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第二十話 ルツェ・ヘンドラ

勝手に感想欄を閉めたにもかかわらず、温かいメッセージありがとうございました。とても励みになりました!


今回は他者視点です。

未熟な小説ですが、楽しんでお読み頂けると嬉しいです。

 赤やピンクやオレンジ、黄緑に緑、群青にコバルトブルー、アクアマリンに紫と様々な色が淡く、強く。様々濃淡を描きながらその人の周りをきらきらと輝きながら、守るように包み込んでいる。

 そのあまりに美しい光の波に俺は、思わず目を奪われた。

 

 それは俺が十二歳を迎え、学園の中等部に入学した春の事であった。






 俺が一瞬にして目を奪われた人はアギニス公爵家継嗣ドイル様である。奉公に来ていたバラド様の唯一の主人にして、至高の人。


 俺の家はヘンドラ商会と言う世界をまたにかけた大商会であり、王家の信頼も厚い。そんな我が家には人脈作りとして、様々な貴族の親類縁者が奉公にやってくる。バラド様もそんな貴族の親類縁者の一人だった。

 戦闘能力こそ無いものの他の能力はずば抜けて高く、その情報収集力には我が商会の者達でさえ舌を巻くほどの一級品であった。


 当然、一流の商人が名を連ねる我が商会において彼は引く手数多であった。勿論、俺の父や祖父もしきりに勧誘していたが、彼は金・地位・女とどんな誘惑も一笑し、自身はしっかりと人脈や我が商会の手法を盗んで奉公を終えて帰っていった。

 曰く、「私の忠誠心も、この身も命も、既にドイル様に捧げておりますので」とのことだ。


 バラド様に関しては、父や祖父も大変惜しがっていた。しかし同時に、彼が主人を裏切ることは無いと分っていた父達は、他の商人達がバラド様に手出しすることを現在も固く禁じている。いい商人は引き際も肝心だからだ。

 そして、俺は商会とは別に個人的にバラド様と親しくさせていただいている。バラド様の輝きに目を奪われた俺が、猛アタックした結果である。


 そうそう。

 実は俺は、神々や精霊達の加護や寵愛を『輝き』と言う形で見ることが出来る【世界の愛を見る瞳】という特殊スキルを持っている。文字通り、加護の種類が色で、加護や寵愛の強弱を光の濃淡と言う形で見ることが出来る。

 父の嘘を見抜く【偽りを見抜く瞳】や祖父のモノの本質を知ることが出来る【真実を知る瞳】と違い、始めは何の意味があるのかと思っていたスキルであったが、これがとても商売に有用だと気付いたのはバラド様と出会う前の年、俺が九歳の頃であった。




 

 祖父と行った闘技場。

 決勝で祖父は俺に勝敗で勝ち負けが決まる簡単な賭けをやらせてくれた。今年優勝すれば三連覇の熟練の剣士と、不戦勝や偶然で勝ち上がってきた青年剣士の戦いだった。

 当然、賭けは熟練剣士の方が人気で、胴元が「こりゃ、賭けになんねぇ」と言っていたくらい、結果は火を見るより明らかだった。


 しかし、俺は青年剣士にかけた。

 二分の一の確率に賭けた訳でも、面白半分に賭けた訳でも無い。俺の【世界の愛を見る瞳】で見た結果、青年剣士の方が圧倒的に輝いていたからだ。

 

 そして、結果は青年剣士の勝利であった。

 それまで黙ったままだった祖父はその結果を見て、初めて俺にその理由を聞いたので俺は正直に答えた。その後、祖父の手によって行われた実験で俺のスキルの有用さが判明したという訳だ。


 一番よかったのは魔法薬や魔石や魔道具と言った、間接的であれ神や精霊、魔法が使われた商品達であった。何しろ、俺は色で属性や大まかな神や精霊の種類が分り、どの位の強さでかかっているかは光の濃淡で判ったのだ。これによって、粗悪品や不良品、詐欺紛いの偽物を掴ませられることが無くなった。

 そして、対人においてもこのスキルはそこそこ有用だった。相手の潜在能力が大まかに分かるのだ。身分を詐称して、護衛任務に就こうとする冒険者や傭兵にはまず騙されない。 


 そして輝きの強い人というのは、つまり、【世界に愛されている存在】なのだと知った。

 本人の性格はさておき、世界に愛されているものは世界に愛され守られる。

 その愛の形は様々であり、本人の攻撃力であったり、防御力であったり、バラド様の情報収集能力などがあげられる。

 

 また、水の加護を強く受けている者が居れば、梅雨真っ盛りの時期であろうとも川の増水や土砂崩れに遭うことはないし、火の強い加護を持った者が居れば、万が一積み荷が燃えても本人や商品は奇跡的に無事だったりするのだ。


 この世界は、光り輝く者達を中心に回っていると言っても過言では無いと思う。 

 実際、超強力な風の加護を持ち情報収集に長けたバラド様は、絶え間なくエメラルドグリーンの光を強く放っておりとても綺麗だ。





 そして、ドイル様である。

 

 あの方は、規格外というか反則的に世界に愛されている。いや、愛されているとか守られていると言ったレベルではない。

 ドイル様は世界に寵愛され、その生を祝福されているのだ。


 我がヘンドラ商会は王家御用達だ。

 だから俺も、この国の王や王妃、王太子に王女様方、歴史に名を残す四傑の方々や、勇者や多くの聖女や聖人に会ったことがある。しかし、その誰よりもドイル様は様々な色を身に纏い、眩しい程に輝いていた。

 あのバラド様の主人はどんなものかと、今思えば大層失礼な態度で挑んだ初対面。その美しい輝きに身も心も奪われた俺は、今ではすっかりドイル様の信者となってしまった。

 

 商人として生きる手前、バラド様やクレア様のように表立ってドイル様を称賛する訳にはいかないのが口惜しい。しかし商人として生きる方が、ドイル様に末永く重宝して貰えるのは分かりきっているので、此処は我慢である。商人たる者、一時の欲望に流されてその後の大局を逃すような愚行はしないのだ。

 それに今までの経験上、強く輝く者の側にいて不幸な目にあったことはない。神々や精霊達は、己が愛する者に好意的な者達にも優しいのだ。おそらく俺がドイル様のお力になればなるほど、我がヘンドラ商会にも幸運が舞い込むに違いない。

 俺がドイル様のお力になるのも、先行投資のようなものである。


 ドイル様は世界に寵愛されている。これは間違いない。

 

 実際、中等部時代、ドイル様から受けた命の中には結構危ない橋もあった。しかし、その全てが失敗することなく大成功を収めている。

 そしてドイル様が欲したものは、どんなに希少な物でも笑ってしまうくらい簡単に手に入るのだ。持ち主がこの世を去りたまたま受け継いだ者が売りに出していたり、異常気象による大量発生で普段こちらまで回って来ない商品がその時に限って大量に入荷されたりと、まるで世界がドイル様の為に動いているかのように。


 今回ご所望された【色紙】だってそうである。普通、既存の物に手を加えるアレンジ商品であっても、一度で完成することはまずない。どんなに上手く行っても実用化には三カ月は必要だ。


 ところが、ドイル様が所望した【色紙】ときたら! 


 やたら具体的なドイル様の指定があったにしても、どこの工房も大した問題無くあっという間に任せた色の色紙を持ってきた。

 その期間、僅か一週間である。

 父や祖父や俺のスキルで確認したがどれも問題無く、それどころか今まで誰も思いつかず存在しなかった商品の用途と儲けに、商会の商人達が揃いも揃って悪い笑顔で話し合っていた。


 そして、色紙を届けに行ったドイル様が見せてくれた、紙細工の薔薇である。なんてことは無いように作って渡してくれたが、目から鱗が落ちるほどの衝撃であった。


 これは売れる!


 と確信を持った俺に、製品の欠点を指摘して下さったが、そのくらいの欠点はヘンドラ商会の名をもってすれば解決できる。それよりも、ドイル様が王女様の為に作った花束の中にあった薔薇の方が衝撃的だった。

 色紙を単色で使うのでは無く、様々な色を多用することで作られたグラデーションのかかった薔薇は美しく、装飾品としてこの紙の薔薇の人気をさらに高めてくれること間違い無しである。


 実際に花束を見た後の通信中の祖父と父は凄まじかった。色紙の大量生産は勿論、紙工房の拡大に、紙薔薇の用途と軽く五時間は通信していたと思う。

 さらにドイル様が教えて下さった、紙の薔薇に棒で茎をつけるという発想はさらなる閃きを与えてくれた。同様に木で土台となる細工を作り、様々な色紙を貼って色彩豊かな細工を作るという案である。

 他にもグラデーションという使い方は紙細工は勿論、包装紙や封筒にも利用でき単色よりもさらに好まれるであろう。


 夢は膨らむばかりである。

 この紙製品達が、我が商会に巨万の富を運んできてくれることは間違い無い。

 そしてそんなドイル様に目をつけ、親しくしていた俺の評価も上がる一方である。俺が後継ぎであることに反対していた一派も、今や完全に沈黙している。

 思っていた通りドイル様は俺に幸運を運んで下さる方だったことが証明され、俺も鼻高々である。




 そう言った経緯もあり、贈り物の包み紙や紙袋、あとは精々手紙の封筒くらししか思いついていなかった我がヘンドラ商会の商人達は、今ドイル様と繋がりを持とうと躍起になっている。

 実際、紙業界に革命を巻き起こしたドイル様は紙職人達に【紙の神様】として讃えられているらしい。

 当然のことである。


 ドイル様は誰よりも世界に祝福された方なのだから!


 ドイル様が心から望まれ、決めたものをこの世界は決して否定しない。【色紙】しかり、入学式での宣誓も。ドイル様が心変わりされない限り、本当の意味でその正道に立ち塞がるものなど無いだろう。そして、その姿はこの世界の誰よりも美しい。

 過去の所業を知っていても魅了されずにはいられないほどに。

 

 我が家も父を筆頭にドイル様を擁護する者達が一気に増えた。表立って協力してはくれなかった家族達も、今後は積極的に手を貸してくれるようだし、今まで傍観を決め込んでいた者達が一斉に俺にすり寄ってきている。利に目ざとい商人は、変わり身も驚くほど早い。


 幾ら言われても紹介してはやらんがな! 


 精々ドイル様に知られることなく、扱き使ってやろうと思っている。

 話が逸れたが、何が言いたかったと言うと、とにかくドイル様は俺が見込んだ通りの方だったということである。






「――――で、ですね父上。ドイル様から頼まれた言付があるのですが、明日花束を渡される際にクレア王女様にお伝えできませんか? ドイル様は『王の許可が得られなければ伝えなくていい』と仰っていましたが、是非王女様に聞いて頂きたいお言葉なのです」

『ふむ。今回、ドイル様には無償で利権を譲ってもらった上に、技術提供までしていただいたからな…………。分かった。ヴェルコ・ヘンドラの名に懸けて、王が許可されなくとも王女様にはお伝えしよう』

「お願いします。しかしドイル様は、今は――」

『分かっている。出来るかぎり許可を貰う方向で、駄目だった場合は絶対にばれない方法で伝える』

「お願い致します。父上」

『して、内容は?』

「『この花が枯れるまでには必ず迎えに行くから、待っていてくれ』とのことです」

『ははははは! いいねぇ! 凄くロマンチックだ! 『この花が枯れるまであなたを……』とか、紙薔薇の売り言葉にいいなぁ。ルツェ。ドイル様に使っていいか聞いておいてくれ』

「分りました。その代り、言付確かに頼みましたからね?」

『任せなさい! それでは、くれぐれもドイル様によろしくな』

「言われずとも」

『任せたぞ! それでは早ければ明日の夜、遅くとも明後日中にはまた連絡する』

「了解です。お気をつけて」

『ルツェも元気でな!――――ブツッ――――――』


 通信が切れたことを確認して俺も通信機を片づけた。月は頂点を過ぎ、落ち始めている。


「また、父上と話し過ぎてしまった。最近はドイル様の恩恵で、やることが一杯だからな」


 独り言を言いながら明日、父から花束を受けとった王女様の姿を想う。

 クレア王女は【愛の女神】の強い加護を持つ方だ。彼女の周囲にはいつもピンク色の光が弾け、降り注いでいる。そして【愛の女神】の加護を持つ者が愛する人物は、もれなく【愛の女神】の加護を受ける。

 既に眩しいくらい光輝くドイル様に【愛の女神】の加護が加わればもっと美しい輝きになるだろう。一部の者達は今なお、ジン・フォン・シュピーツにクレア王女様を嫁がせようとしているみたいだが、彼奴は駄目である。そこそこ炎と雷と槍に愛され輝いているが、ドイル様の輝きの足元にも及ばない。


 あの程度の輝きで、ドイル様の後釜など片腹痛い!


 クレア王女様もドイル様のように輝いている方に嫁いだ方がよほど幸せになれるだろう。幼い頃よりドイル様に目をつけるとは、王女様は男を見る目がおありになる。ドイル様も王女様を好いているようだし、どんな手を使ってでもドイル様の元に嫁いでいただく予定だ。


 ドイル様のお心を試そうと、先日わざと深い所まで踏み込んでみたが、照れたドイル様に痛みさえ感じない程綺麗な手刀でバラド様と共に落とされてしまった。ソルシエが直ぐに起こしてくれたが、大変鮮やかな御手並みでした、ドイル様。

 しかし帰り際、俺を呼び止め任せられた言付に、ドイル様の想いを知った。勿論、ちゃんとバラド様にも伝えておいた。俺とバラド様は、素直に成れないドイル様の為にクレア王女との仲を取り持とうとする仲間でもある。


 ちなみに花束と言付の件はグレイ殿下にも伝えておく予定だ。あの人を味方に付けておけば、そうそう万が一は起こらないからな。


 明日もやることは一杯ある。

 俺は訪れる眠気と共にベッドに入った。




 ずっとお力になりますから、今後もヘンドラ商会をご贔屓にお願いしますね! 

 ドイル様!

ここまでお読み頂きありがとうございました。

明日はクレア視点を投稿させて頂く予定なので、続きも楽しんでお読み頂ければ幸いです。

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