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第七話 グレイ・フォン・マジェスタ

王子様視点のお話です。

『――――――私は、今日、この日を迎えるにあたり、考えました。入学式が成人式と共に行われる意味を、アギニスの姓を名乗る意味を、そして、今までの人生とこれからの人生を。そして、ようやく、覚悟ができました。その名の重さに散々逃げ回った私には、もう遅いかもしれませんが、ようやく背負って生きていく覚悟が持てたのです。【炎槍の勇者の孫】、【雷槍の勇者の息子】、【聖女の息子】、【アギニス公爵家継嗣】の名を背負って生きていく覚悟が、ようやく、私にもできました』


 何だ、それは。

 そんなの、聞いて無い。

 聞いて無いぞ、ドイル!


 入学式の最中だというのに、ここ数年感じていなかった熱い感覚が俺を襲う。気の所為か目の前が真っ赤に染まっている気さえする。幼い頃、クレアやドイルといる時によく感じていた、怒りの感情だ。あれほどクレアに想われておきながら、素直に受け入れないドイルに腹をたて、よく叱りつけていたことを思いだす。

 

 しかし、そんな俺の怒りなど知りもせず、宣誓を終えたドイルは涼しい顔をして席に戻ってきた。最後にその姿を見た中等部の卒業式とはその身に纏う空気を大きく変えたドイルは、俯くことなく凛とした姿で歩いていた。他者を圧倒する空気は父上や母上によく似ていると思った。重いものを背負って生きることを決めた、覚悟ある者の空気。勇者や老将達が時折見せる、見る者を惹きつける空気。

 そんな空気を纏うドイルから目が離せずにいると途中で目が合った。しかし、ドイルは何か反応を見せるでもなく自然に目を逸らし、席に座った。


 そんなドイルの態度に、沸々と怒りが湧きあがってくるのを感じた。この場が入学式でなければ、今すぐに彼奴の元に行き、怒鳴りつけて、心行くまで問い詰めてやりたい。

 真っ直ぐに背を伸ばし、ドイルの変化に動揺を見せる周囲など眼中にないとばかりに前を見据え続ける奴の姿を睨みつける。


 てめぇ、後で覚えてろよ!

 心の中で昔のようにドイルに悪態をつきながら、俺は入学式が終わるのを待った。






 俺こと、グレイ・フォン・マジェスタにとって、ドイル・フォン・アギニスと言う少年は、将来側近予定の少年であり、可愛い可愛いクレアの憎き婚約者であり、気心知れた唯一の幼馴染である。


 幼い頃は、可愛いクレアがドイルばかり追うのが詰まらなくて、「俺が認める男でなければ、クレアはやれん!」と言ってドイルに決闘を申し込んでいた。

 結局、あの頃の俺はドイルに一度も勝つことが出来なくて。

 その事を悔しく思いながらも、ドイルばかり構うクレアに俺が不機嫌になるとわざとクレアを邪険にして、俺もその輪に入れてくれようとする彼奴の不器用さが心地好く、すぐに短気を起こす俺を厭うどころか慕ってくれたドイルならば、大切なクレアをやってもいいと思っていたんだ。

 

 当時俺の短気は少々問題になっていて、周りの者達は短気を起こさせぬよう様々な場で俺に我慢を強いていた。お蔭で今は【穏やかで優しい王子様】で通っている。

 ただその反動で、ドイルには辛く当たっていたと思う。何かあるとすぐ、怒鳴り、手を出していた。しかし、ドイルはそんな俺を諭すどころか『そうやって怒鳴っている方がグレイ様らしいですよ』と笑ってくれた。

 そんなドイルの態度に俺は安堵した。王子様のグレイでは無く、本来のグレイを許容してくれたことに、救われた。だから、ドイルならいいと思ったんだ。

 俺の側近になるドイルに嫁ぐなら、いつでもクレアに会えるからな。


 それなのにいつからか、ドイルは道を踏み外していた。身分を笠に着るようになり、横暴な態度を取るようになった。最初はそれでも諫めようとしたが、聞く耳を持たないドイルに呆れ、失望して、俺は係わるのを止めた。

 しかし、そうやって俺がドイルから距離を取るようになっても、クレアはドイルを慕っていた。俺や母上や父上が説得することで後を追うことは止めたが、それでも己の婚約者はドイルだけだと言って聞かなかった。

 その件で、言い争いになり王自ら軟禁したりもした。

 それでもクレアの気持ちは変わらなかった。それどころか「ドイル様以外に嫁ぐくらいなら、死んでやる!」とも言っていた。

 後日、バルコニーから飛び降りようとしたクレアに俺も王も折れ、取りあえず婚約は継続。今後どうするかは保留となった。


 結局俺はドイルに甘え、逃げていただけなのかもしれん。

 変わってしまったドイルが恐ろしく、変わってしまった理由を知るのが怖くて、ドイルから距離を置くことで己の心を守ろうとしていたのかもしれない。

 クレアのように、ドイルを信じてやることが俺には出来なかった。

 だから、アギニスの名に苦しんでいるドイルに気が付いてやれなかった。ドイルはマジェスタの名に苦しんでいた俺を救ってくれたというのに。たった一人の幼馴染の苦悩にさえ気が付いてやれないとは、なんと不甲斐ない。

 それでも、一言言ってくれれば力になったのに。







「――――様、――――兄様、お兄様! 何時まで呆けているのですか!! 着きましたからしっかりして下さい!!」


 可愛いクレアの声に、ハッと我に返る。何時の間にか、アギニス家の控室についていたらしい。とは言っても公爵家であるアギニス家と王家の控室はたいして離れていないのだが。


「さぁ! 早く、扉を開けて下さいませ。お兄様!」


 白い頬を薄桃色に染め、喜色を前面に押し出した愛らしい顔で笑うクレアは嬉しそうだ。まぁ、ずっと俺や母上、父上に接触を禁止され会えなかったドイルと数年ぶりの対面だ。嬉しくて仕方が無いと言った顔をしている。こんな嬉しそうなクレアを見たのは、俺も数年ぶりだ。ドイルと一緒にいた頃は、こうやって笑っていたなと思う。そして同時に、この笑顔を奪っていたのは自分達だということに胸が痛んだ。

 父上や母上も同じ気持ちなのか、嬉しそうなクレアを複雑な表情を浮かべ見ていた。


「アギニス家に話がある。開けてくれ」


 そう兵士に命じれば、物言いたげな表情で俺を見た後、クレアに目を移し更に複雑そうな表情を浮かべている。


「どうした? 早く開けてくれ。それとも、アギニスに何か言われているのか?」


 扉を開けたく無さそうな二人の兵士にそう問えば、「――――いえ。何でもありません。直ぐにお開け致します」と言って、アギニス家の者に俺達の来訪を告げた。そして、アギニス家の者と二・三言葉を交わし、ゆっくりと両扉を大きく開いた。

 そして家令に案内されて扉を潜る。


 というか、何故アギニスの家令がここに居るのだ? 

 家令とは主人の留守中、主人に変わり家を守るものだ。幾ら孫が高等部にあがると言っても、主人であるアギニス一家が家を空けるなら、アギニス家にいるべきだろうに。

 居ないはずの家令が居ることに驚きつつ、まぁ、アギニス家の者達なら本人が嫌がっても無理やり連れてくるだろうと結論付け、部屋の中に入った。

 久しく言葉を交わしていなかったドイルになんて声をかけようか考えながら歩む。そして、頭を垂れて俺達を迎えてくれたアギニス家と対面した。


「面を上げよ」


 父の言葉にアギニス家の面々が顔を上げる。しかし、その中に望んだ姿は無く、ついでに言えばドイルの側仕えの姿が無く、セレナ殿は泣き腫らした顔をしており、アラン殿とメイドもその目を赤く染めている。


「――――ドイル様は、何処でしょうか?」


 異様な空気のアギニス家に異変を感じとったクレアが、少し震える声でドイルの行方を問う。


「――――ドイルはここへは来ませんでした」

「来なかった?」


 寂しいような、嬉しいような表情で告げたアラン殿の言葉に、嫌な可能性が浮かんだ。俺と同じ結論を出したクレアは既に泣きそうな顔をしている。


「ドイルちゃんは、別れは済んでいるからと言って、此処には来なかったんです」

「別れは済んでるだと?」


 震える声でそう言ったセレナ殿は、自分で言って再び悲しくなったのか「……ドイルちゃん」と言って泣き出してしまった。そして、そんな彼女をメイドとアラン殿が「ドイル様は大人に成られたのです。奥様はその成長を喜んで差し上げないと、ドイル様も悲しまれますわ」「そうだよ、セレナ。ドイルも必ず帰るから、笑って待ってくれと言っていただろう?」といいながら慰めている。


「僭越ながら、旦那様と奥様に代わりご説明させていただきたく」

「頼む」

 

 異様な雰囲気になってしまったこの場を収めるべく、家令が此方に寄ってきたので、説明を求める。クレアは両目に涙を溜めて、家令を見ている。


「では、僭越ながら私が説明させていただきます。ご覧の通り、ドイル様はこの部屋にはいらっしゃいませんでした。そして、ドイル様の側仕えをさせていただいている我が孫も、ドイル様からの言付を伝え、既に寮に向いました」

「言付は?」

「はい。『次にまみえる時は、アギニスの名に相応しい男になっているとお約束したので、会いには行きません。ですから、どうかお元気で。ドイルは必ずや、アギニスの地に戻りますので、その日まで笑って待っていてください。ご自愛ください』とのことです。ですので、折角足をお運びくださったのに申し訳ありませんが、ドイル様はこちらにはいらっしゃいません」

「そんな! ドイル様」

「…………クレア」


 ドイルの言付を聞いたクレアはついに泣き出してしまった。そして、そんなクレアを母上が優しく抱き寄せ慰めている。

 どうやら俺達はドイルの決意を甘く見ていたらしい。これから三年間言葉を交わすこと無く、もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれないというのに、宣誓の誓い通り会いに来ないとは並大抵の決意ではないのだろう。

 高等部の授業は魔の森での合宿や、砦への遠征もある。学園側も万全をきしていると言っても、絶対など無い。数年に二・三人は死者が出るし、砦へ遠征中に他国の襲撃を受けることもある。

 ドイルは、本気でやり直す気なのだ。

 一度は誤ってしまった道を、全力で正そうとしている。


「父上。私も寮に向います。今を逃したら誰にも邪魔されずドイルと話す機会は無いでしょうから」

「…………そうか。達者でな」

「はい。父上も、お体ご自愛ください」

「うむ」


 父と手短に別れを済ませ、母上の元へ向かう。


「母上」

「――――グレイ。もう行くのですね」

「はい。ドイルと話したいことがあるので」

「分りました。体に気を付けて、励むのですよ」

「はい。母上もご自愛ください」


 空いている手で頭を撫でて下さる母上とも別れの言葉を交わし、俺は未だ母上の胸で泣くクレアに近づく。


「クレア」

「…………お兄様。ドイル様はどうして行ってしまわれたのでしょうか? そんなに私と顔を合わせたくないのでしょうか?」

「そんなことは無い。ドイルは何だかんだ言って、お前を大事にしていた」

「……なら、どうして」

「クレア。あいつは今、本気でやり直そうとしているんだ。間違えてしまった道を、正す為に頑張ろうとしている。わかるだろ?」

「……はい」

「なら、待っていてやれ。今までそうしていた様に。あれだけの事を言いきったんだ、近いうちにクレアの事も迎えにくるだろう」


 ぽろぽろと涙を零すクレアの涙を拭ってやりながら、そう言ってやる。


「むかえに、きて、くださるでしょうか?」

「ああ!」

「……………………クレアは、いつまでもおまちしていますと、ドイルさまにおつたえください」

「ああ。ついでに、お前に手紙を書くようにも言っておくからな」

「ありがとうございます。…………お兄様も、おげんきで。クレアも一年後にまいります」

「ありがとう。クレアも元気でな」

「はい」


 泣いている所為か、何処か幼い話し方をするクレアを抱きしめる。俺と違って強い心を持つ妹だ。今までと同じようにドイルを待っていてやれるだろう。

 …………これでドイルがクレア以外の女を選んだ日には、直々に剣の錆にしてやろう。

 クレアを振った時のドイルの処遇を勝手に決めた所で父上に拝礼し、俺は退出した。


 途中、新しく側仕えとなったジンの元に顔を出す。そしてドイルの事を話し、寮に向かう旨を伝えれば一緒に行くというので、ジンの家族に謝り寮に向かう。


「グレイ殿下。ドイル様とはどのような方ですか?」

「彼奴の噂は聞いたことあるだろ?」

「噂では無く、グレイ様とクレア様にとってのドイル様はどのような方か知りたいのです。噂を聞くばかりで話したことはございませんが、クレア様のご様子と、今日のお姿を見る限り、噂通りの方だとは思えません」


 噂に惑わされず、真実を見ようとする真っ直ぐな性根と見たままを信じることが出来る素直な心を持つジンを俺は気に入っている。

 伯爵位を持つジンの父親は、槍部隊の団長を任されている我が国有数の槍の名手だ。そして、息子であるジンも素晴らしい槍の腕前を持っており、陰ではドイルでは無くジンこそが次代の槍の勇者だと噂されている。

 驕ることなく謙虚な姿勢を貫くジンを槍の勇者にというのは分らなくもない。


「噂通りの奴だったぞ。今までのドイルは」

「えぇっ!?」


 しかし、ジンをドイルのように叱れるかというと、絶対に無理だ。そして【穏やかで優しい王子様】な俺を尊敬し、慕ってくれるジンをドイルと同列に並べることも一生無い。

 色んな意味で、ドイルという少年は俺にとっても特別な存在だからな。

 まぁ、ジンも嫌いじゃないぞ。むしろ、扱いやすくていいと思っている。分かりやすいからな、此奴は。


「お前、今日のドイルを見てどう思った?」


 噂とは違うと言ったジンの、ドイルに対する評価が知りたくなった。


「…………流石、【雷槍の勇者様】と【聖女様】のご子息だと思いました。見惚れるような拝礼も、凛としたお姿も、慈愛の籠った微笑みも、しっかりと前を見据える瞳も、強い決意と覚悟を秘めた力強いお言葉も、感嘆の言葉しかでませんでした。クレア様があそこまで想われる意味がよく分かります」

「そうか」


 正直言えば、周囲の者達はこのジンをドイルの居た位置に据えようとしているのだろう。次期槍の勇者をジンに継がせ、俺の側仕えにしてクレアを嫁がせる。ドイルが道を踏み外したのを切っ掛けに、ドイルを見限った者達はジンにドイルの後を継がせる気なのだ。そして、少し前までの俺も、それが最良だと思っていた。

 だからクレアの気持ちを変えさせる為にジンと二人っきりにしたりもしたのだが、結局クレアの心は変わらず、逆にジンがクレアのドイルへの想いに感銘を受ける始末だった。

 あの時は本気で頭を抱えたが、今ならジンが下手にクレアに惚れたりしなくて良かったと思う。


「今までのドイルは噂に違わない奴だったが、今日の姿が本来のドイルの姿であり、私の幼馴染で、クレアが惚れた男の本質だ」

「ではドイル様は強く美しく、慈愛溢れ優しい凄く素敵な方なのですね」

「いやドイルは、強がりで格好つけたがる、馬鹿で弱音の吐けない愚か者だ」

「えぇっ!?」

「何を驚いている? 行くぞ」

「あ、はい。―――――― って今グレイ様、今凄く辛辣なお言葉聞こえ、いや、お優しいグレイ様が人を罵倒なさるなんて…………。でも今確かに、馬鹿とか愚か者とか聞こえたような……?」

「急げジン!」

「っはい!」


 俺の言葉に首を傾げていたジンを急かせば、慌てて俺を追いかけてくる。相変わらず、犬みたいな奴である。

 ジンはまだ納得がいっていないようだが、そろそろジンも俺の本性を知ってもいい頃だろう。どっちにしろ、ドイルの顔を見て冷静でいられる自信が無い。あの程度の言葉で動揺されても困る。多分、この後のドイルとの邂逅で【穏やかで優しい王子様】のイメージは崩れてしまうだろうが、まぁいい。元々自分でつけようと思って付けたイメージでは無いし、ドイルが帰ってくるなら到底維持できないイメージだからな。


 俺の隣にジンとドイルが居て、ドイルの側にクレアが居る。

 きっと近いうちに見ることが出来るだろう、そんな幸せな未来予想図を思い描く。

 そして、ジンに見えないよう舌なめずりした。


 クレアの為にも、絶対に逃がさん!

 今度また勝手に逃げ出すようなら直々に気合を入れてやろう。

 だから、首洗って待っとけよドイル!


ここまでお付き合いいただき有難うございます。


この次から、主人公視点に戻り物語も進んでいきます。

ただ、ここから先はまだ校正が終わっていないので、投稿は二~三日先に思います。

続きも覗きにきていただけると幸いです。

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