第九話
本日二話目です。
――――――――模擬戦当日の朝―――――――
「ドイル様! ドイル様! 大変でございます!!」
静かに朝食を摂りたいが為に、今日も朝から俺を褒め称えるバラドに朝方発表された模擬戦の対戦表を見に行かせていた所、何時にない様子でバラドが俺の元に戻ってきた。
「どうした?」
「ドイル様の対戦のお相手が!」
「相手が?」
「ジン様であります!」
この世の終わりといった様子でそう告げるバラドは、世の不幸を背負ったような悲痛な表情をしていた。
たかだか模擬戦の対戦相手ごときで大げさなと思ったが、すぐにバラドの表情の意味に気が付いた。バラドはジンが俺の全ての後釜に用意された人間であり、次期【槍の勇者】と呼ばれている相手だからこそ、こんな顔をしているのだと。
しかし、全ての後釜と言っても実現しそうなのは【次期槍の勇者】位なので、俺の中でジンという人間は特に気にする相手ではない。
槍の件は適性が皆無な以上どうしようも無いし、殿下の側近も別に一人しかなれない訳ではない。殿下本人も待っていると言ってくれたのだから、ジンが居ようと居まいと関係無い。
………………クレア王女も俺を待っていてくれているようだしな。
そう言えば王女にまだ手紙書いて無い。どうしよう。
今更何を書けばいいのだろうか?
迎えに行くから待っててくれとか?
いやいや、迎えに行けるか分からないし!
出来るか分からない約束はよくない、よな?
っと、話が逸れた。
まぁ、という訳で俺はジンとの対戦に思う所は、正直何も無い。
普通に対戦して終わりである。
むしろ相手の武器や使用スキルが分かっている以上、ジンが相手でラッキーである。
自分自身十年以上槍を振るってきたし、祖父と父との練習の記憶もある。お蔭で槍の長所も短所も知り尽くしている俺からすれば願っても無い相手だ。
今日の模擬戦ではもともと刀を使う予定だったし、勿論風と水魔法も状況によっては使うし、風と水の上位魔法である氷魔法も使うつもりだ。周囲は俺が槍を使い、雷と炎の魔法を使うと思っているのでどんな相手も楽勝だろうし、それに槍以外の武器ならば文句なしで俺のスペックは高い。
だから実際問題、今日の模擬戦は実は戦えるということを、どれだけ穏便に周囲に知らしめられるかだけが問題なのだ。下手な見せ方すると、今まで手を抜いていたとか真面目にやってなかったという悪評になりかねないので、そこらへんは周囲の反応を見つつ細心の注意をもって、実は戦力になることを知ってもらう予定だ。
目標はここで戦闘能力を認めて貰って、殿下と同じ班に組み込んでもらうこと。
仮にも王太子なのだ。殿下の班は優秀な者が選抜される。それに同じ班なら、間違いなく顔と名を覚えて貰える。殿下と同じ班というのはエリートコースを夢見る者にとっては一種のステータスといえよう。
そんな中、俺を選んで貰うには現側仕えのジンを軽々下す実力があると、学園の人々に知ってもらう必要がある。
「大丈夫ですか? ドイル様。やはり今からでも学園に掛け合って対戦相手を変えていただきましょう。不肖バラド、ドイル様の為ならば先生方とも差し違える覚悟で――!」
「やめろ! お前は俺に恥をかかせる気か! 相手が嫌だからと言って替えさせていたら、接待試合になってしまうだろうが!」
何やら危ない目で部屋を出ようとしたバラドを言葉で止める。
真面目に生きるって言ってるのに、そんな事をしたらあの宣誓も台無しになってしまうじゃないか。
現にこの場に居る者達の大半は、バラドが駆け込んできてからずっと俺達の会話に聞き耳を立てている。ここで素直にバラドを行かせたら大参事だろう。
「あのな、バラド。以前の俺ならばまだしも今後、学園内で身分に甘んじる気は俺には無いんだ」
「しかし、ドイル様!」
「バラド。お前も俺の宣誓を聞いていてくれただろう? 殿下との約束もある。俺はこれから先、誰に対しても胸を張れる道を行きたい」
お前もそれを応援してくれるだろ? と言外に言えば、バラドは目を潤ませた。
「申し訳ございません、ドイル様! 使用人の分際でドイル様の正道のお邪魔になろうとは、このバラド申し開きのしようもなく!! この罪は命を持って償わさせていただきます!」
「待て待て待て! 償わなくていい! 償わなくていいから!? お願いだからそのナイフを捨てろ!! お前にここで死なれては困る!」
いつの間にか取り出したナイフで首を切ろうとするバラドを力ずくで止め、ナイフを取り上げる。
こんな朝っぱらから、しかも大勢の人間が居るとこで自害など色んな意味で止めて欲しい。ここでバラドに首を切られた日には、確実に色々終わる。
「ドイル様! そのようなお言葉は、この不肖の身には勿体無く――――」
「いいからお前は大人しく最後まで話を聞け! いいか? 俺はジン殿が相手でもかまわないんだ。むしろ【槍の申し子】と対戦できるなど願ったり叶ったりだと思っている!」
「ドイルさ「私もドイル様と対戦できるなど、願ったり叶ったりです!!」」
色々突っ走っているバラドを押さえつけ、言い聞かせるよう叫べば、突然バラドでは無い元気のよい声が響いた。その声に驚き振り返れば、キラキラと目を輝かせたジンと怒鳴りつけたいのを必死に堪えている殿下が居た。
突然の殿下の登場に俺は【上流貴族の気品】を発動させ、慌ててしかし優雅に拝礼する。
「面を上げろ、ドイル」
怒鳴ることを何とか堪えたらしい殿下が、ちょっとドスの聞いた声で俺の名を呼んだ。怒りをひしひしと感じるその声に、頭を上げたくないなと思った俺は悪く無い。
公共の場で騒いでいたことを怒っているのだろうが、全てバラドの所為である。むしろ朝っぱらから人の話を聞かず首を切ろうとしたバラドを全力で叱って欲しい。
心の底からそう思ったが、あまりゆっくりしているとそれだけで殿下の怒りは増すので、俺は大人しく顔を上げた。昔と違い憤怒の表情ではなく、酷くにこやかな笑顔を浮かべている殿下が恐ろしいと思ったのは俺だけでは無かったらしく、いい笑顔を浮かべている主人にジンも若干引いているのが見えた。
「――――――お騒がせして申し訳ありません、殿下」
「………………別に咎めにきた訳ではない。対戦表を見たジンが是非、お前に挨拶をというので連れて来てやっただけだ」
いやいや、滅茶苦茶叱る気だったじゃん殿下!
さっき俺の名前呼んだ時、ドスきいた声だったし!
とは思ったが敢えて藪をつついて大蛇を出す勇気は無いので、俺は全ての言葉を飲み込んで立ち上がり、ジンに向き合った。
「それはご丁寧にありがとうございます。ジン殿と戦えるなどとても光栄です。本日はよろしくお願いします」
一息に言い切り、微笑みを浮かべて手を差しだす。
「っは、はい。こちらこそ、光栄でございます!」
慄いた目で殿下を見つめていたジンは俺の声にバッと頭を下げると、ガシ! といった感じで俺の手を両手で握った。
「私ではドイル様のお相手には不足かもしれませんが、本日は【炎槍の勇者様】もご観覧なさるとのこと! 私も精一杯、頑張りますのでよろしくお願いします!!」
頬を染めながらキラキラした目を向けてくるジンに若干怯んだが、今聞き逃せない言葉が聞こえた気がする。
「御爺様がいらっしゃる?」
「はい!! 今年はグレイ殿下が入学なされましたので、己の目で新入生を見極めたいと仰ったそうです! 学園側も実習中の殿下の御身を守る者達を選別するという大役もあり、【炎槍の勇者様】の意見も訊いておきたいと特別に許可なさったそうです! 第一闘技場に観覧席を用意するとのことで、私の父も大元帥の護衛としてまいります! そして運がいいことに、殿下も私もドイル様もバラド様も第一闘技場なんですよ! 奇跡ですよね!」
「凄く、楽しみです!!」と尾っぽがあったらブンブン振りながら俺にそう告げたジンに、殿下を見やれば苦々しい表情で頭を抱えていた。こめかみ辺りがピクピクしているのが見えたので、これは殿下のお説教、一時間以上はかたいなと思いながら、ジン殿に視線を戻す。
どれだけ殿下がお怒りだろうとも、矛先が俺でなければかまわない。精々頑張ってくれ、とジン殿に心の中で手を合わせた。
「…………それは、楽しみですね。頑張ってください」
殿下のお説教を。
「はい!」
何も知らないジン殿が俺の言葉に嬉しそうに頷いた。背後の殿下の笑みがますます濃いものになっているのは知らない方が幸せだろう。
それにしても、祖父がここまで出張ってくるとは驚きである。
あの人はとっくに俺を見限り、孫という価値以外見出していないと思っていたのに。どうして今さら俺の槍の腕前を見ようと思ったのかは不明だ。
しかし、こうなった以上俺はこの場で槍を使わないと宣言しておく必要がある。これで本番急に刀を使った日には凄まじいブーイングが起きるだろう。
「ところでジン殿」
「はい?」
「私が使う武器なのですが、実は――――」
「槍ですよね! 私も槍を使うので、楽しみです! ドイル様も炎や雷の魔法も併用されますよね? 私も炎と雷魔法が得意なのです!」
「いや、魔法も炎と――――」
――――ゴーン、ゴーン、ゴーン――――――
――――新入生の皆さんは速やかに特設会場にお集まりください――――――
――――繰り返します。新入生の皆さんは速やかに特設会場にお集まりください――――
「あっ! もう集合の時間ですね! 急がないと!!」
「ジン殿! 私の武器は――――」
「殿下! 殿下は確か式で誓いの言葉をなさるのでしょう? 急がれませんと! それではドイル様、失礼します! 試合楽しみにしていますね!!」
「だから、今日は――」
何とか話を聞いて貰おうとジンに手を伸ばしたが、空振りに終わってしまい伸ばした手が虚しく空を切った。慌ただしく殿下を連れて去って行ったジンを唖然と見送る。
ただ、槍を使わないと一言伝えたかっただけなのだが、ことごとく失敗してしまった。
というか、何故バラドもジンも俺の話を最後まで聞いてくれないんだ!?
「ドイル様何をなさっているのですか? 私達も急いで参りましょう! 大丈夫です! ドイル様のご雄姿を見れば、ゼノ様も考えを改めてくださるでしょう!」
「ああ」
先ほど、自殺未遂を犯した人間とは思えないほど満面の笑みを浮かべて俺の手を取ったバラドに、力なく返事を返す。
そうやって色々なものに気力を削られた俺は、その後一切の抵抗を諦め、大人しくバラドに手を引かれるまま特設闘技場に向った。
ここまで読んでいただき、有難うございました。