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第十五話 ジン・フォン・シュピーツ

本日二話目です。

こちらもジン視点でのサイドストーリーとなります。

 ドイル様の人柄と武威をしかとこの身に刻んだ模擬戦は、グレイ殿下がメイスでドイル様を沈めるという衝撃の最後を迎えました。

 

 グレイ殿下のご乱心により幕を閉じた模擬戦は、その後粛々と閉会式が行われ先ほど無事に終了したところです。ちなみに意識を手放されたドイル様は現在、自室に運ばれお休みになられています。

 僕もドイル様のご様子が気になったのですが、治療班の方々に出入りを禁止されたグレイ殿下のお側に控えています。




「殿下。お茶を入れて貰ってきましたよ?」


 ソファに腰かけ、視線を足元に落としたまま微動だにしない殿下の前に、食堂で頂いてきたお茶を置きます。本来ならば、お茶を入れるところから側仕えである僕の仕事なのですが、僕は槍を振るう以外はお役に立てません。


 自分の不甲斐なさを噛み締めなから、殿下に頂いてきたお茶を殿下の視界に入るよう、机の端ギリギリまで押し出します。しかし、それでも微動だにしない殿下に僕は一生懸命話しかけます。


「殿下。ドイル様は素晴らしいお方ですね。刀を交えて思ったのですが、あれでもまったく本気を出しておられないご様子でした。あの方が本気で刀を振るわれたら、剣部隊の団長様でさえ勝てるか怪しいと思いますよ。それに、クレア様の言う通りお優しくて――」

「ジン」

「はい!」

「俺は、俺はな、」

「はい」

「ドイルに勝ったことがないんだ」

「はい?」


 ようやく顔をお上げになったグレイ殿下は何処か遠くを見ながら、ぽつりとそう仰いました。


「幼い頃、俺は『俺が認めた男でなければクレアはやれん!』といって、よくドイルに決闘を申し込んでいた」

「はぁ」

「もう六、七年前の話だ。俺が七歳か八歳らへんのな。あの頃のドイルの武器は勿論、槍だった。そして、いつも俺は負けていた」

「えっ?」

「負けてたんだよジン。俺は、結局、一度もドイルに土をつけることさえ出来なかった」


 「出来なかったんだ」と力なく仰ったグレイ殿下は、泣きたいような、泣きたくないような、とても苦しそうな表情を浮かべていらっしゃいます。


 グレイ殿下は、国内でも有数のメイス使いです。幼い頃からその才は凄まじく、確か五歳の頃には襲撃者の骨を粉砕したとか、十歳の頃にはご自身の身の丈ほどの岩を砕いてみせたとか、本当かどうかは確認していませんが大人を震え上がらせる武勇伝をいくつもお持ちの方です。

 そのグレイ殿下が、槍を持ったドイル様に土をつける事さえ叶わなかったというのは、驚きの事実です。


「俺がメイスを振り下ろしても槍で簡単にいなされていた。その余裕綽々な態度が悔しくて、憎たらしくて、でも、とても頼もしかったんだ。――――この男になら、クレアをやってもいいと思えるほど強くて、頼もしかったんだ!」

「殿下」

「俺に余裕で勝つ奴が、実はスキル一つ使えていなかったなんて思わないだろ!? 全力で挑んだって俺のメイスは一度もドイルには届かなかった! だからまさか、適性が無いなんて、俺は夢にも思わなかった! 属性槍を使わないのだって、てっきり俺に怪我をさせないよう手加減してくれているものだとばかり!」

「殿下」

「なんで! なんで! なんで!? 彼奴は俺に何も言わない! スキル適性なんて言ってくれなければ判る訳が無いだろ!? そんなに俺は役立たずか! 別にドイルなら、勇者じゃなくたってよかったのに! そんな名など無くても俺はドイルを認めていた! 幼馴染としても! クレアの婚約者としても! 俺の右腕としても! なのにっ! 俺は、俺は、そんなに信用に値しないのか!!!」

「グレイ殿下!」


 興奮した様子で叫ぶ殿下の名を呼べば、殿下はハッとなさった後、そのままズルズルとソファに力無く凭れかかった。


「……………………なんで、ドイルは俺に何も言ってくれないのだろうか? 全部、一人で抱えて、自分で決めて……」


 何でだ。


 呟き、クッションに顔をうずめる殿下に、僕は何も言えませんでした。無抵抗のドイル様の頭部に背後からメイスを叩き込み、闘技場を戦慄させた方とは到底思えない弱弱しい姿です。

 手加減はされたのでしょうが、不意打ちとはいえ一撃でドイル様を沈めた殿下のその後の暴挙に闘技場は騒然となりました。

 気を失ったドイル様に、なおも攻撃を加えようとするグレイ殿下を治療班の方々が必死に止め、慌てて駆けつけた大元帥様や父上が取り押さえて下さらなければ今頃ドイル様は大変な事態になっていたと思います。

 ご乱心なされた殿下を多くの方がお止めする為に動く中、僕は一歩も動くことが出来ませんでした。

 側仕え失格です。


 しかし、あの時、僕は確かに見てしまったのです。

 怒りに顔を染めメイスを振り下ろされた殿下が、一粒の涙を流されたのを。

 

 幼い頃から共に過ごされたお二人の間には、たとえ一時離れていたとしても我々には割って入ることの出来ない確かな絆があるのだと思います。

 そして、初めてお姿を拝見してから一月にも満たない時間しか過ごしていない僕でさえ、ドイル様の告白は胸に痛く、心臓を掴まれた気分でした。

 長い間、共に過ごされていたグレイ殿下にとって、どれほどの衝撃だったかなど僕にはとても想像できません。


 でも、今の殿下をドイル様がみたら、きっとこう仰ると思うのです。


「『殿下には、関係無い事ですから』ね」

「ジン!」

「『貴方には関係無いのです、殿下。全ては、私の心の弱さ故』って、仰られると思いますよ? ドイル様は。誰よりもお優しい方ですから」

「ジン、お前何を分かった風に!」

「グレイ殿下が教えて下さったんですよ? ドイル様は『強がりで恰好つけたがる、馬鹿で弱音の吐けない愚か者だ』って。そんな方だからお一人で十年もの間、槍を振ってこられたんだと思います。僕には絶対無理です。それだけは断言できます。そのような事ドイル様以外には、絶対に成し遂げられませんよ。あれほど忍耐強く、強がりな方はそうそういません!」

「…………」

「そういう御方なんですよね? 殿下の幼馴染のドイル・フォン・アギニス様は」

「…………………………そうだな、そうだった。俺の幼馴染はそんな馬鹿な男だった」


 そう呟いたグレイ殿下のお顔はとても寂しげでした。

 それでも落ち着かれたのか、殿下はクッションを直し佇まいを直されました。

 僕はグレイ殿下のこういった所を大変尊敬しております。

 切り替えが早いというか、己の感情を抑えるのが上手といいますか。

 

 王太子という立場柄、殿下の言動には大変お力があります。些細な事でも、殿下が不快感を見せれば、周囲が全力で排除しようとするでしょう。グレイ殿下はこの国唯一の王太子ですから。

 だから殿下は、喜怒哀楽をあまり表に出されないのだと父上から教えていただきました。グレイ殿下はご自身の言動が周囲に与える影響を知っていらっしゃるからと。


 でも、ドイル様が関わるとそんな殿下も感情を押さえられない場面が多々あるようです。

 入学式後しかり、今回しかり。


 殿下に感情を露わにさせることが出来るドイル様が、少し羨ましいです。

 僕では、きっと無理です。

 でもこれが、僕とドイル様の差であり、一個人としての魅力の差なのだと思います。


「『誰よりも美しくて、誰よりもかっこよくて、誰よりも聡明で、誰よりも強くて、誰よりも優しい、この世で最も素敵な方』ですしね」

「…………その言葉はクレアか」


 決して疑問形では無い問いかけを俺になさるグレイ殿下は、もう大丈夫そうです。ドイル様には敵わないみたいですが、同じくらいお強い心を持つ方です。


「はい、そうです」

「クレアもドイルが関わると大袈裟だからな」

「でも、私もクレア様の言う通りだと思いましたよ?」


 ドイル様は武人としても、男としても心から尊敬できる方です!


「いいや。あいつはこの世で最も馬鹿な男だ」


 グレイ殿下は複雑そうな目をされていましたが、僅かに笑みを浮かべながらそんなことを仰っています。しかし、その言葉には形容しがたい温かさがこもっていました。


「だからって、メイスで殴るのはやり過ぎでは?」

「ふんっ! あの馬鹿にはあれくらいが丁度いいんだ。それにドイルにはあの程度の攻撃など大したものではない」

「そう言えば治療班の先輩も『あの攻撃を受けて瘤一つとは、化物みてぇな奴だな』と仰っていましたね」

「当然だ。考えても見ろ? あいつは、槍や棒術のスキル無しに、十年間【雷槍の勇者】や【炎槍の勇者】の指導を受けてピンピンしていたんだ。あれくらいは問題無い」

「あっ!」


 殿下に言われるまで思い至りませんでした。そうです。ドイル様は十年間【雷槍の勇者様】や【炎槍の勇者様】からご指導いただいていたのです。


 何のスキルも持たずに、己の身体能力のみで。 

 ゾク、と悪寒にも似たものが背筋に走ります。

 

 スキルを持つ者と、持たざる者。

 両者の間には努力では埋められない差があります。

 これは世界中の誰もが知っている事であり、この世界に生きる以上は覆すことの出来ない絶対の理です。


 槍部隊の新人騎士をドイル様が下されたというお話を聞いたことがあります。その時は、アギニス家のご子息なのにあの程度の者に苦戦するなんて、という内容でした。


 しかし、しかしです。

 考えれば考えるほどぞくぞくと体が震えます。

 新人騎士の持つスキルなどたかが知れています。

 しかしスキル持ちはスキル持ちです。

 

 スキルを持つ者と、持たざる者。

 決して覆ることの無い、絶対の理。

 

 それをドイル様は完全に越えることは叶わずとも、両者の間にある溝を埋め、一部とはいえ越えて見せたのです。それは、到底信じることができない事実です。


 正に、化物と呼ぶに相応しい所業!!


「是非、ドイル様にはもう一戦お願いしたく!」

「急にどうした!? ジン」

「こうしては居れません! グレイ様、今日はこれで失礼させていただきたく思います。このジン、早急に研鑽を積みにいかねばなりませんので!!」

「……それは別に構わないが、急にどうした?」

「ジンは己の未熟さを再認識いたしました!」

「そ、そうか。今日はもう部屋から出ないから、行っていいぞ」

「はい! ありがとうございます! 御前失礼いたします!」


 グレイ殿下の許可も頂き退出した僕は、鍛錬場に向かって走りました。

 学園や槍部隊の鍛錬場で聞いた噂、幼い頃一度も敵わなかったと仰った殿下のお言葉、今日実際に武器を交わしたドイル様のお姿。

 思い出せば思い出すほど、ゾクゾクとした感覚が背筋を這い、体が震えと共に熱くなっていきます。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 体中に迸る熱に任せて槍を振るいます。

 何時かドイル様に本気でお相手していただけるよう、その一心で我武者羅に槍を振るいます。

 

 僕は、僕は、武者震いが止まりません!! 

 待っていて下さいドイル様! 

 更なる研鑽を積んだのち、今一度ドイル様に挑戦申し上げます!!




「えぇっ!? ちょ、燃えてる! 燃えてるから!」 

「げっ! 燃えてんじゃん!? 誰か先生呼んで来い! せ、先生ー!」

「だ、誰か、助けてー! 鍛錬所が燃えてまーす!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「「「『うぉぉぉぉぉ!!!』じゃねぇ!!!」」」


ここまでお読み頂き有難うございました。

次話から主人公視点に戻ります。


今後、投稿の際に誤字脱字の点検をよくしてから投稿したいと思っておりますので、更新まで二、三日あくと思います。一度の確認では全く駄目だったので、日を置いて確認したいと思います。


頑張って更新したいと思っておりますので、また続きも読んで頂けると幸いです。

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