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第十六話

お蔭様で累計PVが1,173,235アクセスとなりました。

沢山の方に読んで頂き嬉しい反面、ご期待に応えて書いていけるのかと日々恐怖しておりますが、完結まで頑張って書かせて頂く所存です。

未熟な小説ではありますが今後も楽しんで読んで頂けると幸いです。


「お加減はいかがですか? ドイル様」


 ふと目が合った瞬間、そう聞いてきたバラドに溜息が零れそうになったのを、なんとかのみ込み返事をする。


「…………バラド。あれからもう二週間近く経っているんだぞ? とっくに大丈夫だと言っているだろう? そもそも怪我自体、瘤一つだったらしいじゃないか」


 この二週間で何度も繰り返したやり取りに少しゲンナリしながらそう答えれば、バラドは納得いかなかったのか不服そうな表情で俺の元にやってきて、言い募る。


「ですが、あの王太子殿下のメイスで殴られたのですよ? 瘤はあの治療班の先輩方が治して下さりましたが、半日近く目を覚まされなかったのです。私、一晩中お側に居りましたが、微動だにせぬドイル様のお姿に生きた心地がしませんでした」


 バラドの言葉に俺はいいかけた言葉をのみこんだ。

 

 


 あの模擬戦の日。

 殿下のメイスを喰らった俺は奇跡的に瘤一つという軽傷で、傷自体は直ぐに治ったらしい。しかし、その後ジンのように起こそうとした所、気付薬が効かなかったらしいのだ。

 別段珍しい事では無いのだが、バラドには一大事だったようだ。


 気付薬が効かない人間は稀にいる。

 そもそも気付薬とはその独特の刺激臭によって意識をはっきりさせるものである。悠長に気を失っている場合では無い時などに使われるこの薬は、状態異常や毒物に強い耐性を持つ者には総じて効きにくい。

 そういった体質の者にも効く気付薬も存在するのだが、俺の場合は命の危険が迫っている訳でもないし、そんな高価な魔法薬を使う必要は無いだろうということになったらしい。


 ついでに言えば、御爺様と団長が取り押さえようやく大人しくなった殿下が、俺が起きたとなればまた暴れる可能性があるという配慮もあったようだ。

 殿下は御爺様達に取り押さえられた後は、平静を取り戻し大人しかったらしい。しかし【穏やかで優しい王子様】のご乱心事件の爪痕は凄まじく、闘技場が半壊し先生何名かが軽傷を負う結果となったらしい。


 そしてバラドは起きない俺を心配して、何度も治療班の扉を叩いたらしい。レオパルド先輩が、目を覚ました俺を診に来た時に両方教えてくれた。

 殿下の出した負傷者の治療と、バラドの対応に追われたレオパルド先輩はそれは大変だったそうだ。


 「愛されてんなぁ、アギニス。えぇ? 羨ましい限りだぜ」と引きつった笑みを浮かべて懇切丁寧に、俺が倒れた後の事を教えて下さったレオパルド先輩には、誠心誠意謝罪の言葉と労いの言葉をかけさせていただいた。


 その上、何故か夜に寮の脇にある鍛錬場が一つ炎上したらしい。

 負傷者が出なかったこともあり、そちらに関してはレオパルド先輩も詳しくは知らないと言っていた。

 こういった噂類はいつもならばバラドが調べて教えてくれるのだが、今回はそれどころではなかったらしく、俺が聞くまでそんな事件があったことさえ知らなかった。


 


 そんなこんなで俺が意識を取り戻したのは模擬戦の翌日の夕方頃だった。

 そして目が覚めた俺が一番最初に見たのは、ジン以上に泣き腫らした顔で俺の手を握るバラドの姿であり、俺が目覚めたのを確認するとバラドは泣き崩れたのだ。

 

 泣き止ませるのが大変だったな……。

 

 あの日の事を思い出すと、ちょっと遠い目をしてしまうのはあの時の苦労を思えば仕方がないと思う。

 それでも、


「…………心配かけて悪かったな。バラド、それよりも温かい茶を入れてくれないか?」

「畏まりました。直ぐにお持ちいたします!」


 「本当にようございました」と目を潤ませて俺を見るバラドにかける言葉が見つからず、誤魔化すように茶を頼んだ。

 するとバラドは俺に仕事を頼まれたのが嬉しかったのか、喜び勇んで部屋を出て行った。その切り替えの早さに思わず苦笑いが浮かぶ。

 しかし、それでも俺の言動に一喜一憂するバラドは両親並に俺を心配し想ってくれる大切な部下である。彼以上に俺を想って仕えてくれる者は居ないだろうと思うくらいには。

 








 ――――コン、コン、コン――――――


 そうやってあの日のバラドを思い出していると、俺の部屋をノックする音が響いた。いつもならば訪問者への対応はバラドが行うのだが、生憎今は居ない。

 それに訪ねてきた人物に心当たりがあった俺は無言で扉に向い、ドアを開けた。


「――――これは、これは。ドイル様自らお迎えくださるとは、身に余る光栄です。それにしても、ドイル様は相も変わらず神々しく輝いておられて。あまりの眩しさにルツェにはドイル様を直視する事すら憚られますよ」

「……………………取りあえず入れ、ルツェ。あと、ソルシエとジェフもよく来たな」

「「お久しぶりです! ドイル様!」」


 何時もの口上を述べた予想通りの訪問者に軽く笑いかけ、俺は自室の扉を大きく開けた。






「ジェフ。荷物はそのテーブルに置いてくれ」

「はい!」

「ドイル様、バラド様はどうされたんですか?」

「さっきお茶を頼んだ所だ。そろそろ帰ってくるだろ」


 大きな木箱を抱えていたジェフに、荷物を机の上に置くよう指示する。木箱を乗せた途端テーブルが少し軋んだ音をたてる。

 同時に、いつも俺の側に控えているバラドの不在を疑問に思ったソルシエが問うてきたので答えてやる。

 そして肝心のルツェは太陽の光を直接見てしまった時のように眩しそうな表情で俺を見ていた。

 彼は出会った当初から俺を見る時こういった表情をよくしているが、その真意は未だに教えて貰っていない。まぁ、聞いた所でルツェが素直に答えてくれる可能性など無いに等しいがな。


「取りあえず、三人とも座れ」

「「「はい」」」


 俺が腰かけたソファの、テーブルを挟んで反対側のソファを三人に勧める。

 すると俺の真正面にルツェが、そして俺から見て右にソルシエ、左にジェフといつもの定位置に腰かけた三人を見てこいつ等は変わらないなと思う。


 世界をまたにかけるヘンドラ商会の息子であるルツェ・ヘンドラと、魔道具作成を生業とするストレーガ魔道具店の息子であるソルシエ・ストレーガと、国内でも有数の鍛冶場を営むフェルリエラ一家にお世話になっているジェフ・ブルカ。

 三人とも爵位こそ無いが、その道のエキスパートの家に生まれ育った将来有望な少年達であるにも係わらず、ドイルの取り巻きをしていた変わり者達である。


 正確な事を言えば三人の中の決定権はルツェにあり、ソルシエはルツェの決定に逆らわないし、ジェフは二人と一緒ならと言った感じだ。

 一体、ルツェが俺の何を気に入っているのかは分からないが、彼は中等部時代率先して俺の願いを叶えてくれた。俺の所業の実行犯ともいえる存在である。


 この三人、元々はバラドの知り合いである。

 彼らの実家が、俺の側仕えになる為にバラドが奉公にいっていた家だったという訳だ。

 俺の為に「使える人間を確保してまいりました!」と輝く笑顔で彼らを差し出したバラドを、俺は今でもよく覚えている。

 その上、紹介された俺を見定めるかのように見ていたルツェが、何らかのスキルを使った後呆けた顔で眩しそうに俺を見ていたのがとても印象的だった。


 あの日以来、ルツェは時折まぶしそうに俺を見ながらその権力と人脈を持って俺に尽くしてくれる。

 世界有数の商家のルツェに手に入れられないものは無く、金さえ積めば物でも人材でも持ってきてくれるルツェはヘンドラ商会の息子に相応しい男である。

 そして今日も、ルツェは俺が頼んだものをこうやって持ってきてくれた。


「全部そうか? ルツェ」

「はい。ドイル様のご希望の商品です」

「思ったより早かったな」

「それは勿論! 他でもないドイル様のご注文でしたから、商会が所有する紙工房全てにやらせましたしね。職人達もドイル様のご所望の品を聞いて『なんで今まで誰も思いつかなかったんだ!』と口々に言っていましたよ。うちの父も実物を見て感心しておりました。…………それで、今後この商品の取り扱いはヘンドラ家に任せていただいてよろしいのですよね?」

「勿論だ。無理をさせたようで悪いな」

「いえいえ。私達は商人ですから。巨万の富を目前にした苦労など、苦労ではありませんよ。むしろこの商品の利権を下さるとのことで、父は大喜びでした」

「そうか」

「はい!」


 何故か誇らしげな表情でそう告げるルツェの言葉に偽りは無く、本心から喜んでくれているらしい。まぁ、確かにこれは今まで無かったものだから、商人魂がうずくのかもしれない。


「ところで、これ中身はなんですか? 滅茶苦茶重かったんですけど」


 俺とルツェの会話に、我慢しきれなくなったのかジェフが木箱の中身を聞いてきた。ジェフの言葉を聞いたルツェが目で開けていいか聞いてきたので頷く。


「これです」

「…………綺麗です。これは、紙ですか?」


 そして開けた木箱の中身に反応したのは、それまで黙りこくっていたソルシエだった。


「そうです。これはドイル様がご所望された【色紙】です!」

「はー。なるほどねぇ。いくら紙でも、こんだけありゃ重いはずだわ」

 

 納得した、といった感じで木箱の中身を見るジェフに礼をいう。この三人の中でだと必然的に荷物持ちをさせられるジェフは、俺がお礼を言ったことに一瞬驚いたものの、「別にいいすよー」と軽い感じで笑ってくれた。


 うむ。俺には勿体無い部下である。

 

 改めて三人の貴重さに心の中で感謝の言葉を贈りつつ、ルツェが開けた木箱を覗く。箱の中身には赤に青、黄にピンク、紫に緑、橙や真紅色をした色とりどりの紙がぎっちりと詰め込まれていた。

 その内の一枚を取出し、厚さを見る。前世の記憶にある紙ほどではないが、この世界では十分に薄く造られた紙にこれならいけるなとほくそ笑む。和紙に近いこの世界の紙ならこの厚さでも十分だ。

 俺はこれでレオパルド先輩にとびっきりのプレゼントをつくって持って行く予定なのだ。


「『染料等で色付けた紙を色々な色で、なるべく薄く作ってくれ』とのご要望でしたがいかがですか?」

「ああ。思った通りの出来だ。助かる」

「それは重畳。ところで、ドイル様はこれをどういったご用途で使われるつもりなのですか? 我が商会では色鮮やかで綺麗なので、プレゼント用の包み紙や紙袋といった形で広めていこうと思っているのですが」

「そうだな。…………折角だ。時間があるなら、手伝っていってくれないかルツェ? 勿論、ソルシエもジェフもな」


 何しろこれからこの【色紙】を使って、百は作らなければならない。バラドには勿論手伝って貰うつもりだったのだが、人手は多いに越したことは無い。


「この【色紙】は、こうやって使うんだよ」


 そういって俺は【色紙】を手に取った。






ここまで読んで頂き有難うございました。

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