかに宣言する。


「年寄とみくびるなよ。俺は生涯現役! 情報が欲しいなら、己で引き出していけ!」

「勿論。そうさせていただきます」


 お返し、とばかりに酒をついできた傭兵とニヤリと笑い合い。

 俺達はなみなみと酒がそそがれたジョッキをあおった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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