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第七十二話

 ブランを走らせながら、伸ばされた手を掴みクレアを抱き上げる。想像以上に軽く、簡単に持ち上がったクレアは、衝撃も無くふわりと腕に納まった。

 力を入れれば潰してしまいそうな柔らかな感触と、抱きしめた瞬間、ふわっと漂うお日様と花の懐かしい優しい香り。俺を見つめる深い緑の瞳と、花が綻ぶような笑み。そして何より、腕の中に感じるクレアの温かさに、間違いなくこの手で掴めたことを実感し口元が緩む。


「――――逃がすな! 追え!」

「ブラン! 全力で駆けろ!」

『お任せを!』


 侯爵の私兵が上げた声に、止まっていた時間が瞬く間に動き出す。

 聞こえてきたその声に、俺はブランの手綱を取り逃げる態勢に入る。ヒヒーンッと大きく嘶き、鼻息荒く駆け出したブランは、向かってくる兵士を物ともせずに蹴散らしながら、猛スピードで駆け出した。

 ちらりと後ろを見れば、力づくで俺の槍をへし折り、追いかけてくるハルバートの男の姿が見えた。しかしそれも一瞬のことで、トップスピードで走りだしたブランによって、あっという間に遥か後方へと消え去った。




「………………怪我は無いか? クレア」

「はい」

「腕とか肩とか、痛い所は?」

「大丈夫ですわ。ドイル様が助けて下さったんですもの!」

「そうか」

「はい!」


 まるで平らな草原を駆けるかのように軽やかに疾走したブランによって、余裕で追手を振り切った俺達は、そんな会話を交わしながら王都に向かう大通りをゆっくりと歩く。遠くには月明かりを受け、静かに眠る王都の姿が見えた。

 カッポ、カッポと鳴る蹄の音を聞きながら、ブランの背で揺られるクレアとの時間は、小さい頃と何ら変わりなく。穏やかな空気と、クレアの嬉しそうな声が耳にくすぐったかった。


「怖くなかったか?」

「いいえ? ドイル様が来て下さると信じておりましたから。不安なんてありませんでしたわ!」


 俺の質問にくすくす笑いながら、答えるクレアの笑みにドキリと心臓が跳ねる。数年振りに間近で見たクレアは、幼い頃の可愛い女の子の面影を残しつつ、とても綺麗な少女へと成長していた。

 触り心地がよさそうな漆黒の髪は、艶やかな光沢を放ちながら緩やかに波打ち、美しい深緑の瞳を輝かせながら、桜色の唇が鈴を振るような声で俺を呼ぶ。肌理の細かい白い肌に、女性らしい曲線を見せる体に、心臓が早まっているのが自分でも分かる。


 幸いなことに先ほどまで戦い、ブランを走らせていたこともあり、俺のいつもより高い体温と心音にクレアが触れることは無いが、分かっていて素知らぬふりをしている可能性も捨てきれない。というか、先ほどからピッタリと俺に身を寄せてご機嫌そうに見上げてくる辺り、確信犯の可能性が高かった。

 大人しそうな顔をしている癖に意外とお転婆な幼い頃と変わらぬ笑みを浮かべ、俺の腕の中で悪戯に笑うクレアに敵わないな、と苦笑いを浮かべる。グレイ様もクレアも揃いも揃って、俺を振り回すのがお好きらしい。


「――――約束して下さいましたでしょう? ですからクレアは、信じてお待ちしておりましたわ。ドイル様は、守れない約束を口にする方ではありませんもの」


 疑う余地も無かったとばかりに、自信満々にそう答えた彼女の余裕そうな雰囲気に、なんとなく負けた気分にさせられる。その上、クレアがそこまで俺を信じて待っていてくれたことに、胸を弾ませ喜んでしまった事が非常に悔しい。

 素知らぬ顔で俺を翻弄するクレアに意趣返しというか、俺ばかりドキドキしているようで悔しかったので、胸元につけられた紙薔薇のブローチを撫でながら微笑んだクレアの手を取り、そっと己の口元に寄せる。 

 そして、触れるか触れないかの距離で顔を上げ、囁く。


「他の男にやりたくなかったから、迎えに来たんだ」


 そう口にした途端、込み上げる羞恥心をぐっと堪える。

 こんな台詞は柄じゃない。誰かに聞かれたら悶絶ものである。

 しかし、どうしてもクレアにも心乱して欲しくて。恥ずかしくて仕方無いけれど、【愛の女神】の名の元に恋愛に関しては意外と積極的なクレアには、これぐらいやらなければ動揺して貰えないだろうと、気を抜けば赤くなりそうな己を必死に律して素知らぬ顔で彼女を覗き込む。


「クレア」

「…………………………ドイル様は、ずるいですわ」


 囁いた途端俯いたクレアの顔を覗き込み、窺うように名を呼べば、彼女は不服げにそう呟いた。しかし、不満そうな声とは裏腹に、耳や首までほんのりと色付かせた彼女の姿にようやく溜飲を下げた俺は、深緑の瞳を潤ませて「ずるい」と言いながら見上げるクレアに、微笑み返しながら顔を寄せ、もう一度囁いた。







「――――完璧でございますっ、ドイル様!」


 金で装飾された豪華絢爛な重厚な扉の前で、バラドが感極まった様に叫ぶ。押し殺した声であったものの、バラドの声は静かな控室の中で響き謁見の間へ繋がる重厚な扉を守る騎士の肩を跳ねさせた。

 しかし、そこは鍛えられた王城の騎士達。驚きの表情を一瞬見せたものの、直ぐに態勢を立て直すと、興味津々にこちらを窺うような無作法な真似はせず己の職務へ戻っていった。


「セレナ様がご用意された正装がドイル様の気品をさらに引き立たせており、その高貴なお姿にバラドは感無量でございます! 王族の方々に並び立つに相応しく! 白馬に乗りクレア王女様を腕に抱くお姿も、まるで物語に登場する王子様のように素敵でございましたが、今のお姿はそれにアギニス公爵家としての威厳も加わり完璧でございます! 現在のドイル様のお姿を見ればさらにクレア王女様の御心も――――!」


 しかし、そんな騎士達の自制心を吹っ飛ばす勢いで、バラドが俺を称賛し始めた為、彼等は今度こそ俺を見た。ひしひしと感じる彼らの興味の視線が気にならない訳では無いが、俺は無視を決め込み扉の前で己の名が呼ばれるのを待つ。

 その間も俺をうっとりと見つめるバラドは、完全に別世界へと足を踏み入れている。朝方から今に至るまで、俺の一挙手一投足に感動の声を上げるバラドは、どうやら俺が再びグレイ様の側近として王城に足を踏み入れたことが嬉しくて仕方ないらしく、その暴走っぷりが朝から半端無い。


 グレイ様の前では普通に受け答えしていたので、場が変われば相応しい態度をとるくらいの理性は残っている、と思いたいところだが、正直怪しい気がする。高等部の入学式直後ぐらいの興奮っぷりである。こんなバラドを御するのは、俺には不可能だ。

 そんな訳でバラドの行動に警戒を露わにしている騎士達には悪いが、今日のバラドに関して俺はとうの昔に匙を投げているので、「どうにかしろよ」といった目で見られても俺は何もしない。下手に声をかけて、バラドにますますヒートアップされても困るからな。


 …………グレイ様も、何をするつもりなんだか。


 バラドに関して放置を決め込んだ俺は、王族の儀礼用の衣装に身を包み「名を呼ばれたら入ってこい」と言い残し、ジンを連れて謁見の間へと姿を消した幼馴染を思い出す。

 これから行われるのは恐らく、俺の任命式であることは予想出来る。ご丁寧に儀礼用の正装をさせられているしな。このタイミングで俺の任命式を行い、その付き添いとしてバラド達の登城を誤魔化す気なのは分かる。しかし俺の勘が、グレイ様はそれだけで終わらせる気が無いと言っているのだ。


 愉しそうな笑みだったしな。


 明らかに何かを企んでいたグレイ様に、嫌な予感が募る。

 無事クレアを救出し、再会を喜び合った俺は王都入口へとブランを走らせたのが昨日の夜。そして王都がすっかり寝静まった頃、バラド達やリュート達とも再会を果たし、怪我人がいないことを確かめ合った。そして、「さぁ城に」となったその時、俺達の前にセルリー様が迎えにやってきたのだ。


 迎えがセルリー様ということで一悶着あったものの、検問所を通らずに王城に向かう為のグレイ様からの心遣いにより無事、何事も無かったかのように城に戻った俺達は、クレア達と別れ、グレイ様に報告を済ませた後、各自用意されていた部屋で休んだ。

 そして朝方、部屋を訪ねてきた父上とモルドに「これを着るように」と母上が用意したというこの正装一式を渡され、よく事態が飲み込めないままこの衣装を着せられ、突然部屋にやってきたグレイ様にこの控室に連れてこられ、今に至る。


 国王陛下の側近ならまだしも、本来グレイ様の側近の任命など、わざわざ謁見の間を使ってやるものでは無い。精々執務室とかで国王陛下直筆の任命状をいただくくらいで、儀礼的なパフォーマンスを必要とするのは、グレイ様が戴冠された時だ。戴冠時は俺みたいに名のある貴族が、観衆の前でグレイ様に跪くことに意味がある。


 ただ、今回は俺達の突然の登城や、クレア達が昨夜不在だった件から目を逸らさせる必要がある。その為に任命式が目立つよう、わざわざ謁見の間を使うのかと思っていたが、正直、部屋の向こう側に居る人数が多過ぎる。

 正確に数えた訳では無いが、扉の向こうある気配は100をゆうに超えており、城に滞在している当主達どころか、城勤めの大半が居るのではないかという人数である。

 たかだか、俺の任命式にこの人数を集める意味は無い。だとすれば、一体この扉の向こうには、何が待ち受けているというのか。




『――――――ドイル・フォン・アギニス!』


 グレイ様の意味深な笑みの理由に考えを巡らせ、これから己の身に起こることを想像し、豪華絢爛な扉がおどろおどろしい扉に見え始めたところで、己の名が高らかに告げられるのを聞いた。

 同時に、ギギギギギと重々しい音を立てながら目の前の重厚な扉が動き出す。


「バラド」

「はい!」


 少しずつ開く扉に意識を切り替え、返事と共に姿勢を正したバラドに、俺も気を引き締め直し【上流貴族の気品】を意識する。スキルを意識し、指先の感覚まで鮮明に意識下に置かれたのを確認した俺は、優雅に足を踏み出した。


 重厚な扉の先には、空色に塗られた天井に神々や精霊達が飛び交う様が白い石で精巧に彫られ、表現された美しい謁見の間があった。その最奥には白い大理石の様な石で作られ、瑠璃色のベルベットと銀で飾られた玉座があり、隣に王妃様、二人の後ろには槍を手に立つ、父上の姿があった。

 そして、玉座からみて右側にグレイ様とジンの姿、その正面には四英傑の方々。グレイ様の隣に側妃様方と序列に則り、玉座のある最奥から入り口までの間に、この度招集されていた貴族の当主達や、騎士団や魔術師団の幹部、上位文官といったそうそうたる面々が立ち並んでいる。


 …………入学式みたいだな。


 足を踏み入れた途端向けられた多くの視線に、観衆から向けられる悪意の中を歩いた入学式の日を思い出す。

 あの時と異なり、好意的な感情を感じさせる視線達に笑みを深めながら、居並ぶ権力者達の間をコツン、コツン、コツン、と優雅に歩く。背筋を伸ばし、俯いたりせず、真っ直ぐに。

 そして国王陛下の元に跪き、指先や衣装の動き、そして零れる落ちる髪の毛すら意識しながら優雅に跪き拝礼すれば、頭を垂れると同時にそこかしこから感嘆の吐息が漏れる。


「面をあげよ」

「はっ」


 場所は違えど、あの入学式の時と同様の流れに感慨深いものを感じながら、落ち着いた声で話す陛下に返事を返し、一拍おいてからゆっくりと顔を上げる。

 そして顔を上げた先で待っていたのは、あの時同様、俺を見下ろす国王陛下の姿だった。


「…………本題に入る前に、まずはマーナガルム討伐と献呈に王として礼を述べよう。あのまま野放しでは、いずれかの魔王は我が国と民に甚大な被害を及ぼしていただろう。大義であった。――――――そして、これは一人の父親として。息子を守ってくれたことを、心から感謝する。お主が共に居たお蔭で、我は息子を失わずに済んだ」

「勿体無いお言葉です、陛下。私がグレイ殿下をお守りするのは、私にとって当然のこと。当然のことに礼など必要ありません」


 視線に込められたグレイ様への愛情を確かに感じながら、国王陛下にそう返す。

 王でありながら何かの折に父親になろうとするこの陛下が、俺は結構好きだ。時折こうやって人間味を見せる陛下に賛否両論はあるものの、『国の為』という言葉を免罪符に人や感情を切り捨てる王より、よほど好ましいと俺は思う。


 ただ、アギニス公爵家継嗣としても幼馴染としても、俺がグレイ様を守るのは当然のことだ。何より、グレイ様を守り支えていきたいと望んだのは他ならぬ俺自身である。そこに感謝の言葉など必要ない。

 そう心から思うからこそ、俺は陛下を真っ直ぐに見つめる。グレイ様の側で守り、支えるのは、命令でも義務でも無く、全て俺が望むことなのだと伝わるように。


「当然か」

「それが私の望み故に」

「――――――――そうか」


 俺の返答に、陛下はそう一言仰るとその瞳を閉じる。

 とても短い、たった三文字の言葉。

 しかし、そこに込められた響きはとても重い。


 目を閉じ、俺の言葉を噛みしめるような仕草見せる陛下を見つめながら、お言葉の続きを待つ。静まり返った謁見の間に、しばしの間沈黙が落ちた。

 任命式の前の雑談のはずが、陛下が醸し出す空気の重さに謁見の間に緊張がはしる。陛下が何をお考えなのかは分からない以上、俺に出来ることは無いので、間近から漂う重たい空気にじっと耐えた。




「ドイル・フォン・アギニス」

「はい」

「――――あの日の誓いに変わりはないか?」


 短くは無い沈黙の後、ひたりと合わされた視線に既視感を感じる。

 陛下の仰る『あの日の誓い』は、間違いなく入学式の宣誓で俺が述べた言葉のことだろう。合わせられた王の目は涼やかな青なのに酷く熱く、言葉と共に「あの日の覚悟はいかほどか」と俺に問いかけてきていた。

 そんな王の視線を逸らしたら負けだと、しっかり受け止めながら、入学式から今日までの日々を思い出す。

 そして、あの日の胸に刻んだ誓いも。


 あの日、全てを背負って生きていきたい、とこの人の御前で誓った言葉に変わりは無い。いや、今はむしろ強くなった。

 あの日から今日までの間、沢山の人と出会った。

 ジンやレオ先輩、サナ先輩とリェチ先輩、エレノーラ先輩達にリュート達。ちょっと自己主張の激しい愛馬を手に入れ、バラドを筆頭にルツェやジェフやソルシエの知らなかった一面を知り、以前よりも親しくなることができたし、グレイ様との距離も縮まった。甘えていいと言ってくれる先生方や、黙って見守ってくれる家族も居る。


 これまでの日々を思い返せば、貰った分を返すどころか、彼等から与えられるものの方がずっと多く。返しきれないほどの想いは、泣きたくなるほど優しく、温かかった。

 そして、彼らの想いを知れば知れるほど、己の未熟さを痛感し、同時に、彼等と巡り合ったことを感謝し、この幸せを守り、大切に育んでいきたいと切に願った。


「―――――はい。あの日の誓いは、変わらずここに」


 だから俺は玉座から注がれるその視線を受け止め、これまでの日々を想い見返す。そして、言葉では言い尽くせないこの強い感情が、少しでも陛下に伝わるようにと、はっきりとそう口にした。

 そんな俺の言葉に、陛下は目を細めて再度問いかける。


「【アギニス公爵】の名を背負い、先人達の偉業を越えてみせると言った覚悟に変わりはないのだな?」

「はい! 私がこの身をもって【槍の勇者】の名さえ霞むほどの功績を捧げ、『マジェスタにアギニスあり』と世界に言わせてみせましょう!」


 陛下の言葉に頷き、力強くそう宣言する。

 このマジェスタに生まれ育ったことで、俺は抱えきれないほど多くのモノを与えられてきた。過ちを犯してもなお俺を愛してくれる人達が住まうこの国を、この国と同じマジェスタの名を持つ幼馴染み達を、守り生きていきたいと願うのは自然なことである。それになにより、


 ――――――追いかけ、越えたい背中がある。


 陛下の後ろで、槍を持ち直し「越えてみせろ」と笑みを浮かべて俺を見下ろす父上を、越えたいと強く思う。幼い頃、鍛錬中に何度も見た「かかってこい!」といわんばかりの父上の挑発的な笑みに、俺も口元を引き上げ挑発的に見上げて誓う。

 俺なんかよりもずっと高い位置に居る父上のあの背を、いつか越えて見せる、と。


「――――――相分かった」


 俺の宣言に応えた父上と視線で挑発し合えば、そんな俺達を見た陛下が何処か呆れたような表情を浮かべて、そう告げる。そしてお爺様の隣にいた宰相様に合図を出された。

 陛下のそんな動作に、宰相様は二枚の紙を懐から取り出し、俺の前へと歩み寄る。


「任命状と婚姻許可状になります」

「はい?」


 差し出された二枚の紙に思わず声が裏返る。本来ならばここで差し出された任命状を受け取り、陛下からのお言葉をいただき、拝礼を返して終わるところなのだが、もう一枚の衝撃に紙を受け取るのも忘れ、俺は陛下を仰ぎ見る。


「国王エスト・フォン・マジェスタの名の元に、王太子グレイ・フォン・マジェスタの側近にドイル・フォン・アギニスを任命する。また、任命するにあたり王家はドイル・フォン・アギニスをアギニス公爵家継嗣と認め、第三王女クレア・フォン・マジェスタとの婚姻を許可する。ただし両者とも未だ学生である為、その身分を婚約者とし、しかるべき時が来るまで婚姻許可状はアギニス公爵家当主預かりとする。また、二人の婚約を祝い、近いうちに他国を招いた婚約発表を執り行うことをここに宣言する」


 厳かに告げられた言葉に思わずグレイ様を見れば、大変愉しそうに笑っていた。そして俺の視線に気が付くと、悪戯な笑みを浮かべ、グレイ様達と側妃様方の後ろに隠れていたクレアを前列へと連れてくる。


 なっ!?


 そして全貌が露わになったクレアの姿に瞠目する俺をみて、グレイ様は悪戯が成功したかのように満足そうに笑む。そしてその横で、純白のドレスに身を包み、紙薔薇で髪を飾り、紫水晶の宝飾品で着飾ったクレアも同種の笑みを浮かべて笑っていた。


「リブロ」

「お納め下さい」


 ――――――やられた。


 悪戯な笑みを浮かべて笑い合う兄妹と、陛下の命により俺に有無を言わせず任命状と婚姻許可状を握らせ立ち去る宰相様に、笑みを深める父上の姿。そして、拍手の準備をして俺の返答を待つ多くの人々の姿に、ここまで込みだったからこその、この面々と謁見の間であったことを悟る。

 そりゃ、第三王女の婚約発表が行われるのなら、内心はどうであれ当主達や重鎮、幹部が出席する訳である。王城におり、王女の婚約発表と知っていながら出席しないなど、表立って王家の決定に不服を示すのと同意義だ。


 任命式と見せかけて、クレアとの内々の婚約発表というか事実上の婚姻確定、その上、王家直々のアギニス公爵家継嗣の指名。俺一人知らなかったということに不満はあるものの、正直もの凄く嬉しい。

 【アギニス公爵家継嗣】も【グレイ様の側近】も【第三王女の婚約者】の名も全て、前世を思い出してからずっと、俺がもう一度背負いたくて仕方が無かった名達だ。

 それを公の場で正式に、国王自ら、俺に背負って生きろと仰ってくださったのだ。

 そんなの、嬉しいに、決まってる。


「――――先刻の言葉通り、マジェスタに生涯尽くせ、ドイル・フォン・アギニス。お前の働きを期待している」

「謹んで拝命つかまつります、エスト国王陛下」

「うむ。励め」

「はい!」


 喜びに震えそうになる己の声を必死に隠して、今の俺が出来る渾身の拝礼を陛下に捧げる。俺が陛下に頭を垂れると同時に、そこかしこから祝いの言葉や激励の言葉が飛び交かった。

 そして、 


「面を上げろ、ドイル」

「…………グレイ、殿下」


 グレイ様の声に、俺はゆっくりと顔を上げる。かけられた声と胸に広がる感情に、思わず「グレイ」と呼びそうになって、取り繕うように「殿下」と付け足せば、そんな俺を嬉しそうに見つめるグレイ様が居た。

 少し離れた場所に立つグレイ様と俺の距離は、丁度人一人分。俺がグレイ様の隣に「必ず戻る」と約束し、「ずっと待つ」と言ってグレイ様が立ち去ったあの時と、ほぼ同じ距離だった。

 わざとなのか、偶然なのかは分からないが、不意に訪れた既視感に動けず固まっていると、グレイ様は何の躊躇いも無く俺の元へと足を進める。そして最後の一歩まで距離を詰めると、おもむろに手を差し出した。


「もう、いいだろう」

「グレイ殿下」

「俺は待った。だからいい加減その剣を俺に捧げろ、ドイル!」


 不遜な笑みを浮かべ俺に「剣を捧げろ」と命じる幼馴染をしばし見上げた後、俺は黙って腰に下げていたエスパーダを抜き、その刀身を両手でそっと掴み、持ち手をグレイ様に向け差し出す。

 そして、最後の一歩を自ら詰めてくれたグレイ様に、万感の想いを込めて、誓う。


「捧げます。地位も名誉も力も、私が持つ全てを貴方に。ーーーーーー代わりに、貴方の背を預かる栄誉をいただけますか、グレイ王太子殿下」

「っ与える! その代り――――――、」






 そうして。

 入学式の宣誓からもうすぐ一年が経とうとしていた、その日。

 多くの重鎮や権力者、実力者が勢揃いした、謁見の間にて。

 俺はもう一度、名を背負い生きることを、許された。


長めの話が続きましたが、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

一応ここまでで、ドイルの一年生編は終わりになります。

後日二回ほど別視点を投稿し、二年生編に入らせていただきますので、今後もお付き合いいただけると幸いです。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。

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