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第二十四話

「――――さま。―――様? ドイル様!」

「ん? ああ。どうしたバラド?」

「ドイル様こそどうなされたのですか? 急に黙り込んでしまったので、何かあったのかと……」

「いや、何でもない。――――そうだな。バラド、お前にはあの馬がいいと思うぞ?」


 【動物の気持ちシリーズ 七】という不穏な響きを持つスキルに、一つ取得したらシリーズ全部が取得し易くなるとかないよな? と考えていたら、心配したバラドが俺の側に寄ってきたので、さっそくスキルを使い相性のよさそうな馬を見繕ってみる。

 俺がバラドに進めたのは月毛、所謂淡い黄色をした馬だ。その馬はさっきから『あの灰色の人こっちにこないかなぁ~』と言っている。


 ちなみに俺は淡い金髪、バラドは濃いめの灰色、ルツェは茶色、ソルシエは菫色、ジェフは赤茶色である。どうやら馬達は俺達を髪の毛の色で認識している。先ほどから馬達の言葉に茶色の頭とか、あの人お花と一緒の頭とか聞こえてくるからな。


 馬達のあまりにも大雑把な区別に吹き出しそうになりながら、バラドに良さそうな馬を指で示してやる。俺が指差した方向を見るバラドと目が合ったのか、淡い黄色の馬が嬉しそうに小走りでバラドの方へと寄ってきた。そして、そのままバラドに『なでて~』と顔を寄せている。


「撫でて欲しいみたいだぞ? その馬はお前の事が気に入っているようだから、バラドが良ければその馬にするといい」

「ドイル様が自ら選んで下さった馬です! この子に致します!」


 馬の気持ちを代弁してやればバラドは嬉しそうに頷いた後、馬の鼻筋を撫でてやっている。『わーい!』と言って喜んでいるので、バラドは決まりだろう。


 というか、俺が選んだ馬だからなのか。

 その馬が気に入ったんじゃないのか。

 そうか、そんなに俺が好きか、お前は。


 などなど。色々言いたい言葉がわいてきたのだが、うっかりバラドのスイッチが入ってしまっては困るので、口を噤む。何がきっかけでバラドのスイッチが入るのか、俺は未だに測りかねているのだ。






そしてその後、


「ルツェ、お前はあっちの」

「あの灰色の子ですか?」

「そうだ。それからソルシエ。あの馬がお前を気にしているから、側に行ってみろ」

「えっ? 本当ですか?」

「ああ。大丈夫だから行って来い」

「……はい」

「ドイル様、俺はー?」

「ジェフは…………、あれだな。あの奥にいるやつ」

「薄茶の奴ですね? 行ってきます!」

「ああ。気を付けてな」


 と、いった感じで残る三人も送り出した。

 ちなみに、ルツェは青粕毛という青毛に白毛が混じったパッと見、灰色に見える馬。ソルシエは栗粕毛という栗毛に白毛が混じった奴。ジェフは鹿粕毛という鹿毛に白毛が混じった馬を紹介してやった。


 ルツェ、ソルシエ、ジェフの順に


『何あの茶色の人カッコいい! あ、貴方が乗りたいと言うのなら私の背に跨ってもよろしくってよ!』

『お花と同じ色の人優しそう~。一緒に川辺でお散歩したいな~』

『赤茶! 赤茶のやつ! 俺と風になろうぜ!』


 と言っていた馬達だ。

 乗せたそうにしていてかつ、本人達の性格に近そうな馬を紹介してあげたつもりである。三人全員色違いの粕毛となったが、丁度いいのではないだろうか。 

 遠目に見る限り三人とも紹介した馬を気に入ったらしく、それぞれ持っていた鞍をつけさせて貰っているようだし、後は勝手にやるだろう。

 バラドも居るし、大事にはなるまいと結論付け俺は自分の馬探しに入った。




 大人しそうな、自己主張の薄い奴がいいな。


 今後の三年間を考え、そんな事を思いながら馬達を見る。幸い聞こえてくる声は好意的なものばかりなので、その中から自分に合いそうな馬を探す。

 鹿毛もいいが青毛もかっこいいよな。でもあっちのブチ模様の馬もいいなぁと思いながら馬達の中を歩いて行く。途中、薄墨毛の馬に目を奪われたがなんか違う気がして、移動する。

 きょろきょろと馬を見比べながら歩く俺の後ろを、少し距離をあけて四人がそれぞれの馬に跨りながらついてくる。


 そんな事を繰り返しながら歩いていると、急に馬達が静かになった。話すことを止め、馬達は皆同じ方向を見ている。突然静かになった馬達を不思議に思い、彼らが顔を向けている方向を見るが、生憎地面に居る俺に状況把握は無理だった。


「バラド」

「何かご用でしょうか、ドイル様?」

「馬達が静かになった。どうもあちらの方向を気にしている様なのだが、何があるか分かるか?」

「あちらですか? 少々お待ちくださいませ。――――――――――馬が一頭、こちらに向って走ってきているようですね」

「馬が? 暴走か?」

「いえ。乗っている者はおりません。鞍も付けていないので、フリーの馬でしょうが…………? 白馬です、ドイル様。見事な白馬が、何故かこちらに向って走ってきます」

「白馬?」

「何かを探しているようですよ? しきりに辺りを見回しながら走っているので」

「近いのか?」

「少々お待ち下さい」


 バラドにスキルを使って貰い、馬達がしきりに気にしている元凶を探して貰えば、原因は彼らのお仲間らしい。しかし、白馬とは珍しい。

 走っているというから、乗った生徒が調子にのって暴走させたのかと思ったがそう言う訳ではないという。学園内にあるこの馬牧場に、馬が全力で逃げる必要のある外敵がいる訳も無い。

 バラドの話では何かを探しているらしいが、一体何を探しているというのか。

 考えられるとしたら、己のパートナーとか?


「ドイル様、バラド様。お話し中の白馬ならあそこに。目視できる距離まで来ていますよ」


 白馬の詳細な居場所を特定してくれるようバラドに頼めば、それよりも早くルツェが目視で問題の馬を見つけたらしい。

 そして、ルツェの言葉を肯定するかのように、彼が指し示している方向に居た馬達が少しずつ移動し、走ってくる馬の為に道をあけだしている。同時に馬の嘶きとスキルによって翻訳された馬の声が聞こえてきた。


『ごーしゅーじーんーさーまぁー!! どこですか~!? 貴方に相応しい白馬はここですよー!』


 という、力一杯の叫びが。


 確かに聞こえたその声にバラドに通じる何かを感じ、嫌な予感と悪寒からか俺の体が僅かに震える。


 なんだか、すっごく、嫌な予感がするんだが!?


 このタイミングでこの場に現れた、自己主張の塊のような白馬に嫌な運命を感じざるをえない。俺が三年間のパートナーにしたい馬は、合宿中周囲の風景に埋没でき、かつ、俺の癒しになってくれる大人しくて従順な馬である。

 間違ってもバラドのような言葉を叫びながら、自己主張激しく俺目掛けて駆けてくる、日の光を反射して銀に見えるほど艶やかで見事な毛並みをした白馬ではない。


 だから、頼む! 

 俺を見て『いたー! 俺に乗るに相応しい、金髪のご主人さまー!!』とか叫ばないでくれ!!




 しかし、そんな俺の願いはあえなく散った。

 それはもう呆気なく。

 「ドイル様!? お逃げ下さい!!」というバラドの言葉が虚しく聞こえるほど、見事な足さばきを披露した白馬が、俺の眼前でその足を止めた所為で。


 立派な体躯した白馬が俺の前に立ち、そのつぶらな瞳でしっかりと俺を捉える。そして、同時に俺の姿を映したつぶらな瞳が見るからに輝きを増す。


 俺の理想の馬は、所詮理想でしかなかったことを悟った瞬間であった。


ここまでお読み頂きありがとうございました。

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