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第五十九話

「――――という訳でございまして、バラドはドイル様の素晴しさを忘れたことは片時もありませんが、この度、やはりドイル様以上に素晴らしい方はこの世には居られないことを再認識した次第でして。バラドはドイル様にお仕えできることを心から誇りに思っております!」

「そうか」

「はい!」


 バラドに付き合いながら最後の一口を飲み込む。そんな俺に新しい紅茶を注ぎながら、絶妙なタイミングで称賛タイムを締めくくったバラドに頷いてやれば、満足そうな返事が返ってきた。

 俺が朝食を食べ終えるとほぼ同時に終わったバラドの暴走タイムに流石バラドだなと思う。自分の世界に浸りながらも、決して俺に無駄な時間を取らせないあたり徹底している。


 だからこそ性質が悪いともいえるのだが…………。


 聞いていてこそばゆくなる称賛の言葉達を止めさせたいとは思うものの、俺の行動を邪魔するわけでもない暴走タイムをただ俺が聞きたくないという理由で禁じるのは良心が咎める。

 その時々の状況や俺の心理を見計らって時間調節しているあたり確信犯な気もするが、ニコニコとご機嫌なバラドを見て、まぁ、害もないしこれもバラドにとっては一種のストレス発散なのかも、と己を無理矢理納得させておく。

 バラドには日頃から世話になっているし、何より称賛タイムを禁止したら禁止したで、そのしわ寄せがどういった形で発現するのか分からないから余計に怖いというのもある。


 そうやってバラドの暴走タイムについて俺が自己完結している間に、相変わらず切り換えの速いバラドは次の行動に移っていた。ほとんど音をたてずに静かに朝食の片付けを行っているバラドの姿見ながら、することもないのでぼうとする。

 時折カチャリと食器の擦れる音を聞きながら、手持ちぶさたにバラドの行動を眺めて時間をつぶしていると、朝食の片付けをあらかた終えたバラドが俺の元にやってきた。


「ドイル様」

「ん?」

「本日のご予定はいかがされますか?」

「ああ。今日はとりあえず槍を修理に出そうと思っている」

「……槍の修理と仰いますと、粉々になった緑色の槍でしょうか?」

「そうだ」

「しかし、あれの修理は難しいのでは?」

「わかっている。でもこれは、俺が七歳の時にメリルとセバス達が使用人代表として贈ってくれた物だからな。見た目だけでもいいから直しておきたいんだ」

「…………祖父とメリル様が」


 バラドと会話を続けながら、亜空間から茶色い袋を取り出す。掌から少しはみ出る位の茶色い袋をテーブルの上に乗せて口を縛っている紐をシュルリと解けば、その勢いに合わせてふわっと布がテーブルの上に広がり、茶色い布の中からあの日できる限り集めた緑の槍の破片達が姿を現す。

 見るも無残な姿になってしまった槍の破片を手でいじりながら、俺は何となくこの槍が砕け散った時を思い出していく。


 マーナガルムが背後から飛び掛かって来るのが分かった瞬間、メリルの痺れ薬が何らかの効果を発揮することを見込んで仕込み槍を巻いていた左腕を噛ませた。槍のお陰かは分からないが俺の左腕は歯型がついただけで済み、グレイ様を納得させることができた。その上、痺れ薬のお陰でマーナガルムを逃がさずに済んだのだからあの時の判断に後悔は無い。しかしいくら後悔は無いからといって、この槍は簡単に捨てられるものでもないわけで。


「…………武器屋に持って行って無理そうなら、なんでも屋にでも持っていく。どうせこれから槍は使わないからな。見た目だけ直ればそれでいいからな」

「――――――――――例え元の形に戻れなくとも、この槍は幸せでございますね」


 槍としての機能は望めなくても思い出の品としてとっておきたかった。だから、見た目だけでも直るといいなと思っていると、ぽつりとバラドが呟いた。

 心底羨ましそうなその声色に破片をいじるのをやめバラドを見上げれば、バラドは羨望の眼差しで机の上に広がった槍の破片を見つめている。


「バラド?」

「はい、ドイル様」

「どうかしたのか?」

「いいえ、何も。ただ…………、この槍は祖父とメリル様が贈ったものなのでしょう? ならばどのような使われ方であれ、ドイル様のお役に立ち、散ることの出来たこの槍は幸せ者だと思ったのです。私も――――――、」


 そんなバラドの様子を不思議に思って名を呼べば、バラドは俺へと視線を移しそういった。そして破片へと視線を戻しさらに言葉を続けたかと思えば、最後に一言呟く。

 表情を消して呟かれた「私も、」の続きが聞き取れず聞き返そうとしたが、それよりも先に再び俺に視線を戻したバラドは明るい表情を浮かべて口を開いた。


「祖父やメリル様も贈った槍がドイル様の身を守ったことを誇りに思うでしょう。その上、形だけでも直ればいいと思っていただけるほど大切にしていただいているのです。この槍も本望でしょう!」


 俺の役に立てたのだから本望だと言い切るバラドの顔は、先ほどの羨望の眼差しでも表情を消した顔でもなく自信に満ちた笑顔を浮かべており、いつも通り俺基準なバラドの思考回路に俺も思わず釣られて笑った。


「…………だといいな」

「この槍が散ったことを誇りに思うのは当然のことでございますが、祖父が贈った槍をドイル様にそこまで大切にしていただけるのなら、私も孫として大変嬉しゅうございます。よろしければ腕がよいと評判のなんでも屋が、【学園商店街】におりますのでご案内いたしますが、いかが致しましょう?」

「頼もう」

「かしこまりました。それでは、出発は何時位になさいますか?」

「準備が出来次第出発する。今日は【学園商店街】も混んでいるだろうからな」

「では、お召し物をお持ちいたしますね!」

「動きやすいものを頼む」


 早めに出掛けると言った俺の言葉に、途端に目を輝かせて「お召し物をお持ちいたしますね!」と言ったバラドに動き易い服を頼めば、文句こそ言わなかったものの目に見えてがっかりした表情を浮かべる。しかし直ぐに気を取り直したバラドは、食い下がるように俺に確認してきた。


「………………本日のご予定は槍の修理だけですよね?」

「ああ。しかし、混雑した中を歩くなら動き易い方がいいからな。動き易い普段着で頼む。装飾品もいらないからな」

「しかし、折角の休日でございます。少し位は、」

「装飾品は重いから嫌いなんだ」


 執拗に俺を着飾る為の言質を取ろうとするバラドに、さらに追い打ちをかけるように装飾品も断れば悲しそうな表情を浮かべながらなおも食い下がってくる。その必死な様子に心がぐらつくが、しかしここで甘い顔を見せると上流貴族であることを全面に押し出した上質な服に、豪華な装飾品をあしらったコーディネートをされてしまうことは既に体験済みである。


 休みの日ともなれば、着飾る生徒は結構いる。交流の場としてお茶会を開いている生徒達がいるくらいだ。着飾ることは悪いことではなく、貴族としての嗜みの一種だということも理解している。

 そしてバラドの趣味が悪い訳でも無い。むしろセンスがいいことは重々承知している。しかし如何せんバラドの趣味は目立つ。いや、バラドの趣味が派手な訳では無いのだ。バラドはただ俺に、公爵家の者として恥をかかない服装を選んでくれているだけなのだから。

 しかし、季節感と流行を考慮した上質な服に宝飾品を上品なバランスで組み合わされた服装は、貴族としても従者としてもまだまだ半人前な子供達が集まる学園においては完璧過ぎて逆に目立つ。いつ王城に呼ばれても困らない大人顔負けの服装など、学園生活には必要ないのだ。


 入学当初、寮から出ないからいいかと思いバラドの自由にさせた結果、一般生徒のみならず貴族階級の生徒達からも視線を集めてしまったあの日のことは、苦い思い出である。バラドの用意したセンスのいい服と俺の容姿は注目を引き過ぎた。

 俺を着飾りたがっているバラドには悪いが、商売人や学生で賑わう学園商店街をそんな如何にも貴族然とした格好で歩いて注目を浴びるのはごめんだ。

 何よりそんな恰好で出歩いて女生徒に囲まれでもしてみろ。グレイ様に何を言われるかなど目に見えている。


「動き易い普段着を頼む」

「……………………………………かしこまりました」

「頼んだぞ」

「……はい。ではそのように準備してまいります」


 妹思いなグレイ様を思い浮かべて、バラドに動き易い服を頼む。

 そんな俺の言葉に珍しくたっぷりと間をあけて答えたバラドは、名残惜しそうな表情でこちらを何度も見ていたが、俺が言葉を撤回しないことが分かっているのか残念そうな顔で承諾した。

 そして退室する為に、片づけた朝食や洗面器のセットを部屋の端に置いてあったワゴンに乗せる作業に入る。黙々と荷物をワゴンに乗せていくバラドの背には哀愁が漂っている気がして、ちくりと胸が痛んだ。


 きつく言い過ぎたか?


 先ほどまでのテンションと異なり、肩を落としているバラドの姿に僅かに良心が痛む。いくら目立ちたくないからと言って、バラドの希望を全て却下するのは可哀そうだっただろうか?

 バラドは俺より早く起きて、色々準備してきてくれた。そして、折角の休日を俺の世話に費やそうとしている。

 その行動は従者として当然のものなのかもしれないが、俺は主人としてその忠誠心を酌んでやるべきではなかろうか。


 見るからに元気を無くしてしまった従者の姿に、部下の主人を着飾らせたいというささやかな望みぐらい叶えてやるべきなのではないだろうか、という気が徐々にしてきた俺は、バラドの要求を飲んだ場合のメリットとデメリットを天秤にかける。

 そして、バラドの姿を見ながら考えた抜いた末に、俺は口を開く。




「――――バラド」

「なんでございましょうか?」

「…………………………動き易ければ、普段着じゃなくてもいいぞ」

「それはっ――、」

「ただし! 装飾品はいらないし、目を引きすぎるのも却下だ」

「かしこまりました! 直にお持ちいたしますっ!」


 見るからに肩を落として仕事をしているバラドの姿を見て罪悪感に襲われた俺は色々考えた末、結局妥協案を口にしてしまった。

 普段着でなくてもいいと告げた途端、ぱっと表情を明るくしたバラドに念のため釘を刺せば、承知しているとでもいうかのようにコクコクと頷く。そして俺の気が変わらないうちにとばかりに、バラドは素晴らしい速さで片づけを終えると急ぎ足で退室していった。


 …………もしかして、演技だったとか?


 バラドを疑いたい訳ではないのだが、先ほどまで肩を落としていた癖に打って変わって上機嫌な様子で素早く出て行ったバラドの姿にそんな疑念を抱く。俺に盲目的で従順だった従者は、最近盲目的な部分は変わらないものの、祖父によく似た強かさを着々と身に着けている気がする。

 嵌められた気さえするバラドの変わり身の早さに、やはり普段着にさせようかという考えも浮かんだ。しかし、当のバラドはとっくに出て行ってしまっている為、早まったかと思っても時すでに遅く。


 せめて、あまり目立つ服ではありませんように!


 そんな俺に残された道は、バラドが無難な服を持ってきて来てくれることを祈りながら、大人しく帰りを待つことだけだった。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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