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第五十七話 オブザ

 あどけなさを残した少年がガッガッガッと一心不乱に丸太を斬りつけている。長い間、剣を振っていたのか少年が動く度に汗が飛び散って光を反射していた。


「ヤァッ!」


 一際気合いの入った声と繰り出された斬撃は、少年の身の丈以上ある丸太をスパッと綺麗に両断する。重力に従ってゴトンッと音をたてて落ちた丸太に少年は剣を振るのを止め、駆け足で近寄っていく。そして少年は、自身が斬った丸太の断面を確認すると、満面の笑みを浮かべて俺を呼んだ。


「オブザ様! 見て下さい! 【両断】取得出来ました!」


 隠しきれない嬉しさを浮かべた声で叫ぶ少年の元に、俺も笑みを浮かべて向かう。


「スキルはとれたのか?」

「はい! 【両断】を取得しましたって!」

「良かったな。よく頑張ったよ」

「ありがとうございます!」


 スキルで斬った時特有のツルリとした断面をした丸太を片手に、少年の頭を撫でてやる。そうやって少年の頑張りを労ってやれば、少年は誇らしげに笑った。


「父上も誉めて下さるでしょうか?」

「勿論。きっと隊長殿も『よくやった』と誉めて下さるさ」

「僕、父上を呼んできます!」

「ああ。今は休憩時間だから、食堂にでもいるんじゃないか?」

「いってきます!」

「転ぶなよ!」

「はーい!」


 軽い足取りで尊敬する父にスキル取得を報告しに行った少年の背を見送る。少年の父親は厳めしい顔に反して、家族思いな方だ。きっとなんだかんだと理由をつけながらも、今晩は少年のスキル取得を家族皆で盛大に祝うだろう。

 厳しい顔をしつつ、休憩時間を返上して少年が取得したスキルを見にくるだろう隊長殿を思い浮かべながら、少年の為に新たな丸太を準備してやる。


 多めに用意しておいた丸太の中から、少年が斬れそうな太さのものを探す。

 ゴロゴロ丸太を転がしながらこれくらいはいけるかな、と先ほど少年が斬った丸太よりも一回り大きい丸太を選び、地面に突き立てる。ついでに転がっていた丸太を邪魔にならないよう、端に寄せておこうと思い数本の丸太を手に持ったところで、俺はふとある少年のことを思い出した。




『っ! だから、もういいと言っているでしょう!? そんな話は聞きたくないんだよ!』


 悲痛な声でそう叫んだあの子は、どうしているのだろうか。俺が出会った誰よりも多くの才能と可能性を秘めていたウィンの又甥は、けれども唯一持ち得なかった槍の才能に苦悩し、泣いていた。


 …………とても心の強い子だった。


 しかしだからこそ、間違った選択をしてしまった、可哀想な子。

 ウィンの又甥だというあの子は戦いを好まず文官となったウィンと違い、俺が見本を見せただけで次々と剣のスキルを取得していった。俺が嫉妬するほどの剣才に恵まれ、魔法だって魔力に恵まれ、得手不得手はあるものの回復魔法以外の適性を有していた。しかし皮肉なことに、あの子が唯一望んでいた槍の適性だけ持っていなかった。


『俺は…………、俺は、【槍の勇者】になれると、思いますか?』


 紫色の瞳を潤ませながら俺にそう問いかけた子は、翌日には十に満たない子供が用意出来る金額ではない大金を持って、俺に己のスキルを黙っていて欲しいと口止めにきた。

 それまで見せていた悲痛な表情でも、絶望に満ちた顔でも無く、いっぱしの、覚悟を決めた男の顔見せたあの子の申し出を断ることなど、俺には出来なかった。

 間違っていると、いつか破滅を呼ぶと分かっていながら、あの子が茨の道を行くのを止められなかった俺の罪はいかほどだろうか。


 …………生まれたのがあのアギニス家でなければ、


 あの子ももっと生きやすかっただろうに、と思う。

 【槍の勇者】を二代続けて輩出したアギニス家の名は、武器を手に持つものなら一度は聞いたことのある名だ。そして、そんな家の継嗣として生まれたあの子に求められたのは、当然三代目【槍の勇者】だった。


 その出身と周囲の環境、何よりかけられる愛情と期待に全力で応えようとした優しさゆえに、唯一持ち得なかった槍の適性に固執せずにはいられなかったあの子のその後を思う。

 あの時、振りかえることなく走り去った小さな背に投げかけた俺の言葉は、あの子に届いていただろうか?






「ーーーーオブザ様!」


 喜色に満ちた声で呼ばれ、はっと現実にかえる。

 厳めしい顔でありながら、優しい眼差しで息子を見つめる父親を引き連れて戻った少年の顔は喜びと自信に満ちていて、先ほど思い出していた子が浮かべていた表情とのあまりの違いに、喉に骨が引っ掛かったような形容しがたい感情が湧き上がる。


「オブザ様?」


 しかしそんな俺の感傷など知るはずもない少年は、不思議そうな顔をして父親とともに俺の側にやってくる。

 年相応にコロコロ変わる少年の表情に、そういえばあの子はどんな笑顔を浮かべるのだろう、という考えが頭を過る。


「ーーーーどうしたオブザ? まるで白昼夢でも見たような顔をして」

「…………いや、ちょっとボーとしてただけだ。ーーーーそれよりもいやに早かったな? 休憩中じゃなかったのか?」

「ああ。ご当主様からのお達しでな。丁度お前を探していたんだ」

「ウィンが?」

「ああ。お前を見つけたら『今すぐ執務室にこい』と伝えるようにと。随分とお怒りだったらしいが、お前今度は何をしでかしたんだ?」

「ええっ? 最近は何もしてないと思うけど」


 食堂から呼んできたにしては早いお出ましに理由を尋ねれば、ウィンが俺を呼んでいると言われ、首をかしげる。最近は少年の剣を教えて欲しいというお願いもあって大人しくしていたと思うのだが…………。何かあったかな? とウィンが怒っている原因を記憶の中から探してみるが見つからず、俺はますます首をかしげた。


「…………いいからとりあえずご当主様の元にいけ。どうせお前が悪いのだから」

「その言い草はひどいなぁ」

「何を言う。あの温厚なご当主様をあれほど怒らせるのはお前だけではないか」

「そんなに怒ってた?」

「ーーらしいぞ。最初に言付けを頼まれた新人達が、あまりの剣幕に蒼白になって駆け込んできた。あの温厚なご当主様が修羅のようだったといってな」

「あちゃ~」


 本気でぶちギレているらしい、腐れ縁の友人を思い浮かべる。全く心当たりがないが、早く謝らないと俺の身が危ないようだ。


「…………そこまで怒っているんじゃ、行かなきゃね」

「ああ。早く行け」

「はいはい。ーーーーそうそう、あの丸太準備しておいてあげたから、ちゃんとスキル見てあげなよ? 君に内緒で練習して驚かせるんだって頑張ったんだから」

「むっ」

「憧れのお父さんに誉めて貰うために頑張ったんだから、ちゃんと誉めるんだよ」

「…………承知した」

「頑張れ、お父さん」

「早く行け!」

「はいはい」


 照れ屋で不器用な父親に、頑張った息子をちゃんと誉めるように言い含めてその場をあとにする。

 別れ際、お礼を言いながら手を振る少年に手を軽く上げて返事をした俺に、息子に見えぬよう追い払うような仕草で手を払った父親に笑いを噛み殺す。


 最後にちらりと振り返った俺が見たのは、誇らしげに父親の手を引く少年と、そんな少年を諌める振りをしながら目元を緩ませる父親の姿だった。


 あの少年は運がいい。


 グラディウスの三剣士と呼ばれる父親同様、あの少年は剣の適性を持っている。父親を越えられるかは少年の努力次第だが、ウィンに重用される父親を心から尊敬している少年は、父の背を追い、その才能を開花させていくだろう。


 追いかけたい背中を当然のように追い続けることが出来る人生が、どれだけ幸せなものかをあの少年は知らない。

 そして追うことが出来なかったがゆえに、茨の道を行くしかなかった、あの子のことも。


 頑張れよ、少年。


 不安と絶望に零れんばかりの涙を溜めながら、最後まで涙を溢すことなく耐えたあの子を思い浮かべながら、せめてあの少年は幸せな人生を歩んで欲しいと思った。






 コンコンコン。


「はい」

「入るぞ、ウィン」


 ガチャと、他国から婿入りしたウィンの為に、特別に用意されたドアノブのついた扉を返事を待たずに開ける。そして襖が大半を占めるこの国では、滅多にみない懐かしい造りのウィンの執務室にいつも通り足を踏み入れた。

 しかし何故か、今しがた返事をしたはずのウィンの姿が、いつもいる執務机になく。

 確かに聞こえた返事に、あれ? と首を傾げた瞬間、一本の矢が俺の首筋を掠めてストンと廊下の壁に刺さる。


「えっ?」

「ちっ。相変わらず悪運が強い男だな」


 首を傾げていなければ確実に俺の喉仏を貫通していた矢の軌道と、底冷えのする声で吐き捨てながら、部屋の片隅で新しい弓を引くウィンの姿に、俺はとっさに腰にあった剣を引き抜く。


「ウィン!?」

「大人しくしろ!」

「大人しく出来るか!」


 次々と矢を射ながら、大人しくしろと無理な注文をしてくるウィンに怒鳴り返す。

 『修羅のようだった』という新人の言葉はあながち間違いではなかったらしく、三十年近い付き合いになるがその間、片手で数えられるくらいしか見たことのないウィンの本気の怒りに「俺は何をやらかしたんだ!?」と必死に記憶を巡らせる。

 徐々に速まる矢を矢切りしながら必死に心当たりを考えたが、全く心当たりのない俺は、2メートルも無い近距離から矢を放たれる状況に早々に音をあげた。


「ちょっ!? 待ってくれウィン!」

「断る」

「いや、待てって! お前は一体何をそんなに怒っているんだ!?」

「ーーーー何をだと?」


 俺の言葉に、さらに飛んでくる間隔が短くなっていく矢達に、心の中で悲鳴を上げながら問いかける。


「ーーーーついさっき、アランから手紙が届いた」


 俺の問いかけに抑揚の無い声で答えた後、唇を噛みしめながら矢を射る速度を速めたウィンに心の中で首を傾げる。

 歳の離れた甥っ子を、実の弟のように思い可愛がっているウィンだ。その甥っ子から手紙がきたとなれば、常ならば浮かれた様子で返事を書くか、ともに送る土産を選んでいるというのに今日のこの態度はどうしたことか。何か良からぬことでも手紙に書いてあったのか?


「ーー可哀想に。余程ショックだったんだろう。アランからの手紙は所々文字が乱れていて、最後の方には言葉に詰まり書き直した跡がいくつもあった」

「それと、俺が、今、射られている、関係は!?」


 先ほどまでの淡々とした声から一転、悲哀の籠った声でそう言いながら矢に風魔法をのせ始めたウィンに、頑張ってそう尋ねる。

 可愛がっている【雷槍の勇者】と呼ばれる甥っ子に、ただならぬことがあったのは分かった。分かったが、それがどう繋がってこの状況になったというのか。


 と言うか、至近距離からの矢切って何の罰ゲームだ!?


「手紙には『ドイルに取り返しのつかないことをしてしまった。俺は父親失格だ』と書いてあった! 『まさかドイルに槍の適性が無いとは考えたこともなかった。気が付かなかったとはいえ、今まであの子はどんな気持ちで、槍の稽古をつける俺を見ていたんだろうか』と!」

「っ!!?」

「関係無いとは言わせん! 何故今まで黙っていた!」


 ゴウッと竜巻のような風を纏いながら飛んで来た矢を紙一重で避ける。メキメキメキッと激しい音をたて扉を破壊した矢は、扉だけでなく廊下の壁をも破壊していた。

 本気の怒りを湛え次の矢を射ろうとしたウィンだったが、背負っていた矢筒が空になったらしく、苛立ちを隠そうともせず空になった矢筒を床に叩きつけた。


「おい、道具は大事にーー、」

「6年前! お前はドイルの適性を知っていたはずだ! 直接、顔を会わせたのだからな! なのに何故、言わなかった!?」

「それはーーーー、」

「それだけじゃない! 手紙には『父上の話では、どうやらドイルは己の適性を詳しく知っていたようなんだ。一体ドイルどうやって、己の細かな適性を知ったのだろうか?』と書いてあった! ーーーーーー教えたのはお前だろう!? オブザ!!」


 これでもかというほど怒りが込められた、疑問符の付かないウィンの言葉に息をのむ。と同時に、先ほどまで喉にあった異物感が少しずつ薄れていくのを感じた。


「ーーーードイル君が、そう言ったのか?」

「言うわけ無いだろう!? アラン達に心当たりが無い以上、他にドイルが適性を知る可能性などお前しかーー「ドイル君が、自分で己の適性を告げたのか! そうなのか、ウィン!?」」


 ウィンの言葉に思わず剣を捨てて、彼の肩を鷲掴む。

 ドイル君が俺のスキルをバラしたのかと、俺が尋ねていると勘違いしたウィンがさらに怒気を強めたが、そんなものはどうでもよかった。もし、ウィンの言葉通りドイル君が自ら自身の適性を告げたのならこれ以上喜ばしいことはないからだ。

 だってそれは、ドイル君が現実を受け入れ、破滅へと続く茨の道を己の意思で降りたということなのだから!


「ドイル君が自分で皆にいったのかい!?」

「今まで素知らぬ顔をしていたくせに何をいまさらっ!」

「答えてくれ、ウィン!」


 恐らく今鏡を見たら、先ほどの少年のように目が輝いているのでは無いかと思う。

 まだ幼かったあの子に酷い現実を突きつけてしまったことを、思い出していた途端聞かされた朗報に、己の胸が湧き立つのを感じる。




 6年前のあの日。

 槍一筋で生きるにはあまりにもったいない、嫉妬してしまうほど多くの才能を持つドイル君に、限り無い可能性があるのだと知って欲しかった。だからドイル君が他の才能に気が付く切欠になればと思って、剣の鍛練を勧めてみただけだった。

 しかし、そんな俺の安易な考えがドイル君を追い詰めた。


 実際に剣の鍛練を始めればスキルで見た通り、みるみるうちに剣のスキルを取得していくドイル君が羨ましかった。俺が何度も練習して得ることのできたスキルも、ドイル君は見よう見まねで取得してしまうものだから尚更。

 それはとても凄いことなのに、一つ剣のスキルを取得する度に曇るドイル君の表情に疑問を抱いた。そして改めて、隅から隅までドイル君の適性とスキル構成を見て、俺は取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないかと思ったんだ。


 ドイル君には、槍関連の適性だけなかった。


 あの時ほど、運命の悪戯を呪ったことはない。

 懺悔することが許されるのなら、【槍の勇者】の息子が、【世界の祝福】というスキルを持つほど世界に愛されてるドイル君が、槍関連の適性だけ皆無だなんて思わなかったんだ。

 だから、俺はとても安易な気持ちでドイル君に剣を勧めた。


 そしてドイル君に槍の適性が無いことに俺が気が付いた時には、もう、遅かった。

 ドイル君は俺が気が付く前に、己に槍の適性が無いことを薄々悟っていた。でなければ、俺に「俺は【槍の勇者】になれると思いますか?」と問いかける必要など無かったのだから。


 すがるような声で俺に問いかけたドイル君の瞳は不安と恐怖と諦め、そして微かな期待に揺れていた。可能性は零に近いと自身も薄々理解していながら、それでも僅かな希望にすがる姿はとても痛々しくて。恐れながらも俺に答えを求めるその姿に胸を打たれた。


 だからこそ、そんな彼の問いかけを誤魔化すなんて俺には出来なくて。傷付けると分かっていて、俺は全てをドイル君に告げた。ドイル君が【槍の勇者】以外の道を選んでくれることを願って。

 しかし幼い彼が選んだのは、一番選んで欲しく無かった、最も過酷で不毛な道だった。


 そんなドイル君が自分で適性を、【槍の勇者】は継げないのだとと周囲の者達に口にしたのなら、俺も救われる。


 ドイル君のことはずっと胸につかえていた。あの時、適性を教えるべきでは無かったのではと何度も考えた。俺が残酷な適性を告げた所為で哀しい決断をドイル君に強いてしまったのではないかと、ずっと後悔していた。

 でも、過酷で不毛な未来を選んだ彼が、他の道もあるのだと、【槍の勇者】になる以外にも期待に応える術はいくらでもあるのだと気付いてくれたのなら、こんなに心救われることはない。


「教えてくれ、ウィン! とても大事なことなんだ!」


 そう言って必死に頼み込めば、怒り心頭だったウィンも何かを感じとったのかそれ以上俺を責めるのを止め、考える素振りを見せた。そんなウィンの肩から手を離し、折れた矢が散らばる床の上で土下座して頼み込めば、「ふー」とこれみよがしな溜め息が聞こえてきた。


「ウィン!」

「許した訳でないからな。お前があの時、私やアランに教えていれば今回のようなことにはならなかった」

「分かってる!」

「ーーーーお前は本当に、」


 何でこんな奴と腐れ縁なんだ、とこめかみを揉みほぐしながらウィンはゆっくりと、しかし怒りを感じさせる淡々とした口調で、手紙に書いてあったらしい、あの日からのドイル君について教えてくれた。





「ーーーーそれでアランの手紙によると今頃は、グレイ王太子殿下と共に初めての合宿に行ってる頃だ」

「そっか。よく、そこまで一人で……」


 ウィンの話を聞き終えた俺は多くの挫折を自力で乗り越え、大きな一歩を踏み出しだドイル君を思い浮かべる。

 一度は廃嫡寸前まで落ちながら、今頃はライバル視されていた少年と幼馴染みの王太子殿下と肩を並べているらしいドイル君は、本当に凄い子だと思う。


 国王陛下に自ら赦しを乞い許され、あのアギニス家継嗣として、英雄達の血族として、全ての期待を背負って生き、生きる伝説を越えると多くの人々の前で宣言した時のドイル君の姿を、是非この目で見たかった。

 そこに至るまでに、一体どれほどの挫折と後悔があったのか、どうやって絶望を乗り越えたのか。言葉に出来ない苦悩と葛藤が数え切れないほどあったに違いない。


 もう一度、会ってみたい。


 彼の望み通り口を閉じることしかしてやれなかった俺に、そんな資格はないかもしれない。しかし幾多の挫折を乗り越え、大きく成長したドイル君の姿を一目見たいと心の底から思った。


 そして出来れば会って話して、あの時のことを謝って、成長したその剣を受けてみたいと思う。

 ウィンが後生大事にしていたエスパーダを持ったドイル君は、俺の想像を遥かに越えた強さを見せてくれるだろう。エスパーダとドイル君の相性は、天の配剤かと思うくらい最高だ。


 ……あの時はなんて皮肉なものをドイル君に与えるんだと思ったが、あれはドイル君の為に神様が与えたのかも知れない。


 エスパーダと氷雪系の魔法を合わせて使えば、間違いなく最強だ。それを【勇者】としての素質を備えたドイル君があの膨大な魔力にものをいわせて使えば、条件さえ揃えば魔王を一人で倒すことも可能だろう。


 【槍の勇者】にこだわりさえしなければ、ドイル君は間違い無く世界最強になれる。


 あの日見たドイル君の適性や取得出来るスキル達、祝福や加護を思い出しそんなことを思う。

 合宿は深淵の森だと言うし、あの国は【雷槍の勇者】が倒して以来魔王が出たという噂は無い。案外今頃、魔王を倒しているかもしれない。

 そんな有り得なさそうで案外有り得るドイル君の姿を想像し、笑みが溢れる。


「何を笑っている。ドイル君の話をしてやったんだ。今度はお前が話す番だ」

「ごめん、無理」

「はぁ!?」

「だって、あの時のことはドイル君に口止めされてるし。口止め料も貰っちゃってるからさ」

「そんなんで納得できるわけ、ーーーーって何処に行くオブザ! まだ話は終わって無い!」


 「おい! 待てといってるだろうがオブザ!」と修羅のような形相で矢を放ちながら追い掛けてくるウィンから逃げながら、どうやって撒くか考える。

 ドイル君に会いに行くならば、ウィンに繋ぎをつけてもらわなければいけないのだが、あの様子では今日は無理だろう。

 アラン様からの手紙を見たばかりのウィンは良くも悪くも感情的だ。2、3日して頭を冷したウィンでないと、話し合いにも応じてくれないだろう。


 ドイル君にはとんでもない金額の口止め料貰っちゃたから、秘密は最後まで守らないとね。


 せめてそれくらいしなければ俺はドイル君に顔向け出来ない。

 最愛の御姉様一家が関わると途端に我を忘れるウィンを、あの日のことを何も話さず説得するのは困難を極めるだろう。しかしどうにかしてドイル君に会いにいこうと思う。


 笑っているといいな。


 滞在が短かったこともあり、記憶の中のドイル君は泣きそうな顔や絶望に満ちた顔、覚悟を決めた顔と子供らしからぬ表情しか浮かべていなかった。

 高等部に入学するほど成長したドイル君に、子供らしい笑顔は無理かもしれないが、せめて心許せる友人達と笑い合う彼の姿が見たい。


 そうだ!

 折角だからあの口止め料で、ドイル君と友人達にお土産を買って行こう!


 所詮、9歳児のお小遣いだからと受け取った口止め料は、町人の年収の半分はゆうに越えており、当時の俺は大国の公爵子息の財力に戦慄を覚えた。その為、あの時貰った口止め料はそっくりそのまま、手をつけずにとってある。

 持って行ってもどうせ受け取ってはくれないだろうから、お土産に換えて持って行こう。


「オブザァ!」


 背中で俺を呼ぶウィンの声を聞きながら、お土産は我ながらいい考えだと自画自賛する。この国の名産品をあれやこれやと思い浮かべながら、俺は立派な青年へ成長しようとしてるドイル君の姿を、晴れやかな気持ちで思い描いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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