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第二十三話

ここから主人公目線に戻ります。

 レオ先輩の弟子? というか取り巻きの方々に『ドイルお兄様』という不名誉な名で呼ばれたあの衝撃の日から早数週。レオ先輩のお仲間達が何故あそこまで『兄貴』の呼称にこだわるのか俺には到底理解できないが、レオ先輩が言うには彼らなりに先輩の正式な主人となった俺を敬おうとした結果らしいので、訂正は断念した。




「…………レオ先輩。あの呼び方どうにかならなかったんですか?」

「『兄貴様』や『ドイルの兄貴』は馬鹿にしているようにも聞こえっから、別のにしろつったらああなったんだよ……。ほら、お前ら貴族は兄や姉を『お兄様』『お姉さま』って呼ぶだろ?」

「そもそも俺は年下なのですが」

「…………あいつ等も悪気がある訳じゃねぇから。むしろあれで敬っている気でいるというか……」


 そういって俺から目をそらし言葉を濁したレオ先輩の姿に、俺はそれ以上の追求を諦めた。レオ先輩も『兄貴』の呼び名を訂正させようとしたが無理だったので諦めた過去があるそうだ。

 一部貴族出身が混ざっているにもかかわらず彼らは総じてノリがよく、また独自の思考回路を持っているとレオ先輩は言っていた。しかしレオ先輩に追従しているだけあり、腕は確かなので希望者は俺がそのまま抱き込ませて頂いた。少々個性的な面々だが、彼らを統括するのはレオ先輩なので問題はないだろう。彼らは身分関係なくレオ先輩を薬学に携わる者として尊敬しているようだったから。






 なんだか最近俺の周囲には個性的な人間が多い気がすると思いながら、目の前で本日の説明をしている教師に意識を戻す。現在俺達新入生は、学園に隣接されている馬牧場に集められており、先生や馬牧場の職員に馬牧場での過ごし方や注意事項を説明されている最中だ。


「――――という訳で、馬は大変頭がいい! お前らが下手くそだろうが、へましようが大船に乗った気で馬を信頼していりゃ、馬がフォローしてくれるからなぁ。初めて馬に乗る奴らは馬の邪魔しないようにだけ気を付けときゃいいぞぉ。そしたら後は馬が気持ちよく乗せて走ってくれる! 貴族共は乗れて当然だろうから好きにしろよぉ。今更俺達教師の指導なんざいらんだろうしなぁ。お付きの奴らも主人と行っていいからなぁ? 此処に残られて、主人と行きたかったとか言われても俺達も面倒だからぁ。馬が決まったら最初に説明した通り、専用の宿舎に連れて行って登録するのだけ忘れんように! それから、馬に怪我だけはさせんなよぉ? ――――――じゃぁ、馬に乗ったことの無い奴は俺の所、乗ったことはあっても馬術に自信無い奴はあっちの先輩達に教えて貰え。後は好きな馬連れて自由行動。以上! 解散!」


 白髪交じりの小柄な先生の話し方は独特な訛りがあり、最近ほとんど聞くことのない訛りの入った話方に先生が結構な歳を重ねているのが感じられる。

 懐かしさを感じさせる先生の声に従って新入生達は、各々指示された所に散っていく。友人同士楽しそうに馬に向かって走っていく者達も居れば、少し不安げな表情で先輩方に話しかける者、初めて近くで見る馬に怯え顔面蒼白になりながら先生の元に向かう者達と様々だ。


 今日から行われる馬術の授業は一週間連続して行われ、最終日には簡単な馬術のテストがある。馬との交流を主軸に置いている為、放任主義のほぼ自習に近い授業だが希望者には先生方や馬牧場の職員方、二年生の先輩方が一年生をサポートしてくれることになっている。








「それではドイル様。私達も、馬を選びに参りましょうか?」

「そうだな。お前達はどうする? ルツェ、ソルシエ、ジェフ」

「宜しければ、私はドイル様とご一緒させていただきたいです。颯爽と馬に跨るドイル様はさぞかし美しく輝かれるでしょうから」

「僕も一緒に行きます。馬には乗れるので」

「俺もー」


 バラドの言葉に側に居た三人にも声をかければ、一緒にくるらしい。三人とも爵位は無くとも代々続く名家の生まれだから馬には乗れるのだろう。貴族相手に商売していれば、遠乗りに誘われることもあるしな。

 

「そろそろ、行くか」

「「「「はい!」」」」




 そんなこんなで、学園内にある馬牧場を五人で散策する。

 この馬牧場は学園の端に隣接するように作られ、柵の中には先が見えない程広い草原が広がっている。更にその中には様々な種類の馬達が放し飼いされているのだ。


 一年生はこの一週間で、多くの馬の中から三年間を共にする馬を得る。

 この広い牧場内を自由に散策し、気に入った馬が見つかれば各自用意した鞍を乗せる。そして校舎近くにある馬小屋に連れて行き、自分の馬として登録する。一週間の間なら、馬を変えるのは自由だ。

 とは言えこれから合宿など様々な場面でパートナーになる馬である。当然、皆真剣な顔で馬と自分の相性を見る。いい馬は早いもの勝ちだ。


 勿論、初心者や不慣れな者達にはこの多くの馬の中から自分に合った馬を見つけるのは至難の業なので、学園側が比較的人に慣れた大人しい馬を選別している。彼らはその中から先生や先輩達と共に決めていくことになる。


 その話を聞くと、貴族はかなり放って置かれている気がするが、そこは貴族。貴族にとって馬術は社交界のダンスと並ぶ必須教養である。どんな没落した家の生まれであろうとも、成人して馬を扱えない貴族などまずいない。

 つまり、馬術とダンスは貴族を名乗る者達の最低ラインなのだ。

 道を踏み外し、拝礼などの基本動作が怪しかった俺でさえ、この二つは出来る。貴族にとって躾の場でもある学園からすれば、仮にも貴族を名乗るのなら、馬位自分で捕まえてこいという訳である。




「……あの、質問いいですか?」

「なんだ?」


 それぞれ目ぼしい馬を探しながら散策しているとソルシエが俺に声をかけてきた。珍しい出来事に驚きつつ、俺は努めて冷静に返事を返した。ジェフは物怖じしないタイプなのでよく話しかけてくるが、ソルシエが俺に声をかけるなど本当に珍しい。

 他の三人もそう思ったらしく、ソルシエが俺に何の質問をするのかと、興味深げに様子を窺っている。


「先生は気に入った馬を連れてこいと仰っていましたが、馬ってどうやって捕まえるものなのでしょうか?」

「ああ。成程」


 ソルシエは馬の捕まえ方が気がかりらしい。まぁ、普通馬に乗れても捕まえたりしないもんな。


「馬の捕まえ方はな、」

「はい」

「悪いが俺も知らん」

「「ええっ!?」」


 断言した俺の言葉にソルシエとジェフから、驚きの声があがる。

 ソルシエとジェフは信じられないといった様子で大袈裟に驚いているが、むしろ俺は二人に問いたい。十五歳で馬の捕まえ方を知っている奴など、馬を生業にしている者達以外で一体何人この世の中に居るのかと。

 

 俺だって馬など両親や御爺様が買ってきた調教された馬以外乗ったこと無いわ! 

 

 そして、これは俺だけでは無い。

 貴族と言う生き物は総じてプライドが高い。だから全員なんてことない表情で先生の話を聞いていたが、内心さぞ驚いていたことだろう。

 絶対他の貴族達の中にも馬を捕まえて乗ったことのある者などいない。断言できる。しかし、ここで馬術が必須の貴族達が尊敬され従えるべき平民達を前に「馬を捕まえることなど出来無い」など言える訳が無く。


 結果、皆俺をちらちら見ていた。

 あれは多分、俺が素直に出来ませんと言うのでも期待していたのだろうが、甘い!


 いくら何でも「お前らは自分で何とかできるよな?」と言っている先生や先輩、「流石貴族は凄いな」と囁き合っている平民出身の同級生達を前に、そんなこと言えるか! 

 殿下はおろか、あのジンでさえ空気を読んで黙っていたんだぞ? 

 あの中で発言する勇気は俺には無い!


 それに、そもそも俺は見栄を張りたい派なのだ。己の弱みは極力人に晒したくない。心配も同情もするのはいいが、されるのは嫌という難儀な性格をしている。基本、意地っ張りなのだ。

 前世を思い出し己を客観視した時、自分はなんて面倒な奴なんだと思ってしまったくらいだ。しかし、これが俺なのだから仕方が無い。




 槍の一件がいい例である。

 あの一件だって殿下に相談するなりしていれば、あんなに苦しむことも、道を誤ることもなかった。何だかんだ俺を認めていてくれた殿下なら、一言弱音を吐いていれば力になってくれただろう。殿下は激情家だが、懐の深い優しい人だから。

 しかし、それでも殿下に言う訳にはいかなかったのだ。いや、むしろ認めてくれていて、頼りにしてくれているのがわかっていたからこそ俺は………………。


 やめよう。


 この件に関しては、今さらどうにかなる話ではないし、過ぎた過去は戻らない。

 俺の意地の所為で、殿下を泣かせてしまうほど傷つける気は微塵もなかったのだというのも、今さらな言い訳だ。

 俺の取った行動が、殿下を傷つけた。

 その現実は何があっても変わらない。




 なんだか、変な方向に向かってしまった思考を無理矢理断ち切り、今すべきことを考える。今は、過去を悔やむより馬を捕まえることが最優先だ。


 俺が知らないと断言した所為で、ソルシエとジェフが急に不安そうにしている。大方、二人は俺が馬の捕まえ方を知っていると思ったのだろう。仮にも俺は公爵家の生まれだからな。

 正直、貴族にどんなイメージを持っているのだと小一時間ほど問いただしたいくらい甘い見通しだと思うが、俺を信じてついてきたこいつらの面倒を見てやるのは、俺の主人としての義務だ。

 

 馬の捕まえ方など知らないが、いざとなったら力ずくで捕まえるという手段もある。俺のスペックならば、馬を無傷で捕らえることは可能だ。

 



 しかし、まぁ、その必要はないだろうがな。

 

 辺りに散らばる馬達を見て、そう結論付ける。一応、傷つけないように素手で馬を捕まえる覚悟はあるが、その必要も無いだろう。


 何故かというと、理由は簡単。

 どうも道中ずっと俺達は馬の目線を集めている気がするからだ。現に、徐々に俺達の周りをうろうろする馬が増えてきている。

 さらに少し離れた所に居る馬達は皆、足を止めこちらを観察している。その興味深そうな様子は呼べばこちらに来てくれそうだ。

 それに、前世の記憶の中で馬は賢いから、自身の主人は自分で決めるみたいな記述も読んだことがある。

 レオ先輩達も、目が合った馬に近寄ってみたら大丈夫そうだったのでそのまま連れて来たみたいなことを言っていたし、此処の馬は何かしらの調教スキルを受けているのだと俺は思っている。


 詳しくは分らないが、手荒な事をされない限りは制服を来た生徒に従うようにとか、馬を連れていない生徒で乗せてやってもいいのがいたら乗せてやれとか。

 一方的に動物を従えるのではなく、パートナーとして接すれば自ずと馬はついてきてくれるようになっているのだろう。

 説明していた教師も「馬に任せろ」とか「馬がフォローしてくれる」とか「馬が気持ちよく乗せてくれる」としきりに言っていた。

 恐らくこの実習は思っているほど大変ではない。馬に全てを任せ、怪我をさせたり、乱雑に扱わなければ大丈夫なようになっているはずだ。


 そうでなければ、馬を捕まえるという下手したら大怪我しかねない内容だというのに、一部を除き生徒にまったく監視が付かないことの説明がつかないからな。

 

「多分だがな、此処の馬達は高度な調教を受けている」

「調教ですか?」

「ああ。だから、気に入ったのが居たら目を合わせてみるといい。じっと見てればあちらから来てくれるだろうからな」

「気に入ったの、と言われてもどの馬がいいのか分りません」

「フィーリングでいいんじゃないか? 此処の馬は質がいい。多分、どの馬を選んでも今の段階では大差無い」

「今の段階ですかー?」


 不安げなソルシエと会話していると、興味引かれたのかジェフが会話に参加してきた。


「基礎的な訓練しかされていないようだから分りにくいが、馬の質だけで言えば公爵家に居るのと大差ない。となれば、後は馬とどれだけしっかりした信頼関係を築き、己が手入れをしてやるか、だ」

「公爵家と同じくらいいい馬達なんですか!?」

「ああ。元々ここの馬達は質が凄くいい。だろ、ルツェ?」

「そうですね。余った馬は我が商会に斡旋していただきたいと思うくらいには」

「マジかよ……」

「原石ではあるが、どれも一級品だ。これだけいい馬に乗れるなんて幸運だと思うぞ」

「そんないい馬を捕まえるなんて本当に出来るんでしょうか?」

「大丈夫だ」


 俺とルツェの会話に二人が唖然とした表情で周囲の馬達を見回す。周囲にはいつの間に沢山の馬達が一定の距離を保ったまま俺達を囲んでいた。立ち止まり、話している間に馬達が集まってきたらしい。

 鹿毛、黒鹿毛、青鹿毛、青毛、栗毛、月毛、粕毛、薄墨毛、芦毛と様々な色の馬達が皆興味深そうにこちらの様子を窺っている。どの馬も人懐っこいのか、きらきらと瞳を輝かせて「乗る? 乗るの? 乗っちゃう?」といった声が聞こえる気さえする。


 ――――スキル【馬の気持ち】を取得しました――――


 模擬戦の時のジンの様な、楽しみでしょうがないと言った目でこちらを見ている馬達の瞳に、彼らの心情を測り、心の中でアテレコしているとふと頭にスキル取得の文字が躍った。

 さっそく取得したスキルを閲覧してみれば、そこには【馬の気持ち】と出ている。前世で聞いたことのあるフレーズに、少し微妙な気分になりながら解説を読む。

 

 ふむ。


 どうやらこの【馬の気持ち】はさっき俺がこの馬達が人を乗せたがっていると分ったように、お腹がすいたとか、足が痛いとか馬の気持ちというか声が聞こえるらしい。


 便利と言えば便利だが、解説の最後に書かれていた【動物の気持ちシリーズ 七】という文字に、これはもしかしてこの世界の動物の数だけあるスキルだったりするのだろうかと嫌な想像をしてしまい、ちょっと複雑な気持ちになった。



ここまでお読み頂きありがとうございました。


感想欄を閉じてしまったので、後書きで失礼いたします。

誤字脱字のご指摘ありがとうございました。

ご指摘頂いた箇所は確認して訂正させて頂きました。


いつも貴重なお時間を割いての丁寧なご指摘ありがとうございます。私自身気を付けているつもりですが、なかなか誤字脱字を無くすことが出来ないので、とても助かっております。

また何か気になる点がございましたら、ご一報頂けると嬉しく思います。


未熟な小説ですが、続きも楽しんでお読み頂ければ幸いです。


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