第四十八話
「――――――そういった経緯で、ウィン大叔父様に刀を譲っていただいたんです。その日の夜はウィン大叔父様の暮らす東国の話や、オブザさんの冒険話を聞かせていただきました。そしてお開きになったんですが、…………オブザさんに剣を教わった際に、簡単にスキルを習得出来たのが引っかかっていた俺は、居ても経ってもいられず夜中にこっそり部屋を抜け出しました。そしてウィン大叔父様にいただいた刀で、オブザさんに見せて貰った様々な剣のスキルを実際にやってみました。それ以上、剣のスキルを取得しない事を祈って」
当時の感情に引きずられないように気を付けながら、なるべく淡々と語っていく。無機質に、けれども慎重に言葉を選んで語るのは、今さら心配することはない、もう過去の事なのだと殿下達に分かって欲しいからだ。
道を誤った中等部時代に入学式と模擬戦の時のことがある以上、槍の適性については今後もついてまわるだろうが、いい加減全て受け入れて生きなければ俺は前に進めない。
だからもう槍の一件は気を使う必要は無いのだと殿下達に伝えるつもりで始めた昔話だったが、こうやって改めて振り返ってみると、あの頃の俺がどれほど短絡的だったが分かり頭が痛い。自分から言い出したことだったが、当時の自分を思い出すのは大変な苦行である。
「――――しかしまぁ、俺の期待とは裏腹に剣のスキルは簡単に取得出来ましたよ。今までしてきた槍の鍛錬は何だったんだと思うくらい簡単に。その時点で、槍の適性を持っていないことは薄々気が付いていました。そしてその直後に、俺を追ってきていたオブザさんに断言されました。俺に【槍の勇者】は無理だってね。その時に詳しく俺の適性を教えて貰いました。―――――――――――とまぁ、こんなものです。俺が適性を知った切欠なんて」
思い出した、幼い頃の自身の言動に頭を痛めつつ、俺はようやくウィン大叔父様とオブザさんと過ごした日の事を語り終えた。言葉を選んで語っていた所為か、はたまた幼く短絡的な自分を思い出した所為か、疲労感に襲われた俺は思わず大きく息を吐きだす。
ただ、頭は酷く重たく感じる癖に、なんだか胸が軽かった。
頭が重く、疲労感はあるのに清々しいという矛盾した気持ちになった俺は、何となく空を仰ぎ見た。
見上げた空は郊外の森の中の所為か星が沢山見えて、とても綺麗だった。そして星を見たついでに、大分高い位置にきている月の存在に気が付く。
…………話し過ぎたな。
話し始めた頃はまだ昇り始めだった月はあと一、二時間もすれば真上にくる位置まできており、結構な時間思い出話を聞かせていた事を知る。誰一人、厭きた様子も見せずに真剣に聞き入っていたから、ついつい話過ぎてしまったようだ。長くならないように掻い摘んで話したつもりだったが、思いの外時間を取らせてしまったことを申し訳なく思った。
しかし誰一人、長時間話していた俺を責めること無く、それどころか俺にかける言葉を必死に探している殿下達の姿に、まぁいいかと思う。
あの日の思い出は、たった一日分でしかない癖に色濃くて。
思い出せば思い出すほど自分の事だけで一杯一杯だった当時の己が頭をちらつき、後悔ばかりが湧きあがる。
けれども、今。こうやって俺の話に耳を傾け、かける言葉を必死に探す殿下達の姿に心が軽くなった気がするのは、気の所為では無いだろう。
…………案外、誰かに聞いて貰いたかったのかもしれないな。
話終わった時に感じた達成感と、殿下達の心配をくすぐったくも嬉しく感じた己をそう分析する。話してよかったかも、なんて考えも浮かび、思った以上に単純な己の思考回路に成長してないなと思わず笑ってしまった。
己の変わらぬ一面を笑いながら、五年の歳月が経てあの時よりも成長した己の掌を見た。あの頃以上に大きく、そしてボロボロになった手はまだまだ小さく無力なのだと、この間のリュートとの決闘で実感したばかりだ。
しかしだからといって、この手に何も無い訳では無いと、目の前で思い悩む殿下やバラド達が教えてくれる。
行動や言葉で心配していると言ってくれる殿下達の姿を思い出し、込み上げてくる温かな感情を感じながら、同時に俺の将来を案じてくれていたオブザさんの言葉を思い出す。
当時は理解出来なかったオブザさんの言葉の意味も、わざわざ俺に適性を教えてくれた理由も今なら分かる。
結局、己に槍の適性が無いことは遅かれ早かれ分かったことなのだ。俺がアギニスを名乗る限りは。
お金を差し出して黙っていてくれと言った俺を叱るどころか、二つ返事でお金を受け取り了承すると、なんとも言えない表情で頭を撫でたオブザさんは、あの時何を思っていたのだろうと今さらながらに思う。そして大切なエスパーダと共に、ウィン大叔父様は俺に何を託したかったのだろうとも。
今頃お二人はどうしているのだろうか…………。
夜空に浮かぶ月を見上げながら、彼らの安否を想う。
ウィン大叔父様もオブザさんもたった一日しか滞在せず、次の日には自国に帰っていった。しかし彼らと過ごした時間は、幼い俺にはとても濃密な時間だったと改めて思う。あれ以来、ウィン大叔父様にもオブザさんにも会うことはなかったが、二人と過ごしたあの日は一生忘れない。
あの時は、己の事で一杯一杯過ぎて、礼を言うどころか失礼な態度しか取れなかったが、また会うことがあれば精一杯の感謝の言葉を伝えたいと思う。
ウィン大叔父様にエスパーダをいただいたお礼は勿論、オブザさんにも俺の刀を見て貰いたい。きっと今の俺なら「貴方のお蔭で強くなれました」と素直にお礼が言えると思うから。
「――――――ドイル」
「なんですか? 殿下」
遠い異国の地に居る優しい大叔父様と、お人好しな冒険者を偲んでいると殿下に名を呼ばれたので、月を見上げるのを止めて隣に座る殿下に視線を移す。
やっぱり最初に声をかけてきたのは殿下だったか、と思いながら今度は俺がその言葉に耳を傾けるべく聞く体勢に入る。
「…………恨んでいるか? その冒険者を」
父上やウィン大叔父様よりももっと濃い深緑色をしているはずの殿下の瞳が、焚火の光に照らされて、赤土色に見えて心臓が跳ねる。一瞬見えた懐かしい色に動揺したのか、殿下の言葉の意味を理解するのに少し時間がかかってしまった。しかし、それでも何とか殿下のいわんとすることを理解した俺は、次いで殿下の鋭さに舌を巻いた。
あの時の俺の感情など、聞いていて気持ちのいいものでは無いのは分っている。その上俺自身があの時の感情に引きずられたくなくて、出来る限り客観的にざっくりと話したにも関わらず、当時の俺がオブザさんに抱いていた感情をズバリ当ててみせた殿下には脱帽である。
これも王宮暮らしの所為かな、と人の感情に鋭すぎる幼馴染に驚きつつ、その言葉に答える為に口を開く。ここで答えに躊躇しては、心配するなと言えなくなってしまうからな。
「――――――まさか。今は感謝していますよ」
タイムラグ無く答えた俺に、どこかから安堵の籠った溜息が聞こえた。そして俺の言葉を切欠にどこか張りつめた雰囲気だった場の空気が緩んでいく。
問いかけた殿下が俺の答えにほっとしたように表情を緩めていくのを見ながら、俺もほっと胸を撫で下ろす。ずるい答え方をした俺に、誰も気が付いていない様子にほっとしたのだ。
正直な所、つい最近までオブザさんの事を物凄く恨んでいた。余計な事を教えやがってと。
けれども、冷静に振り返れる今なら、オブザさんの行動をお節介ではなく善意として受け止められる。だから、俺は敢えて『今は』という表現にしたのだ。
心配してくれている人に対して、誤魔化すようなちょっとずるい言い方だったのは自覚している。しかし、あの時の餓鬼だった俺など知られたくないし、殿下に嘘をつく訳にはいかない。きっとここで恨んでいないと言い切ってしまったら、鋭い幼馴染は俺の誤魔化しに気づいたはずだ。
気が付かれたなら仕方ないが、気が付かないならそのまま流して欲しい。
あの時の俺など、今さら知られたくない。ただ単に、視野の狭い餓鬼だっただけだ。出来ればこのままこの話は終わりにして貰いたいと、そんな事を思いながら殿下達を見る。
こちらの思惑を知ってか知らずか、バラドや先輩方は解散ムードを漂わせ後片付けを開始しており、俺はそんな彼らの姿に胸を撫で下ろした。
しかしその直後、隣に腰かける殿下を見て、俺は己の考えの甘さを痛感する。
ゆるゆるした空気の中、それぞれの行動を開始し始めているバラド達と異なり、殿下は先ほど浮かべた安堵の滲む表情から一転、僅かに眉を顰めて俺を見ていた。
恐らくというか、確実に俺が誤魔化そうとしたことに気がついたらしい殿下に苦笑いを返せば、みるみるうちに眉間に皺を寄せていく。そして不機嫌さを滲ませ始めた殿下が俺に何か言おうと再び口を開いた瞬間、俺はタイミングを見計らって殿下の言葉に被せるように口を開く。
「――――おい、「それでは話も終わりましたし、寝ましょうか。 明日も早いですからね」」
殿下の言葉を遮るように皆に就寝を勧めれば、先ほどの俺と殿下のやり取りでお開きムードだったバラド達は本格的に各々の行動を開始した。最初の火の番である先輩方は火の番の準備に入り、バラドとジンは就寝準備に移っていく。
「――――ドイル」
そんなバラド達に紛れて俺も就寝準備をする為に立ち上がれば、座ったままの殿下に地を這うような声で呼ばれる。その声色に怒らせちゃったかなと思いながら、恐る恐る視線を落とせば、非難がましい目で俺を見上げる殿下と目が合った。
その強い視線に一瞬怯んだが、誤魔化すように殿下に笑いかければ、そんな俺の態度に殿下はますます眉間に皺を寄せた。そしてチッと不愉快そうに舌打ちしたかと思えば、何かを思いだしたのかニィと王子様がするには相応しくない笑みを浮かべ、スクッと立ち上がり俺を見据えた。
昼時に俺に正面に座るように告げた時以上に、いい笑顔で俺を見る殿下にぞわりとした感覚に襲われ、目が逸らせない。しかし当の殿下は、殿下の笑みにビビっている俺を鼻で笑うと、そのまま野営の為に張ったテントへ行ってしまった。
その際、態々俺の横を通ったかと思うと、すれ違い様に「火の番の時が楽しみだな」と告げられる。そしてそのまま、振り返ることなくバラド達の元に歩いて行った殿下の姿に、笑って誤魔化したのは失敗だったことを理解する。
…………失敗した。
すれ違い様の楽しそうな殿下の声を思い返し、最後の最後で詰めの甘かった己に溜息を零しながら俺もトボトボとテントへ向かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。