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第三十八話

 バラドが発見したワーラビットはあっさりと片付いた。

 ワーラビットは成人男性の腰辺りまで跳躍するのでコツがいるが、攻撃力は低いので大した労力を必要とせずに狩り終わる初級の魔獣だ。

 そんなワーラビット達と俺達の戦闘は、正に出会ったのが運のつき。十匹いたワーラビット達は瞬殺だった。

 内訳としては俺が五匹に殿下が三匹、ジンが二匹という結果だったがジンの槍と飛び回るワーラビットとの相性を思えば当然の結果とも言えよう。


 呆気なく戦闘を終えた俺達は、現在素材の採取中である。

 ワーラビットの毛はふわふわと柔らかく、軽い上に純白なので、女性に人気があり、いい値段になる獲物だ。

 肉もあっさりした味わいで食べやすい。今日の夕食になる獲物だけあって、先輩達も無駄を出さないように丁寧に捌いている。


 やっぱり、運動の後は肉だよな。


 この合宿中、学園側から支給されるのは三日分の水と、兵士達が遠征や戦争時に使う携帯食三食分であり下位の魔獣や薬草の多い森なので自給自足が基本となる。合宿前には所持品検査があり、学園から配給された食料以外は没収。ただし、調味料類は可だ。


 三日目の昼には集合予定なので実質森の中で過ごすのは二日間しかない。そのくらい我慢しろと言われれば我慢できるが、育ち盛りの生徒達が目の前の肉を前に我慢できる訳もなく、自分達で狩った獲物なら食べていいことになっている。

 狩った獲物を食べて自分達のお腹を満たすのもよし、空腹を我慢して採取物として提出して評価に加算するもよしとその辺りは各班の裁量に任されている。幸い俺達の班は戦力的にも申し分なく、採取に関しても順調に数を稼いでいる為、このワーラビット達は満場一致で食料行きとなった。


 どんどん捌かれ肉の塊になっていくワーラビット達を見ながら、たらふく食べられるだろう肉の量に安心する。ただでさえ殿下と微妙な空気で精神的に疲れていると言うのに、少しの携帯食とヘビ肉を齧るだけの夕食などわびしくて嫌だ。


「いやー、流石ドイルお兄様! お強いですねぇ」

「それに氷属性って便利ですね。素材も無駄になる部分が少ないですし」

「…………………………ありがとうございます」

「「タメ口でいいですよ、ドイルお兄様!」」


 捌かれていく獲物を見ながら、我が班の食料事情に安心しているとご機嫌な様子で先輩方が話しかけてきた。未だに慣れない呼称に、一瞬言葉がつまったがなんとか会話を続けていく。


 ニコニコと俺を褒めながら『ドイルお兄様』と呼ぶリェチ先輩とサナ先輩に悪気がないのは分る。分るが、可笑しな生き物を見たかのような表情で先輩方を見つめるグレイ殿下と興味深そうに見ているジンの視線が痛い。


 楽しそうにはしゃぐ先輩方を見ながら、こっそりとため息をこぼす。リェチ先輩こと、リェチーチ・テラペイア先輩とサナーレ・テラペイア先輩は双子の兄妹である。二人とも中性的な顔立ちで、緑がかった黒髪に浅緑の瞳をもった瓜二つの顔を持つ方々だ。あと数年もすれば男女の違いが出てきしまうので、敢えて今は髪型から服装まで一緒にして、周囲の反応を楽しんでいる変わった先輩達である。

 しかしその腕は確かで兄のリェチ先輩は治療薬、妹のサナ先輩は魔法薬の開発が得意らしい。


 『馬鹿と天才は紙一重っていうだろ?』というのがレオ先輩の彼らに対するもっぱらの評価である。とは言っても彼ら二人はレオ先輩の右腕と左腕らしく、模擬戦の時や馬術の時と一緒に組んでいるのをよく見かけるので仲はいいのだろう。


 癖のある先輩方だが、レオ先輩の指示に従いテキパキと使える部分を採取している二人の手際はとてもよく。自己紹介の時に俺やレオ先輩に対する呼称を聞いて、変なものを見たような顔をしていた殿下達も倒した魔獣を捌く先輩達を見て、呼称やおかしなノリに関しては気にしないことにしたのか、今は遠目で静かに見守っている。

 若干多めにあけられた距離は、俺を避けてなのか先輩方と深く関わるのを避けてなのか判断に困るが、多分両方というか、後者の比重が多い気がするのは俺の気の所為なのだろう。


 同じ班であるにもかかわらず、不自然にあけられた距離の理由を考察しながら捌かれていくワーラビットを眺める。魔獣の探知をバラドが行い、討伐は俺とジンと殿下、採取は先輩方といった役割分担ができつつある為、先輩方の採取が終わるのを大人しく待っているしかなく少々暇を持て余している。 

 最初は採取も手伝っていたのだが、不慣れな俺達がやると無駄になる部分が多いらしく、数回やった所で先輩達から丁重に断られた。


「兄貴、これ抜けないんですけどー」

「…………あー、それか。……まぁ、肉は食えるから出てる腹と後ろ脚だけとっといて、あとは埋めておけ」

「「はーい!」」


 次々とワーラビットを捌く先輩方をぼぅと眺めていると、ふと気になる会話が聞こえてきた。どうやら殿下の仕留めたワーラビットの内、一匹が抜けないらしい。

 殿下のメイスにより上半身が地面にめり込んでいるワーラビットを見ながら、会話を繰り広げる三人に興味を引かれ、俺も件のワーラビットを覗き込む。


 話題の中心になっていたワーラビットは逆立ちしたような格好で下半身が地面から突き出ており、クタッとした後ろ脚から絶命していることが窺える。勢いよく殴られた所為で穴の開いた地面に頭を突っ込み、更にその衝撃で穴の周囲の土が崩れ上半身が埋まってしまったのだろう。

 地面から足が生えた光景は滑稽に見えるが、確実に威力を増している殿下の腕前が窺えるその光景に、俺はごくりと唾を飲み込んだ。


 …………これをくらったら俺もただじゃすまないな。


 模擬戦の時、いかに自分が手加減されていたのかを知り戦慄を覚える。己の体の半分程の大きさの岩を軽々と砕く殿下だから出来る芸当だ。

 ちらりと殿下を見れば、己のメイスについた汚れを拭っていた。よく手入れがされているらしく、日の光を反射してきらりと光ったメイスからそっと目を逸らす。


 もし今回の件を許され以前のような関係に戻れたとしても、殿下を本気で怒らせるのは全力で回避しよう。

 離れていた間に著しく成長したグレイ殿下の腕力を実感し、そう胸に刻む。許して貰えなかったらまったく意味の無いことだが、今まで以上に己の体を鍛えようと一人決意する。




 埋まったワーラビットを器用に捌いていく先輩方を見学する振りをして、近くの岩に座り休憩している殿下とその横に立つジンをちらちら見ながら考える。怒っているといえば怒っているのだろうが、怒鳴りつける訳でもメイスを振るう訳でも無い殿下は俺に何を求めているのだろうか。俺が謝ろうとする度に悔しそうな表情を一瞬浮かべ、話題を替える殿下の意図が分らない。


「――――ドイル様。ただいま戻りました」

「……ああ。お帰り」


 出口の無い問題に頭を悩ませながら考え込んでいると、周囲の視察に行っていたバラドが静かに戻ってきた。


「周囲に問題はなさそうですし、近辺に魔獣の気配はありませんでした」

「そうか」

「はい。ここは見晴らしもいいですし、一端休息を取られるには丁度いいかと」


 ワーラビットの群れがいたこの場所は拓けた小さな広場になっており、ちょろちょろと湧水が流れていた。時間的にも丁度良く、周囲に敵も居ないそうなので昼休憩を取るには丁度いいだろう。


「「わーい! 休憩ですか?」」

「お前らはそれ終わってからだぞ」

「「はーい」」


 俺とバラドの会話に嬉しそうに答えたリェチ先輩とサナ先輩に、レオ先輩からすかさず指導が入る。その言葉に少ししょげながらも二人はせっせと解体をおこなっていく。そんな先輩方の姿を見て、殿下達に声をかけるのは二人が終わってからの方がいいだろうと思い静かに待っていると、ふとリェチ先輩が頭を上げて殿下達の方を見た。

 そして、俺もレオ先輩も予想すらしなかった言葉を叫ぶ。


「グレイの兄御! ジンの兄貴! 昼休憩らしいですよー!」

「「っぶ!」」

「グレイの兄御?」

「カッコイイだろ? 朝からずっと考えてたんだ!」

「グレイの兄御、グレイの兄御…………うん! カッコイイ!」

「だろ?」

「~~んなわけあるか! この馬鹿双子!」


 ゴ、ゴン! と音をたてながら、レオ先輩は即座に二人に鉄拳を落とした。サナ先輩には若干軽めだったが、しっかりと二人の頭に落とされた鉄拳は中々の威力だったらしく二人の頭上には大きめのたんこぶが出来始めている。


「「いったぁ!」」

「痛くしたんだよ! この馬鹿どもが! さっさっと殿下に謝ってこい!」

「ええ! なんでですか!? 『ドイルお兄様』の上位になる呼称を一生懸命考えたんですよ!?」

「兄御の何がいけないんですか!? 兄の尊敬語ですよ!?」

「だから、てめえらはいい加減『兄貴』系統から離れろ! そもそも『ドイルお兄様』だってアウトだつってんだろ!? 普通に『ドイル様』、『グレイ殿下』って呼べば済むことだろうが!」

「「えー、つまんないですよぅそんなの」」

「つまらない云々じゃねぇっつってんだろ!?」


 物凄い剣幕で怒るレオ先輩をものともせずに、呼び名を却下されたことにブーイングするお二人は大物だと思う。何故そこまで彼らは『兄貴』系統の呼び名にこだわるのか。まさかとは思うが、今までの道中で見せていた真剣な表情は殿下の呼称を考えていたというのか。一万歩くらい譲って俺はいいとしても、次期国王にその態度は完全にアウトだ、先輩方。


 突っ込みどころが多すぎて口を挟めなかった俺は、レオ先輩が両者に再び鉄拳を落としたのを確認し、ゆっくりと殿下達を見る。先輩方の突然の暴言に対する二人の反応が物凄く怖かった。


 見たいような見たくないような複雑な心境ながらも、彼らを連れて来た人間として確認しなければいけないと、責任感を奮い立たせそろそろと視線を動かす。

 勇気を振り絞って視線を移した先ではジンがちょっと嬉しそうにしていた。そんなジンの様子に、あの呼び名が嬉しいのかお前とか、流石脳筋とか自分でもよく分からない感想を抱く。


 そして肝心の殿下はというと穏やかな笑顔を浮かべてはいるが、メイスが僅かに震えている。表情に変化が無い分、そこまでは無いなと冷静に殿下のお怒り具合を測りつつ、今の微妙な関係でなければ、部下の管理不届きとか名目で確実にあのメイスは俺に振り下ろされていたなと思う。

 地面に埋まったワーラビットの姿を思い出し、振り下ろされなかったメイスに少しほっとしたものの、俺の前で怒りを堪えた殿下に一抹の寂しさを抱く。


 このまま、普通の臣下のようになってしまうのだろうか?


 そんな不安が胸を駆け巡る。殿下の隣に幼馴染として、【英雄】として対等な関係になりたいと思っているのに、上手く行かない現実がもどかしい。


 何故、俺はこうなのだろうか。【槍の勇者】などなれないと分っていたくせに意地になって十年間を無駄にして。期待に応えられない自分が悔しかったはずなのに、努力するどころか逃げるように非行に走って。沢山の人に迷惑をかけて正道に戻るといいながら、幼馴染の期待を裏切って。

 ギリギリ表情の分る距離に居る殿下の表情は【優しく穏やかな王子様】だ。


 およそ三メートル。


 それが今俺と殿下の間にある距離だ。『待っている』と言ってくれた時はあと数歩分の距離しかなかったというのに何時の間にか、こんなにあいてしまった。

 近づけたと思った途端ひらいてしまう幼馴染との距離はどうやったらなくせるのか。そんな事を考えながら、いよいよ収拾がつかなくなってきたレオ先輩達を止めるべく俺は三人との距離を詰めた。



ここまでお読みいただきありがとうございました。


私事ですが、年末年始はインターネットの無い場所におりますので、次話は1月3日に更新させていただきます。


11月に始まった連載でしたが、この2ヶ月間大変お世話になりました。

応援のメッセージをくださった方々や誤字脱字のご指摘、小説へのご意見ありがとうございました。とても嬉しかったです。

今後も頑張って更新していきたいと思いますので、来年もよろしくお願いいたします。


それでは、今年も残り少なくなりましたが、よい御年をお迎えください。

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