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第四十九話

 夢だと判る夢を見た。

 殿下達に語った、オブザさんとの思い出の続きだ。






「――――なれないよ。それは君自身が一番よく分かっているはずだ」


 【槍の勇者】になれるかと尋ねた俺に、オブザさんははっきりとそう告げる。申し訳なさそうな表情を浮かべている割にきっぱりと告げられた言葉に、足元がガラガラと音をたてて崩れていくのを感じた。


 俺は【槍の勇者】になれない。


 ほぼ自分でも確信していたが、実際に他人の口から言われると死刑宣告を受けた気分だった。ドクドクドクと心拍数があがり、気持ちの悪い汗が噴き出し、耳鳴りまで聞こえてくる。


 …………気持ち悪い。


 父上や御爺様、母上やメリルにセバス、グレイ様にクレアなど次々と頭に浮かぶ家族や親しい人達の顔と、そんな彼らが浮かべる失望の眼差し。三年後に入学する中等部や、今お世話になっている鍛錬場の兵士達や父上の同僚の近衛兵達、そして予測できない自身の将来が頭の中を駆け巡る。

 多分、今鏡を見たら俺の顔は真っ青なんじゃないかと思うくらい、血の気が引き、指先が痛いほど冷たかった。


「――――君は確かに【槍の勇者】にはなれない。槍も棒術も適性が皆無だからね。でも君は槍と棒術以外なら、俺が今まで出会った誰よりも才能豊かだ」


 しかし幾ら月明かりで互いの表情が見えたとしても、顔色までは分らない今の状況で、オブザさんが俺の体調を察してくれる訳もなく。オブザさんは聞きたくもない言葉を次々と口にしていった。


「特に剣類、その中でも刀やレイピアの適性は素晴らしい。きっと取得出来ないスキルなんてないと思うよ。剣以外の武器も練習すれば、どれも一流以上の腕前になれる適性がある。その上、君は基礎能力も魔力値も高い。残念ながら回復魔法の適性は受け継がなかったみたいだ。…………それに炎と雷の適性も低い。でも練習すれば中級くらいまでは使えるから、十分実践で使える。それに土の適性は高いし、水、風の適性なんてずば抜けてる。上位魔法の氷は使えるし、精霊達の加護も受けられる。水や風の魔法を鍛えれば君は間違いなく、歴史に名を残す魔術師なれるよ!」


 細かい適性を教えてくれるオブザさんは思った通り、他人のスキルを見ることが出来る希少なスキルを持っているのだろう。俺を見ているはずなのに何処かピントの合わない目が、オブザさんが常人には見えない何かを見ていることを物語っている。


 俺の内面を探るように注視しながら、始めは淡々と、しかし後半は少し興奮を滲ませながらオブザさんは聞きたくもない俺の適性を、次々と挙げ連ねていく。

 高揚した様子のオブザさんの言葉を他人事のように冷静に聞いていた俺は、槍と棒術どころか回復魔法も無いんじゃ、【槍の勇者】の血も【聖女】の血も意味ないなと思っていた。その上、炎の適性も雷の適性も低いなんて、今まで過ごしてきた日々に一体何の意味があったのだろうか、とも。


「戦闘以外のスキルも色々取得できるよ。君のスキルを見る限り商人としても、芸術家としても食べていけるだけのスキルがある」


 だから何なんだと思う。

 商人としての才能があろうが、芸術家の才能があろうが関係無い。そんなものがあったところで、誰も俺をアギニス家の継嗣として認めてはくれないだろう。


「残念ながらドイル君に【槍の勇者】は無理だけど、それを補っても有り余る才能が君にはある! まだ若いし、今からでも遅くない。槍の修行はやめて剣の練習をした方がいい。いくら鍛錬を積んだところで、君の槍はスキル持ちには通じないよ。でも剣なら今から鍛錬すれば、中等部に入学する頃にはきっと敵無しだ!」


 興奮したのか、矢継ぎ早に俺の適性と今後を語るオブザさんを見て、この人は一体何を言っているのだろうと思った。

 【槍の勇者】の息子であり孫である俺に期待されているのは、次代の【槍の勇者】としての才能であり、剣やそれ以外の武器のスキル、ましてや商人や芸術家の才能などどれも無くて構わない。しかも、魔法の適性が水と風では【雷槍】も【炎槍】の性質も受け継いでないことになる。その上、回復魔法の適性も皆無なら、一体何を目指して生きろと言うのか。

 魔術師になって歴史に名を残しても、国一番の剣士になっても意味など無いのだ。俺は【炎槍の勇者の孫】で、【雷槍の勇者の息子】で、【聖女セレナの息子】なのだから。


「君ならきっと、「もういいです」」


 何の意味も無い未来図をそれ以上聞いていたくなくて、オブザさんの言葉を遮る。俺を慰めようとしているのかもしれないが、【槍の勇者】になれないのならオブザさんの言葉の続きがどのようなものでも、意味などない。ただ、胸に痛いだけだ。


「もう、わかりましたから。それ以上は結構です」

「…………ドイル君」


 俺が言葉を遮ったことに驚きながらも、それでもまだ何か言おうとしていたオブザさんに、畳み掛けるように拒絶の言葉を口にする。己の口から出たとは思えない、低く無機質な声にこんな声も出るのだなと何処か他人事のように思った。


 そんな俺の態度にオブザさんは眉を顰めた後、口を噤んだ。

 流石に失礼だったかなと思ったが、どうせ明日か明後日には遠い国に帰ってしまう人だ。この人に嫌われたところで、どうでもいい。

 しかし、そんな失礼極まりない事を考えていた俺に対し、オブザさんが浮かべたのは怒りや不満では無く、悲しそうな表情だった。


「――――そんな顔しないで。何も悲観することはないんだ。本当に、君なら――――」

「っ! だから、もういいと言っているでしょう!? そんな話は聞きたくないんだよ!」


 オブザさんが浮かべた意外な表情にどきっとしたが、続けて告げられた言葉にかっとなって叫ぶ。

慰めの言葉も、同情もいらない。

 俺が欲しいのは、周囲が俺に望んでいるのは槍のスキルだけだ。それ以外のスキルや歴史に名を残せるほどの才能など、必要無いし、誰も望んでいない。何故、その事がこの人には分らないのか。


 ………………そういや、この人の出身は東国だったな。


 【槍の勇者】に関連するスキルでなければ俺には無意味なのだと理解していないオブザさんに苛立ちを感じていると、ふとオブザさんがこの国の人間でないことを思い出して、少し冷静になる。

 【勇者】や【聖女】は国や宗教の数だけ存在する。国が違えば崇める【勇者】も【聖女】も違う事を思い出したのだ。この国とって【槍の勇者】がどれほど重要な存在で、崇め信頼されている英雄であろうとも、所詮他の国から見れば【勇者】の一人に過ぎない。

 だから、オブザさんには分らないのだ。


 【槍の勇者】にはなれない。


 その一言が、俺にとって、どれほど絶望的な言葉なのかを。






 そこまで見た所でその場面は終わり、辺りは暗闇に変わる。

 思い返したくない思い出を延々と見せられるのは、苦痛だ。しかし、そう思った所で夢が終わるわけでは無く。今度はオブザさんと言い合った末に、逃げ帰ってきた時の場面へと辺りが変化していった。






 窓から差し込む月明かりを頼りに自室へ戻る。脱け出したことがばれないよう、ひっそりと物音を立てないよう、慎重に廊下を進んで行く。

 足音を最小限まで殺し、ようやく辿り着いた自室の扉に手をかける。扉に手を当て、指先から掌と順番に少しずつゆっくりと力を込めて扉を押していく。思惑通り、音をたてずに少しずつ開いていく扉に最後まで気を抜かぬよう細心の注意を払いながら、己の幅よりも余裕を持たせて開けた隙間を、扉に体を当てないよう気を付けながらすり抜ける。そして振り返り、ゆっくりと静かに扉を閉めた。


 パタンと軽く空気が通る音を立てながら閉まった扉を無視して、俺はテラス近くに置いてある天蓋付きベッドに腰を掛ける。差し込む月明かりに、空を見上げればテラスから見える落ちかけた月が、もうすぐ夜が明けることを示している。

 いい加減寝なければと頭の隅で思ったが、そんな意識に反して己の手は亜空間から数本の槍を取り出し、ベッドの上に広げていた。


 大、中、小と様々な長さの槍達の中から一番短い、真紅の槍を手に取る。一般的な直槍の形をした槍は、御爺様が五歳の誕生日の時にくださった、俺が生まれて初めて握った槍だ。御爺様の好きな真紅色で柄が染めてあり、その中でも太刀打と石突の部分には穂先同様ミスリルが使われ、その上に炎を模した彫り物が気持ちばかり施された、実用性を重視した御爺様らしい槍だ。


 次に手に取ったのは純白の柄に金で華やかな装飾なされている、真紅の槍よりも少し長い槍。これは六歳誕生日に母上がくださったもので、槍としての実用性は低いのだが、持っていると微弱な回復魔法がかかる母上特製の槍である。


 続いて緑色の槍を手に取る。柄の部分を弄れば、カチという音とともに柄が三つに分かれる組み立て式の槍は、七歳の誕生日にメリルとセバスが使用人代表としてくれたプレゼントだった。石突のついている柄を耳に当てながら傾けると石突の中からサラサラと粉状のものが動く音が聞こえる。中身はメリル特製の痺れ薬だと言っていた。


 続いて、二番目に長い黒い柄の槍を手に取り月明かりにかざす。月明かりに照らされている部分だけ紫色に見えるこの槍は、八歳の誕生日にグレイ様から賜ったものである。穂先と石突はミスリルと御爺様同様、実用性を追求したこの槍は一見すると飾り一つ無い真っ黒い槍だが、光の加減で紫に見えるよう計算され尽くした柄に職人技が光る一品である。俺の瞳の色に合うようにと、この色合いが出るまでグレイ様自ら工房に足を運んでくださったと、クレアから聞いた。


 そして、一番長い黒地に雷を模した装飾が入っている槍は、九歳の誕生日に父上がくださった槍だ。属性付加出来る様に特殊な素材で造られた柄は光沢のある黒をしており、エスパーダのように持っただけで槍自体が魔力を帯びているのを感じられる一品だ。


 その他にも、練習用の木槍や穂先を潰した槍、直槍だけでなく、枝物槍や十文字、月槍と長さもバラバラな槍が何本もある。どれも手入れはされているが、よく見れば細かい傷や、よく握る部分が色褪せている。

 成長する体に合わせて贈られてきた槍の数々はどれも思い出深く、鍛錬が辛くて逃げ出したくなった時や、御爺様や父上にコテンパンにやられて悔しくてたまらなかった時に何度も見返してきた。

 誕生日毎に大切な人達が贈ってくれたこの槍達が俺の支えであり、誇りだった。


 でも、どれも俺には分不相応な品でしかなかった。


 どの槍も高い性能と付加効果を持つ、この世に二つと無い、俺だけの為に作られた槍だ。だから大人になったら信用できる鍛冶師に作り直して貰おうと、長さが合わなくなってからも手入れを怠らず大切に保管してきた。

 だというのに、この中の一本だって俺には一生使いこなすことは出来ないなんて、今までの努力は、今まで積み重ねてきたものは一体何だったというのか。


 それぞれの槍を贈られた時を思い出す。

 励みなさいと仰った御爺様の顔や、怪我しないようにねと仰った母上、いざという時にはと言ったメリル達や、精々努力しろと仰ったグレイ様、次に槍を贈る時は御爺様からいただいた【勇者の槍】を贈ろうと仰られた父上の表情を思い出す。


 その後も、折れた槍を練習用にと直して譲ってくれた城の騎士達や室内での練習用にと木を削って木槍を作ってくれた兵士達の顔が次々と浮かんでは消えてを繰り返していく。

 そして、


『――――君は確かに【槍の勇者】にはなれない。槍も棒術も適性が皆無だからね』

『残念ながらドイル君に【槍の勇者】は無理だけれど、それを補っても有り余る才能が君にはある!』


 多くの人々の顔を思い出しながら、俺が握っても意味の無い槍達を見つめていると、オブザさんの言葉が頭の中を駆け巡る。


 聞きたくも無い言葉を並べるオブザさんに声を荒げた後、反省はしたが謝る気にはなれなかった俺はそのままオブザさんに背を向けて帰ってきてしまった。背後から俺を呼び止める声が聞こえていたが、振り返らず無視をした。

 無礼な事をしたと思う。謝らなくては、とも。しかし、オブザさんに会いたくない気持ちの方が今は強かった。


 明日の見送り、どうにか逃げられないかな。


 父上の兄代わりだったウィン大叔父様もいる以上、回避不可能なのは分っているが、それでも何か逃げ道はないか必死にオブザさんと顔を合わせないで済む方法を模索する。


 ………………主役はウィン大叔父様だし、どうにかなるだろ。


 しかし、今日一日で色んなことがあり過ぎて疲れていた俺は、まぁ無理だよな、と最後は投げやりな気分で考えるのを止めた。どうにかなるだろと結論付け、槍に沿うように寝台に寝転ぶ。

 こんな時でもふかふかとした感触の寝台に身を沈めながら、ずらりと並んだ槍達を見る。 


 オブザさんは悲観することは無い、他の才能はあると言っていたけれど、ここに並ぶ槍達の存在を知っても彼は同じ言葉を俺に言うのだろうか?


 子供の肉体など日々成長していく。下手したら贈られてから一月も経てば体に合わなくなる可能性の方が高いというのに、後先考えずその時の俺の体に合わせて作られたこの槍達は言うなれば、周囲が俺に持つ期待の証だと思う。

 手間暇かけて作られた槍も、幾らでも練習できるようにと大量に贈られた使い捨てにしていいと言われた槍達も全部、将来【槍の勇者】を継ぐ俺に贈られたもの。一本一本に思い入れがあり、傷だらけのこの槍達がこの四年間、俺がどれだけ槍を振ってきたのかを証明してくれるものだ。


 この槍達を捨てた時、一体俺に何が残る?


 固く目を瞑りギュッと体を丸める。

 初めて槍を握った日や、グレイ様とクレアと初めて会った日、父上や騎士達と鍛錬に行った日や、御爺様にコテンパンにやられた日、グレイ様の隣に相応しい英雄になろうと決めた日と、浮かんでは消えていくここ数年の記憶達。

 しばらくの間寝台で丸まっていた俺は、そうやって浮かんでは消えを繰り返していた思い出も打ち止めになり、今日一日を振り返り終わった頃、目を開けて寝台から起き上がった。


 むくりと起き上がった俺は、部屋の片隅に備え付けられたクローゼットへと向かう。クローゼットといっても着替えはメイド達が用意してくれるので、実質は俺専用の物置になっている場所だ。

 同じ部屋の中ということもあり、直ぐにたどり着いた物置と化しているクローゼットを躊躇うことなく開ける。

 そしてポッと火の玉を入り口に浮かべて中に入る。クローゼットの中には、騎士や兵士達から貰った大量の槍と木槍、槍を手入れするための道具に、昔好きだった木馬や異国の置物や盾と様々なものが収納されている。


 メリルやセバスに片付けさせてくださいと言われても、誰も入れさせなかったこのクローゼットは、俺の宝物や捨てられない思い出の品々が置かれている所為でごちゃごちゃしている。しかしそこは勝手知ったる俺の庭である。

 迷うことなく結構な広さのあるクローゼットの中から目当ての木箱を見つけた俺は、近くの物を脇に寄せてズリズリと箱を引っ張りだした。入り口に浮かべた火の玉の光があたるよう移動し木箱を開ける。そして、中から目当ての袋を取り出した。


 ジャラリと袋の中で硬貨が動く感触を確かめた後、木箱を閉じて再びズリズリと元の場所に戻してクローゼットを後にする。その際、目についた大判の布も持って出た。

 そして再び寝台の上に戻ると、袋の紐を解いて中の硬貨をぶちまける。


 金、銀、銅と混ざった硬貨がジャラジャラと音を立てながら、寝台に飲み込まれていく。俺の両掌に山盛りになるくらいの硬貨の山は、今まで鍛錬ばかりしていた所為で使う機会の少なかったおこずかいだ。槍の鍛錬を始めると同時に渡されるようになったおこずかいは年々金額が上がっていき、今や一か月、金貨一枚である。

 と言っても、普段の買い物で俺がお金を持ち歩くことは無く、使ったのは片手で数えられる程度だ。その中で、確か金貨の100分の1の価値である銅貨1枚でアプルが買えたので、この硬貨の小山は結構な金額になっていると思う。


 …………口止め料くらいにはなるかな。


 若干銀貨の割合が多い小山をじっと見つめた後、それらを袋の中に戻し紐で袋の口をギュッと縛る。ポンポンと掌で数回弾ませ口が閉まっている事を確認してから、亜空間に投げ入れた。

 そして硬貨の入った袋を亜空間に仕舞った代わりに、エスパーダを取り出す。


 手に吸い付くようなエスパーダの感触に複雑な気持ちになりながら、スラリと純白の鞘から青白い刀身を引き抜く。じっと見つめると動いている気さえする綺麗な波紋と、悪寒を感じるほど研ぎ澄まされた刀身は、吸い込まれそうなほど美しい。

 掌にじんわり感じる心地よい魔力が、この刀と俺の相性の良さを物語っている。素直な感想を言えば、手放したくないくらいだ。


 しかしこれは、俺には必要無いものだ。


 最後にもう一度、目に焼き付けるように美しい刀身を見つめて、鞘に仕舞う。キンと高い音を鳴らしながら鞘に納まったエスパーダを持ってきた布で丁寧に、きつく包んでそのまま亜空間の中にいれた。

 そして、そっと亜空間を閉じた後。

 俺は父上からいただいた槍を手に取り、振るう。


 まずは柄を長く持ち突いて払って斬った後、下から突き上げる。続いて柄の中ほどを持ち先ほどと同じように突いて払って斬った後、敵に叩きつけるイメージで振り抜き、槍を持ち替え石突で突く。さらに柄を短く持ち斬った後、槍を逆手に持って敵の足を払うイメージで振り抜き、石突で殴る。そして最後に素早く槍を持ち直し、敵の攻撃を弾くように手の中で回し動きを止める。

 そしてまた柄を長く持つと、今終えたばかりの一連の動作を始めた。


 その後も月明かりの中、何度も槍の基本動作を繰り返す。しっくりと手に納まるエスパーダの感触や、剣のスキルを発動させた時の感覚を振り切るように、何度も何度も繰り返す。


 あの感覚を、俺は認めない。


 今日一日で深く己に染みこんだエスパーダと刀の感覚を上書きするように、槍を振るっていく。

 スキルを使った時ほどではないが、ほとんど意識しなくても基本の型通り動く体は、この四年間の鍛錬の賜物であり、吸い付くとまではいかないが握り慣れた槍の感覚は、数えきれないほど豆をつくっては潰してきたお蔭だ。

 ビュッと最後に一振りして、今度こそ槍を振るうのを止める。そして、僅かに上がった呼吸を落ち着けるように何度か息を吸った後、顔を上げる。

 顔を上げた先にはテラスと室内を隔てるガラスあり、そこには槍を持った自身の姿が映っていた。


 これでいい。


 槍を握る見慣れた自身の姿に胸を撫で下ろし、寝台に向かう。そして寝台に散らばった槍を一本一本握ってその感触を確かめながら、亜空間にしまっていく。

 思い入れのある槍達が、真っ暗な亜空間の中に吸い込まれていくのを俺は静かに見つめていた。 


 この先、誰になんと言われようとも槍以外の武器は二度と持たない。そして、【炎槍の勇者】の孫、【雷槍の勇者】の息子の名に相応しく、槍に生きて、槍に死ぬ。

 それが、その生き方こそが、この家に生まれた俺の正しい生き方だ。


 薄暗い部屋の中でもはっきりと見える黒い亜空間に捧げるように、一本一本丁寧に大切な槍達を吸い込ませていく。


 並大抵の者にはスキルの壁は越えられないというのならば、それ以上の努力をもってスキルの効力を越えてみせる。【勇者】と【聖女】の血を引く俺なら出来るはずだ。それくらいできずに何が【勇者】で、何が【英雄】か。人外な生きる伝説を三人も越えるのなら、人の限界くらい超えられるはずだ。俺は【炎槍の勇者】の孫で、【雷槍の勇者】と【聖女】の息子なのだから。

 いつか父上達を超えるのだと決意して過ごしてきた日々を、皆がかけてくれた期待や愛情を、無駄だったとは、無意味なものだったとは、絶対、誰にも言わせない。




「――――――誰が何と言おうとも、俺が次期【槍の勇者】だ」


 そう呟きながら、そっと亜空間を閉じる。

 そしていつも通りの赤いカーペットに戻った床を一瞥した俺は、テラスから微かに見える朝日を見なかったことにして、何事も無かったかのように寝台に潜り目を閉じた。


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