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第九十六話

 食品やろうそくといった消耗品に服や薬、家具など多くの商品が地面に並べられた通りを、右側にワルドの班、左側に俺の班とそれぞれ隊列をなして進む。俺とワルドを先頭に進む二班の最後尾には騎士が一人ずつついており、巡回する俺達が異変を見逃してないか見張っている。

 部下達の俺に対する認識に若干傷つきつつ、書類を完成させ提出したのが今から数時間前。その後ワルドを叩き起こし昼食をとった俺達は、現在王都内を巡回中である。


 王都の周囲は円状に囲われており、中心部に王都騎士団、十二時の位置に王城、六時の位置に検問所が設置されている。

 王城を挟み一時から十一時の間が貴族の生活区となっており、王城から騎士団のある中心に近づくにつれて爵位が下がる。

 また一時から二時の間には王侯貴族御用達の高級店が立ち並び、そこから三時、四時方向に行くにつれ店や商品の質は下がり、五時方向まで下がると屋台や露店など安価な商品を扱う店が並ぶ。

 五時から八時の間は一般の人々の生活区となっており、こちらは検問所のあるあたりから王都の中心部に向かうにつれて裕福層が増える。

 そして八時から九時の間には食堂や宿屋、九時から十一時の間には職人や薬師達の工房がある。

 王都内の道は綺麗に整備され、町中を流れる水路も細いながら透明感があり美しい。

 検問所から王城に向けて傾斜がある為、町の何処にいても王城を見上げることができ、グレイ様達が住まう王城からは町の隅々まで見下ろせる。


 俺達の巡回は王都の中心部にある騎士団前から始まり、貴族の生活区を通り王城前へ。そこから薬師や職人達が住まう区域や検問所前を回り、一般人が住まう区域を通り抜けた。

 現在は屋台や露店が立ち並ぶ通りにおり、この後は一般の店や貴族向けの店舗が立ち並ぶ通りを見回る。そして騎士団に戻れば、巡回は終了となる。

 巡回の報告書を作成、提出して俺達の業務は終了だ。


 ここまでの道中、これといった異変もなく。今歩いている通りもそこかしこから店主と客の声が聞こえ、活気に溢れている。人と物が溢れ、賑やかな通りの様子はいつもとなんら変わらない王都である。

 先ほどから、やたらと目につく傭兵達の姿さえなければ。


「今日は特別価格! 短剣一本銅貨五枚だ!」

「おやっさん、短剣十本買うから銅貨四十枚にまけてくれ!」

「てめぇ、これだけ安くしてるっていうのにまだ値切る気か!?」

「仕事にあぶれて金ねぇんだよ……頼む! このとおり!」

「仕方ねぇな……銅貨四十五枚! それ以上はまけねぇぞ」

「おっちゃん太っ腹!」

「おら。これでちゃんと稼いで来いよ!」

「任せとけ! 金が入ったら短剣といわず、奥の両手剣買うからさ!」


 昔から変わらない賑やかな王都。

 しかし今は傭兵達の姿が、やたらと目に留まる。

 露店も武器や魔道具、治療薬や魔法薬を扱っているところが多く、穏やかとは言い難い品揃えだ。

 ただ幸いなことに、道行く人々の顔に怯えの色はなく。むしろ傭兵達相手の商売で活気づいているようにも見える。

 露店の店主相手に交渉していた傭兵も、仕事にあぶれたといっていたが言うほど身なりは悪くない。

 店主と親しげな様子から、傭兵達が町の人々と良好な関係を築いていることが窺える。

 バラドに確認させたところ、深淵の森での魔獣討伐や護衛依頼など多くの仕事があるようだし、リュートが言っていたとおり現在のマジェスタ国内には傭兵達が生活に困らない程度の仕事があるのだろう。


 ――この状況が歓迎できるかと問われれば、否だがな。


 傭兵達相手に商売に励む人々や、親しげに露店の店主に話しかける傭兵達を観察しながら、これからについて考える。

 傭兵達に仕事がある間はいい。彼等の懐が温かいうちは金払いもいいし、町が活気づくだろう。しかし、マジェスタに戦をする気がない以上、傭兵達には早々にマジェスタから退場願わなければならない。

 魔獣討伐や護衛依頼には限りがあるし、傭兵崩れが盗賊行為を働くことはよくある話。マジェスタ内に拠点をつくり居座られては、近い将来国が荒れる。

 何より、深淵の森で発見された人為的に魔王を造ろうとした形跡。あれが他国に露見した時、国内に傭兵を多く住まわせるマジェスタがどう思われるか。

 あれは他国がマジェスタに宣戦布告する大義名分になる。

 実行犯を突き出せないマジェスタに、戦を止める術はないだろう。


 他国から見たマジェスタは、深淵の森に住まう魔獣との緩衝剤。

 だからこそどの国も沈黙を守っているが、内心では四英傑や父上の勇名を苦々しく思っている国は多い。切っ掛けがあれば他国はマジェスタを攻めるだろう。

 マジェスタの王が、大戦を引き起こした狂王のようになる前にと。


「騎士様、生徒さん、ご苦労様です!」

「ありがとうございます」


 笑顔で労ってくれる街の人々に笑みを返しながら、通りの先にそびえ立つ城を見上げる。

 陛下やグレイ様が、ロウェルの王と同じ道を歩むとは思えない。

 しかし、四十五年経った今でもロウェル王の凶行の原因は解明されておらず、いつ誰が次の狂王となるか何処の王族も戦々恐々としている。大戦を経験し、平和な今を望むからこそ、どの国も自国に降りかかる火の粉を振り払うのに必死だ。


 セルリー様とお爺様が暴いた、王城に仕掛けられていた魔道具と行き先不明の武器の件もある。行方知れずの犯人とマジェスタに集まる傭兵達を、いささかタイミングが良過ぎると考えたのはきっと俺だけではない。

 今のマジェスタは薄氷の上に立っているようなもの。いち早く深淵の森での犯人を探し、同時に傭兵達を追い出さなければならない。

 濡れ衣でファタリア王国の二の舞など、ごめんだ。


「――そいつを捕まえてくれ! 物盗りだ!」


 ぞわりと言い知れぬ恐怖が背を駆け抜けた瞬間、聞こえてきた怒声にハッと我に返る。

 城から視線を戻し急ぎ通りを見渡せば、人波を掻き分けこちらに走ってくる傭兵風の青年と怒声を上げながら青年を追う男の姿が見えた。

 己の進路を邪魔する人間を突き飛ばし逃げる青年と、厳つい顔を赤く染め声を荒げる男。夕餉前ということもあり、賑わいをみせていた通りに人々の悲鳴や戸惑いの声が響き渡る。


「止まれ!」


 物盗りの言葉に反応し走り出した騎士達が素早く進路を塞ぐが、傭兵の青年は手近にいた女性を騎士達に向かって突き飛ばすことで難なく通過した。

 しかし騎士を上手く避けた傭兵の前には、既にワルドが剣を構え立ち塞がっている。騎士達が走り抜けると同時に走り出し、傭兵との距離を詰めたワルドはとても生き生きしていた。


「チッ! 邪魔だ餓鬼!」

「おっと」


 嬉々とした表情を浮かべ剣を構えたワルドに舌打ちした傭兵は、己の武器を抜き数回斬り結ぶと、隙をみて俺のいる方へと走ってくる。


「そっち行ったぞ、アギニス!」


 ――ったく、街中で楽しそうに武器を抜くなよ。


 突然始まった捕りものに、至極楽しそうな様子のワルドに呆れつつ、傭兵の進路を塞ぐ。

 ワルドに上手く誘導されたとも知らず、丸腰の俺を見て笑みを浮かべた傭兵の実力など高が知れている。この程度の輩ならエスパーダを抜く必要もない。

 「この傭兵を素手で捕えたら、あの騎士達はどう評価するか」などと考えつつ、振り下ろされる刃を横目に傭兵の手首を掴んだ。


「離せ!」


 振り下ろした剣を丸腰の俺に止められ、傭兵が苛立ちの籠った声をあげる。

 焦り暴れる傭兵越しに、騎士達が目を見開いたのが見えた。

 そんな騎士達に見せつけるように掴んだ傭兵の腕を引き、バランスを崩した傭兵の足を軽く払い転ばせる。無様にも顔から地面に突っ込んだ傭兵の手をひねりあげ、背中側から肺の上辺りを膝で圧迫し動きを封じた。


「うぐ!?」

「――バラド」

「はい。ドイル様、こちらを」


 傭兵の動きを完全に封じバラドを呼べば、心得えているとばかりに縄を差し出される。

 バラドから受け取った縄で傭兵の手を縛り上げ転がせば、一丁あがりだ。


「現行犯だ。大人しくしろ」


 立ち上がり、転がした犯人にそう告げれば、固唾をのんで見守っていた人々からわっと歓声が上がった。


「――無事か? アギニス」

「この程度で怪我する訳がないだろう」

「だろうな。しっかし、アギニスに美味しいとこ取りされちまったな」

「お前がはしゃぎ過ぎるからだろう? この程度の相手に剣を抜くから、身動きできなくなるんだ。そもそも街中で武器を振り回すな。民間人に怪我でもさせてみろ、始末書ものだ。いや、それだけでは済まないかもしれない。大体お前は普段から好戦的過ぎる。いい加減自重しないとその内――」

「あ、アギニス! そんなことよりも、此奴が盗った物を持ち主に早く返した方がいいんじゃないか? 俺が探してやるよ!」

「ワルド。お前なぁ……」


 残念になど少しも思っていない癖に絡んできたワルドに、返事ついでに忠告する。

 折角の機会なので、常日頃から好戦的なワルドに一度説教でもしておくかと話を続ければ、嫌な顔をされた挙句あからさまに話を遮られた。

 そのあからさまな態度にため息を零せば、ワルドは慌てて俺が転がした傭兵の体を探り始める。そして傭兵の胸元から小さな皮袋を掴みだすと「これか? ちょっと騎士様達のところにいってくるわ!」と口早に告げ走り去った。


「ワルドには後で私が、しっかり言い聞かせておきますのでお気になさらず」

「バラド? お前、今何て……」

「――そのようなことよりも大変見事でございました、ドイル様! 魔法を放つどころか剣も抜かず物盗りを地に伏せる様は、神鳥が舞うがごとく軽やかかつ雄々しく! 至極残念なことに、戦闘が不得手な私の目ではドイル様の動きを追うことはできませんでしたが、ドイル様が大変素晴らしいことをなさったということは重々承知しております! 騎士様方も、ドイル様のご勇姿に大変驚いておられたご様子。何より、あれだけの短時間で民の安全までも考量し、素手で挑まれたドイル様の御心! ドイル様の在り方にバラドは常々――――!」


 言い逃げしたワルドを追おうとした俺を止めたバラドは、嬉しそうに語り出す。

 「お前が言い聞かすのか? どうやって?」とか「民間人に怪我をさせるかもしれなかったワルドを、『そのようなこと』で流していいのか?」など色々といいたことはあったのだが、キラキラした目で称賛の言葉を告げるバラドには何も言えず、押し黙る。

 徐々にヒートアップしていくバラドの姿を眺めつつ、この状態のバラドが苦手な俺は、助けを求め視線を彷徨わせた。


 現在、騎士達の内一人は突き飛ばされた女性を介抱し、もう一人は被害者の男性と話し込んでいる。小さな皮袋を騎士に渡し終えたワルドは、リタ達と共に野次馬達を解散させるので忙しそうだ。

 となると、残るは……とルツェ達へと視線を動かす。そして一年生と共に転がった傭兵を囲み、なにやらゴソゴソやっているルツェ達にじっと視線を送った。

 すると、しばらくして視線に気が付いたルツェが立ち上がり、俺の元へやってきてくれた。


「お疲れ様でしたドイル様。お怪我はございませんか?」

「無い。それよりも……」

「かしこまりました」


 ルツェの言葉に返事しながら、ヒートアップしているバラドを視線で示す。そんな俺の態度に軽く頷いたルツェは、すぐにバラドの元へと向かってくれた。

 俺の意図を読み取りバラドの元に向かってくれたルツェを見送り、俺はこっそり胸を撫でおろす。

 その際、口布を噛まされ唸る傭兵を押さえつける一年生達と、胴体に幾重にも縄を巻きつけ、明らかに過剰な拘束を施そうとしているソルシエとジェフがちらりと見えたが、全力で見なかったことにした。


「バラド様。人目もありますし、今はその辺りで」

「ルツェ……まだまだドイル様の素晴らしさは語りきれていませんが、確かにこれ以上ドイル様のお時間を無駄にする訳にはいきませんね。この続きは後でゆっくり――」

「是非」


 「今は」ってなんだ、ルツェ。

 そして「この続きは後でゆっくり」って、後で誰に聞かせる気なんだバラド。

 ルツェも「是非」とかいうんじゃない。


 などなど、ルツェとバラドの会話に心の中で突っ込めば、何やら話がついたらしい二人が俺へと視線を向ける。そして目が合うと、何ごともなかったかのように穏やかな笑みを二人から向けられた。

 正直なところ、今更穏やかな笑みを向けられても色々無駄なのだが、それを口にするのは愚かな行為というもの。

 これ以上無駄な時間はくうまいと、口を噤み二人の動向を静かに見守れば、少ししてバラドがおもむろに口を開く。


「ドイル様。お待たせしてしまい、申し訳ございません」

「……大丈夫だ。俺達も騎士達の元に行くぞ」


 騎士達に合流すべく、バラド達にそう告げる。

 その際、バラドとルツェに言いたいことが山ほどあったのだが「……仕事中以外の態度にまで口を挟むのはよくないよな」と己に言い聞かせ、でかけた諸々の言葉をのみこんだ。


「かしこまりました」

「はい! ジェフ、ソルシエ。その物盗りを連れてきてくださいね」

「はい、バラド様」

「了解です!」


 ほどなくして、二人がしっかり頷いたのを確認した俺は、次いでジェフ達へと視線を移す。

 癖の強い部下二人に少し切ない感情を抱きながら、ジェフやソルシエ、一年生達が立ち上がるのを見届けた。


「行くぞ」

「「「「「「はい!」」」」」」


 そして全員が準備を整えたのを確認し、俺はようやく騎士達と合流すべく歩き出したのだった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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