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第四十二話

 辺りはすっかり暗くなり、パチパチと爆ぜる焚火が俺達の周囲を照らしていた。そして、唯一の光源である焚火の周りには昼間仕留めた魔獣の肉と、水で戻した野菜の欠片を木の枝に刺した物が焼かれている。

 サナ先輩の魔法薬のお蔭で食べ頃になった肉達は、ジュウジュウと音をたてとても美味しそうだった。


 肉の焼ける音と香りに、今にも根を上げて鳴りだしそうな己の腹を、渾身の腹筋で押さえつける。気を抜くとたちまち鳴ってしまいそうになる腹の虫に限界を感じ、この合宿の料理全般を仕切っているバラドをじっと見て訴えてみる。

 俺の視線を感じたバラドは、焚火の周りに刺してある枝を一本引き抜き焼き加減を確認した後、その枝を俺に差し出してくれた。


「ドイル様、焼けましたのでこちらをどうぞ。そちらも焼けていますから、ご自由にお召し上がりください」

「ありがとう」

「殿下、こちらも食べられますって」

「ああ。いたただこう」


 俺に枝を渡しながら殿下達にも完成を告げたバラドの言葉に、隣に座っていた殿下やジンもいそいそと目の前の枝を手に取る。

 作るのを手伝ったので毒見の必要がないのは分かっている為形式的なものだが、ジンが毒見をし、殿下が口をつけたのを確認してから、俺も手元の肉にかぶりつく。じゅわりと口の中に広がる肉汁と、仄かに舌を刺激する香辛料が絶妙だった。

 もぎゅもぎゅと夢中で肉を咀嚼していると、丁度俺の正面辺りに座っていたリェチ先輩とサナ先輩達が騒ぎ出した。


「おい! それはどう見ても生だろう!?」

「「兄貴がいるから大丈夫でっす!」」

「んなもん食って腹壊しても、治療してやんねぇぞ!?」

「「えー?」」

「だからお前らが首かしげても、まったく可愛くねぇんだよ!」


 お腹が空いていたのか一際大きな肉が刺さった枝を抜き、口にしようとした二人にすぐさまレオ先輩から指導が入る。

 何時ものごとく先輩方はレオ先輩にくってかかっていたが、その間にバラドが二人の手から枝を抜き取り、焚火の周りに刺し直す。そして、先ほど二人が手にしていたものよりも小さめの枝を二人の手に握らせた。

 流れるように行われた有無を言わせぬバラドの行動に、やはり先輩方は異を唱えようとしたのだが、にっこり微笑んだバラドに昼間の出来事を思い出したのか、珍しく大人しく座り込むと渡された肉を齧り始めた。 


 その様子を見ていたレオ先輩は「お前、すげぇな」と感嘆の声をあげるが当のバラドは、折角レオ先輩が褒めてくれたというのに「ありがとうございます」と短く返し、さっさと俺の隣に戻ってきてしまった。そしてそのまま殿下とは逆隣に腰を下ろしたバラドは、己の分の枝を取ると食べ始める。


 俺以外を労わることはほとんどしないが、同時にどのような相手であっても俺に危害を加えたり、不利益になる人間でもない限りはぞんざいに扱ったりしないバラドが、あのような態度を取るのは珍しい。


 どう考えても昼間の一件が原因だろうが、なんだか最近のバラドは以前の妄信的なバラドじゃない気がしてたまに怖い。本当にふとした瞬間なのだが、バラドからセバスと同じような空気を感じる時があるのだ。

 御爺様だろうと、父上だろうと容赦なく正座させて、ピシリと乗馬鞭を鳴らしながら滾々と説教しているセバスと同じ雰囲気。


 口煩く容赦ないセバスを思い出し、頭を振るう。

 止めよう。セバスの事を思い出すと思い出したくもない、幼い頃のあれやこれまで芋づる式に思い出してしまう。


 …………美味しい夕食に集中しよう。うん。


 思い出しかけたセバスとの記憶に蓋をして、口の中に広がる味に集中する。

 ちなみに、俺を中心として左回りに殿下、ジン、レオ先輩、リェチ先輩とサナ先輩に、バラドの順で焚火を囲っている。




 俺の刀の話題から微妙な空気になった後、結局全員でホーンモモンガの角を採取して、残りの部分は焼いて片づけた。

 可哀想な気もするが、ホーンモモンガは角以外に用途も無く、肉も美味しく無いので、血の匂いを嗅ぎつけて遠方から大型の魔獣が寄ってくる前に始末するのだ。


 その後、ホーンモモンガの後片付けを終えた俺達は、少し早いが野営地を探し始めた。

 とはいっても特別苦労があった訳でもなく。バラドがその才能を余すことなく発揮してくれたお蔭で、近くに水源もある小さく拓けた場所を見つることができたので、そこに野営の準備を行った。


 野営の準備は中等部でも何度かやったことがあったので、大した問題もなく日が暮れる前に終わり、現在はバラドが用意した夕食に舌鼓を打っている最中である。

 七人ギリギリ囲める大きさの焚火の周囲に、びっちりと用意されていた肉達は瞬く間に消えていく。


 流石食べ盛りの男の集団である。一人女性も混じってはいるが、片割れとほとんど区別がつかない上に、見分けがつかない事を本人が望んでいるので、同列の扱いでいいだろう。

 あっという間に減っていく肉達に、俺もそれ以上余計な事を考えるのは止め、次の枝に手を伸ばす。

 そして食いっぱぐれることのないように、一心不乱に夕食を食べ続けた。






 そんなこんなであっという間に夕食を食べ終えた俺達は、現在お茶を啜りながら火の番の順と明日の行動について話し合っている。


「やはり、魔獣の数が多い気がする。去年はどうでした?」

「去年つってもなぁ。俺達の班はもっと浅いところで野営してたし、三日かけても今日のお前らの成果にはほど遠いレベルの班だったからな。お前ら三人でも過剰戦力つってたヘングスト先生の言葉をしみじみ実感したぜ。…………まぁ、本来なら三、四匹の群れしかつくらないワーラビットが十匹弱の群れつくって、十匹前後のホーンモモンガに至っては数十匹の群れつくってるからな。深部に近いと言っても多すぎる気はする」

「そうですか」


 質問に答えたレオ先輩の言葉を聞き、殿下は考え込む。

 班のメンツが殿下とジンの所為か、数が多くともまったく問題にならなかったので気にしていなかったが、確かに聞いていた話よりも魔獣の数が多い気がする。

 ただ、深部に行けばいくほど当然魔獣達は強くなるし、数も増える。俺達の戦果が深部に近い故なのか、異常状態なのかは現段階では判断しにくい。


「異常と言い切るには情報が足りんな。特別強い個体がいたわけでもない。ーーーーそうだな。取敢えず明日は先生を探すことにしよう。深部に近づけば先生方も大勢いらっしゃるし、採取は道中出会った魔獣達を狩っていけばいい」

「私もそう思います」

「それがいいだろうな。もしかしたらこの辺りはこの数が普通なのかもしれねぇし、異常なら早く先生の耳に入れて騎士団でも何でも連れて来てもらった方がいい」

「では、明日も今日の午後と同じ隊列でいいですか? 最後尾の方が槍を振るい易いので」

「俺らは守って貰う側だからな、お前らのいいようにしてくれ」

「私もそれでいいぞ。ドイルもそれでいいか?」

「勿論」

「それでは、明日は先生方を探して深部に向って進むことにする」


 話し合いの結果をまとめた殿下に各々返事を返す。あっという間に決まった明日の予定に、流石殿下だなと思う。その立場柄、人をまとめあげ、指揮するのがお上手だ。


「火の番は先ほど決めた通り、先輩方三人、ジンとローブ、俺とドイルの順でいいだろうか?」

「殿下、その件で「勿論でございます。同じ側仕えとして、ジン殿とは色々お話したいことが御座いますし」」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「俺も異論はねぇな。こいつ等二人とお前達を組ませるのは不安だからな」

「「兄貴、ひどーい!!」」

「当然だろうが!」

「…………問題はなさそうだから、先ほど決めた順でいくぞ」


 さらに火の番の順番を確認し始めた殿下に意見しようとすれば、さりげなくバラドに遮られ、それにジンが間髪入れず返事を返す。そして流れる様にレオ先輩が口を挟み、そのまま殿下が無理やりまとめてしまった。


 そして訪れた不自然な沈黙に、これはまたもや気を使われたことを感じ取る。殿下とゆっくり話せという周囲の気遣いというか、圧力をひしひしと感じたが、それを殿下が黙認しているあたり、クジを引いた段階で何か細工があったのかもしれない。

 そこまでしてくれなくていいと思うのだが、六人が結託している以上俺が今さらあがいたところで無駄なのだろう。


 会話の途切れた周囲にそう結論付け、今度はこの状況をどうするか思案する。

 不自然に途切れた会話を再開させる為に、各々が俺と同様に無難な話題を必死に考えているらしく、ちらちらと視線を送り合っている。


 パチパチと火が爆ぜる音の合間から微かに「こういう時こそ、お前らがいけよ」「「いやいやいや、流石にこの空気は厳しいですって!」」と聞こえる始末である。

 筒抜けな先輩方の会話を聞きながら、一体この状況をどう打破すればよいかと頭を抱えていると、焦ったようにジンが口を開いた。


「そ、そういえば、ドイル様は一体何処で刀を学ばれたのですか!?」

「ジン様!」

「はい! あっ」


 この空気をどうにかしようと慌てて口を開いたジンが話題にしたのは、俺の刀についてだった。その内容にすぐさまバラドが止めに入り、ジンは昼間同様「やってしまった!」という表情を浮かべる。

 昼の件といい、今といい懲りない奴だと呆れ半分、ジンだったら仕方ないと思う気持ち半分である。きっとジンの頭の中には相手の強さやその秘訣、体の鍛え方といった事しか残らないのだろう。羨ましい限りである。


 まぁ、このくらいで接してくれた方が、気が楽といえば楽なんだよな。


 ふとした瞬間に燻る感情があるのは確かだが、前を向いて生きようと誓ったあの時から、俺にとって槍の件は過去の事である。模擬戦の時のように感情的になってしまう時はあるが、根掘り葉ほり聞かれると傷つくということは無い。

 だからバラド達のように気を使われてしまうと反応に困るし、むしろジンのようにあっさり聞いてくれた方が俺も話しやすい。


「ドイル」

「はい?」

「俺も聞きたい」


 さて、どうするかなと刀の話をするかしないか迷っていると、躊躇うように、しかしはっきりと目を合わせた殿下から告げられた言葉に目を瞬かせる。


「………………よろしければ、私もお伺いしたいです。ドイル様」

「俺もそれは聞いておきてぇな」

「「僕達も気になります! ドイルお兄様!」」


 殿下のお言葉につられるように、先ほどジンを制止していたバラドやレオ先輩、リェチ先輩とサナ先輩も俺が刀を手に入れて使えるようになった経緯を知りたいと言い出した。

 口では何だかんだ言いながらも、全員気になっていたらしい様子に苦笑いが浮かぶ。


「バラド。昼間にも少し話したが、ウィンカル・フォン・グラディウス様を知っているだろう?」

「………………はい。確かゼノ様の奥方様、アメリア様の年の離れた弟君ですよね? 確か十歳を迎える前に奥方様とゼノ様がご結婚されたので、ゼノ様にアギニス家の家督を譲り、ご自身は東方の国の候爵家に婿入りされた御方だったと記憶しております」

「そう。確か私が十歳になる少し前くらいだな。何かの御用のついでに近くにきたからと言って、アギニス家を訪れたことがあったんだ。剣はその時グラディウス様が護衛にと、連れてきていた冒険者から教わったんだ。気さくな冒険者で『色々な武器が使えるにこしたことは無い』と仰って、色々なスキルを実際に目の前で見せながら教えてくれたよ」


 グラディウス様は己は文官だからと言って、初めて会う俺に代々アギニス家に伝わってきた家宝を譲ってくださるような、穏やかで争いを好まない方だった。

 そしてグラディウス様のお知り合いだと言う冒険者も、見ず知らずの子供に惜しみなくスキルを見せて教えてくれるお人好しな方だった。


「…………適性は、そのグラディウス様に教えて貰ったのか?」


 言いにくそうに口を開いた殿下は、俺の様子を窺いながら恐る恐るといった様子で尋ねた。メイスを振り降ろす時は躊躇しない癖に、変な所で気を遣う方である。ジンのようにとまではいかないが、そこまで気にしなくていいというのに。


 しかし、もし逆の立場ならば俺も躊躇っただろうなとは思う。それこそ今年会ったジンやレオ先輩になら聞けただろうが、殿下が相手では俺はいくら気になったとしても、直接尋ねることは出来ないだろう。

 殿下やクレア、バラドは近すぎるのだ。

 まるで家族のように近く大切に思うからこそ、深く踏み込むのが恐ろしく、惑う。


「いえ。適性を教えてくれたのは、その時グラディウス様の護衛として雇われていた冒険者です。…………確かオブザ、と名乗っていました。静かに暮らしたいから、適性を見ることのできるスキルは内密にしていた様ですが、俺があまりにも間違った方向に進もうとしているのを見かねて、教えてくれたんですよね。まぁ、その折角の好意を俺はドブに捨ててしまいましたが」

「…………そうか」

「詳しくお話しましょうか?」


 俺の言葉に複雑そうな表情で頷いた殿下に問いかける。俺から話すと提案したことに驚いた表情を浮かべた殿下は、しばし考え込んだが、しばらくすると「聞きたい」と短く答えた。

 殿下の返事を聞いた俺は、次にバラド達へと目をやる。

 本来ならば、今は武器の手入れや今日の反省会にあてるべき就寝前の貴重な時間だ。流石にそんな貴重な時間を俺と殿下の一存で、俺の過去話に費やす訳にはいかないのでバラドやジン、先輩方にも確認の意味を込めて視線を向ければ、皆静かに頷いた。


 あれほど触れないようにしていたくせに、いざ話すとなると興味深々な態度の彼等に吹き出しそうになり、必死で我慢する。

 笑いを噛み殺しながら、殿下達が聞く体勢に入ったのを確認した俺は、遥か昔の記憶をゆっくりと掘り起こしながら、皆に思い出話を聞かせる為に口を開いた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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