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第六話 バラド・ローブ

主人公の側仕え視点でのお話です。

 皆様、はじめまして。

 私の名はバラド・ローブ。アギニス公爵家、家令セバス・ローブの孫であり、雷槍の勇者アラン様の側仕えをしているモルド・ローブの息子であります。

 私バラドは不肖な身でありながら、光栄なことに勇者アラン様と聖女セレナ様の一人息子であらせられるドイル・フォン・アギニス様の側仕えを任されております。

 私が心から尊敬しお慕いしているドイル様は少々自分本位な面が御座いますが、強く美しく慈愛深い自慢のご主人様でございます。


 正式にドイル様の側仕えとなって早や五年。

 ここまでくる為に涙なしでは語れない苦労をしてまいりました。しかし、その苦労を上回る幸福をドイル様の側仕えに正式に任命された五年前から、一日と忘れること無く日々噛みしめております。ドイル様の素晴らしさを語らせていただけるならこのバラド、それこそ一週間でも語り続けられます。はい。

 とにもかくにも、私にとってドイル様は唯一無二のかけがえの無い主人であることを知って頂ければ幸いです。


 さてさてところで私。自慢ではありませんが、炊事洗濯裁縫といった家事全般から御庭の手入れに家畜の世話を得意とし、領地経営や情報収集といった面に明るく、側仕えとして必要なスキルはほぼ全てを習得しております。

 唯一の欠点を挙げるならば、スキルの関係上戦闘能力がまったく無い点でしょう。そしてこれは、貴族の側仕えになるにあたり致命的な欠点なのです。


 通常、家令や執事、メイド、庭師といった使用人には職務に関するスキルと別に、ある程度の戦闘能力が必要とされます。いざという時は、主人の盾となるのですから、使用人としてある意味あって当然な能力です。


 ですから、戦闘能力の無い私は正直、絶望しました。祖父も父も口には出しませんが、私のスキル適性を知った時、大変がっかりしたことでしょう。当時の私はいずれドイル様の側仕えになる為に、アギニス家に顔を出すようになったばかりでした。しかし、私のスキル適性を知ると同時に祖父と父上は私をアギニス家に連れて行ってくれなくなりました。

 大事なアギニス公爵家継嗣様に重大な欠陥のある私を押しつける訳にはいきませんから、当然の措置です。

 しかし、幼い私にはその措置を受け止めることが出来ませんでした。そして、ドイル様どころか商家でさえ雇って貰えるか怪しい私は、己の存在意義を見失ってしまいました。 

 そして、そんな私に気を遣う両親や兄弟や祖父母に更に傷つくという日々を送っていた私でしたが、ある日父に付き添われアギニス家に参ることになりました。何でも、急に顔を見せなくなった私をドイル様が心配下さったそうで。

 仕えるべき主人に心配して貰えるなど使用人冥利に尽きますが、愚かにもその時の私はドイル様の心遣いを喜ぶことが出来ず、あまつさえドイル様に直接お声をかけて頂いているにも係わらず、だんまりを決め込んでおりました。


 大変恥ずかしい事ですが、当時の私はやさぐれていたのです。

 そんな私の態度に慌てたのは、祖父セバスと父モルドでございました。二人はドイル様を無視する私を叱り、主人達に許しを乞い、私を家に帰そうとなさっていました。

 そして、ついに私のスキル適性が仕えるには欠陥品であることを、ドイル様に告げたのです。祖父と父の言葉を聞いたあの時のドイル様のお言葉、バラドは一生忘れません。


『次期槍の勇者たる俺が居るのだ。バラドが剣を持たねばならぬ事態など一生無い! だからお前は戦い以外の事が出来ればそれでいいのだ! 何の問題もないぞ!』


 ドイル様のお言葉を聞いた後、不覚にも私は声を上げて泣いてしまいました。しかし、アギニス家の方々は五月蠅く泣く使用人の子供を叱る所か、優しいお言葉をかけ、慰めて下さいました。

 そしてあの日。

 私の存在意義を認め、進むべき道を示して下さったドイル様に一生ついて行こうと誓った次第でございます。






 そして、現在。

 私の大切なご主人様であるドイル様は、高等部入学式の宣誓を行っている真っ最中です。真っ直ぐに背を伸ばされ凛とした佇まいで高らかに宣誓を紡がれるドイル様は、形容しがたい空気を発しており、しかし、不快な空気では無く。不可侵な空気といいましょうか。言うなれば、儀式を行われているセレナ様や前線で槍を振るわれるゼノ様やアラン様、国王陛下に似た空気を感じます。


 春休み中に倒れられたと聞いた際にはすぐさま駆けつけたかったのですが、祖父に止められお目通り叶わず生きた心地がしませんでした。しかし、休み明けに再びドイル様にお会いした際、私の心配など無用なものだったことを知りました。

 久方ぶりにお会いしたドイル様はまるで憑き物が落ちたような、とても晴れやかなご様子でした。浮かべる微笑みも以前の冷たく影のあるものでは無く、セレナ様を前にしているかのように慈愛を感じさせる温かい物に変わっておられました。また、立ち振る舞いも以前よりもずっと洗練され美しく、気を抜くとついつい見惚れてしまうほどのものとなっておりました。

 そして何よりも、その紫色の瞳。

 ここ数年のドイル様はこちらを見て下さっているはずなのに、私など映っていないような何処か遠い所を見ておられ、目を放すと何処か遠くに行ってしまうのではないかと感じさせる目をされていました。しかし、久しぶりにお会いしたドイル様の瞳は昔のような輝きを放ち、しっかりとその瞳に私を映して下さいました。勇者様や国王様を彷彿とさせる力強く前を見据えた瞳に、不肖バラドは安堵するとともに目頭が熱くなってしまいました。




「――――父上、母上、いえ、アギニス公爵、アギニス公爵夫人。不肖の身でありますが、次にまみえる時にはアギニスの名に恥じぬ男になります。そして、いつの日か。己の足で御爺様やお二人の名声や偉業に追いつき、越えていきたく思います。――――今まで、ずっと、ありがとうございました」


 そして、今。

 常でさえ完璧なドイル様は、強い決意と共にアラン様やセレナ様、ゼノ様に感謝の言葉を告げ、未来を語られています。そのご立派な御姿は、正にアギニス公爵家継嗣の名に相応しく。

 見惚れるほど美しく頭を垂れた、ドイル様の神々しさと言ったら。

 バラドは、感無量でございます!


 宣誓が始まるやいなやドイル様を貶していた愚か者共も、息をのんでドイル様に見惚れておりますが、遅い! 今更ドイル様の魅力に気が付くなど、遅すぎます! 

 一体この愚か者共は、一体ドイル様の何を見ていたというのでしょうか。ドイル様は、いつだって強く美しく、その上誰よりもお優しいお心をお持ちなのです。

 ただ、ここ数年は何か思うことがおありだったようで。その所為で上手くその御心を表現出来ておられなかっただけなのです。何度その御心の陰りを払って差し上げられたらと思った事でしょうか。本来は誰よりも素敵な方でいらっしゃるのです。

 そんなドイル様をその本質も見ようとせずに非難ばかりする周囲には、何度も口惜しい思いをさせられましたが、陰りを払い、本来のご自分を取り戻されたドイル様を前に、今までと同じように振る舞える輩など居るはずがありません。

 ドイル様は私達のような凡人と違い、誰よりも世界に愛された方ですから!


 式を終えた後、ドイル様に熱い胸の内を聞いていただきたかったのですが、これから三年間ずっとお側に入れるのだからと、ぐっと堪えてドイル様と共にアラン様達の元へ向かおうとしました。入学式の後の三時間は家族とまみえる最後の時間なのです。ご両親を心より尊敬していらっしゃるドイル様も今日から三年もの間会えないなど、さぞや心細いはずだと思いお誘いしたのですが、なんとドイル様は「別れは先ほど済ませた」と仰られました。先ほどの宣誓が、誓いであると共に別れであると。そして私に、言付を頼まれたのです。

 そのお言葉に私は、衝撃を受けました。強い決意をされたドイル様に、私の気遣いなど無用の長物だったのです。そして私だけが両親に会うことに気を使わないよう、言付を頼んでくださったのでしょう。優しい心遣いに、バラドの胸は感動に打ち震えっぱなしです!


 その後、寮の自室に戻られるというドイル様を見送り、私は走りました。一刻も早く、言付と家族との別れを済ませてドイル様の元に戻らねばなりません。

 使命感に燃えた私の走りは、今までの人生の中で間違いなく最速でした。

 ほどなくして到着したアギニス家用の控室の入り口に立つ兵士に、縁者を示す紋章を見せ中に入れて貰いました。

 扉を潜った途端、「ドイルちゃん!」と叫ばれたセレナ様に抱きつかれてしまいましたが、ドイル様で無いことを丁重に謝罪し放していただきました。




 室内には、アラン様やセレナ様は勿論、ゼノ様や、メリル様、私の祖父と父がいました。

 私だけが現れたことで、少し微妙な空気が室内に漂っておりました、そんなもの私には気になりません。アギニス家の方々の事は尊敬しておりますが、私の最上はドイル様です。

 ドイル様>>>>>越えられない壁≧アギニス家の方々なのです。

 一刻も早くドイル様の元に馳せ参じるべく、此処はサクッと終わらせようと思います。


「バラド、ドイル様はどうされた?」

「ドイル様は『別れは宣誓中に済ませた』と仰られて、そのまま寮に向われました。私はドイル様に言付を頼まれましたので、それを伝えに参った次第にございます」

「ドイルちゃんはもう寮に行ってしまったの?」


 厳しい目をした祖父の問いに答えれば、セレナ様が悲しそうにドイル様の動向を聞かれます。隣にいらっしゃるアラン様も悲しそうなお顔をされており、あのゼノ様でさえ僅かに顔を歪めておられます。

 アギニス家方々の悲しそうなご様子に、祖父達も痛ましそうにそのご様子を見守っております。


「はい。ドイル様からの言付ですが、『次にまみえる時は、アギニスの名に相応しい男になっているとお約束したので、会いには行きません。ですから、どうかお元気で。ドイルは必ずや、アギニスの地に戻りますので、その日まで笑って待っていてください。ご自愛ください』――――以上です」


 しんと静まり返った室内に、セレナ様のすすり泣く声が響きます。声を殺して泣かれるセレナ様をアラン様とメリル様がお慰めになっています。ゼノ様は目を瞑り険しい顔をされており、その内心を推し量ることは私には出来ませんでした。

 そんなアギニス家の方々に頭を下げ、私も家族に向き合います。


「という訳ですから、私も寮に向います」

「ああ」


 私同様、ゼノ様とアラン様命の祖父と父に言葉はいりません。実際、私のそっけない言葉にもそれが当然といった表情で返事を返してくれます。そんな、祖父達に頭を下げそのまま退出しようと扉に向った所、不意に祖父に呼び止められました。


「待ちなさい、バラド。これを持って行きなさい」


 早くドイル様の元に戻りたいというのに呼び止められて少しむっとしましたが、アギニス家の方々がいらっしゃる場で顔に出したりは致しません。それに一応これが言葉を交わす最後であり、次に顔を合わせるのは三年後ですからね。


「何でしょうか、御爺様」

「うむ。これを持って行きなさい」


 渡された袋の中には、分厚い紙の束と薄い紙の束、いくつかの魔道具が入っております。魔道具の幾つかは見覚えのあるものですが、中には初めて見る物が三つもあります。


「見慣れない物も幾つかありますが」

「使い方は薄い束の方に書いてある。高等部では森に入っての合宿なども多くあるから、使える魔道具と戦闘用の魔道具を幾つか入れてある」

「戦闘用の魔道具ですか!?」


 戦闘用の魔道具というのは文字通り攻撃魔法などを閉じ込めた戦う為の魔道具です。元々安くは無い魔道具の中でも別格の高額な品であり、使い捨ての為それこそ王族や上流貴族の当主が万が一の為に所持する程度です。それを、三つも…………。


「お前はドイル様の側付き故、合宿も共に行うことになる。もしもの時はこの魔道具を使いなさい」

「……御爺様」

「ドイル様はお前が戦う必要は無いと仰って下さっている。実際、今までお前が武器を持つようなことは無かった。そして、これから先もドイル様はお前に武器を持たせることはなされないだろう。己が道を誤っても、あの日の約束を違えることだけはなさらなかった方だ。それは私達よりも、お前の方が良く分かっているだろう?」

「はい。ドイル様は強く優しい、至上の主です」

「うむ。そしてそのドイル様は今、一度誤った己が道を正そうとなさっている。そのドイル様の決意と努力の道は厳しく険しいものとなるだろうが、ドイル様ならば必ずや成し遂げて下さるだろう」

「はい」

「だからこそ、そのドイル様の足を引っ張ることは、アギニス家家令としても、セバス・ローブとしても、絶対に許さん。ドイル様の足を引っ張る位なら――――」

「この魔道具を使い、盾となり死にます」

「そうだ」


 言わんとしていることが分かったので先回りして答えれば、御爺様は満足そうに頷かれました。側で聞いていた父も真剣な顔で頷いております。

 そのようなことは言われずとも分かっております、御爺様、父上。

 幾らドイル様が守って下さると仰られてもこのバラド、ドイル様の唯一の側仕えとしていざという時の心構えはもっておりますし、戦闘スキルが無くとも時間稼ぎが出来るくらいの戦い方は用意してあります。


 しかし、希少で高価な戦闘用魔道具を三つも用意していただいたことは、大変嬉しく思います。これで、いざという時にドイル様のご迷惑になることだけは避けられそうです。

 これも御爺様と父上の愛情なのでしょう。私と同じく、主を至上とするお二人だからこそです。この分ですと、分厚い紙の束には有益な情報が書かれているのでしょう。読むのが楽しみです。


「貴重な餞別、ありがとうございます。このバラド、頂いた餞別を最大限活かし、必ずやドイル様のお役にたってみせます」

「ああ。頑張りなさい」

「うむ。よく励むのだぞ」

「はい!」


 祖父と父に礼を言い、アギニス家の方々に拝礼し、私は控室を後にします。行きと違い、貴重な魔道具を幾つも持っているので、あくまでも早足でドイル様の待つ寮に向います。

 時間がありませんから急がねば。早急に寮に戻り、戦闘用魔道具を確認し装備しなければなりません。そして、寮で寂しい思いをされているだろうドイル様を連れ出し、早急にお慰めしなければなりませんからね。


 待っていてください、ドイル様! 

 不肖バラド、只今馳せ参じます!


ここまで読んで頂き、有難うございました。


この次は王子様視点で入学式直後のお話です。

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