<< 前へ次へ >>  更新
86/262

第八十六話

 ――昼食後――


『なぁんか、嫌な感じするんですー』

『そうそう。あの湖あたりが』


『寝床の近くだから、子供達が怯えちゃって』

『うちの息子もあそこに行くの嫌がるのよね』

『『困るわぁ』』


『まじで見たんですって!』

『そうっす! すっと目の前で消えて!』

『あれは絶対おばけですよ!』


 などなど。

 昼食を終えた俺達は道中で会った馬達に聞き込みをした結果、彼等の言う雑木林の奥深くにある寝床付近にあるという湖へと向かっていた。

 管理された学園内では魔獣がでる心配もないので、隊列を組むことなく時折気配探知をおこないながらグレイ様とバラドと並び歩く。のんきな時間だ。

 リェチ先輩とサナ先輩など少し後方で周囲に生える草木について話しており、完璧にピクニック気分である。


『小さい湖ですけどね、周囲に花畑もあって綺麗なところなんですよ。期待していてくださいね。ご主人様』

『少し歩いたところに拓けた場所があって、毛足の長い柔らかな草が生えているのです』

『ふかふかで寝心地がいい。辺りも静かだ』

「へぇ」


 ブラン、アマロ、グレイ様のノワールの順に告げられた、これから行く場所の説明に相槌を打つ。今向かっている場所は雑木林の最奥にあり、雑木林を住処にしている馬達の大半がその湖の側を寝床にしているらしい。また何の偶然かブランやアマロ、ノワールは寝床が同じだったらしく、先ほどから昔話に花を咲かせていた。


「ノワール達は何と言っているんだ?」

「いまから行く場所は『小さな湖の側に花畑がある綺麗な場所』で、『近くにある寝床には長く柔らかい草が生えていて』『ふかふかで寝心地がいい。静かなところ』だそうですよ」

「いいスキルだな。俺もほしい」

『『『『『ママおやつー!』』』』』

「……一長一短といった感じのスキルですけどね」

「雛達はなんといっているんだ?」

「……『おやつ』の時間だそうですよ」

「嘘をつくな。それだけじゃないだろう? お前は雛達になんと呼ばれているんだ?」

「黙秘します」


 ブラン達の言う通り、奥に進むにつれて生徒の姿もなくなり静けさを増す雑木林に雛達の鳴き声が響く。ピヨピヨピヨとけたたましく鳴きおやつを強請る雛達に魔力を与えながら、面白そうな表情を浮かべ俺を見るグレイ様とそんな会話を交わす。

 口を閉ざした俺に飽きたのか、雛達を覗き込むグレイ様と話題を雛達に変え話ながら雑木林の中を進む。そして満足した雛達が手から離れたのを確認した俺は、雛達が入った籠をブランの首にかける。

 そしてふと声の聞こえない先輩方が気になり、俺は後ろを振り向いた。


「――バラド」

「はい」

「先輩方は、何処にいった?」

「? ――! すぐに探します」


 振り返った視線の先に先輩方の姿はなかった。

 先輩達の悪戯かと気配探知を使ってみたが、俺が探知できる範囲内にグレイ様とバラド以外人の気配はない。


「グレイ様」

「わかっている」


 煙のように消えた先輩方に、周囲への警戒を深める。

 俺の言葉に振り返り周囲を探り始めたバラドを横目に、グレイ様に声をかける。俺から離れないよう促せば、厳しい表情を浮かべ頷くグレイ様に俺はエスパーダを取り出し腰にさげる。同様にメイスを取り出したグレイ様を確認し、バラドを待った。


「――――私が探れる範囲にはおりません」


 バラドが探れる範囲にはいない、という言葉を聞き緊迫した空気に包まれる。バラドが探れないということはすなわち雑木林の中にいない、もしくは何者かがつくった気配をも遮断する何処にいるということである。

 突然の出来事にどうするか目で問えば、グレイ様は少し迷うそぶりをみせてから判断を下す。


「……とりあえず、この近辺を探してみよう。ドイルお前が先頭を行け。後方に俺がつく」

「それは」


 近辺を探ることに異論はないが、グレイ様に殿をやらせるのは抵抗がある。リェチ先輩もサナ先輩も振り返ったらいなかったのだ。

 予兆も不審な気配も何一つなく、気がついたらいなかった。煙のように消えた先輩方に何があったのかわからない。襲われたのか不慮の事故ではぐれたのか定かでない今、二人には俺の視界の範囲内にいてほしいというのが本音だ。その方が対処もしやすい。


「何かに出くわした際、俺では対処できないこともある。万が一を考え、お前が先頭の方がいいだろう」

「しかし」

「――ご心配でしたら私と並行していかれてはどうでしょう? 私かグレイ様に何かございましたらどちらかが声をあげれば異変を伝えられます」

「だ、そうだ。急いだ方がいい。少し周囲を探って原因がわからなければ、他の生徒達に危害が及ぶ前に戻って教師に伝えねばならん」

「……わかりました」


 渋る俺にそう提案したバラドと、言い聞かせるように告げたグレイ様に俺は折れた。二人の言い分をのむのは不安だが、急いだ方がいいのも事実。先輩方とは違いグレイ様は戦う術を身に着けているし、バラドは気配探知に長けている。

 そう己に言い聞かせて、背後の二人に細心の注意を払いながら周囲の探索を開始した。






 そしてそれから大した時間も経たない内に、二人は同時にその気配を消した。

 二人の気配が消えた瞬間、即座に振り返ったがそこに二人の姿はなく。気配どころか、あるはずのアマロとノワールの足跡さえない状況に俺は狼狽した。


 ――何故、あの時頷いてしまったんだ!


 何が何でも二人を視界から外すべきではなかった。そう強く後悔してももう遅い。先輩方同様何の予兆も変異もなく、二人は一瞬で掻き消えた。

 慌てて周囲を探り探し回ったが、先輩方は勿論グレイ様とバラドの気配は何処にもない。

四人が姿を消してからどれほど時間経ったのだろうか。俺が我武者羅にブランを走らせた所為で、ブランも疲れを滲ませている。

 荒い呼吸を繰り返すブランに相当な距離を走らせていたことに気がつく。

 戸惑う感情を殺し黙って走ってくれていたブランの疲労にようやく気がついた俺は、手綱を引きブランを止めた。見つかるまでブランを走らせたいのは山々だが、これ以上はブランの体に障る。僅かに残った理性がそう判断したのだ。


 ――くそっ!


 行き場のない感情に思わず側の木を殴る。

 静かな所為か辺りにミシッと木の幹が凹む音が響く。木が凹むと同時に漏れた気配にブランが怯え身を震わせたのを感じた。


 ――――落ち着け。ブランを怯えさせてどうする!


 背に跨っていたことではっきりと感じたブランの怯えにギュッと手綱を握り、目を閉じ感情をのみこむ努力をする。目を閉じる寸前に目が合った雛達も、怯えていた。


 危ないかもしれないとわかっていながら、グレイ様達から目を離したこと。

 己の感情に流され時間を無駄にしたこと。

 ブランに無理を強いた上に気を遣わせていること。

 雛達を怯えさせてしまっていること。

 すべてが不甲斐なく、腹立たしい。


 腹立たしいが、その苛立ちを露わにしたところで意味はない。ブラン達を怯えさせるだけ。今必要なのは冷静になり、次の行動を考えること。

 先輩方を見失った時点で帰って先生方に報告すべきだったのだ。そうすれば少なくともグレイ様とバラドまで見失うこともなかったし、取り乱して無暗にブランを走らせるなどしなかっただろう。幾ら動揺していたとしても時間を無駄にするなど愚の骨頂だった。もっと早く、先輩達だけでなくグレイ様もバラドも姿を消した時点で俺は教師に助けを求めに走るべきだった。

 そもそも何故危険がないと思い込んだのか。管理された学園内で異変が起こった時点で異常だったのだ。先生方に騙されたとまでは言わないが、疑ってかかるべきだった。他学科の先生の手まで借りたということは、裏を返せばそれだけの多くの人間に何か仕掛けるチャンスがあったということなのだから。

 何の疑いもなくヘングスト先生の言葉を鵜呑みにした、俺が悪い。


『――――ご、ご主人様……あの、』


 聞こえてきたブランの声に俺は思考を中断し、大きく息を吸って吐く。大きく息を吸いながら、込み上げてくる自責の念と後悔にギュッと蓋をして、俺はゆっくりと目を開けた。


「――――悪いなブラン。無理をさせた。体力は大丈夫か?」

『は、はい! この位ブランは大丈夫ですよご主人様!』

「取り乱してすまない。もう大丈夫だ。少し休んだら学園に戻りたいんだがお願いできるか?」

『勿論です!』

「ありがとう――――お前達も怖がらせて悪かったな」

『『『『ママー!』』』』


 焦燥も後悔も自責も苛立ちもすべて見ないふりをして、ブランと雛達に声をかける。

 俺の言葉に安心したように耳を立て寛いだ雰囲気で休憩するブランの首筋を撫で、次いで籠の中からそろそろと顔をのぞかせている雛達を撫でてやる。安心したように手にすり寄ってくるアインス達と、彼女達に踏み台にされ『うっ?』と目を覚ましたフュンフに少し和んだ。


 ――今すべきことは別にある。


 後悔や反省は後でいい。

 まずしなければならないのは、ブランの呼吸が整い次第学園に戻り救援を求めること。そして準備を整え、再び探しに来る。少なくとも探知や結界に長けた教師の助力が必要だ。何もわからず準備もせずに闇雲に探し回ったところで見つかる訳がない。時間を無駄にするだけだ。


 ざわめく自身の感情に蓋をして、そう己に言い聞かせる。そして徐々に呼吸が整ってきたブランの様子を見ながら空を仰ぐ。木々に隠れ太陽の位置はわからないが、木漏れ日が柔らかく降り注ぐ空はまだ青い。

 夕暮れまではまだ時間がありそうな空に安堵の息を吐いた次の瞬間。俺は違和感に再び空を仰ぐ。


 ――何故、こんなに空が青いんだ?


 白い雲が浮かぶ青空を愕然とした気持ちで見上げる。雛達におやつをやったのはグレイ様とバラドがいなくなる少し前。今が初夏に当たる季節であり、日が長いといっても日暮れは雛達におやつをやってから二~三時間だ。幾らブランを我武者羅に走らせたとしても、一時間かそこいらでこれほど疲弊するなどあり得ない。


「……なぁ、ブラン。正直に答えてほしいんだが」

『――はい?』

「俺はお前に相当無理な走りをさせていたか? 常に全力疾走させていたとか……」

『いえいえ! そんなことはないです!』

「本当か? 遠慮せずに言えよ?」

『本当です! 流石にこんなに障害物の多いところを全力では走れませんよ! 途中でご主人様を振り落としてしまいますし。確かにかなりの速度で走り続けていましたけど、ご主人様はちゃんとブランの限界ギリギリのところで速度調整されていましたよ? だから結構長く走っていましたし!』

「……そうか」


 こんな短時間でブランの体力に限界がくるほど無茶な走りを要求していたのかと思ったが、そんなことはないようで胸を撫で下ろす。かなりの時間ブランを走らせていた気がしたが俺の気の所為だったのだろうか。


 ……気が動転していた所為で長く感じていただけか? 


 いや、でもそれではブランの息が切れていた説明がつかない。ブラン自身結構長く走っていたといっている。しかし、空はまだ青い。


『ご主人様? 何か気になることでも?』

『ごはんー?』

『ちょっ! 今は流石に空気読みなさいフュンフ!』

『ママ、大変!』

『大体、さっきおやつ食べたばっかりだろ!?』

『そうよ! まだ一時間も経ってないわ!』


 手にかかる木漏れ日を見ながら己の体内時間と空の食い違いについて思案する。

 そして考え込む俺を心配したブランの声に反応したフュンフと、こんな時でもマイペースなフュンフを諌める雛達の会話にはっと顔を上げる。

 雛達にさえ気を使わせ情けないばかりだが、それ以上に最後に聞こえたアインスとツヴァイの言葉が耳に引っかかった。


「――――おい。一時間も経ってないってどういうことだ?」

『へっ?』

『ママ!?』

「答えてくれ。アインス、ツヴァイ。大事なことなんだ」


 ピヨピヨとよってたかってフュンフを諌めていた雛達の中から一番話の通じるアインスとツヴァイを取り出し、先ほど耳にひっかかった言葉の意味を問いかける。

 急に俺にわし掴まれてじたじたと手の中で暴れていた二羽は、俺の声に何かを感じ取ったのか顔を見合わせた後、暴れるのを止め話し出した。


『……「答えてくれ」っていわれても……さっきご飯もらってから全然時間経ってないわ』

『そうそう。食べたばっかりだよ? まだお腹一杯だし。なぁ?』

『うん。さっき食べた魔力を全然消化してないもの』

「――どういうことだ?」

『『「どういうことだ」っていわれても?』』


 確信に触れているようで触れていない雛達の会話にもやもやしたものが胸につのる。しかしもう少しで何かがわかりそうな気がする。それも何か重要なことが。

 そんな己の直感に従い、不可解なことをいう雛達に尋ね直せば、アインスとツヴァイは不思議そうに首を傾げる。


『――うーんとね。ママはなんだか慌てて色々してたけど、実際は大して時間経ってないはずだよ? 僕達の消化時間はいつも一定だもの』

『そう。いつでもどこでもごはんの消化時間は変わらないの。だからグレイ様? がいってたみたいに「便利」なの!』

『お腹が空っぽになった時が次のごはんの時間です! ママもいつも「お前らはいつも正確だな」って褒めてくれるじゃないですか』

『私達の腹時計は「正確 」なの!』

『『ねー』』


 己の腹時計の正確さを誇らしげに語るアインスとツヴァイは、そういって最後に顔を見合わせると首を傾げた。何故か楽しそうな二羽の姿に「別に褒めている訳ではない」という言葉をのみこんでアインスとツヴァイに礼を言って籠に戻す。

 そして改めて現状について考え直す。


 まず振り返ったら先輩方が何の予兆も変化もなく消えた。そしてすぐに俺とバラドが周囲を探ったが反応なし。それが雛達のおやつ直後の出来事だ。

 そして三人で周囲を探索中、グレイ様とバラドが姿を消した。

 二人の姿が見えなくなったことで気が動転した俺は、ブランが息切れするほど闇雲に辺りを走り回った。実際ブランは疲弊しているし、俺自身長時間馬を走らせた疲労感がある。しかし現在空は青く、毎食きっちり鳴きだす雛達はおやつから時間は殆ど経ってないという。

 それらの食い違いから考えられる可能性は二つ。

 一つは、雛達の体内時計が狂っている。

 もう一つは、俺が消えた側だという可能性。


 上を見上げれば木々の隙間から青い空と白い雲が覗き、周囲は静かすぎるほど静かだ。思い至ったその可能性と、俺とブランの体感時間と周囲を流れる時間のちぐはぐさ。その不可解な現象に俺はもう一度、周囲の気配を探る。

 グレイ様やバラド、先輩方を探すのでなく周囲に俺達以外の生き物の気配はあるのかを入念に気配察知を使い探る。

 結果は思ったとおり。辺りには虫一匹いなかった。


「ブラン。お前ここが雑木林のどこかわかるか?」

『はい。ここから少し歩けば寝床があります』

「そこに向かってくれないか?」

『え? でもご主人様、学園に戻らなくてよろしいんですか? ノワール達の主人を探していたのでは……』

「いい。学園に向かう前に確認しておきたいことがある。お前達が寝床にしていた場所に連れていってくれ」

『わかりました――――寝床はこちらです』


 突然意見を変えた俺に首を傾げながら、ブランは寝床へと歩き出した。

 そして。




『――あ、あれ?』


 ブランの背に揺られ辿り着いたその場所は、アマロやノワールがいっていたとおり毛足の長い柔らかそうな草覆われた小さな丘だった。辺りを木々に囲まれたその場所は見通しがよく、寝床にするには最適な場所だ。

 しかしそこに馬達の気配はおろか、この場にいた痕跡さえない。


「ブラン。いつもここはこうなのか?」

『いえ。そんなことは――いつもは子連れの母親とか、恋人探ししている若い雄とか雌がいて……寝床に誰もいないなんてことはなかったです』

「そうか。アインス、ツヴァイお腹は空いたか?」

『『まだ一杯です!』』


 戸惑いを滲ませ辺りを見間渡すブランは、周囲の異変を感じ取ったのか耳をぴくぴく動かし辺りを警戒し始める。

 一方の俺は予想通りの展開とアインスとツヴァイの返事に安堵の息を吐いた。空を見上げれば、天辺から少し落ちた場所で太陽が輝いている。

 流れない時間と居るはずの馬達がいないこの状況に、俺はようやく冷静な思考を取り戻していた。


「わかった――ブラン。馬達が変な感じがするといっていた湖はこの近くなんだよな? 連れていってくれ」

『はい。でもご主人様、皆は……』

「大丈夫だ。恐らく、他の馬達はいつもの寝床でゆっくり寛いでいるさ。何しろ、グレイ様達からはぐれたのは俺達の方だからな」

『えっ!?』


 俺の言葉に驚くブランをよそに念の為、雛達に問いかける。


「大して時間が経ってないだけで、消化はしているんだよな?」

『してるー。いつもと一緒なの!』

『今は腹七分目ってところです!』

『まだお腹一杯!』

『夕飯まではまだ時間あるわ!』

『ママー』


 俺の問いかけに元気よく答える雛達を撫で、ブランの手綱を取る。

 雛達が鳴くのは大体朝七時と昼の十二時、三時のおやつに夜の七時。腹七分目ということは先輩方と離れてから約四十分。グレイ様達と離れてからはさらに短い時間しか経っていないということだ。

 それに、俺が消された側と考えるなら消える予兆も何もなかったのも当然だ。この状況が人為的であれ他の生物であれ、こういった別空間に獲物を隔離するのに対象者に気取られるような真似はしない。恐らく、俺達が消える瞬間を見ていただろう先輩方には消える予兆が感じられたはずだ。となれば、二人が既に学園に伝えてくれている可能性は高い。

 全員別々の空間に隔離されている事態も考えられるが、流石にその可能性は低いだろう。一人や二人ならばともかく、五人も隔離する仕掛けを用意すればとっくに教師の目にとまっている。多くの教師が入っても見つからなかったということは、仕掛けがあったのは俺が引っかかったあの場の仕掛けだけだろう。

 しかし先輩方は無事として、グレイ様とバラドは一度隔離されている。二人が同様の空間に居る可能性は否定できないので脱出を急ぐ必要がある。

 気配察知を使えば、この付近には俺とブランと雛達以外にもう一つ気配ある。ここまできてようやく俺の気配察知に引っかかったこの気配が、馬達が言っていた『嫌な感じがする』『すっと消えた』『おばけ』なのだろう。


 ――どちらにしろ、此処を出るのが最優先事項だな。


「ブラン。湖に連れていってくれ。早くこの箱庭をでるぞ」

『ここが箱庭ですか?』

「ああ。俺達と主以外何もいない、雑木林を模した箱庭だ。箱庭の主は湖に居るみたいだからさっさとお引き取り願おう」

『はい! ご主人様!』


 ようやく見つけた敵に笑みを浮かべブランに告げれば、ブランは嬉しそうに嘶く。何をすべきかようやく定まった俺も、そんなブランに笑みを返した。


「頼んだぞブラン」

『喜んでー!』


 ガッと力強く地を蹴ったブランの手綱を手にとり、俺はこの場を脱出すべく馬達の寝床によく似たその場所を後にした。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

<< 前へ次へ >>目次  更新