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第四十七話

 鍛錬場とは正反対の場所にある庭園の片隅に、ドスッと重さを感じさせる音をたてながら木の杭を突き立てる。昼間に俺が斬った小さめの杭では無く、オブザさんが使っていた大きい方の杭だ。

 俺が両手を回してようやく抱えられる木の杭を等間隔に六本、円状に地面に突き刺していく。そして全ての杭が刺し終り、しっかりと地面に刺さっているのを確認した後、先ほどウィン大叔父様にいただいたばかりの純白の刀を亜空間から取り出す。

 亜空間から取り出した純白の刀は、手に持つのは二度目だと言うのに己の掌にぴったりと馴染む。まるで俺の為に用意されたかのような刀の感触に、思わず眉をひそめた。


 手に馴染み過ぎて気持ち悪いなんて、贅沢なんだろうけど…………。


 しっくりくるのが気に入らないという矛盾した己の感情と、初めてこの刀を握った時にも感じた不快感と恐ろしさ。

 再び握ったことで改めて感じたそれらの感覚に、僅かに震えだした己の手を誤魔化すように力を込めて刀を握る。同時に腹の底からじわじわと這い上がってくる得体のしれない不愉快な感情もグッと押し込めて、純白の刀を鞘ごと月明かりに晒した。


 純白の鞘と白い糸で編み込まれた柄部分には、落ち着いた色の金糸で小さいひし形が並べられ、持ち手と刀身の間には柄と同様の落ち着いた金の鍔がついており、真っ白な刀は不思議な存在感を発している。

 スラリと音にならない音をたてながら鞘から刀を引き抜けば、綺麗な波紋を浮かべた刀身が姿を現す。青みを帯びた刀身が月明かりを受け青白く輝く様は、今まで見たどんな剣よりも美しかった。




 ウィン大叔父様から譲られた少し不気味な純白の刀は、銘を【ジーヴル・エスパーダ】といい、水や氷の魔法と相性がいい刀だ。

 大昔のアギニス公爵の持ち物で、ウィン大叔父様が他国に婿入りする時に有事の際にとアメリア御婆様の強い勧めで譲り受けたらしい。ウィン大叔父様にとっては、アメリア御婆様との最後の思い出だそうだ。

 そして何故かそんな大切な刀を、ウィン大叔父様はオブザさんの『ドイル君には昼間使っていたロングソードよりも、レイピアや刀の方が使い易いかもしれない』という言葉を聞くやいなや『それならば是非これを』と俺に【ジーヴル・エスパーダ】を譲ると言い出したのだ。


 夕食後のウィン大叔父様を思い出し、思わず大きなため息をつく。

 大切にされてきただろうエスパーダは、アメリア御婆様から譲られてから一度も使ったことはないと仰っていたというのに、隅々までとても丁寧に手入れされているのが見てとれる。

 曇りの無いエスパーダを近くに転がしておいた予備の杭の上に落とせば、ストンと軽い手応えで杭の中ほどまで刀身が埋まる。素晴らしい切れ味を持つ刀を杭から引き抜き、月明かりに翳して刃こぼれが無いか確認した後、刀身を鞘におさめた。

 チンッと独特な甲高い音をたてて鞘に納まったこの刀の実用性は大変素晴らしく、これ一本で王都に屋敷を建てられる位の価値があるそうだ。

 まぁ、水魔法はともかく上位魔法の氷魔法とも相性がいいとなればそれくらいはする。


 だからこそ、アメリア御婆様はウィン大叔父様に贈ったんだろうな。 


 遠い国に旅立つ歳の離れた弟を前に、アメリア御婆様は何を思ったのか。

 金銭的な価値だけで無く、色々な意味で価値があるだろうエスパーダを腰に差しながら、俺は頑な態度を見せたウィン大叔父様を思い出し、再び大きなため息をついた。




『よかったらこれを受け取ってくれないかい? 元々この刀はアギニス公爵家の家宝として受け継がれてきた物だからね。僕のような文官の元で燻るよりも、君に使われる方がこの刀も本望だと思うんだ』

『…………ウィン大叔父様。これは流石にいただけません』

『そう言わずに。この刀は私が婿入りする時にアメリア姉さんが無理やり持たせなければ、今もこの家の家宝としてあったはずのものだからね。私はグラディウス家で上手くやっているから万が一の心配はもう必要ないし、それに折角の技物だ。文官の私の手元にあるよりも、ドイル君みたいに剣を扱える人間の元にあった方が絶対にいい』

『………………でも、』

『それにね、ドイル君。【槍の勇者】を目指す君には迷惑かもしれないけど、私は君にこの刀を持っていて欲しいんだ。この刀はいつからあったのか分からないほど昔から、代々アギニス家に伝わってきた家宝だからね。私の死後、グラディウス家の者の手に渡るよりも、将来アギニス家を担っていくドイル君に持っていて欲しい。――――――――――私の我儘を叶えると思って、受け取ってくれないかい?』

『――――――――お預かり、いたします』




 渡された純白の刀は魔力が満ちていて、槍しか持ったことの無い俺でも一目で簡単に手にできる剣ではないことが判った。当然そんな名刀を、しかもアメリア御婆様がウィン大叔父様を想って譲られた一品を貰う度胸など無く、俺はウィン大叔父様の申し出を断った。

 しかしグラディウス家の者達と仲が悪い訳ではないが、アギニス家で代々伝わってきた物だから使って欲しいと言われてしまい、そのただならぬウィン大叔父様の様子に、俺は思わず是と答えて純白の刀を受け取ってしまった。


 相応しくないのは、俺も同じだというのに……。


 俺に持っていて欲しいと告げたあの時。

 ウィン大叔父様は懐かしいような、寂しいような表情を浮かべていた。きっとエスパーダは、ウィン大叔父様にとって己とアギニス家を繋ぐ思い出の品だったはずだ。

 その思い出の品を手放すことを寂しく想ってか、それとも出ていかなければならなかったアギニスの家を想ってか。もしかしたら、アメリア御婆様の姿を思い出していたのかもしれない。

 しかしどんな理由であれ、エスパーダがウィン大叔父様にとって大切なものであったのは確かで。


 この刀を俺に差し出した時のウィン大叔父様の心情を想像して、懺悔するように純白の刀を撫でる。

 ウィン大叔父様が大切にしていたこの刀を、純粋な気持ちで握れない事を申し訳なく思う。そして同時に、俺の可能性を確かめるのにエスパーダ以上に相応しい刀は無いだろうとも。




 俺は夜中に部屋を抜け出し、わざわざ鍛錬場でなく人気のない庭の端っこに足を運んだ本来の目的を果たす為に、先ほど作った直径5メートルほどの円の中に入り、その中心に立った。

 ある程度距離をあけて杭を刺したつもりだったが、身の丈以上ある木の杭に囲まれると想像以上の威圧感というか圧迫感があり、少し驚く。今が夜中ということもあって大きな杭に視界を阻まれている円の中は、何処か不気味だ。


 …………さっさと済ませて、部屋に戻ろう。


 この不安を解消して早く眠るのだ。そしてまた明日から、槍の鍛錬に励めばいい。そう己に言い聞かせて、どことなく不気味な印象を与える円の中で、腰に差したエスパーダの柄を握りしめる。

 そして次の瞬間、俺は正面の杭に目がけて駆け出しながら、エスパーダを抜いた。




 身を低くしたまま正面の杭に駆け寄り、【居合斬り】を発動させてザンッと一本目の杭を斬る。

 次に右隣の杭を【回転斬り】を発動させて斬り落とし、ワンステップ入れて、その右隣の杭を【斬り上げ】さらに【空中斬り】で宙に浮いた杭を二分する。

 続いて対角線上にある杭に向って斬撃を飛ばすイメージで魔力を込めて振り抜く。距離がある所為か魔力を込めた斬撃はカッと薄く杭の表面を傷つける程度だったが、俺の頭の中には『【飛刀】を習得しました』の文字が躍る。

 脳裏に浮かんだ文字を無視して、流していた魔力に【ジーヴル・エスパーダ】と相性のいい水属性をのせて、刀身が伸びるイメージを思い浮かべる。『【水刀】を取得しました』の文字を感じると共に、先ほどまでは70センチ程度だった刀身が1メートルほどに伸びているのを確認し、そのまま先ほど【飛刀】を当てた杭の左隣にある杭を数歩踏み込んで斬り倒した。

 そして【水刀】のスキルを解いた後、最後に残った一本を槍の【乱突き】というスキルを真似て、刀で突く。


 【乱突き】は御爺様が得意するスキルで、鋭い突きを高速で複数回繰り出し対象を蜂の巣にするスキルだ。【乱突き】のスキルを持っている訳では無いので、威力も早さも回数も御爺様にはほど遠いが、何度も鍛錬し、腕を鍛えることで近い動きが出来る様になった。


 御爺様の【乱突き】をイメージしながらひたすら刀を刺していると、ボロボロになった杭がメシメシメシッという音をたてながら後方に倒れ始めたので、手を止める。

 杭がへし折れ、倒れゆく最中『【乱刺し】を取得しました』の文字が脳裏に浮かびあがるのを感じた。


 傷のついた杭や、地面に転がる切り落とした杭とその破片、ボロボロになってへし折れた杭をぼんやりと見つめながら、未だ青白く輝くエスパーダを見る。これだけ太い木の杭を幾つも斬ったというのに刃こぼれすることなく、変わらぬ姿で己の手の中にあるエスパーダを見つめながら俺は無性に虚しくなった。


 昼間に教わった【居合斬り】と【回転斬り】に【斬り上げ】、【空中斬り】を続けて行った時の、自然と動く己の体とその威力は勿論、ウィン大叔父様に怒られて後、お詫びだと言ってオブザさんが見せてくれた【飛刀】と【水刀】はこんなにあっさり習得できてしまった。


 それに…………、


 エスパーダを握り直し、傷ついてはいるものの未だしっかり立っている杭の前に立つ。そして最後に取得した【乱刺し】を発動させた。

 ガガガガガッ! と勢いよく動く己の腕と、大した手ごたえもなく突き刺さる刀をじっと見つめ、先ほどのように杭がへし折れる前にスキルを止める。


 俺が突き刺した部分を見れば、丁度刃先を正面から見た時と同じくらいの細い長方形の穴が杭にびっしりと並んでいた。細長い長方形の穴達はどれも御爺様や父上がスキルを使って藁を突いた時みたいに、まるでその部分の木は元々無かったかのように綺麗な空洞になっており、杭の向こう側の景色がよく見えた。

 まるで網越しに景色を眺めているような、見通しのよい景色に思わず嘲笑が零れる。


 御爺様の【乱突き】は取得できなかったのに、【乱刺し】は簡単に取得出来るなんて……、


 目の前にはっきりと突き付けられた現実に、なんだか笑い出したくなった。昼間は気の所為だと見ない振りした可能性が、確信に変わる。

 死にもの狂いに練習しても模倣しか出来なった槍の固有スキルである【乱突き】と、大した努力も無く習得できた剣の固有スキルである【乱刺し】。

 この二つが示す可能性など一つしかない。




 ――――――パチパチパチパチパチ――――


 ずっと見ない振りしていた己の可能性をようやく直視した俺の背後から、手を叩く音が聞こえてくる。その音に振り向けば、笑みを浮かべたオブザさんが立っていた。


「お見事。一度見ただけで、ここまで出来るなんて流石【槍の勇者】達の血縁者だね」


 僅かに高揚した声でそう告げながら拍手していたオブザさんは、散らばる杭を見渡して「……末恐ろしいね」と呟くと、俺に近寄ってくる。そしてお互いの顔が月明かりで見える距離までくると、笑みを浮かべたまま眉を下げるという器用な表情を浮かべてみせた。


「………………そんな顔するもんじゃない。子供は笑顔が一番だ」


 俺に近づき、複雑そうな顔のオブザさんを仰ぎ見る。

 そのまま何も言わずに見続ければ、オブザさんは困った顔をしながらも俺の視線を真っ直ぐに受けとめていた。見るからに気まずそうな表情をしているくせに、視線は逸らさないオブザさんの姿を見て、この人はお人好しなのだなと思う。

 多分、オブザさんは俺が昼間に投げかけた問いに答える為に、ここにきてくれたのだろう。でなければ、こんな真夜中に脱け出した俺を追いかけてくる理由などこの人には無い。


 昼間見せてくれた剣の技術といい、この面倒見の良さといい、ウィン大叔父様が一目置くのも分かる気がすると思いながらも、一方でいくら昼間『後でね』と約束したからと言って、何の繋がりもない子供との約束など律儀に守らなくていいのに、と心の中で毒づく。


 たった今、俺がようやく直視した結果を踏まえて昼間からのオブザさんの言動を振り返る。突然剣を教えてくれると言い出したのも、意味深な言葉もオブザさんが他人のスキル見れるのならば納得いく。オブザさんは最初から全て、知っていた。 

 恐らく彼が持っているだろう希少なスキルを思い浮かべ、思わず舌打ちしたくなった。この人は俺からすれば知りたくも無い現実を、わざわざ突き付けにきたのだ。


 この人とさえ、出会わなければ。


 知らずに済んだかもしれない、と今更どうにもならない事を考える。

 しかしいくら考えようとも現実は変わらないし、俺が答えを尋ねないかぎり目の前のオブザさんは居なくならないだろう。


 恐ろしくて、憎らしくて、悲しい。 

 つらつらと考えた結果、そんな形容しがたい感情をオブザさんに抱く。そして覚悟を決めたというよりは自暴に近い気持ちで、俺は昼間と同じ問いを目の前の人に投げかけた。


「俺は【槍の勇者】になれますか? オブザさん」


 そう言って仰ぎ見たオブザさんは、困ったような悲しいような複雑そうな表情を浮かべ、ゆっくりと首を横に振る。そして、昼間尋ねた時は答えなかった質問の答えを口にした。 


「――――なれないよ。それは君自身が一番よく分かっているはずだ」


 躊躇いながら、しかしはっきりと告げられた予想通りの言葉に、俺は静かに目を閉じた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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