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第十九話

「取りあえず入れ」とレオパルド先輩に促され、俺とバラドは部屋の中に足を踏み入れた。


 室内にはレオパルド先輩の他に五・六人の先輩方がいる。その中には模擬戦の日にレオパルド先輩と組んでいた先輩方も居たので会釈し、レオパルド先輩の後について行く。

 そして部屋の隅のテーブルに座るよう指示されたので、素直に従って腰かける。


「で? こんな手の込んだことして、俺に何をさせてぇんだ、アギニス?」


 興味深そうに紙薔薇を弄りながら俺にそう尋ねてきた、レオパルド先輩は文句無しにカッコイイ。俺に媚びる訳でも無く、かといって見下す訳でも無い。平民出身でありながら俺と対等な目線であろうとする先輩からは、自身に対する揺るぎない自信が感じられる。

 そんなレオパルド先輩がまどろっこしいやり取り抜きに、俺と直球で勝負しようとしてくれている。

 ならばここは、俺も直球で返すのが礼儀であろう。


「単刀直入に言いますと、アギニス家というよりも、私の専属になって欲しいんですよ、レオパルド先輩に」

「具体的には?」

「今後学内で行われる合宿等の実習は私と同じ班になって貰います。そして、今後私以外の貴族とやり取りする場合は、どのような場合でも私を通して下さい。後は、卒業後の就職先は勿論アギニス家にしていただいて、私が卒業するまでの一年間は私が用意した所で、修行していて下さい。私が卒業後は直属の部下になって頂きます。とまぁ、こんな所でしょうか?」


 俺が提示した条件を吟味するようにレオパルド先輩は暫し考え込んだ。そして、ニヤっと悪い笑みを浮かべた後、俺に告げた。


「仮にも公爵家、給金は弾んでくれるんだろうが、まだお前に決めるには決め手が足りねぇなぁ」

「なっ!」

「バラド」

「何故ですドイル様!」

「いいから今は黙っとけ」

「ですが!」

「いいから。私の顔を立ててくれ」

「……………………………………畏まりました」


 レオパルド先輩の物言いに立ち上がりかけたバラドを制止する。不満そうなバラドに強く言えば渋々、といった様子であるものの何とか納得して席についてくれた。

 俺の為に怒ってくれようとしたバラドに後で礼を言っておこうと決め、俺はレオパルド先輩に向き直る。そして、俺達のやり取りを愉快そうに見ていたレオパルド先輩に視線を合わせた。


「ですから、『とびっきりのプレンゼント』をお渡ししたでしょう?」

「これか? 確かに綺麗だし珍しいが、治療師の俺の心は動かねぇな」

「違います」

「あぁん?」


 俺の否定の言葉に些か表情を崩したレオパルド先輩に、してやったりと俺は笑む。そして、レオパルド先輩を釣り上げる為に俺が用意した『とびっきりのプレゼント』を教えてやる。


「真紅の紙薔薇をよく見て下さい。他の花と違うでしょう?」

「あん?」

「花びらの中をよく見て下さい」

「…………こりゃ、なんか書いてあんのか。一体何が――――――っ!」


 俺が仕込んでおいた物に気が付いたレオパルド先輩は、真紅の紙に黒字で書かれた少し見難い文字達を読んで、表情を変えた。そしてガッと数本ある真紅の薔薇の一本を掴みあげると食い入るように紙薔薇の中に書かれた文字を読んでいく。

 紙薔薇に加工されているため読みにくいらしく、花びらを手でしきりに触っている。そして結局この場で読むのは諦めたのか、「ちっ!」と舌打ちした後、紙薔薇から手を離し再度俺に向き合った。


「アギニス! お前、これを一体何処で!?」

「知りたいですか?」

「当然だ! 薬学科にいて知りたくねぇ奴なんているか!!」

「と言っても、おいそれと教える訳にはいかないんですよ」

「そりゃ、そうだろうが! でも、これは――!」


 突然興奮し始めたレオパルド先輩に、奥で静かにこちらを窺っていた先輩方が心配そうにこちらに身を乗り出し始めた。




「アギニス!」

「なんでしょう?」


 興奮冷めやらぬまま俺の名を呼んだ先輩の声に返事をすればバンッ! とテーブルを叩いた先輩が俺のすぐ近くまで身を乗り出していた。紙薔薇の花束から決して手を離さず、しかし、丁重に机に横たえながら。


「お前を選べば、何処で知ったのか教えてくれんのか」


 真剣な眼差しで俺を射抜くレオパルド先輩に、俺は微笑んだ。


「そうですね。しいて言うなら、先輩が卒業後に修行に向かう先は、その後継者の方の所です」

「後継者!? 本当に居たのか!?」

「これが、いるんですよね」


 俺がそう告げればレオパルド先輩は腰が抜けたかのように、ガタンッと音を立てて椅子に座った。そして、俯いたかと思うと、突如大声を上げて笑い出した。


「ふっ、ふふふっ。ふはっ! ふははっ、ふはははははははっ!!!」


 「兄貴が壊れた!?」とこちらを窺っていた先輩方が叫んだが、そんな事お構いなしに先輩は笑い続ける。先ほどまでの不敵な態度から一変して、壊れたように笑う先輩にバラドも呆けた顔をしていた。




 先輩が壊れた理由は簡単。


 俺が真紅の紙薔薇に書いた、【パルマの裏レシピ】に気が付いたからだろう。

 先輩が気が付いてくれて何よりだ。これでレオパルド先輩がレシピの価値に気が付かないような人間だったら、ルツェに色紙を用意させたことも、捨て身の勧誘も無意味なものになってしまうところだったからな。


 この国には遥か昔に回復魔法を使えずとも【聖女】の称号を得た女性がいる。彼女の名は、パルマ・ルメディ。

 この世に現存する高位と呼ばれる治療薬や魔法薬を開発、普及した人である。彼女はその類い稀なる薬学の才能を存分に生かし、この世界の薬学を一新した伝説の女性である。


 そして現在、彼女の死後数百年は経過していると言うのに、彼女の作った治療薬を越えるものは作られていない。

 しかも、この数百年の間に繰り返し起こった戦争によって彼女の残した治療薬のレシピは大半が失われてしまっているという。


 なんでそんな大事なものきちんと管理してないんだと言いたくなるが、この話は続きがある。曰く、彼女の後継者達が聖女パルマの意志を汲まずに、戦争を繰り返す人々に愛想を尽かして隠してしまったのだと。そして、この世界の何処かに彼女の後継者は生きており、全てのレシピを持っている。

 という、何の根拠も無い話がまことしやかに囁かれている。


 しかし、俺はその後継者が実際に居るのを知っているし、この【パルマの裏レシピ】だってその人から貰ったのだ。というか、家に居るメリルがそうだったりする。

 メリル・ルメディそれがアギニス家メイド長の本来の名である。何故、そんな大層な名を持つ彼女が母上の付き人をやっていたのかは分からない。ただ聖女時代の母上に救われたことがあると、メリルは言っていた。


 ちなみに【パルマの裏レシピ】はその名の通り、治療薬の裏、つまり毒薬である。薬と毒は表裏一体。後継者の一人である彼女は勿論、全てのレシピを頭の中に持っている。俺の体が気付薬も効かない程、毒や状態異常に強いのは確実に彼女のお蔭だ。


 未だ笑い続けるレオパルド先輩を見ながら、幼い頃彼女に言われたことを思い出す。






「ドイル様? ドイル様には回復魔法の適性が無いので、将来は治療師の方を雇われることになると思います」

「そうなのか?」

「そうです」

「ふーん」

「ですから、将来ドイル様がこの方だって治療師を見つけられたら、このレシピをその者にお見せ下さい。このレシピを見て、これが何か判るようならばその方をメリルが、ドイル様をお守りするのに相応しい人間に鍛えて差し上げますから、メリルの元に連れて来て下さいね?」

「メリルが鍛えるのか?」

「はい。お約束ですよドイル様」

「わかった! なぁ、メリル。このレシピはそんなに凄い物なのか?」

「とても大事な物でございます。ですから、これはメリルとドイル様の二人きりの秘密ですよ? グレイ殿下やクレア王女には勿論、セレナ様やアラン様にも秘密です」

「! 母上にも秘密なのか!?」

「ええ。秘密です。とてもとても大切な物ですから、誰にも見られないようにして下さい」

「…………わかった。メリルがそこまで言うなら、絶対誰にも言わない。秘密にする」

「そうして下さいな」

「ところでこれは、何のレシピなんだ?」

「ふふふ。これはですねぇ。【パルマの裏レシピ】っていうんですよ」

「へー」

「これは誰にも知られてはいけないので、こっそり作っちゃ駄目ですからね? ドイル様」

「わかった!」






 懐かしい、メリルとの約束だ。

 中等部時代、【パルマの裏レシピ】という名をこっそり調べて、どういった存在の物か知った俺はレシピを燃やそうか迷う前に、分別のつかない幼児にこんなものを持たせたメリルに戦慄した。

 しかも、その真意をこっそりメリルに問えば「ドイル様なら大丈夫と思いましたから。それに実際大丈夫でしたでしょう? ドイル様が私とのお約束を破るなどあり得ませんもの」と、なんてことも無いように答えられその無償の信頼が恥ずかしいやら、余裕そうな態度が腹立たしいやらで残された自室で悶えた記憶がある。


 血の繋がりは無いものの、母上並に俺を愛してくれるメリルが大好きであり、しかし、母上ほど年の離れていない彼女に甘えるのは気恥ずかしく。

 メリル・ルメディという女性は俺にとって、お姉さん以上母親未満な存在であり、頭の上がらない女性だ。




 そんな彼女に託してみようと初めて思った存在であるレオパルド先輩は、何かしらの答えが出たのか、笑うのを止め立ち上がり俺を見た。


「ふはははは。決めたぞ、俺はお前にする! いや、お前がいい!」

「私が嘘を言っているかもしれませんよ?」

「いいや! この件に関してはお前が嘘を言うとは思わねぇ! 何より、お前が嘘を言っていたら、これを手に入れられるはずがないからな!」

「では、契約成立と言うことで宜しいでしょうか?」

「勿論だ! むしろこっちからお願いする!! 是非、俺を雇ってくれ!!!」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。レオパルド先輩」

「主人になるんだ、レオでいいぞ! アギニス公爵!」

「ドイルと呼んで下さい、レオ先輩」

「ドイル様! 一生ついて行かせてもらうからな!」

「ええ。是非」

「承った!!」

「「「「「ええぇぇ!? ちょ、兄貴(兄さん)!?」」」」」


 レオパルド先輩、改めレオ先輩の言葉に周囲の先輩方は驚愕の声を上げる。しかし、レオ先輩はそんなもの気にならないらしく、しきりに俺が贈った花を見ている。


「ところで、ドイル様。この花は分解できるのか?」

「ええ。花の中心に糸が見えるでしょう? それを切れば簡単に分解できます」

「それを聞いて安心したぜ。これで分解できないなんて言われたら、解読が大変だからな」

「分っていると思いますが、他言無用でお願いしますよ?」

「勿論だ。ドイル様以上に、これがどれだけの物か理解してるから安心しろ」

「ですよね」


 真紅の紙薔薇から目を放すことなく俺と会話するレオ先輩は、早く帰ってレシピが読みたいのか判り易くそわそわしている。


「では、レオ先輩。俺は寮に戻りますから、これで失礼します。正式な雇用契約は後日と言うことで」

「了解。折角だから送っていくぜ、ご主人様。俺も早く寮に帰りたくなったし」

「あの方々はいいんですか? ずっと先輩を気にしていましたけど」

「ああ。今日は大した話をしていた訳じゃねぇから。――――――おい! 俺はドイル様送ってそのまま寮に帰るから、お前らも適当な所で帰れよ!」

「「「「えー?」」」」

「お前らが小首傾げて『えー?』つっても可愛くもなんともねぇよ。俺は、帰る! 鍵返し忘れんなよ」

「「「「はーい。了解です、兄貴(兄さん)!」」」」


 ビシッと敬礼した先輩方に俺達も会釈し、レオ先輩について退出する。

 扉が閉まる直前「なぁ、兄貴のご主人だから、兄貴様とかどうよ?」「いや、公爵家継嗣様にそれは、失礼だろ? ここは継嗣兄貴じゃね?」という会話が聞こえた。どっちもどっちで両方嫌だと思った俺は、先輩方を止められる唯一の人に向き直った。というか、先輩方の中に兄貴以外の呼び名はないのだろうか? 


「レオ先輩。先輩方には普通にドイルと呼ぶように言っておいて下さいね」

「ああ。言っておくから安心しろ。…………その、彼奴も悪気がある訳ではねぇから」

「それはわかっているので、大丈夫です。――――――そろそろ、行きましょうか。バラドも寮でいいか? それとも何処かに寄っていくか?」

「いいえ! バラドもドイル様とご一緒に居ります!」

「…………そうか」


 俺の言葉に感極まったように答えたバラドは、スイッチが入る寸前のようだ。これは部屋に帰ってから五月蠅いなと思いつつ、新しく部下になったレオ先輩も連れて俺は寮に向って歩きだした。


「行きましょう」

「「おう(はい)!」」






 後日、たまたま学内で見かけたレオ先輩に声をかけようとした所、レオ先輩よりも先に俺に気が付いた先輩方に「「「「ドイルお兄様!!」」」」と呼ばれ、つい気が付かなかった振りをしてしまった俺は悪く無いと思う。


ここまでお読み頂き有難うございました。


私事でございますが、ここで一つお知らせをさせて頂きます。


この話の投稿後、感想の受けつけをやめさせて頂きます。

既に頂いた感想には全て返信させていただきました。返信をしていない感想がございましたら大変申し訳ございません。


貴重なお時間を使ってのご感想や誤字脱字の訂正とても嬉しかったです。

同時に沢山のご意見を拝読させていただくうちに、いかに安易な気持ちで小説を書いていたのか、己の感性は少々おかしい所があると感じました。

こういった場に投稿している以上、ご意見に耳を傾けなければいけないことは重々承知しておりますが、最近次話の投稿ボタンを押すのが怖くなってきたので感想の受付をやめさせて頂こうと思います。

度量の狭い作者で大変申し訳ございません。


貴重なお時間を使いお読み頂いたにも係わらず、ご不快な思いをさせてしまった皆様には深くお詫び申し上げます。


ただ小説には続きがあり、ストックしている分もありますので、今後も投稿は続けさせて頂きます。お気が向いた時などに、覗いて頂ければ幸いです。


沢山のご意見やご感想、誤字脱字の報告とてもありがたかったです。

有難うございました。

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